第5話 オーク強襲
エイルの1つ目のミス。ベルカノールの魔法による索敵の数と実際の数の相違を、冒険者一年生のただのヒューマンエラーで済ませてしまった事だ。もし数は合っていたとしたら───
「皆んな逃げろぉお!」
エイルはアレクス達3人に向け茂みの中から弓を構えるゴブリンを見つけ、叫び、駆け出した。しかし3人はビクッと体を強張らせただけで、突然逃げろと言われても直ぐ様反応することは出来なかった。
ゴブリンアーチャーの弓の腕はたかが知れている。狙ったところにはまず当たらない。しかし、弓道やダーツもど真ん中だけが的ではない、面積が広ければ何処かに命中してしまう可能性が増えてしまうのだ。
「ッ───キャァアア!」
ベルカノールの悲鳴が上がった。人が3人集まった大きめの的、その的にゴブリンは的中させた。即死なら悲鳴すら聞く事が出来ない、不幸中の幸いで最悪の事態は免れた様だ。
「クソが!ふざけんなあ!」
キールがゴブリンを見つけ槍を投擲し、ゴブリンの眉間を貫通させた。エイルも3人に合流して倒れたベルカノールの容態を診た。腿の裏から矢が刺さって、ワンピースの生地を腿に縫い付けている。裾を捲くって確認すると鏃は貫通はしていなかった。
「エイルさん、早く抜かないと!」
引きつった呼吸とうめき声を上げるベルカノールを、心配そうに見ていたアレクスがエイルを急かした。
「駄目だ、抜けない。鏃の形状が分からない。無理に抜いて大出血したらそれこそ助からない」
本当はエイルもこんな痛々しいのは見ていたくないので、直ぐにでも抜いて楽にしてやりたかった。
「大丈夫だエイルさん!鏃には反しが付いてない!」
キールがゴブリンの矢筒を確認して報告した。矢筒に残った鏃には反しが無い、だがそれは今刺さっている鏃が同じ形状だという証明にはならない。なにせゴブリンの装備は拾い物なのだから。
「抜こう!ベル、良いね?」
アレクスの問にベルカノールが首を小さく縦に振って答えた。
勇者の天職を授かった者は総じて主人公補正と言える様な強運を持っている。ここはアレクスの判断を信じて、エイルは矢を抜くことを決意した。
患部より胴体側にタオルをきつく巻いて止血の準備をし、ちょっと可哀想だがタオルを噛ませ、そっと体勢をうつ伏せに変える。
「アレクス、キール。暴れるから脚と胴体を押さえてくれ」
アレクスは足首を掴んで膝で挟み込んでホールドして、キールは上四方固めの要領で背中に乗り抑え込んだ。エイルは腰の上に跨り、両膝で腰部をしっかり固めて矢に触れた。
「ウゥッ!ッア!」
ベルカノールは矢に肉を掻き回され、痛みから逃れようと反射的に身を捩り暴れた。これはゆっくり引き抜いてなどいられない。エイルは一旦矢から手を離し落ち着くのを待ってから、今度は掴むと同時に一気に引き抜いた。
「ックゥウ!···ウッ、フゥー!···フゥー!」
アレクスの決断は正しく、本当に鏃に反しは付いていなかった。幸いな事に太い血管も傷付いておらず、大量に出血することも無かった。
エイルは矢を投げ捨てリュックサックから包帯と薬、それと道中で収穫した薬草を取り出した。
この薬草はアンナの旦那から教わった、痛み止め───とは名ばかりの麻痺毒を持った毒草だ。しかし毒草ではあるが外科手術のときに麻酔としても使うので、聞こえが良いように薬草として扱われている。これを小さく折り畳んで、指先で潰してエキスを絞り出し傷口に滴下する。エイルもお世話になったことがあり、これで部分麻酔を射たれた感じになるでだいぶ楽になる事だろう。
もう体を押さえ付ける必要もないので、エイル達はベルカノールから離れて彼女を横向きに寝かせた。後はアンナの旦那特製の傷薬を塗って、包帯を巻き、処置は何とか終了だ。
そしてエイルの2つ目のミス。それは怪我の処置に執着してしまったことだ。集中とは、自分を中心に周りの情報を集める事。だから集中出来ていれば背後の敵の動きや、周囲の気配も察知できる。執着とは、1つの物事に固執すること。普段のエイルならば、木が風に揺れる音と、押し退けれて揺れる音の違いくらい把握できる筈だった。
「エイルさあああん!」
アレクスの悲痛な叫びに反応し振り返り、エイルはそれを視界に捉えた。
アレクスもキールもベルカノールが心配でそっちに意識が向いていた。そんな中で最初にソレの接近に気が付いたのはアレクスだった。正に勇者の感とも言うべき、背筋がゾッとする謎の感覚を覚えたアレクスは、顔を向けた先にソレを見つけ本能に従い助けを呼んでいたのだ。
アレクスに呼ばれエイルが見たソレは、身長は2メートル程あり、筋肉の上に脂が乗ったデカい体格のゴブリン。そのゴブリンと同じく、ギルドの呼称でオークと呼ばれている魔物だった。しかも大剣と甲冑まで装備している。エイルは完全武装のこいつには会ったことが無いが、話には聞いたことがあった。
「アレクス!キール!戦うなぁ、逃げろおおお!」
自分達に向かって走り出したオークを迎撃する為、アレクスとキールが武器を取ったが、エイルは二人に逃げる様に指示を出した。
オークの余りの迫力に死を直感した二人は、なりふり構わず町のある方へ走って距離を取った。エイルはベルカノールを強引に抱えて、駆け出し易くオークから少しでも離れる森の奥の方へ距離を取った。獲物が二手に分かれてしまったオークは、丁度中央でどちらを狙うか品定めを始めた。
「アレクス!キール!ギルドへ伝えろ!甲冑を着たオークだ!伝えるんだ、行けえええ!」
「エイルさん!何言ってんすか!?置いていけないっすよお!」
キールはそう言うがエイルは冒険者の先輩としての言葉を、パーティーのリーダーへ伝えた。
「アレクス!こいつはここに居て良い奴じゃない!必ず伝えろ!次に繋げ!それも冒険者の務めだ!」
「ッ──────!行くぞキール!行くぞ!行くんだよおおお!」
アレクスがキールを引っ張って走り出した。キールは文句を言いながらも、やがて自分の役目を理解して自力で走り出した。勇者アレクスの勇敢な判断に敬意を払いつつ、アレクス達を目で追ったオークの隙をつき、エイルはベルカノールを背負って走り出した。
「っう!痛い!」
無視だ。どんなに痛がろうが無視。爪が肉に食い込むほどしがみついてくるが無視。
(それで良い、それが良い。暴れないのが良い)
エイルもこんなところで死にたくは無かった。
回り込んででも町まで行ければ最高なのだが、想像以上にベルカノールを背負ったエイルの足は遅く、想像以上にオークの足は速く、エイルは森の奥に向かわざるを得なかった。
なるべく狭い所を通って逃げる。自分達がギリギリ通過出来るところ、あの巨体では通過出来ない所を選んで逃げる。その甲斐あって、オークとの距離はどんどん開いて行き、やがて姿が見えなくなった。それでも足を休めずに走りながら、エイルは身を隠せる場所を探した。
エイルはベルカノールを降ろして、外套に土を付けて汚している。エイルの持ち物の外套は緑だが、これから隠れようとしている場所は土が剥き出しになっている為、なるべく土色にカモフラージュしようとしていた。隠れ場所に選んだのは、川沿いに丁度良く抉れた窪みだ。増水したときに水で攫われた様な洗掘跡で、倒れそうな木の根を大きな石が支えている状態になっている。
「(出来た!元が濃い色だからあんまり変わらないけど、暗くなれば分からないだろうな)」
エイルは洞穴で横になっているベルカノールの隣に座り、外套を掛けて小声で話した。
「(ごめんなさい···ごめんなさい···)」
ベルカノールはここに追い込まれたのは、自分が矢を受けた──そもそも索敵を失敗した事が原因だと思い、ここに着いてからずっとうわ言のように謝罪の言葉を繰り返していた。
「(謝る事は無いって、これが冒険者だ)」
「(──エイルさんは、怖くないんですか?)」
「(怖いさ···怖かった、久し振りに死ぬかと思ったよ)」
エイルはオークを見たとき本当にそう思った。一目で彼我の戦力を測れるのは良いことだが、自分が如何に安全圏でお小遣い稼ぎの冒険者ごっこをしていたかを思い知らされていた。
「(ここにはいつまで隠れているんですか?)」
「(そうだな···ミーアの魔獣、ガルルは犬か?)」
「(ガルルは、角山犬です)」
「(角山犬か···なら鼻が利くな)」
この国では巨大で額に一本の角が生えた巨大な山犬の魔物を角山犬と呼んでいる。そして心を通わせて信頼関係を構築した人と魔物が、ギルドの鑑定士の言うところの魔獣使いと魔獣になっている。
「(今出て行って、アレと鉢合わせるのが最悪だ。アレクスの話しを聞いて、ミーアとCランク以上が十分集まればその時点で救助に動く筈だ。その時は向こうが魔法で信号を上げるから、ベルカノールも何か派手なヤツを上げて応答してくれ)」
ここに来てようやく、ベルカノールが安堵の笑みを浮かべ、そしてエイルの今後人生を左右する切っ掛けを口にした。
「(エイルさんは魔法を使わないのですか?)」




