第4話 ゴブリン退治
休憩を終え、エイル達はゴブリン捜索の続きを開始した。道中見つけた価値のある薬草、木の実、キノコは採取していく。薬草も需要の高いものは栽培されているが、基本的には人が食うものが優先されている。薬草なんぞ食っても腹の足しにならないからだ。
氷の魔法を使った保存技術はあるが、安定した生産は神頼みなので、不作が続くと多くの人は盗賊に転職を考えなければならない。
エイルは採取をしているアレクスとキールが変なものを採らないように見守りながら、周囲を警戒しつつ雑談をしていた。
「そういえば、皆んなは幼馴染みなのか?」
エイルはアレクス達の関係性を聞いてみた。
「俺とキールは幼馴染みで、住宅街の南区出身だ」
「私はミーアと幼馴染みです。ミーアに誘われて、サリ村から天啓の儀の後に引っ越してきました」
「そうそう、それでギルドで合ってパーティー組んだんすよー」
これはよくある事で、初期パーティーの結成は仲良しチームがそのままパーティーを組むか。お上りさんや、少人数の者同士が集まってパーティーを組むかの2パターンだ。
そこから顔ぶれが変わっていくのだが、このパーティーが解散するときは幸せな理由で解散してほしいものだ、とエイルは思った。
「エイルさんの幼馴染みに冒険者はいますか?」
「居るぞ。Bランクのノロケ夫婦と、あとAランクパーティーの両手に盾持った鉄壁バカがそうだ」
「3人だけですか?」
「ああ、殆どし···まあ、冒険者なんてそんな長くできるものじゃないからな」
エイルはベルカノールと話しをしていて、つい「殆ど死んだ」と言いそうになったが、まだ駆け出しパーティーには言い辛いので、エイルは言葉を飲んでおくことにした。
冒険者のパーティーにはランクが設定されており、それにはアルファベットのAからEが充てられている。この国では母国語の他に、世界共通の副言語として英語が用いられている。これには前世の記憶を覚ましたエイルは驚いたが、自分もこうして記憶を継いで転生しているので、過去に英語圏の人の転生者が居て、それが英語を世界に広めたギルドの関係者だったのだろうと推測している。
「マジっすかエイルさん!Aランクパーティーのメンバーが幼馴染みっすか?」
冒険者のランクはAランクが最高位になっていて、評価は冒険者としての強さもそうだが、それ以上にBランク以上は素行や野営の知識が重要視される。高ランクの特典はBランク以上は国内のギルド、Aランクは他国のギルドでも依頼を受ける資格が与えられる。それに伴いAランクBランクの冒険者の各領、各国の移動は、ギルドの責任を持って管理される事になっている。
エイルのランクはCランク。この評価は、本人が町を出る気が無いのが1番の原因だが、武器を持たない事が原因でもある。例えばAランクパーティーのエイルの幼馴染の鉄壁バカに、エイルは勝つ事が出来無い。鉄板をぶん殴って拳が無事な訳が無い。
そして、いよいよその時が来た。アレクス達はまだ呑気に遠足気分だが、エイルは野生動物とは違う気配を感じとった。
「アレクス。Dランクでも害獣駆除はあった筈だが、いつも索敵はどうしていたんだ?」
「いつもは···ガルルの感と、ミーアが上空から偵察してた」
「そうか(ガルル···たぶん山犬型の魔獣かな?それとミーアは鳥人種か)皆んな戦闘準備をしろ、何か居るぞ」
アレクスは剣を抜き辺りを警戒する。キールもアレクスに並び投擲槍を構えた。ベルカノールは不安そうに辺りを見回している。エイルはリュックサックと籠を降ろし、キールの予備の投擲槍を担いでベルカノールの後方を守るように待機し、特注の鉄綿花のグローブの紐を締め直した。
エイルが感じた気配が更に強く荒くなった。相手も見つかったなら隠す必要は無いと判断し、攻撃態勢を取り始めたのだろう。
アレクスの目配せでベルカノールが胸の前で手組み、魔力を練り魔法を発動した。
「マギアマティス───左前方の岩と木の陰!数は···5体!」
ベルカノールが索敵魔法の結果を伝えた。魔力を波紋状に展開し、魔力の干渉と反響を利用する索敵魔法は、ギルドの魔法訓練場でも教わる基本の魔法だ。普段は感の鋭い魔獣に頼っているが、ベルカノールもこれくらいは出来る。
ガササッ!と乱暴に草木を掻き分け、緑掛かった体色の身長が1メートルくらいの物体が飛び出して来た。頭が平たく尖った耳に潰れた鼻と血走った目、人や獣の死体から奪い取った衣服や毛皮を、人を真似て身に付ける習性は間違い無くゴブリンだ。
数は4体、武器の装備は剣が1体、棍棒が3体。装備している剣が拾い物なら並のゴブリンで、冒険者から略奪した物だと、人との戦いを経験した手強い個体になる。
敵襲に慌てたキールが構えていた投擲槍を投げたがゴブリン一体分も外れ、槍は虚しく藪の中へ飛んでいった。
「キール次だ!怖いんだろ?俺もそうだった!」
エイルは隙かさずキールに次の槍を投げて渡した。エイルと手合わせしたときに見せたキールの技術が発揮されたのならば、投擲を外す事は無かっただろう。キールが本調子を出せなかったのも無理はない、自分を殺傷するための武器を持った人の形をしたモノに、明確な殺意を向けられていたのだから。
エイル達とゴブリンの距離は10メートル程度だ。エイルは剣を持った奴を注視して、アレクス達の戦いを見守る事にした。棍棒なら袋叩きにされなければ大丈夫だし、何よりアレクス達がゴブリン退治を目的でここに来ているからだ。
Cランク昇格の登竜門はゴブリンの討伐だ。なのでゴブリンの殺意を跳ね返し、人の形をしたモノを殺せた者がCランクに昇格出来る。
「ベル!もっと下がれ!」
アレクスがベルカノールに指示を出した。前衛二人に対してゴブリンは4体。前衛を抜けられると判断したのだろう。
「エイルさん!槍を!」
アレクスの指示の後、間髪入れずにキールが槍を投擲して振り返りエイルに次の槍を催促した。どうやらキールは本調子を取り戻した様子だ。槍がゴブリンの肩を貫き「グギャギャアー!」と悲鳴を上げ転がる中、キールは次の槍を受け取った。
「うおおおおッ!」
アレクスが剣を持ったゴブリンに斬り掛かった。彼にとって、これが初の真剣勝負だろう。
ギャン、ギィインと鋼がぶつかり合う音が森の中に響く。アレクスは相手の剣が怖いのか、防戦一方になっていた。ゴブリン2体がアレクスを無視して後衛へ向かって走る、それを迎撃するのはキールだ。
ベルカノールもアレクスの指示通り後退してから、両手を敵に向けて突出し、いつでも攻撃魔法を撃てるように準備している。ただ恐怖からか「ハァッハァッ」と息遣いは荒い。エイルは少しでも安心して貰えるようにと、魔法の射線上に入らない様にしてベルカノールの前に出た。
キールは棍棒のゴブリン2体をなんとか足止め出来ていた。槍先と柄を器用に扱ってゴブリンの棍棒を捌いている。だがキールもやはり相手の武器への恐怖があるのだろう、目線は相手の棍棒だけを追って戦況は防戦一方になっている。
「ああ!?しまった!」
スコンッ!とゴブリンの棍棒にキールの槍が刺さった。フリーになった方のゴブリンはキールには目もくれずベルカノールの方へ走り、エイルは直ぐに動ける様に体勢を整えベルカノールの動向を伺った。
「マギアネロボーラ!」
ベルカノールの掌から水を模した魔力がシャワーの様に放出され、ゴブリンを水浸しにして少し怯ませただけでダメージは無い。
「マギアパゴーノクリオ!」
続けて対象を凍結させる魔法が発動された。ベルカノールは敵に水を被せ、それを瞬間凍結させるコンボを狙った。そして狙い通りに薄っすらでも表面が凍ったゴブリンは、つんのめって顔面から地面に突っ込んだ。
(この子はセンスが有るな)
エイルはベルカノールの魔法技術に感心した。今のは『重畳魔法』と言われ、先の魔法の中に次の魔法を仕込んでおく魔法の戦闘技術だ。幾つ重ねられるかは術者の技術次第で、地面に魔法を撃ち込んでおいて時間差で不意打ちをかけるなんて使い方も出来る。
「マギアパゴスロンヒ!」
ベルカノールの掌から放出された魔力がゴブリンの上空で氷の円錐を形作り、止めの氷柱がゴブリンの背中に墓標を立てた。
魔力を基とする魔法の創造物は、魔力の供給を絶たれると再び魔力へと還元される。魔法の水は魔力に還れば乾くし、魔法の炎は延焼した火はそのまま残り、氷の槍でポッカリ穴の明いたゴブリンは、少し白っぽくなった身体で太陽の光をキラキラと反射している。
ベルカノールの戦いはこれで決着。エイルは刺さって繋がった武器を押したり引いたりしているキールの元へ走った。
「悪いな、キール」
エイルの放った左フックはゴブリンのこめかみを捉え、ゴチャッ!っと鈍くも軽い音を立てゴブリンの頭蓋を砕いた。
「ギャアオオーンッ!」
「おおおお!勝ったぁぁあッ!」
アレクスの方は自力で決着をつけたようだ。ゴブリンの左腕を切断して胸をザックリ斬っている。殺し合いの経験を積んだアレクスは、敵の武器に対する恐怖も少しは克服出来たことだろう。
良く頑張った若者の仕事はこのくらいで良いだろうと、エイルは最初にキールの槍を食らって、地面で藻掻いているゴブリンの首を足刀でへし折った。
しかし、これで終わりではない。ベルカノールが5体居ると言っていたので、エイルは潜伏しているだろう場所を見に行った。
「居ないな···移動していた気配は無かったから、ベルカノールの勘違いか?」
アレクス達3人は1箇所に集まって、勝利と生存の喜びを分かち合っている。アレクスのパーティーは、もう一人のメンバー、ミーアと相棒のガルルが主力なのだろう。人を乗せて歩ける魔獣なら、単純なパワーだけでゴブリン程度は容易に討伐出来る。それを無しでゴブリンに挑むとは、世間知らずな若いパーティーの中でも、割りと無茶で危なっかしい部類だ。
あとは討伐の証明をできるものを回収して帰るだけなのだが、エイルは今一つのミスを犯していて、この後更にミスを重ねる事になった。




