第43話 意思
エルミアーナはオフと呼ばれた鳥人種の女と、ミーアとビオンを連れて退室し、部屋にはベルとアレクスが残った。
「ベルは、どうする?その、ベルはミーアが居なくなったし、パーティーを······さ」
「ごめんなさい······分からないの、少し考えさせて」
第一声でそんな事を聞かれるとは思っていなかったベルは、辞めたいと言う機会を逃した。そうかと言って、自分からそれを切り出すのはどこか薄情な気がして、結局何か機会が無ければ、こうしてズルズルと引き伸ばされて行く。
(ミーアは良い機会を与えて貰えた······)
ベルはそう思わずにはいられなかった。
「ベル······俺は───」
「アレクス、イリシュを外で待たせてるから、早く出て行ってあげないと」
「あ、ああ······そうだな」
ベルはそれを聞いてしまうと、何か答えを急かされる様な気がして、アレクスの邪魔をしてしまった。
ギルドから出ると、玄関扉から少し外れた物陰に、イリシュがポツンと立っていた。ベルとアレクスがイリシュに近付くと、イリシュは二人に一枚の紙を見せた。
その紙にはエルミアーナの名と、「アーロイ武具店で待つ」とだけ書かれていた。削って再利用出来る木簡で良いところを、紙なんて貴重品を惜しげも無く伝言に使うところは、流石領主娘としか言いようがない。
伝言の役目を終えた紙は、後で高級な焚付として最後の務めを果たす為、アレクスのポケットへ仕舞われた。
アーロイ武具店の前には駐屯兵が二人待機していた。エルミアーナは他のメンバーとは一旦別行動をとり、駐屯兵を護衛に付けて来た様だ。
店内では、もう一人の護衛が邪魔にならない隅っこの方に立って任に就き、エルミアーナから話を聞いたスズとアルミナが抱き合って泣いていて、タングは口を堅く結んで天井を仰いでいた。
エルミアーナの気遣いにアレクスとベルは助けられた。今までの事を説明出来るとは、到底思えなかったからだ。
イリシュがキールの遺品の槍を取り出し、エルフの言葉で、タング達に何かを伝え始めた。本来は奴隷の規則に反しているが、エルミアーナは黙認した上で、その言葉を翻訳してタング達に伝えた。
「この槍を短剣に打ち直してくれ。私は彼と共に、彼の仇を討つ。弓も使える状態にあるのなら、直ぐに出して欲しい」
ベル達はイリシュの拙い言葉しか知らない為、勝手に幼い口調だと思っていた。これがイリシュの本来の口調なのか、エルミアーナの意訳が入っているのかは分からないが、中性的で力強い口調に驚いた。
「アーロイ殿、その弓はまだ未完成なのか?私達は明後日ダンジョンへ入る。それには間に合うか?」
「短剣は余裕です。弓はギリギリまで待って欲しい。流石に納得のいかないものを、客に納める事は出来ません」
エルミアーナはイリシュにその内容を伝え、イリシュからの回答を訳して伝える。
「ドワーフの匠の心遣いに感謝する。私は貴方達の鍛えた武器で、必ず我が命の恩人にして、最愛の人の仇敵を討つ」
最愛。その言葉を聞いて、ベルの頬を涙が伝った。仲が良いとは思っていたが、イリシュの方がそこまでの感情を持っているとは、思っていなかった。
ベルはイリシュの様に、キールの仇を討ちたいとは思えず、イリシュの姿を見ていると、自分が情け無く思えて来てしまう。
イリシュは強い女性だ、と───自分は何なのだろう、と───仲間を失って、喪失感だけ覚えて───
(私は───)
「ベル、俺もキールの仇を討ちたい」
アレクスは既に決まっていた心の内を、ベルに吐露した。
「アレクス、仇を討つって言っても、私達はもう順番が終わったのよ?」
ベルは自分とは違い、アレクスはそう言うだろうとは思っていた。しかし、イリシュもそうであるが、どうやってあの魔物を倒すのか。そもそも、アレクスのパーティーは二巡目の順番が既に終わっている。そうなると、3巡目が始まるまで他のパーティーと組む事は出来ない為、どうやってダンジョンに入るつもりなのか疑問だった。
「それは!······そうだけど······そうだ!パーティーを解散してソロになるんだ!それでエルミアーナ様のパーティーに入れて貰えば良いんだよ!」
「───アレクス、冷静になってよ······エイルさんの意見はどうするの?······それに、エルミアーナ様のパーティーに入れて貰えるなんて、そんな事本気で思ってるの?」
ベルは、今の馬鹿げた話を全部聞いていたであろうエルミアーナの顔を伺い、意見を求めた。
「ベルカノール、エイルの事は気にする必要は無い、彼はそもそもソロ気質だからな。彼と彼の友人達を見てみるといい、パーティーなど、ひとつの括りでしかないだろう?───多少の無理は、私が通してやる。出発前にギルドで手続きが出来る様、それまでに答えを出して来い」
エルミアーナは、イリシュに今の話を伝えて屋敷へ帰った。ベル達も、明日アレクスとイリシュが顔を出す事を伝えて、パナキア医院へ向かった。
エイルはまだ意識が戻っていなかった。今はアンナが手を擦って声を掛けているところだ。
「こういうのは薬でどうこうできるものじゃないので、こんなやり方しか出来ないのが歯痒いですね······」
そう漏らすマルコに、ベルとアレクスは、エイルをパーティーの家で看る事を伝えた。
マルコは、明日の朝になっても目を覚まさないときは両親へ連絡をするよう、条件を出した。それは、点滴なんて物の無いこの世界で、経口で栄養を摂取出来ない状態のエイルは、そのまま神の御許へ召される可能性が高い事を暗に示していた。
アレクスがエイルを背負って、寂しくなった家へ帰った。布団にエイルを寝かせ、アンナがやっていた様に、エイルの意識が戻る様祈りを込めて手を擦って、声を掛け続けた。
ベルは自分の頭で考える気が無くなっていた。アレクスもイリシュも彼等の好きにすれば良いと思っており、エイルが起きて、何か決めてくれれば、それに便乗するつもりだった。
(私はきっと───)
「───エイルさん助けて下さい。キールとガルルが、もう······いません。ミーアも、もうパーティーに戻って来れません。エイルさん起きてください······助けてください······」
ベルはエイルが目覚めるように声を掛けた。自分の代わりに判断してくれる人が、目覚めてくれるのを待っていた。
「エイルさん······エイルさん······あ!エイルさんっ!アレクス!エイルさんが!」
エイルがベルの手を握り返した。無意識に握られた手は凄く痛いが、今はそれどころではなかった。
イリシュがもう片方の手を握り、アレクスは耳元でエイルを呼ぶ。
「───ッ!!!俺は······!?魔物は!皆んな無事か!」
エイルが起きた。しかし、それはエイルが意識を失ってからの事を、もう一度、一から話さなければならないという事だ。
「ベル、俺が······エイルさん、落ち着いて聞いて下さい。あれからの事を話します」
アレクスが一番辛い役を引き受け、鼻水を啜って、嗚咽を漏らして、その中で何とか言葉を絞り出して、話にならない話を始めた。エイルはアレクスに向き合い、その言葉の意味するところを理解し、拳を固く握っていく。イリシュはもう心の整理が付いているのか、毅然とした態度でアレクスとエイルを見ていた。
そんな三人を見ているベルは、ただ涙を流して泣きじゃくっているだけだ。辛い役は任せて、心構えも出来ていない、ただのか弱い女を誇張している。
(私はきっと狡い女だ───)
全てを聞き終わったとき、エイルの拳は開かれ、両の手は自らの頭を抱える様に動いた。
「俺の所為だ······俺が!情け無い!意識が無かったなんて!俺が!クソ!───キールが、ガルルが、こんな事······キールはまだ16だぞ、早過ぎる!助けられなかった!───ミーア······ガルル······ごめん······俺の所為だ───」
エイルの口から出たのは、ベルを導く都合の良い言葉では無く、自責の念だった。ベルは落胆した。しかし、ベルは同時にエイルに対して別の感情も持ってしまった。




