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魔を討つは異世界の拳〜格闘バカの異世界ライフ、気合のコブシが魔障の世界を殴り抜く〜  作者: 白酒軍曹
ギルド編

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第44話 あなたが守った私の名は

 それからエイルは、ベルの期待も虚しく塞ぎ込んでしまった。


 翌朝、ベルとイリシュが何時もの時間に目覚めて、稽古へ行く準備をしていると、男部屋からアレクスが顔を出した。

「エイルさんは、起きて()いる」

 一晩中起きていたのか習慣で起きたのか、それは分からないが、アレクスは「エイルさんが心配だ」と家に残り、ベルとイリシュは稽古場に向かった。


 町の居住区と畑を隔てる柵の向こうには、嬉しそうに尻尾をぶんぶん振っているガルルの姿はなかった。

(ガルル······は、もう───キールも······キールはイリシュとどんな話をしていたんだろう?)

 ベルはキールの話題を避け、イリシュと稽古場まで散歩をした。


 稽古場にはシュナとティムが、どちらも浮かない顔で待っていた。事情を察していそうな雰囲気で、ベルはホッと胸を撫で下ろした。

「昨日ギルドで聞いた······大変な事になったね」

「······うん」

「ミアは?······やっぱり噂は本当なの?」

「エルミアーナ様に······そういう噂?」

 “不敬を働いてお咎め無し”なんて話が広まると、領主の面目が丸潰れだ。それより“不敬に対して罰した”と、そう話が広まった方が領民に対しての引き締めになる為、こちらは政治的意図で流布されていた。

「───ミーアはもう、気軽に声を掛けられない人になっちゃった」

「ミアぁ、それはやっちゃ駄目だよー」


 雑談(あいさつ)もそこそこに、ベル達は3人で基本の突きと蹴りの稽古をした。今日はエイルの号令が聞こえないし、男達の力強い声も聞こえない。

 寂しさは有るが、こうして稽古に打ち込んでいると、ベルは少しばかり心が落ち着いた。


 基本が終わると、次はいつもエイルが課題を考えていたが、今日は何をしようかと3人で話をしていると、シュナが提案した。

「ベル!イリシュ!後はお話しでどう?」

「オハナシ?」

「話をするだけって事?」

「そう!だって私イリシュのこと良く知らないっしょ?それにイリシュの言葉の勉強になるじゃなーい?」

「まあ······うん、それも良いかも!」

「じゃあねー、イリシュ、座って、お話し、しましょ!」

 それからシュナの音頭で、地面に絵を描きながらエルフの生活についてイリシュから話を聞いた。エルフの服は緑を基調に、黄色や赤で装飾されたものだとか、皆弓の稽古はしているだとか───


「イリシュ、それキルがくれたんでしょ?どっかでエルフの服の事を聞いたのかな?腕じゃ勿体無いって!キルの考えはお見通しだぜ!」

 シュナはイリシュの腕からリボンを外すと、顔の横の毛束にリボンを巻き付けて、かわいく結び目を作って髪を結わえた。

「おお!良いじゃん良いじゃん!」

「かわいい!イリシュ似合ってるよ!」

「カワイイ······ニアッテル······ウレシイ、アリガトウ!」

 イリシュは川を覗いて、緑地で赤縁のリボンで結えられた金髪の房を水鏡で確認している。余程嬉しいのか、ずっと髪を弄って一向に話に戻って来る気配が無い。

「ベル、アック居ないけど、エイルを看てるの?」

「······うん、まだ起きなくて」

 ベルは嘘を付いた。あんなエイルは見たくないし、誰かに見せたくなかった。

(私のエイルはもっと頼りになる男性(ひと)だから───)


 稽古から戻って、ベルは朝食を作った。エイルの事を考えてお粥にしたけれど、エイルは部屋から出てくる事は無かった。

「イリシュ、そのリボン似合ってるな!」

「アリガトウ!キール、ノ、カワイイ、リボン、ニアッテル、ウレシイ!」

(エイルさん、この二人はもう前を向いていますよ。あなたはいつまで俯いているんですか?)


 アレクスとイリシュは、タングのところへ武器の調整の為に出掛けていった。それからエイルの冒険者仲間が何組か訪ねて来たが、ベルはどこも面会を断った。

▷▷▷


 ベルは今、エイルの部屋に居る。エイルとベル、今は二人だけだ。

 ベルはエイルの隣に座り、一緒に壁に背を預けた。何だか懐かし絵面だが、あのときとは立場が逆だった。

「エイルさん、あなたらしくないです。あなたはもっと割り切れる方だと思っていました」

(私は行き成り何を上から目線で言っているのだろう······もっと優しい言葉は思いつかないの?)


「······ベル、俺は幼馴染も、ソロで手伝った仲間も、何人も死に別れて来た───」

 エイルは長年冒険者をやっているのだから、今回が始めてではないのはベルでもわかる。ベルは相槌の代わりに、エイルの左手に自分の右手を重ね、次の言葉を待った。


「───それは依頼の最中に命を落としたとギルドで聞いたり、一緒に依頼に出たときは俺の目の前で命を落としていたんだ───」

 このままエイルが全部吐き出せば、きっと力強かったエイルが帰って来る。そう思うとベルの身体は自然とエイルの方に向いていた。


「それなら良いんだ。最初は駄目だったけど、皆んな最後の瞬間まで必死に戦って、それは生き残る者も、死ぬ者も、戦ったから───最初は駄目だったけど、ここはそういう世界なんだと、自分が選んだ冒険者なんだと、そう割り切れたんだ」

「私もそうです。冒険者は危険だと知っています。でも誰かがやらないと、私達は生活圏を守れません」

「ベルはしっかりしているな。俺は“何か仕事しろ”って言われて。冒険者を始めた理由はそれだった」

 ベルはしっかりなどしていない。冒険者をやる動機に“生活圏を守る為”というのは少しは有るけれど、半分以上は自由が目的で、冒険者になった切っ掛けはミーアだ。


「───でも、俺は皆んなの事を守るつもりでいたんだ。成長を見届けてやろうって、生意気な事を考えていて······それが何だ!俺は寝てましただって?」

「エイルさん······私達は、キールだって、その······覚悟はありました。魔物と戦えばそういう事もあるって知ってました。だから、エイルさんがそんなに気に病むことはありません」

 本当はそんな覚悟なんて無かった。が、エイルに元気になって欲しい気持ちは本当だ。


「キールは生き残るべきだった。イリシュと一緒に居るべきだった。ガルルも───ガルルがいなくなったから、ミーアは頭に血が登ってしまったんだ。それでミーアも······ミーア───」

 これは終わらない、情け無い男性(ひと)だ───そう思う反面で、今なら手に入ると思ってしまった。弱ったこの男性(ひと)なら、自分のものにできると、お伽噺の魔王の一体“ベルフェゴ”から名を付けられた、巻き角の魔人種の女は確信した。


「エイルさん、キールはあなたが投げ飛ばして助けても、助けなくても、どっちでも死んでいたんじゃないですか?」

「ベル·····何を言っているんだ?」

 ベル自身もその言葉の先なんて考えていない。ただ、エイルの心の隙を突ければ良かった。


「ガルルはアレクスが脚を刺して起こしました。だからその所為で満足に動けませんでした。でも、そうしなければ、死ぬのはミーアとガルルでした。姉弟のような二人です。エイルさんはそっちのほうが良かったと思いますか?」

 ベルは攻めた。自分でも良く分からない事をいけしゃあしゃあと並べて立てて、エイルの傷口を抉っていく。


「ベル、違う。誰なら良かったとかじゃない······誰も死なないのが良かったんだ」

 そんなのはベルも一緒だ。

「死にました。キールとガルルはもう帰って来ません。アレクスはイリシュと一緒にキールとガルルの仇を打ちに行きます。キネカさんは、良く無いと言うかも知れませんが、二人は行きます。ミーアは今までの様に接する事は出来なくなりました」

 手負いの獲物が目の前にやって来た。そんな絶好のチャンスを逃す手は無い。


「ベル、俺が皆んなを守れていれば、こうはならなかったんだよ───」

「いつまでもウジウジして本当に情け無い。守れなかったんですよ。───でも私は、あなたが努力の上に立っている強い人だと知っています。自分に厳しい人です。今はそれが行き過ぎて自分を責めてるだけです」

 ベルの攻め手は調子を変え、散々穿った傷口を優しく癒やしつつ、自分に与えられた最大の武器を用意する。ベルはエイルに近付いて、空いている左手をエイルの膝に乗せた。

「エイルさん───」

 これを外すと、自分も最高に惨めな気分になってしまうが、ベルは自分の自然な心に従い、それを紡いだ。


「エイルさん······ルカ、です。私の真名は『ルカ』です」


(言っちゃった!言ってしまった!男の人に真名を教えてしまった!どうしよう、どうしよう!───)

 ベルはぎゅっと目を閉じて、答えを待った。

「ルカ······」

 エイルの右腕がベルの背中に回って、ベルをそっと抱き寄せた。ベルもそれに応え、大木の幹の様な胴に、枝の様なか細い腕を回し、ぶ厚い広背筋を優しく抱いた。


「エイルさ───エイル、私は生きています。ここに居ます。私じゃ駄目ですか?」


 ベルの言葉に呼応して、エイルの丸太の様な太い腕が、折れている肋骨の事などお構い無しに、大胸筋にベルを力強く押し付ける。

 互いの吐息を僧帽筋が感じ、ふたつの呼吸が拍子を合わせ、ひとつに重なっていく。

(もう逃げられない───けど、安心······これはもう、全部私のもので良いという事───)


「エイル、あなたの心は私が支えます。あなたが守ってくれた私は生きています。私を感じてください。私はここにいます」

 エイルの手のひらがベルの後ろ髪を撫でると、ベルの顔は見上げ、エイルの顔は被さり、二人の視線が交わった。

「ルカ───」

 ベルの瞼が閉じ、唇がその番いを求めた───

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