第38話 何を見たのか?
多くの魔物の亡骸が横たわるダンジョンの広間では、ダンジョンをぼんやり照らす魔物が、その燃料を補給するためご馳走に群がっていた。そのご馳走を用意したアレクス達は、暗く霞んだ奥の空間へと探索の足を進める前に、通路まで引き返し腰を下ろしていた。
エイルが腕を組んで広間の奥に睨みを効かせ、その後ろでアレクス達は、細切りにした根菜を焼いて塩をまぶしたおやつを摘みながら、水で喉を潤している。
近くには魔物の死体が転がっているが、アレクスもキールも、もうそんなのには慣れてしまって、獣に止めを刺すのをためらい、ベルとミーアに「情け無い」「根性無し」と呆れられたりしていたのが嘘の様だ。
アレクスとキールはパーティー結成当初、女の子が丁度二人加入したことで、「どっちがイイ?」なんて下衆な話をしたり、パーティーで家を借りたときは、夜の付き合いを期待して───見事に期待が外れて、二人で始めて酒をやった。その時のツマミもこのおやつだった。
「うん、良い塩梅だ」
「突然何よ?焼いて塩振っただけなのを褒められても······」
「みんなで作ったんだよ。イリシュもフォスさんもだよー!」
「うおお!マジか!?これ全部貰っていい?」
「キールはイリシュのこと好き過ぎて気持ち悪い」
「アレクスは、スズちゃんなら全部取るんだよー」
「へぁ?なんでスズちゃんが出てくるんだよ?でも、料理も上手そうだな······全部取るかも!」
「そうじゃないんだよー······でも料理の腕は私も気になるよ!」
「今度スズちゃんをお料理会に誘わない?」
「いいね!誰が一番料理上手か!まあ、イリシュが一番だけどな!」
「おいおいキール、それはお前の贔屓目だ。シュナは呼ばないのか?オルフの舌を唸らせている様だから、シュナが一番かもな?それに俺も皆んなが知らない料理を出してやるぞ」
「「エイルさん!!!!」」
アレクスとキールが、エイルに始めて会った時の印象は「普通のおっさん」だった。採取依頼や町のお手伝い依頼はそこそこに、害獣駆除の依頼を順調にこなしていたアレクスとキールは、正直調子に乗っていた。
ミーアが休みで、ガルルが同行しないことに不満のベルを半ば強引に連れ出して、Cランクの登竜門のゴブリン退治を受けにギルドへ向かった。ギルドの受付では、武器と呼べるような物を持っていないおっさんを紹介された。
そのおっさんからは、薬草採取での小遣い稼ぎを教えてもらい。格闘技というものを体験させてもらい。腕っぷしの強さに憧れのあった二人は、エイルの技に心を奪われ、その後二人で泣きながらギルドに飛び込む事になった。
「うんうん!美味しいな!この芋を焼くんじゃなくて、油で揚げると病みつきになるヤツができるぞ?」
アレクス達にとって、エイルは頼れる兄であり、不思議な人物であった。生まれも育ちもこの町だと言ってはいるが、全然見た事が無い料理、聞いた事もない知識をたまに披露する。
「ほらガルル、お手───おお!よし、良い子だ!ご褒美にこのおやつをあげよう。······でも塩っぱいか?まあ体がデカいからこのくらい誤差か!」
今も自分の手にガルルが足を乗っけた事のご褒美にと、ガルルにおやつを与えて褒め散らかしているところだ。
「アレクス、そろそろ行こうか?」
ガルルと戯れ終わったエイルが出発を促すと、全員で広げた荷物を片付けて、ミーアの弓矢とキールの投擲槍と松明をガルルの鞍に括り付けて、再び広間へと足を踏み入れる。人の侵入を察知すると、フロートランプはお食事を中断して、フラフラと仕事に戻った。
広間の地面には、ぼんやりとした光源をキラキラと反射して光の川が流れている。川と言っても薄っすら水が流れている程度であるが、空間の奥から狭い通路へ向かって水の道が出来ている。
さっきの戦闘が嘘じゃないかと思えるほどに、今は敵の気配を感じることはない。チョロチョロと流れる水の音を、アレクス達は心地良く感じられていた。
「ベル、松明をつけてくれ」
入り口の方はフロートランプの明かりで、倒した魔物の死体が照らされているが、何故かそこから奥へ来る気配が無い。ベルが松明を取り出して、炎の魔法で炙って火を灯した。この空間の広さに対してこの松明の光量では、灯りとしては心許無いが無いよりはましだった。
何かが居る───。松明の灯りに照らせれて───誰かが居ると、全員が認識した。
アレクスは自然と剣を抜いていた。キールも半身で槍を構え、エイルは自然体で臨戦態勢をとり、パーティーの最前に出ている。ガルルは威嚇をしている気配が無いが、落ち着きが無いようにアレクスには感じられた。ベルとミーアは、アレクスより後ろに居るので、アレクスには状況が分からない。
アレクスが揺れる灯りに見たのは女の子───小さい───小さい女の子だった。服装からではなく、しなやかな肢体の曲線で女の子だと分かった。その女の子は幼児体型では無く、妙に大人びた輪郭をしている。
その女の子もアレクス達の事が見えている筈だが、しかし女の子は動く気配が無く、見た目では今直ぐ保護をしたくなるが、アレクスは不気味さを感じていた。
「エイルさん······何か、嫌な予感がします。帰ってギルドに報告しましょう」
「勇者の感か?······そうだな、あの女までまだ距離があるから、ゆっくりさがるか」
アレクスは、今、何か違和感を感じた。
「女ですか?······男の人に見えますよ?」
「そうだよー。服を着てないから、間違えないよ······」
ベルとミーアは男だと言った───一瞬、エイルに見えたが違う。エイルは女だと言った───一瞬、町で見た胸の大きい皮膜翼の魔人種の女に見えたが違う。
(───やっぱり、あの女の子だ)
アレクスは焦った。何かが可怪しい。何故見える姿が変わったのか───後退したいけれど、確認したい好奇心が足を止めてしまう。そして目が慣れて来ると、あまり良く見えなかった顔が、少しずつ少しずつ鮮明に見えるようになってくる───
(ス───)
「イリシュ!」
キールが駆け出した。その瞬間アレクスが思ったのは「釣られた!」だった。




