第34話 必殺技
アーマースパイダーの頭から甲冑に身を包んだ人型の何かが生えた魔物は、その巨体で通路を塞ぎ、フルフェイスの兜を被った首をプラプラと揺らしている。
「これは······死んだんすか?」
「キール、念の為に腕を潰そう」
アレクスがキールに提案し、二人で腕の付け根に刃を突き刺し腕を潰す。痛みからの反射反応も無い様で、刃が深々と刺さってもピクリとも動かなかった。
「どうやら、倒したって事で良いのか?」
「っはあー!さすがにビビりました!ガチガチに防御を固めて、遠距離もできますよって、どうすれば良いか分からなかったです」
「この場所が良かったのかも知れないな。お互いに回避がし辛く動きが制限されたけど、開けた場所だとどうだっただろうか?」
「素早く動かれると、今回の様な凍結は出来なくなります」
ベルが使ったのは、即効性が無い為実用性が無く、魔力を垂れ流す為継戦能力が無い、攻撃用の魔法体系に入れてもらえない、家庭の食料を保存する為の魔法だった。
「私は広い所なら飛べるけど、矢は効かなそうだし、ガルルも鎧は噛み砕け無いよー」
「多分この人型の部分が知能という長所になり、骨格の脆さが短所になってると思う。ガルルなら脚で掻き回して、背後から首をもぎ取れるんじゃないか?」
この魔物が得たメリットは、大きなデメリットにもなっていた。「この分なら脳ミソだけを入れ替えた方が良かったんじゃ無いか?」と思うエイル達であった。
「コイツはゴブリンでしょうか?それなら耳を取らないと───」
アレクスとキールは、手を合わせてから魔物によじ登り、バケツの様なフルフェイスの兜を「どうやって外すんだ?」と苦労の末、なんとか取り外した。
「······ゴブリンだ。それじゃあ耳を───」
「アレクス、このゴブリン何か違くねえか?ほら、目だ!このゴブリン、イリシュと同じ色の目だ!」
「そう言えば······金色っぽいな。俺達だって眼の色くらい個人差があるだろ?キールはイリシュ好き過ぎなんだよ!」
「ちょっ······まあな!」
「おーい、バカやってないで早く降りて来い」
アレクスとキールはエイルに呼ばれ、ゴブリンの耳を切り落とし、それと外した兜を証明として持って魔物から下りた。
ベルは今の戦闘で魔力量の3分の2くらいを消費していた。エイル達の現在の成果はゴブリンナイト3体とオークナイト1体とこの魔物1体、それと棘の処理が、先のパーティーの続きから20メートル程度だった。
通路を通せん坊している魔物を乗り越えて進む事は出来るが、いざ逃げる時には足止めをされてしまう。
皆の疲弊も溜まってきており、帰りたい雰囲気が出て来たので、アレクスの最終判断で撤収することになった。
帰り道に狭い通路の方から、ヌルヌルの魚の魔物がひょっこりと顔を出した。するとアレクスは、「この時の為に練習していた魔法剣を試す」と、剣を抜いて前に出た。
武器と魔法の併用は基本的な技術で、わざわざ「魔法剣」等と名前を付けるまでもなく、魔法を覚えてくればその内勝手に使い始める技術だ。エイルも格好良い名前をつけたい気持ちは分からない事も無いのだが───
「魔法剣!白輝霜剣!」
(なんか大層な名前を付けやがったぜ······)
アレクスの魔力を帯びた剣は、霜を纏ってキラキラと光っている。
(魔力を無駄に流して······勿体無い)
その白く輝く刃は冷気の靄を下へ向かい流している。
(あれだけじゃただの冷たい剣だよー?)
「時間が無い!速攻でケリを付ける!」
(時間が無い······?ああ、無駄な演出で魔力切れか)
アレクスが魔物に向かって疾走り、迎撃の粘液を回避し、剣を高く振り上げた。
「ッりゃあ!」
アレクスが一気に魔力を込めると、剣が氷の粒をキラキラと吹き出した。剣は魔物を両断する勢いで鋭く振り下ろされ、纏った魔法の冷気に触れた魔物の粘膜は凍り付き、緩衝と潤滑の機能を失なった鱗を剣が突き破り、肉に切先が埋め込まれた。
「魔力!全!開!凍りつけえ!」
シュゥぅぅ······と最後っ屁が出ると、魔物は凍り付く───事は無かった。
「───あれぇ?」
それから暴れる魔物の傷口を狙い、キールが槍で突き、止めを刺した。魔物の傷口は少し凍っていたので、アレクスの魔力が残っていれば、体の芯から凍らせる想定通りの勝ち方が出来たのかも知れない。
エイル達はダンジョンから戻り、ギルドの出張所で探索の報告をした。アレクスが、ゴブリンとアーマースパイダーが融合したような魔物の事を報告すると、職員は本を取り出しペラペラとめくって、「他のダンジョンでも似たような事例がありますね」とあっさりした答えを返した。
獣に翼が生えたり、蛇の頭の部分にゴブリンがくっついていたり、3体以上の魔物がくっついた奴もいたり、ギルドはこういう本来別々の魔物がくっついた様な魔物を、『キメラ』と分類しているようだ。報酬の換金手形を受け取り、これを町のギルドへ持って行く事で現金と交換してもらえる。
荷物を置いてあるテントへ行くと、丁度お昼時だったようで、パナテス達が昼食の準備をしていた。ミーアとベルは、直ぐにフォスのところへ走って行き、ダンジョンでの事を話し始めた。重複してしまうが、男は男同士でダンジョンの情報交換をすることにした。
「そうなると、広い通路の方は今日は諦めた方が良いか······。狭い方かー、サハギンは即死するような事は無いけど、臭くなるから嫌なんだよなあ······」
「サハギンは凍りが有効だから、魔力が切れなければ甲冑を着た奴等より安全に対処できるがな」
「俺達のパーティーは、ニーノさんの魔法が最大の攻撃力ですからね。オークナイトがなんとかってところだ。なあアレクス、そのキメラはどうやって倒したんだ?」
「エイルさんが蹴り殺した」
「「は?······けり!?」」
パナテス達は「そんなまさか?」といった顔でエイルを見てから、今朝の事を思い出し納得の表情に切り替えた。
食後の休憩を取って、パナテス達はダンジョン探索の出発前の確認を始めた。フォスの魔獣マブロはお留守番で、フォスは小鳥や小動物の魔獣を従え、ダンジョンへ向かう。
帰りを待ちたいとミーアが言い出したので、アレクスとベルが一緒に残り、エイルとキールは町へ帰る事にした。




