第45話 クロス
エイルはベルと一緒にパーティーの家を出ると、先ずは銭湯に向かった。入浴を済ませて落ち合い、エイルの隣を歩く風呂上がりのベルからは、いつも以上に香水の良い香りを強く感じる。それは、ベルが量を増やした訳では無く、単純に物理的に距離が近くなったからだった。
アーロイ武具店に着くと、いつもアルミナが作業をしている机に、アレクスがポツンと座っていた。
「いらっしゃいませえ、ごよう───!エイルさん!」
「アレクス、お前······それ、店番か?」
アレクスは頭をポリポリ搔いて照れ隠しをした。
「今、タングさんとスズちゃんは仕事中で、アルミナさんは、イリシュの髪を編んでやるって奥に行ってしまって───。それより!エイルさんついに復活ですか!」
「ああ······その、なんだ。ベルに叱られて······な?」
「へ?叱ってなんかいませんよ!」
「それは効きそうですね!ところで身体は大丈夫ですか?骨が折れてるって聞いてますけど?」
エイルはベルの手前、格好つけて平静を装っているが、実のところめちゃくちゃ痛い。
「『心頭滅却すれば火もまた涼し』、『心頭』、即ち自己を、『滅却』、消し去ってしまえば、痛みを感じる事はない。『自然体』の極意、『無念無想の境地』だ」
「シントー?······ムソー?」
「シゼンタイは痩せ我慢ですね!······痛いんじゃないですか!?安静にしてください!」
エイルは痛みを紛らわせるついでに、適当な事を並べてみるが、ベルに見事に図星を突かれてしまった。
「───アレクス、ベルから聞いている。ギルドには、このパーティー名義で借金があるからパーティーの解散は出来ない。だからお前だけがこのパーティーを抜けて、エリーのところへ行け。彼女なら、イリシュの所有権の移譲も上手いことやってくれる筈だ」
「そうか、借金の事を失念していました。すいませんエイルさん!ありがとうございます!······でも、お金はどうすれば?」
「今後の事は、今回の事が終わったら考えれば良い。金をどうするかとか、そんな事は今は気にするな、次はお前が死ぬぞ。戦いの場では集中して雑念は捨てろ、自分が生き残る為に必要な情報だけを集めるんだ」
エイルはアレクスを否定しない。エルミアーナに、アレクスとイリシュと今は戦力にならない自分の思いも託して、キールとガルルの仇を討たせ生還させる。これが今のエイルに出来る最大の助力だった。
「あら?エイル君、元気になったみたいね。良かったわ、ウチの人が出来映えを見せたがっていたの。ちょっと呼んでくるわね」
奥の部屋からアルミナとイリシュが入って来て、アルミナは工房へタングを呼びに行った。
「エイル、ゲンキ、私ハ嬉シイ」
イリシュは横髪を三つ編みにして、キールのリボンで飾り付けていた。
「イリシュ、そのリボンはキールのか?似合ってるぞ、良い物を貰ったな」
「アサ、シュナ、ツケテアゲタ。アナタ、見ナイ!」
そう言ってイリシュは「フン!」と、ヘソを曲げてしまった。
「今朝の稽古のときに、シュナに着けて貰ったんですよ。なのにエイルさんは塞ぎ込んで部屋から出て来ないので······」
「いやあ······済まない。イリシュ、許してくれ!」
イリシュはカツカツと義足を鳴らし、エイルの目の前まで歩み寄った。
「エイル、アナタ、オトナ、デス。アレクス、ベル、コドモ。アナタノ、ツヨイ、見ル、スル!ヨワイ、見ル、イケナイ!」
大人のエイルは見本となって、子供達に弱いところを見せるな。そう言いたいのだろうとエイルは理解した。
「もう弱音は吐かない。約束だ」
「ヤクソク?」
エイルは小指を出してイリシュの小指と絡め、指切りをした。それを面白がったイリシュによって、エイルはアレクスとベルともヤクソクの指切りをやらされた。
「もう終わりましたか?」
工房の扉からスズが顔を出し、エイル達の様子を伺っていた。約束の儀式が終わった事を伝えると、スズに続いてタングが例の武器を持って入って来た。
机の上に2つの物を乱暴に投げ上げると、自分は椅子によじ登った。エイルは黙っている。扱いの雑さを指摘しても、「この程度でぶっ壊れるモンが実戦で使えるか!」と逆に怒られるだけだと知っていた。
「オウ!エイル。弄ってみてくれ」
エイルはタングに頷き、その武器の一つを手に取った。外観は、指先から上腕を包める革の手甲の手のひら側に、短弓が金具でしっかり固定されている。この革の手甲を紐で締め上げ固定すれば、物を掴めないイリシュでも弓を保持する事が出来る。そして手甲の上腕の外側部分には、何かの接続用の構造物が付いていた。
もう一つ、こちらは重く、弓自体が鉄で出来ている。イリシュの義足にも使ったバネ鋼を、アーチ状にして弦を張ってあり、この弦を引くのがピニオンとラックの機構だ。かなりゴツい構造になっていて、これの重量の殆どはこの部分が占めている。
ピニオンをハンドルで回せば、ラックが弦を引く構造になっており、トリガーは逆転防止の爪が兼用して、横に引き抜く事で矢を発射する。エイルの前世で『重孥』に属するだろう武器だった。
「完璧ですね!試射はしましたか?」
「当たりめえだ!装備して撃ってみろ!」
エイルは、使用者のイリシュに見せながら武器を組み立てる。先ずは紐で手甲を腕にしっかり固定し、手甲側の楔形状の雌型の溝に、重孥の雄型をはめ込んで、ネジでガッチリ押さえ付ける。
ヒビの入った右腕では回せないので、ハンドルはイリシュに回してもらう。カチカチ、カチカチ、と爪がピニオンの歯に噛む音が鳴り、ラックの爪が弦を引く。カチ···カチ···と、音の感覚が長くなって、ハンドルを回せない程重くなれば、巻き上げ完了だ。
「エイル、矢はコイツだ」
タングが取り出したのは、投擲槍の柄に羽根を付けた、矢を単純に投擲槍で代用させたモノだった。
「それで的はコイツだ」
続けてタングは、床に無造作に転がっていた鎧を起こした。その鎧の胸には、背中まで貫通した孔が穿たれている。
「一発ぶっ放してみたらこの通りよ!鎧を貫通して、壁にも穴開けて、弓の固定台もへし折れちまった!人の腕がぶっ壊れ無い威力まで落としたとつもりだから、狙いを付けて撃って見てくれ!」
(マジか?···落としたつもりって、俺で実験する気か!?······大丈夫なのか?)
「エイル!撃ツ、早ク!」
イリシュに急かされエイルは覚悟を決め、重孥に弾をセットして、的に照準を付けた。
エイルは逆転防止爪の脱落防止ピンを抜いて、トリガーとなる引き抜き用の紐をイリシュ渡した。
「いいか?1、2、3抜く!······良い?大丈夫?」
「ダイジョブ!」
(······絶対大丈夫じゃない)
「いくぞ?───1!───2!───さ『ジャゴン!』ぃってえええええ!」
鎧と矢の鉄と鉄とが激しくぶつかる音、折れた肋骨に衝撃が響き、上がるエイルの絶叫。胸から槍を生やして転がる鎧。胸を押さえ、痛みを堪えるエイル。
「良し!鎧は貫けるぞ!完成だ!」
「お父さん!ラックが抜け落ちて無い!この構造で大丈夫だよ!」
「あ!良いこと思い付いたわ。このラックの先端に杭を付けるの。そうすれば打突武器としても使えるわ!」
「お母さん!それ良い!お父さん直ぐにつけようよ!ね?」
「良い案だ!暇を見て作って見るか!」
「「······」」
アレクスも、ベルも、イリシュですら、そしてエイルは痛みも忘れて絶句した。親子───紛れもなく、このアーロイ武具店の親子だった。
その後、イリシュが何度か試射をして、使用感覚と衝撃を体に慣らし、改善の要求を伝えた。イリシュの武器の調整と、アレクスの剣の研磨も終わり、精算をしようとすると、タングがアレクスを止めた。
「今回は死んだら代金はいらねえ。使用者が死んだら、それは俺達が不良品を納めたからだ。だから、きっちりキールの仇討って金払いに来い」
アレクスはその言葉を受け止め、深く頭を下げた。
「アレクス君、ちょっと待ってね。ほら、スズ、早く言い出さないからアレクス君、格好付かないわよ」
アルミナに背中をドンと押されたスズは、手の中に隠していた物をアレクスに見せた。
「あ、あの、アレクスさん!これ、ドワーフの国で、安全の意味を持ったお花の飾りです!アレクスさんを守ってくれるように、願いを込めて打ちました!剣を貸して貰っても良いですか?」
スズの手には、細い花弁が十字に開いた銀細工の花が乗っていた。アレクスが剣を渡すと、スズは鞘の飾り紐のところへ花飾りを括り付けた。
「アレクスさん、無事に帰って来て下さい!」
「ありがとうスズちゃん。───約束だ」
アレクスはしゃがんでスズの手を取り、小指を絡めると、覚えたばかりの指切りの儀式を行った。
エイル達はアーロイ武具店を後にして、パーティーの家に戻り、明日の為に早めに睡眠を取った。
翌朝、エイル達はいつもの稽古に、エイルがまだ走れない為、歩いて向かった。
「シュナ、果物ありがとう。オルフとファルにも伝えてくれ」
「どういたしまして。オルフとファルには自分で伝えてよ。どーせ後で会うんだから」
シュナとティムと合流して稽古を始めた。元気なのが二人もいなくなったので、寂しい気持ちは拭えないが、それも受け入れて行くしかない。
「さて、アレクス。アイツの事だが、金剛に頼るな。俺からはこんな程度の事しか伝えられないが、金剛である程度外側は守れても、身体の内側はしっかりダメージを受けてしまう。だから、基本に忠実に“避けて当てる”それを徹底するんだ」
大型の魔物を相手にすれば、脆弱な人の身体など鎧を着たとて一溜まりもない。なのでリーチの長い武器、遠距離攻撃の武器、そして魔法を発展させて来た。
「エリーも決着は大魔法で狙う筈だ。それまでアイツの射程ギリギリを見極めて、攻撃を合せて触手の先っちょから削っていけ!───最初の幻覚は、そこはエリー達も引っ掛かるかも知れない。だからアレクスの直感を信じて、エリーを助けてやれ!───俺からはこんな程度のことしか言えないが、アレクスならやれる!」
「はい!あの触手を切り落として、お土産に持って来ますよ!」
アレクスがグッと拳を握り、力こぶを作って見せると、シュナが突付いて掴んで「硬い」「大きい」「逞しい」等、男心を刺激する言葉でアレクスを奮い立たせ、遊び始めた。
「エイルさん、アレクス。私からも伝えたい事があるの······」
このあとベルの口から語られた事は、まだ憶測の域を出ないが、気の特性を示唆する内容だった。




