第32話 光る○○○
火に掛けられた鍋の中で、芋とソーセージと彩りの数種の野菜がグツグツと踊っている。ベルの自家製ソースを入れると、程良い酸味と、フルーティーな香りが鼻腔に広がる。大きめの鍋2つに作られたスープは、2つのパーティーと3人の職員の腹を満たすのに十分だった。
荷物の確認も終わり、腹もこなれて来たところで、アレクス達はダンジョンの図面を囲み探索ルートを協議する。協議は直ぐに終わり、ルートは広い通路へ進む事に決定した。理由は単純に、ベルとミーアが狭い通路を猛反対したからだ。
拠点から少し歩き、ダンジョンの入り口に到着した。真四角では無いが、縦横3メートル程度の穴がポッカリと口を広げている。ダンジョン内は適度に明るく、念の為の松明は出番が無さそうだ。
ユラユラと揺らめいている光源は、報告通り風船爆弾魚で、食った死肉の発酵ガスを使って膨らんで浮き、発光しているのは腸の内容物だ。つまり───
「光るウンコだ!」
「しかも飛ぶ!」
「「ギャハハハ!」」
まだ子供が抜けないアレクスとキールには大受けで、ベルとミーアをドン引きさせていた。
ダンジョン内は、先のパーティーが大きめの棘を砕いてくれたのもあって、快適に足を進める事が出来た。
最初の分かれ道に到着し、計画通り右手側の広い通路へ向かう。広い通路と言っても武器を振り回すには手狭なので、まともに戦えるのは、肉体が武器のエイルと魔法が攻撃手段のベルくらいなものだ。
「棘の処理が雑になってきてますね」
「この辺りから交戦が増えて、それどころじゃなくなったんだろうな」
アレクスが指摘するように、足元に気をつけておかないと、全員で足を引き摺っておめおめと退散する事になるだろう。
持参した金槌で手分けして棘の処理をしながら、曲がりくねって見通しの悪い通路の探索を慎重に進める。
「ん?居るな······ベル、索敵を頼む」
「はい!確認します!───分かる範囲で、多分ゴブリンが3体、少し離れておそらくオークが1体です」
「石投げたら来るっすかね?」
「そうだな、投げて見るか。オークも一緒に来たら、その時は逃げるぞ?」
キールが砕いた棘の破片を拾い、剛速球を通路の奥へ投げ込んだ。ガッ!コン!コッ───と数回跳ねる音がして、反響音が消える頃、替わりにガッシャガッシャと金属が打ち擦れる音が聞こえてきた。
「みんな来るぞ!」
アレクスの掛け声で、エイル達は足場が整った位置まで後退し戦闘体勢に入った。鉄底の靴で地面の棘をものともせず、ゴブリンナイト3体が剣を振りかざして、ヤル気満々で走って来る。
「どうする?私が!?」
「ベルはまだ温存だ!キール、数を減らしてくれ!残りは俺とエイルさんでやる!」
「任せろ!勿論全部倒しちまっても良いんだろ?ミーア投擲槍を!」
「はい!投げるよ!」
キールはミーアが暴投した槍を受け取ると、体勢を直す勢いに乗せて投擲し、ゴブリンの眉間を貫いた。
「次!」
「は、はい!」
今度は素直にキールの手元へ槍が届いた。
「これで最後!後は任せた!」
顔面はガードされると判断したキールは、ゴブリンの足元を目掛けて横回転で槍をブン投げ、脚を絡め取り一体のゴブリンを転倒させた。
「エイルさん!俺が剣を止めます!」
振り下ろされるゴブリンの剣をアレクスが受け止め、ガラ空きになった顔面へエイルは拳を叩き込む。
ゴチャ───と水っぽい音と共に、ゴブリンは後ろへ殴り飛ばされた。もう一体、キールが転倒させたゴブリンが居るが、そいつはうつ伏せになったままピクリとも動かないでいる。キールが槍で小突いても反応が無いので、鎧の首元の隙間に槍を突き刺し確実にと止めをさした。
耳を切り取る為にひっくり返すと、どうやら倒れた際に眉間に棘が刺さっていたようだ。ゴブリンやオーク、魚型の魔物はこの地形で活動するために甲冑や硬質な鱗で棘から身を守っている。エイル達は整地していない場所では、絶対に戦わない事を確認しあった。
エイル達の前に4つのパーティーが挑戦している割には······な成果だったが、確かにこんな状況では探索の進みが悪い。
漸く、オークナイトの姿を視界に捉えると、向こうもエイル達に気付き、煩わしそうに大剣を杖にしてゆっくりと立ち上がった。
鎧に損傷が見られ、顔も少し爛れて、左腕は力無くぶら下がっている。昨日のパーティーを退けた際に、手傷を負ってダンジョンの奥へ避難していたのだろう。
「なんか、やり辛いですね」
「そうは言っても、あっちは遠慮なんてしてくれないぞ?過去に魔獣使いが使役した例もないらしいからな」
「そうだよー。嫌な感じだよー!」
手負いの相手をするのが辛いのはエイルもアレクスに同意だ。だが、ミーアの言うように相手は此方へ害を成すだけの魔物である。檻の中へ入れて餌を与えて「私達は仲良し」は出来るが、檻が無くなった瞬間に本能の餌食になるだけだ。
やる事はさっきのゴブリンと一緒だ。鉄に覆われていない顔面への遠距離攻撃、これが脚で掻き回す以外のオークナイトに対する最適解だろう。
「マジかアイツ!学習したのか?」
キールが投擲槍を構えると、オークは右腕を上げ手甲で顔を隠した。こうなると僅かに覗く片目か、鎧の隙間を狙うしか無くなる。
「腋を狙うしか無いか───な!」
キールが投げた槍は一直線にオークの腋へ向かったが、オークは腕を少しずらして槍をいなした。
「クソッ!エイルさん、どうすれば!?」
「手負いで弱ってるどころか、経験を積んで手強くなっているか······」
相手の得物の特性を、戦いから学び理解しているオークは、のっしのっしとエイル達を出口へと追いやっていく。
「───キール、いいか?」
エイルはキールに作戦を告げ、キールが了解の意志を返すと、二人でオークに向かって駆け出した。
敵の左手側がキールが、右手側はエイルが通路のギリギリを攻めて走る。的を散らす為だが、どちらが狙われても良い。希望はエイルだったが、狙われたのは武器を持っているキールだった。
キールは顔を狙うと見せかけて、石突を握り、片手で槍を目一杯に突き出た。槍のリーチの利を最大限に活かした突きは、オークが想定した槍の射程外から、負傷している左腕の鎧を鋭く突き、怪我の痛みを呼び起こした。
「ヴオォォォッ!」
油断していたところへの激痛に、オークの手から大剣は放され、けたたましい音を立てて床に転がった。オークは左手を抱えて前屈みになり、エイルの「丁度良い位置」に開いた口を運んだ。
アッパーは他のパンチと違い、閉じる打撃では無く開く打撃だ。エイルは息を大きく吐き、拳の軌道に合わせ大きく息を吸って腹を張る。
───ガチュッ!
エイルの拳は丁度いい角度、丁度いい加速で、オークの口を無理矢理閉じさせる。舌を噛み千切らせ、上の歯と下の歯をガチャガチャに噛み合わせ、顎を砕き割っても勢いは止まらず、気合の拳は天に向かい振り抜けた。




