第40話 エルミアーナ·アルトレーネ
アレクスとベルは、外の明かりが差してきた辺りで、魚型の魔物に遭遇した。ギルドから情報だけは聞いていた、球形の体にポツポツと棘が生えている魔物だった。
「邪魔よ······」
ベルが魔法を放った。加減なんて微塵も無い、ありったけの魔力と感情を形にした、辛うじて槍の形状だと分かる炎の濁流だった。魔物が倒れてもベルは魔法を止めず、魔力が空になる迄燃やし続けた。ベルも、アレクスも、揺らぐ炎を見ている間は少しだけ心が安らいだ。
ダンジョンから出ると、アレクスは赤の信号魔法を上げて、その場に呆然と立ち尽くした。
盲目のフォスを除くパナテスのパーティーと、ギルドの職員二人が駆け付け「助けに行く」「拠点に搬送が先」とで口論になった。アレクスもベルも、それには何も言わない。───言えなかった。
結局アレクスのパーティー四人は、その場の全員に厄介になって拠点のテントへ運ばれた。パナテス達はエイルとミーアを寝かせると「キール君とガルルを連れてくる」と最悪を想定して、ロックだけは「助けに行く」と最悪を想定出来ないまま、ダンジョンへ走って行った。
「ごめんなさい······何も出来なくて、ごめんなさい」
パナテス達について行けず、治療も手伝えず、残されたフォスは、誰に向けたのか分からない謝罪を繰り返していた。
応急処置は終わった。ベルは無傷、アレクスは明日には完治の軽症、ミーアは意識を失っていて右の脛骨を骨折、エイルも意識を失っていて、右側の肋骨を何本か骨折しているのと、右上腕の腫れからヒビが疑われた。
アレクスとベルは外の丸太の長椅子に腰掛けて、ベルにはフォスが寄り添っている。それとここにはもう一人居る。
(お願いだから、何も、言わないでくれ───)
「キールイナイ?キールドコ?」
アレクスの期待も虚しく当然の疑問を呈され、肩が震え頬を涙が伝った。アレクスがベルの方を向くと、ベルは頭を抱えて耳を塞いでいる。
アレクスは震える手で、キールから受け取った小包を取り出し、イリシュの手に握らせた。
「キール······から」
アレクスはそれだけしか言えなかった。
イリシュは小包を包帯で巻かれた左手に乗せて、包装を解いていく。小包の中身は緑地に黄色の縁取りがされたリボンだった。
「自分で渡せよバカ野郎お!ぅ、うう!わあああ!ばかやろう!ああああ!」
アレクスは叫んでいた。そして今まで堪えていたモノが止め処無く溢れ出した。
「キール、アゲナイ」
イリシュのその一言でアレクスの慟哭は止み、伏せていたベルも顔を上げてイリシュを見た。イリシュはリボンを左腕に巻き付け、顔を覆う包帯から、黄金色の凛とした目を覗かせ、一歩踏み出した。
「駄目だイリシュ!行くな!」
イリシュの耳にアレクスの制止など届かなかった。アレクスはイリシュを行かせる訳にはいかないと、手を伸ばし走り出す。
アレクスはイリシュ越しに、拠点の唯一の出入り口の扉が開くのを見た。イリシュを迎えるかの様に開いた扉には、白い犬型獣人の女性が立っていた。
「止めれば良いのか?」
そう言うと、その女性は腰に提げた剣の柄を握り、イリシュは条件反射で足を止めて剣の柄に手をかけた。
『エルフの奴隷、身分を弁えろ。私は問答無用で斬り伏せる権利を持っている』
その女性がアレクス達の知らない言葉を話すと、イリシュはゆっくり手を離し、一歩足を引いた。
『私の敬愛する人が帰って来ない!助けに行きたい!』
『今、別のパーティーが行っている。報告を待て』
アレクスには話の内容は分からないが、イリシュを止めてくれた礼を言おうと、その女性に声を掛けた。
「ありがとうございます。失礼ですが······貴女は?」
「くくっ───!」
その女性は上品に口元を手で隠した。
「くくっははは───!」
犬型獣人の裂けた口は手で隠し切ることが出来ず、上がった広角がチラッと見えている。それ以上にパタパタ振れる尻尾が感情を代弁していた。
「失礼だ!これは失礼だ!あははは───!私を知らんのか?あははは!」
その女性は笑いながら、白いシャツの胸元に下がる、特注の金の冒険者証を摘んで見せた。
「エ、エルミアーナ様!」
アレクスは金の冒険者証を身に付ける事が出来るだろう人物の名を口に出すと、バッと立ち上がり、指先までピンと伸ばして直立した。その名を聞いたベルとフォスも、立ち上がり姿勢を正した。
「くく───、自分のとこの領主の娘の顔くらい覚えとけ。さて、君がアレクスで、そっちの君がベルカノール、合っているかな?」
「はい!間違いありません!」
「そう固くならなくていい。アレクス、話せるか?」
エルミアーナはアレクス達に着席を促し、ギルドの職員に椅子を持ってこさせ、話の記録を指示した。アレクスは、ダンジョンに入ってから順調に魔物を討伐し、休憩を取り、その後の事と、順に話していった。
「───あれは魚を釣るときの餌です。それも見る人によって見え方が違って······」
「それは何に見えたんだ?」
「裸の······ドワーフの女の子です。キールがイリシュ······そこのエルフの名前を叫んでからは、そう映る様になりました」
「ベルカノール、君は何を見たのかな?」
「私は······その、はだ······男の人です。そこのエルフの名前を聞いてからは、アレクスと同じです」
エルミアーナは、黒のスキニーパンツで強調されたスラっと伸びる脚を組み替え、顎に手を当てて思考を巡らせた。
「それは多分、一番興味を引くものを見せる特殊な能力だろうな。その時腹が減っていれば、食い物を見たんじゃないかな?ベルカノール、きっと私も腹が満たれていたなら君と同じだ。人は服と一緒に理性を着るものだ。服を脱げば皆食って寝るだけの獣さ。さあ、アレクス続きだ」
「キールがそれに向かって駆け出して、俺は可怪しいと思って、エイルさんもきっとヤバいと思ってキールを掴んで投げ飛ばしたんです」
「あー?済まない、ちょっと待て······エイルさんって、格闘家のエイルか?」
「はい、そうですが?」
「そうか。ここに居ないとなると───」
エルミアーナはテントの方を向いた。アレクスはエルミアーナに顔を向かながらも、テントに視線を流した。
「はい。エイルさんは重症で、意識が無くて、そのテントに居ます」
「そうか······話しの腰を折って悪かった。続けてくれ」
「はい。キールが投げ飛ばされて、そうしたら、エイルさんが凄い勢いでぶっ飛ばされて、きっと触手で強く打たれたんだと思います。それから意識が無くて······魔獣のガルルに乗せて逃げたんです。けど、地面が光って······ガルルとミーアが······ミーアがガルルの下敷きになって───」
「アレクス!」
「ああ、彼女がミーアか?」
アレクスの良く知った声だった。アレクスとベルは、エルミアーナの方を向いていた為気が付かなかった。ミーアはアレクスの剣を杖にしてテントから出て来ており、直前の話が耳に入っていた。
「アレクス!ガルルはどうしたの!?どこにいるの!答えてよ!」
アレクスはミーアがいる場で何と話せば良いのか、全く検討がつかなかった。




