第30話 順番
エイル達は拠点設営から、ベル達は散歩から帰り、皆で夕飯の食卓を囲むと、ミーアとベルの土産話で盛り上がった。イリシュは何を話しているか分からないながらも、自分の名前が頻繁に出るので、自分の話題だとは理解出来ていた。
エイルはイリシュが弓を持ちたがっていた事を聞いて、少し考え込んだ。
(弓か······、靴下に手突っ込んでるみたいな状態だからなあ······)
「エイルさん、何を考え込んでいるんですか?」
「イリシュのさ、手をどうにかできないかな?って」
「親指も無いですから、ミーア達鳥人の様に取っ手が有れば······という訳でもないですからね」
ベルが言うように鳥人種の翼角には物を挟んで掴める指があるが、イリシュにはそれすらも無い。
「足はどうなの?これでも食べられるよー」
ミーアが右足で皿を持ち上げ、左翼のスプーンでスープを掬って口に運んでいる。鳥人の夫婦の家庭は足中心の生活になるので、こういう食べ方もマナー違反にはならない。ただ衛生面の問題や少数派なのは事実なので、翼角の指を使ったテーブルマナーを教育するのが主流になっている。
「それだけ自由に使えれば弓も射れるだろうけど、俺達の足の指はミーア程自由に動かないぞ?」
アレクスが足の指をグーパーグーパーと動かして見せた。結局この問題は保留で、当面は剣と魔法で頑張って貰おうという事になった。
翌日の稽古からはイリシュも参加する事になった。走れない訳では無いが、激しい運動は患部に障って痛みで続かない為、イリシュはキールと朝の散歩から慣らし、エイル達は、既に待っていたシュナとティムと合流して稽古を始めた。
稽古も中程で、ガルルの背中に揺られて新しいメンバーが到着した。キールは見学のイリシュに、自分の槍さばきをいつも以上に力強く綺麗に披露している。アレクスには自習をしてもらい、エイルはベル達と金剛の研究を始めた。
「こうやってしゃがんで、背中を丸めて、頭を抱える。人間が咄嗟に取る防御の姿勢だ。俺も始めて金剛を使ったときはこの姿勢だった」
今の3人では金剛を使っても大して役に立た無い。なので、それを補う技術を考える必要がある。
「その状態から背中に気を集めるんだ。送気の要領で背中に気を送り続ける感覚だ」
全身に広げる金剛を鎧とするならば、送気により気の密度の濃い場所を作り、防御力を向上させ盾とするのがこの技だ。ベル達には鎧と盾を反復させ、感覚を覚えさせる。
「それじゃあ先ず普通の金剛で、この布を丸めただけの玉を背中に投げるぞ───」
3人の背中に金剛·鎧で布の玉をぶつけて、次は金剛·盾の状態で玉をぶつけた。
「どうだ、何か感覚の違いはあったか?」
「何か厚い服を着ているみたいだよー!」
「衝撃が少なくなった気がします」
「でも痛みは変わんないし」
「そうだなシュナ、表面的な痛みは変わらない。痛いだけじゃ死なないから痩せ我慢だ!」
「ええー!精神論?」
「精神論は重要だぞ。イリシュを見習え。さて、金剛の操作の感覚は掴んだだろうから、次は実践編だ。そこに3人並んでくれ───俺がこの玉を投げるから金剛で受けるんだ。手で受けても良いが、金剛の状態で受けること!じゃあいくぞー、あ、無作為に投げるからなー」
玉は10個持って来ている。エイルは先ず───
「痛った!え?早っや!加減しろー!」
「きゃ!誰を狙ってるか分からない!」
「ひゃ!また私?なんでー!」
「──っ!私には翼があるんだよー「ミーア、コンゴー使ってないよ」「ミア、ズルは痛ったい!私多くない!?」」
動体視力の向上も兼ねてのトレーニングで、ミーアは翼で、ベルとシュナは手で玉を払い、払えなければ身体で受ける。その際に送気により金剛を的確に一点集中させるのがトレーニングの目的だった。
最初に出来たのは片翼を盾替わりにして突っ立って居るだけの、動きの少ないミーアだった。翼を金剛·盾で守るだけなので、気の乱れが少なく、安定した防御力を発揮していた。
ベルは身を屈めて当たる面積を狭め、身体で受ける事前提で、当たりそうな箇所にピンポイントで金剛·盾を展開する様になった。欠点はアテが外れたり、玉を目で追うのに執着し、練気が乱れる事が多い事だ。
シュナは単純に気合の入った拳で叩き落としていた。気合での攻撃の瞬間には、強化された力に堪え得る様に防御面も強化される───攻撃は最大の防御、金剛·攻とも呼べる技ではあるが、そもそも迎撃の手が外れたり、ベルと同じで練気が乱れ、一番現実的では無かった。
この日も良い収穫があったところで稽古終了だ。アレクスとキールの方も、途中からイリシュに石を投げてもらって、それを武器で払う特訓をしていた。
「エイルさん、俺もそれやりたいです」
「じゃあ、明日だな。アレクスとキールは攻撃面を鍛えた方が良いと思ってな。女の子達が咄嗟に身を守れた方がお前達も気が楽だろ?イリシュも手伝ってくれてありがとう!」
全員で稽古場を片付けていたところ、ポフンと布の玉がエイルの背中に当たった。
「エっイルさぁ~ん!」
シュナだった。腰───否、股間を突き出して指差している。
(やれるもんならやってみろって事か?金剛状態のソコにぶつけてみたい衝動はあるが───どうしたものか?)
エイルがどう切り抜けるか思考していると───
「アソコ!」
「「ブっハ!!」」
イリシュが「この国の大衆娯楽が始まった」と思い、声高らかに叫ぶと、ベルとミーアは昨日を思い出して吹き出した。
「ベル!ミア!なになに!何教えたの!?」
「昨日か!?昨日イリシュに何か変な事教えたのか!」
イリシュのお陰でシュナの興味が移り、エイルは事無きを得た。ベルとミーアはこの事は黙っていたので、保護者気取りのキールに詰め寄られていた。
「エイルさん······キンタマはどうなんですか?やっぱスゲー痛いんですか?」
「やっぱ気になるか?蹴ってやろうか?」
「嫌ですよ!あ、俺が蹴りますよ!」
「バカ言え、俺だって嫌だよ!」
「「······」」
今日の分の依頼を受けに、パーティーを代表してエイルとアレクスはギルドに向かった。
昨日の段階で前線拠点のバリケードと宿泊用のテントは完成し、食料保存庫や医療品日用品の倉庫、ギルドの出張所も外装だけは完成していた。あとは物資と備品を運び込めば拠点施設として機能することが可能だ。
「はーい!ダンジョンに挑戦したいCランク以上のパーティーの代表の方だけギルドに入って下さーい!大変混みますので、代表の方だけでーす!ダンジョンに挑戦する順番を抽選で決めますので、パーティーの代表の方だけ入って下さーい!Cランク以上でーす!」
ギルドの前で受付嬢が声を張っている通り、抽選にはアレクスが行き、エイルはギルドの前で顔見知り達と情報交換をした。
「よお、ファル。その首飾りは彼女からか?」
「どうだ?綺麗な羽だろう?」
「ああ、早く美人の彼女紹介してくれよ」
「ははは、どうも思い切りがつかないらしい」
「エイル、今朝のはオルフにはナイショで······」
「そうだな、あんな破廉恥な行為オルフには話せないよな······だが駄目だ。今後一切二度と無い様にしっっっかりとシメてもらう。覚悟しろ」
「エイル君、ヘリオ君は何処に居るのかしらね?」
「どうなんだろうな?連絡はしてあると、領主様の次男は言っていたけどな······。『電話』とか有れば良いんだけど」
「デンワ?また知らない言葉、天啓の儀以来よね。今は減ったけど、当時は酷かったわ。“エイル別人成り済まし説”と、“エイルただ頭おかしくなった説”、どっちが正解?」
「頭おかしくなってないし、俺は俺だよ」
エイルは他にもクエストで同行した事のある仲間と、他愛無い情報交換をして時間を潰した。
アレクスとエイルは家に戻り、今はアレクスがダンジョン探索の内容を報告している。
「まず、ダンジョン探索でやる事は、ダンジョンの地図を作る事だ。ダンジョンの通路を記録しながら進んで、帰還して出張ギルドに提出する。それを職員が纏めて、次のパーティーが引き継いで行く、の繰り返しだ。その際にどんな魔物が出たか?鉱石が採れる場所はあるか?とかも調査するんだ」
「うわー、大変そうだよー」
「その札が入る順番ってことなの?」
ベルはアレクスの首に下がっている、アラビア数字の『5』が書かれた木札を指摘した。
「そうだ。パーティー同士で交換しても良いし、人数や戦力に不安があるときは、連番で一緒に入っても良いみたいだ」
「じゃあ、次のパーティーの札と交換し続ければずっと入れるのか?」
「キール、セコい事を考えるんじゃねーよ。それはギルドがちゃんと一巡するか記録を取るからできない。独占させない為のこの札だからな」
自分達が独占でなくとも、特定のパーティーを奴隷の様に使う事も出来るので、ちゃんとそこには対策が取られていた。
「前線拠点のテントは20張り、順番待ちの間に使っても良いし、ダンジョンから戻ったときにも使って良い。ただし風呂は無い」
「「ぶー!ぶー!」」
「俺に文句言われても······」
このところ風呂に行く機会が増えたことから、感覚が贅沢になってきているベルとミーアは風呂が無い事に不満の様だった。
「エイルさん、どこかのパーティーと組んで入りましょうか?」
「このパーティーだけで挑戦したいのもあるし、先に入ったパーティーの様子を見てからだな」
「イリシュも一緒に連れて行っても良いですか!」
「キール、残念だがそれはまだだ。イリシュは万全で無いし、ダンジョンの中がどうなっているか分からないからな。起伏が激しいと大変だろ?」
「そうっすね······。イリシュは留守番を頼むよ」
そう言ってキールはイリシュの右手に、自分の左手を重ね、極自然な流れで指を絡め合った。イリシュが奴隷として主人に忖度しているのか、イリシュが本心でキールを受け入れているのか分からないが、何ともほっこりする光景だった。
漸く始まりました。




