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魔を討つは異世界の拳〜格闘バカの異世界ライフ、気合のコブシが魔障の世界を殴り抜く〜  作者: 白酒軍曹
ギルド編

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第35話 空いた時間に何をする?

 帰りの道中は魔物に襲撃される事もなく、前線拠点へ向かう7番のパーティーと軽く挨拶したくらいで、エイルとキールは無事に町へ帰還した。

 森を抜けて麦畑に差し掛かると、キールは足早にアンナの旦那のパナキア医院へ向かった。おいてけ堀のエイルがのんびり散歩して医院に着くと、キールとイリシュが並んでマルコから話を聞いていた。

 エイルはマルコの話が終わったところで「一旦実家に顔を出してから帰る」と伝えて二人を先に帰らせた。


「おやおや、若い男女に時間を与えて何をさせるつもりですか?こんな事もあろうかと、先に伝えておいて正解でしたね」

「マズかったですか?」

「いえいえ、イリシュさんは生殖機能は失われてはいないと思います。ですが、妊娠した場合お腹の皮膚が伸びるのか······そこに不安が残ります。これはお二人、まあ、イリシュさんには通じていないと思いますけど、キール君には先に話しをしてあります」

「もし、その気になってるなら、今から止めるのは無粋でしょうね?」

 エイルはマルコの話を聞くと、その時のイリシュの身体の事が心配になり、そわそわと落ち着きが無くなった。マルコはそんなエイルが可笑しくなって、笑いを堪えながら医学書のエルフについてのページをペラペラと捲った。

「ええ、二人だけの時間を作ってやるのも必要ですよ。───エルフは長寿ですから、人並みに子供が産まれると人口が増え過ぎますからね。上手いこと妊娠し難くなっているそうですよ。もし、二人のところへ霊が巡って来たのなら、その時はその時です。何とかしましょう!」

「ですね!その時は何でも手伝いますよ!ところで、イリシュの具合いはどうなんですか?」


「うーん、はっきり言ってしまうと、少しの間延命出来れば上出来だと思っていました。それが随分と元気になって、まさかあれ程回復するとは思ってもいませんでした」

「キールが献身的に看ていましたし、イリシュも強い意思で頑張っていましたから、それが功を奏したのでしょう」

「火傷も膿が引いてきましたし、あともう少しと言ったところですね。皮膚の柔軟性は戻らないと思いますので、運動機能の低下や喋り辛さは残ってしまいますが······」

 そこまで話すと、マルコはグイッと身を乗り出した。


「ところで、ダンジョンの方はどのような感じなのでしょうか?妻から聞いてはいますが、又聞きですからね。実際に行った方から話を聞いてみたいと思いまして」

 エイルは前線拠点の様子から、ダンジョン内の様子、魔物の容姿、戦いの内容、体験した事をマルコに話した───

「おや?患者さんですかね?今日はこれでお開きですね。また私の暇潰しに付き合って下さい」

 話が盛り上がって来たところで、玄関に人の気配を察し、マルコは仕事に戻った。


 特にやることも無いエイルは、イリシュ用の弓を考える為、タングの所へ邪魔をして企画を話した。

「また変なモンを作らせてくれるじゃねえか?このギザギザの付いた丸棒が回転すると、こっちの角棒のギザギザに噛んで、角棒の方が直線に動くのか······。まったく、よくこんな事考え付くな!」

「なんか、こう······頭の中にあったんですよ」

 今回タングに頼んだのは、ピニオンとラックを使った機械式の弓、クロスボウを含んだイリシュ用の専用装備だ。

 イリシュが気に入るかは分からないが、エイルとしては、ただ左手に固定して装着する弓だけでは面白く無いので、ちょっと強力な仕掛けを付けようと思い立った。要らないと言われたときは、本体が攻撃力不足なミーアに使って貰えばいい。

 アルミナからお茶を戴いて、タングと話をして、帰り際にスズからアレクスへの伝言を頼まれ、エイルはアーロイ武具店を後にした。


 エイルは、食べ歩きも買い物もする気にならず、フラフラと散歩をしていると、フラフラとガルルのところへ足が向かっていた。

 角山犬は犬を馬並みに巨大にして、額に一本角を生やした見た目の魔物だ。他の生き物も、前世の地球の生き物と大体似たか寄ったかで、ここの人間も羽とか角に目を瞑れば、エイルの良く知る人間の形をしている。「環境が似ていれば同じ様な進化をするのだろうか?」ガルルを手櫛で梳かしながら、エイルは物思いに耽った───


 エイルは前世の日本では機械加工の仕事をしていた。工作機械が有ればいい仕事が出来るが、この世界でその腕を発揮するには、先ず機械と工具を1から作る所から始めなければならない。

 こっちの世界にあっちの世界の技術や知識を入れてしまうのは、本来こっちの世界が辿るべき発展を逸脱させてしまう。エイルという不自然がこの世界の自然を乱しているようなものだ。

 好ましく無いとは思いつつも、エイルもちょっと魔が差してしまうし、既にエイルは格闘技を持ち込んでいて、エイル以前にもこの世界に英語とアルファベットを持ちこんだ者もいる。

 もっと過去に遡れば、多くの地球人がこの地球型惑星に来ているのでは無いだろうか。そしてエイルを含めて全員が、あっちの主張が少なくこっちに溶け込んで生活したか、こっちの人達があまり積極的に取り込もうとしなかったか、はたまたその両方か?

 タングやオルフもネジの構造を広めたり、商売に使おうとしないし、エイルの格闘技を見てもここの住民はあまり関心が無かった。確かに殴るより剣と魔法の方が良いと言うのはあるだろうが······。


 英語は共通語として、こっちの世界テイストに調整されたものがギルドと共に広まっており、母国語と共通語の英語モドキのバイリンガルがこの国の言語教育になっている。

 意思の疎通ができるのは争いの回避に繋がる様で、約二百年前にギルドが世界に進出してからは、ギルド加盟国同士の大きな争いは起こっていない。

 ギルドの進出から、Aランク冒険者を通して異文化交流が始まって、商人を介して貿易も盛んになった。交易価値の無いこの町にはあまり異国の物は流れて来ず、Aランクパーティーのお土産披露会で目にするくらいだ。

 そして漸くこの町にもダンジョンという資源が出来ようとしている。ダンジョンの調査をして、採取物を広報すれば、この国のBランク以上と、他国のAランクパーティーを受け入れ、それに付随して衣食住の商売の拡充と人の転入で町の発展が見込める。


 義務教育で教えられるのは主に言語と神話と算数で、社会歴史は親や知識人から教わるくらいだ。殆どの人が生まれた町から外に出ることが無いので、それでどうにかなっている。町から町の移動も容易で無く、冒険者の護衛が主流になる前は国防軍が護衛に就いていた。

 これがBランク冒険者が、文化とマナーや遠征の知識を習得しなければならない理由で、Aランクは更に他国の習慣や文化の知識を覚えなければならない。他国のダンジョンの資源を採りに行って、戦争案件でも持ち帰って来られた日には、国としても仲介したギルドにしても、堪ったものではないからだ。


「ここのダンジョンが片付いたら、他の町や他の国に行ってみるのもの良いかな?ガルル、お前はどうだ?」

 エイルはガルルを撫でながら聞いてみたが、エイルを見てハアハア言っているだけで何を考えているのか分からない。ガルルの両頬をワシワシ弄って軽く引っ張ると、ガルルがエイルの腕に甘噛みをした。

「お?やるのかこの野郎」

 エイルが両手を口に見立ててガルルの首筋をガシガシ掴んでいると、ガバっと前脚を肩に掛けられ押し倒されてしまった。

「おおっ!?油断したけどまだだぞ!」

 エイルはガルルの右前脚を左腕で抱えて、右手でガルルの左腋を押し上げ、ガルルの右前脚を引き込みながら左回りにコロンと転がってやる。すると支えを一本失った状態で回転する力を加えられたガルルは、エイルと一緒にコロンと仰向けに転がり腹を晒した。

「どうだ!マウントポジションだ!」

 仰向けになったガルルの胸に跨り······否、殆ど胸に乗っている状態なので、暴れられたら抑え込め無いのだが、一応マウントは取り返す事に成功していた。

「ガゥア!」

「うおお!───もっふあ!?」

 ガルルが前脚でエイルをホールドし、クルッと転がり簡単にマウントを取り返され、エイルはもふもふの胸毛の下敷きにされてしまった。

「モガ!モガモガ───(参った!どいてくれー)」

 エイルがガルルの下から這い出て立ち上がると、広角が上がって憎たらしい顔をしたガルルと目があった。

「お前は強いなあ、頼りにしてるぞ」

「ハアハア!」


 エイルがガルルを撫でていると、フォスの魔獣マブロが森の木々に留まりながら町へ向かって来るのが見えた。

「どうやらミーアが帰って来るようだぞ?迎えに行こうか」

「ハアッハアッ!」

 ミーアと聞いて喜ぶガルルを連れて、エイルは仲間を迎えに向かった。

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