第28話 パーティーの新たな第一歩
キールは突然何かに引っ張られ目を覚ました。目の前に居るアレクスは、キールの胸倉を掴んでこぶしを振り上げていた。
「ッ!ってえな!何すんだよ!」
キールはアレクスに頬を殴られた。戯れでも本気でもないが、十分ゴツい一撃だった。キールが訳も分からずに頬を撫でて呆けていると、何かを指差すエイルが目に映った。
「───イリシュ!痛いのか!?こんなになるまでどうして!」
キールがイリシュを優しく抱くと、イリシュはきつく抱き付き、傷を圧迫する新しい痛みで気を紛らわせる。今朝からは引っ掻く事は無くなり、落ち着く迄こうして強く抱き付くだけになっていた。
「キール、イリシュはお前を起こさないように、ずっと耐えていたみたいだぞ」
アレクスの言葉でキールは思い出した。皆が出て行った後、イリシュの世話を一通り終えたキールがウトウトし始めると、イリシュは太腿を叩いて微笑んだ。キールは、きっと膝枕の事だろうと思って頭を預けると、そのまま眠ってしまっていたのだった。
「イリシュ!辛いときは起こしてくれて良いんだ!」
「キィ······ル、ゴ······ハン」
「ああ!ご飯か!朝の残りがあるから、落ち着いたら温めて持って来るよ」
キールは食事を催促するイリシュの顔を綺麗にしてやり、イリシュが落ち着いたところで、鍋に水を足して火に掛けた。
昼の4の刻、エイルの感覚で16時くらいに、ベルとミーアが散歩から返って来た。そこでアレクスから、ギルドへの借金とその返済方法の報告と提案があり、ベルとミーアは、イリシュの値段と治療費を聞くと、それぞれに別方向の驚きを示した。
返済方法はアレクスの提案はベルとミーアに却下され、報酬からの天引きにより全員で返済していく事に決定した。
「ベル、ノォ、······オカュ、オィシ」
夕食時になりベルが台所に立つと、イリシュはベルにお粥を催促した。
「あ、ああ、ありがとう。夕食も同じで良いの?」
イリシュはエヴィメリア語の語彙がまだ乏しく、キール達の名前と「ベルのお粥美味しい」くらいしか理解していない。尤もイリシュにとっても、現状の最優先が「飯を食って回復する事」なので、語彙の乏しさは問題になっていなかった。
ベルの調理が終わりエイル達が夕食を囲む中、イリシュは右手に持ったスプーンでお粥を掬っていた。
「え?凄い!一人で食べられるの!?」
「たくさん食べてるよー!きっと直ぐに良くなるんだよー!」
イリシュは器を持ってやれば、もう自分で少しずつ掬って食べる様になっていた。その姿からは「皆の手は煩わせない」という強い意志が、ベルとミーアにも伝わった。
「男の人は出て行って下さい!」
「イリシュは女の子だよー!」
「「「ハイ!!!」」」
さすがに一人で包帯を巻き直す等、身の回りの世話はまだ出来ないので、キールが着替えをさせようとしたところ、ベルとミーアに他の男諸共部屋から追い出されてしまった。
「イリシュは俺の······」
「おいおい!お前の何なんだよぉ?」
「受け入れてくれたんだろう。お前も受け入れるんだ」
それは良い傾向なのだが、イリシュを取られてしまったようで、キールは少し悔しかった。
翌朝もエイル達はキールとイリシュを残して稽古に向かった。
「エイルさんは凄い人なんだ。この朝の稽古を16歳の頃からずっと、季節も天候も関係無く、毎日欠かさずに続けているんだ」
エイルは「続ける事が精神修行」「何かと理由を付けて逃げない精神を作る」と弟子達に説いていた。昨日のキールはイリシュを理由に欠かしてしまった──が、それは仕方が無いとして、今朝のキールはイリシュの前で構えていた。
「イリシュ、皆んなはこんな稽古をしているんだ。イチ!ニ!サン!───」
「それで、呼吸の仕方があって、タンデンコキューって言って───」
キールはイリシュの前で説明しながら稽古をした。当然イリシュには言葉は伝わっておらず、イリシュは「森の外の人の芸能」を披露されているつもりで観ていた。キールの方は、何だかエイルに近付いた様な気になって、少し嬉しくなっていた。
稽古を終えて返って来たエイル達は、今日は拠点の設営に行き、キールはイリシュと留守番になった。キールはイリシュと多く話をして、なるべく早く言葉を教えて皆んなの負担を減らそうと行動した。
「───これが、この動作が『歩く』、『歩く』だ」
「アル······ク?······アルク!ワタシ、アルク!」
トコトコ歩くキールを見て、イリシュは壁に手を掛け立ち上がろうとした。
「待てイリシュ、手を貸すから」
キールはイリシュに対して「止めろ」は必要無いだろうと、右腕を取って少し引っ張り上げてやった。右脚を踏ん張ってゆっくりと立ち上がったイリシュの背丈は、キールと同じか、背筋が伸びれば少し高いくらいな事にキールは今頃気が付いた。
「はは!立った!イリシュ立てたぞ!」
「タ······タ?タタ!アルク!」
イリシュは少し身を屈めて───跳んだ。苦痛に顔を歪めながらも一歩、ほんのちょっと、ほんの数ミリ前に進んだ。
「歩いた!歩けたぞイリシュ!」
「アルク!アルク!」
言葉の訓練のつもりが、いつの間にか歩行訓練に変わっていた。
「いやあ······薬が良いんだか、何なんだか。回復早すぎだろこの世界の人間は······」
帰ってきたエイル達に、キールとイリシュが今日の成果を見せると、エイルが意味の分からないことを言った。
キールがイリシュに手を貸して、イリシュが部屋の中をピョンピョン跳ねて歩き回ると、皆がイリシュの事を凄いと言ったのが、キールは自分の事の様に嬉しかった。
イリシュも雰囲気から気分を良くし、キールの手を離すと一人で立って見せ、ほんの数ミリだけだが一歩を自力で歩いて見せた。
歓声が上がって更に気分を良くしたイリシュは、もう一歩跳んだがバランスを崩した───
「───イリシュは調子に乗りやすいのか、負けず嫌いなのか······明日、タングさんのところへ義足を作りに行こう」
倒れそうになったイリシュは、エイルに間一髪支えられて、ゆっくりと床に座らされた。
「皆んな······義足、作って良いのか?」
アレクスとベルとミーアは、笑顔をもって返事を返した。
「イリシュ!脚だ!脚だぞ!」
キールは嬉しくなってイリシュを抱き締めると、イリシュは「なんの事だか分からない」といった顔をしていた。
翌朝も日課を行こない、朝食を食べて、この日はアレクスとミーアとベルが拠点設営に行く事になり、エイルは、キールとイリシュを連れてタングの店へ向かった。
「あら、エイル君おはよ───ここはお医者さんじゃ無いわよ!?」
アルミナはイリシュの姿に驚いて一瞬固まり、事情を話すとタングとスズを呼んで来て、駆け付けた二人も一瞬固まった。
エイルとタングは話し込んでいて、スズはイリシュの義足の採寸をしながら、イリシュと話をしていた。
「───15、16!私は16歳です!」
「───24、25!エイルさんは25歳です!イリシュさんは何歳ですか?私が数えますね!」
「───16、17ん?18───24んん?───30?31?───39······40······41「ウィ」え?」
「「え!!!?」」
イリシュさんだった。
「ほう······コイツは面白れえな!優先して作ってやるよ!納期は······明日の朝には渡せる様にしとくぜ!」
タングがそう言い残して早速工房へ入って行くと、アルミナとスズは、義足のソケット部の制作に取り掛かった。声を掛ける隙もなく、黙々と作業を進めているので、エイル達は持って行って良いと言われた杖を貰って店を後にした。
イリシュはキールに支えられながらも、投擲槍の柄を丁度良い長さに切って、丁字に柄を付けただけの杖をついて家まで歩いて帰った。
翌日、イリシュの内蔵はもう元気になっているようで、キール達と同じ食事を取れるまで回復していた。
イリシュの支度が整ってから、この日は全員でタングの店へ向かい、イリシュも誰の手も借りずに杖をついて並んで歩いている。店に着くと、眠たそうなドワーフ3人が、完成した義足を囲んでぼけっとしていた。
「なんですかコレ?この鉄板曲げたようなのが義足?」
「ふふふ!最新の技術が詰まった義足だよ!着けてみい!」
キールが想定していた義足は、ただ棒が伸びているだけのものだった。エイルが自信満々に紹介する義足は、太腿がすっぽり入る籠の先に棒が突き出していて、その先にしの字に曲がった細長い鉄板が付いている。足の裏になる部分には、滑り止めとして鉄綿花の生地が縫い付けられていた。
そして、それを着けたイリシュは二本の脚で立ち上がり、右脚で立ち、左の義足で立ち、一歩二歩と歩いてみせた。
冒険者なんて危険極まりない事をやっていれば、脚の一本や二本失って義足を付ける事は珍しくない。それでもこうして仲間が失った脚を取り戻したところを見ると、キールは目頭を押さえていた。
「キール!目開けろ!まだ泣けねえぞ!」
キールがアレクスに呼ばれてイリシュを見ると、両足を揃えてピョンピョン飛び跳ねていた。
「どうだい?エルフの嬢ちゃん。反発力の調整はできるから、いつでも相談してくれ。あ、伝わんねえか」
「キール!キール!」
「イリシュ!良かったな!本当に、良かった!」
イリシュが跳ねてキールの胸に飛び込むと、キールは続きの涙を流した。
アルミナに頼まれて、店の扉に「本日閉店」の看板を下げて、次はギルドへ向かった。
「アレクス、ここギルドだぞ?アンナさんに紹介するのか?」
「ああそうか、アンナさんも初見か!でも違うんだ。稽古中に他の皆んなとは相談して了承は得たけど、後はキールだけだ」
「······何だよ?」
「イリシュを俺達のパーティーに入れようと思う!」
「え!?いや、そんな······イリシュに説明してからじゃ?」
「イリシュはキールの奴隷だろ?お前の一存でどうにでもなるだろ?」
「なんだよその言い方は······まあ、そうだけど───本当にできるのか?」
「昨日、デュオセオスさんに聞いて教えて貰った。っていうか、口利きしてもらったから断ったらデュオセオスさんの顔を潰す事になるぞ?」
「ズルっ!断れねえじゃねえか!」
イリシュは半ば強引に、名実ともにアレクスのパーティーの一員になった。まだイリシュは本調子では無いので、依頼に同行するのはまだまだ先になるだろう。
「お前とイリシュのお陰でパーティーが纏まったよ!」
アレクスがキールの背中をバチッ!と叩いて言うと、ベルとミーアもペチ!とひっ叩き、エイルはズシッ!とぶっ叩き、イリシュはキールの背中を撫でてやった。




