第26話 優しさ甘さ
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想像力のフィルターはご自身で加減して下さい
夕食を食べてアンドレ達と別れ、家に向かう途中でキールは「実家に寄ってくる」と別行動をとった。キールは恥ずかしがって言わなかったが、大金が手に入った後な事から、家に仕送りだろう事は容易に推察できた。
アレクスとミーアは家に着くなり、魚の魔物対策で凍りの魔法を覚えるために、ベルから特訓を受けることになった。
「こうやって───凍りの魔力を収束して球状にすると、ちょっと冷たい靄の球ができるの。先ずこれを作ってみて───それからこのお皿の水を凍らせる。元々冷たい氷が無いところから、自分の魔法でだけで凍らせるのよ」
「うおおお!ぬぬぬ······!」
「フーッ!フーッ!やあああ!」
アレクスとミーアは不格好な靄の球を作り、皿の水に被せて悪戦苦闘を始めた。
ベルの指導の手が空いたようなので、エイルはベルに話し掛けた。
「ベル、あの魚の魔物に使った魔法凄かったな!いつの間に使える様になっていたんだ?」
「あのときが初めてでしたけど、以前にキャロルさんの大魔法を見せて頂きましたから───あと、エイルさんにキの稽古をつけて頂いてから、集中力が増して魔法の精度が上がった気がします」
ベルはエイルと同じで、こうして話している間も丹田呼吸法を行っている。教えた側としては何とも嬉しい話しだ。ベルの話に聞き耳を立てていたアレクスとミーアは、思い出した様に丹田呼吸法に切り替えて特訓を続けた。
「エイルさん、知ってました?アレクスは剣の攻撃にキを使ったんですよ!」
「やっぱりそうなのか!“気合一閃”って言ったときだろ?」
アレクスは動揺して凍りの魔力の球を霧散させてしまい、もう一度魔力の球体を作り始めた。
「あー!もう駄目だ!もう何にも出ないぞ!」
「私も限界だよー!」
魔力の扱いの効率が悪い二人は、あっという間に魔力を使い果たしてしまった。エイルが皿の中の特訓の成果を覗いて見ると、縁の方は薄っすら凍っていた。
「······これは氷室の魔法を球体にしただけね。“冷たい”じゃなくて“凍り”なの、何かが凍っていく感覚が掴めれば出来るようになるから、毎晩寝る前に頑張って!」
特訓も終わり、後片付けと就寝の準備を進めていると、そっと玄関が開き、何かを背負ったキールが申し訳無さそうに入って来た。
「······」
キールは何も言わないで玄関に突っ立っている。背負っているのは外套を被った人で、顔は隠れて分からなかった。左腕は包帯が巻かれていて、膝から先が欠損した左脚にも包帯が巻かれている。右の腕と脚は軽い手当の跡があり、露出した肌や筋肉の質感から女性だと分かった。
「······キール、その女の人はどうしたの?」
「······皆んな、ごめん······パーティーのお金を借りた」
「どういう事だ?」
キールは部屋に上がって背中の女を降ろすと、女は自力で座る力も無く、ぐったりとキールに身体を預けた。
キールが外套を脱がすと、女の頭と顔は包帯で巻かれ、比較的包帯の少ない右側から金色の髪と尖った長い耳が出ている。包帯の隙間から金色の瞳が見えるがどこか虚ろで、口も半開きになっている。その少し下方の、包帯が巻かれた首には領主の公認を示すアルトレーネ家の紋が入った首輪が付けられていた。
「キール、その首輪······奴隷よね?」
「まさか買ったの?さっきパーティーのお金って言ったよー!」
「キール、お前······」
「ごめん······実家から来る途中で、明日キャラバンが帰るって聞こえて、どんな感じか一度見てみたかったんだ。そうしたら、このエルフの子を紹介されて······可哀想だったから······この国では働けないこの子は買い手は付かないかもだけど、隣国なら······その、生きていれば売れるって、でも殺される為に買われる様なものだって······だから、助けたくて······」
(善意に付け込んでカモられたな······)
奴隷商も商売でやっているのだから不良在庫は無い方が良い。買い叩かれても売れればまだ良いが、死んでしまえば経費の一部すら回収できない。売れる時に売ってしまいたいのは当然の事で、キールが購入を決意したのも、奴隷商の営業トークが上手かっただけの結果だった。
「でも!パーティーのお金を勝手に使うの!?相談してからじゃないの!?」
「キールじゃなくても良いんだよー!買うのは他の人でも良かったんだよー!」
「───っ!相談すれば買っても良かったのか!他に誰が買ったんだよ!誰も買わないから明日で帰るんだろ!」
「おい!キール止せ!」
「ベルとミーアもだ。あまり熱くなるな」
険悪だった。エイルは年長の者として努めて冷静に振る舞う余裕はあった。しかし、キールと付き合いの長いアレクスはまだ冷静でいられるかも知れないが、ベルとミーアは同じパーティーと言っても、会ってまだ半年も経っていない。しかも金である。決して泡銭なんかでは無い、命懸けで稼いだ皆の金だ。銀行業等は無いので、パーティーの金は個人が持ち歩いている分と、家に置いてある分で全てだ。その事から、キールが言う「パーティーの金」はギルドの建て替え制度───借金の事だった。
「ゥ、ゥウ!ゥァ······ァ、ァア!」
「キール!その子の口を押さえろ!叫ぶぞ!」
キールが意識が明瞭として来て、痛みを思い出して来たエルフの口を押さえているうちに、アレクスがタオルを持って来てそれを噛ませた。エルフは虚ろな目で、うめき声を上げて左半身を掻きむしっている。エイルが包帯を少しめくってみると酷い火傷で、しかも包帯が張り付いてしまっていた。
「キール······この子が落ち着くまで、傷を引っ掻かないように抱き締めているんだ。俺は旦那さんを呼んでくる」
呆然と立ち尽くすベルとミーア、どうすれば良いか分からず落ち着きのないアレクス、そしてキールとエルフを待たせて、エイルはアンナの家に向かった。
アンナの旦那マルコは、アンナに家の事を任せてエイルと共にパーティーの家に着くと、相変わらずアレクスは落ち着き無く、ベルとミーアは二人で抱き合って嗚咽を漏らしていた。その目線の先では、キールに腕を押さえられ抱き締められたエルフが、痒みと痛みを紛らわせる為に左半身をキールに擦り付けていた。
「これは酷いね······布団を貸してくれないか?」
アレクスがキールの布団を持って来て、そこにエルフを寝かせると、マルコはエルフの口をこじ開け、何かの薬を飲み込ませた。
「これはちょっと幻覚を見る様な薬だけど、痛み止めの効果が強いんだ。これからこの包帯を引き剥がすから······あんまり見ないほうが良いかもね。きっと、この子を拾ったは良いけど碌な治療が出来ない奴隷商も、こうして薬漬けにして黙らせていたんだろうね───」
マルコはエルフの眼前で指を振ったり、二の腕を抓ったりして薬の効果が確認出来たところで、エルフが着ている奴隷用の粗末な服を切って剥ぎ取った。服の下は胸から腹は包帯に覆われていて、下半身にはオムツをしていた。マルコは症状の確認の為、オムツも容赦無く剥ぎ取った。
「見た目通りか······上半身は酷い火傷、下半身は左膝下の切断と、右脚は擦り傷と打撲くらいで、異常な変形は見られない。······エイル君、何か隠せるものとお湯を用意してくれないか?」
エイル達も当たり前の様に見てしまっていたが、マルコの「隠せるもの」言葉でエルフの身体から目を反らした。
マルコはアレクスが持って来た服でエルフの局部を隠すと、先ず左脚の包帯から外していった。きつく巻かれた包帯が外されると、食い千切られた様なズタズタの切断面にエイルは顔をしかめ、誰のものか分からないえずきが聞こえた。
「いやぁ、これは酷い······胴体は背中まで殆ど焼け爛れているね。服の隙間から入った炎が、服の中を回ってしまったんだろう。帯を締めていたから下には行かなかったのかな───」
旦那は固着していない包帯を外しながら、淡々と原因分析を始めた。包帯が外された事で酷く爛れた皮膚が露わになり、自分達と同じ姿形の生き物の惨状を見て、エイルは一歩も二歩も、アレクス達は二歩も三歩も引いてしまっていた。
エイルは火に掛けておいた湯が沸騰したので、窯の前でひと息ついてから、マルコのところへ鍋を持っていった。鍋にはノコギリが入れられ、マルコはナイフを湯で消毒すると、包帯と肉の間にあてがって、引っ付いている部分を切り離しながら包帯を剥がしていった。
「キール君、君は目を逸らすな」
確かにキールが発端ではあるが酷な一言だった。ベルとミーアは泣き出しているし、エイルも見ていられなかった。
女性の象徴である乳房は、見るも無惨な姿になっていて、左手は溶けて一つにくっついて人の手の形を成していなかった。顔の左半分は焼け爛れて、目蓋が閉じない目は白濁し、左耳は溶けてグシャグシャになっている。頭も美しい金色の髪が生え揃うことはもう無いだろう。
包帯を剥いでいく光景は恐ろしかったが、キールを始め誰もが、目を反らしたくても反らせないでいた。
足の壊死した肉を削ぎ落として、骨をノコギリで切り落としたときはベルが失神した。止血で血管を焼いた臭いでミーアは吐いた。アレクスとキールは、涙と鼻水で酷い顔になっていた。
こんな状況でも、エルフは薬でヘラヘラ笑っていて、マルコは顔色一つ変えずに作業を進めた。
「それでは包帯は朝晩必ず取り替えて、この火傷の薬を塗ること。脚にはこっちの薬を塗ること。奴隷商の薬の依存症が出た時は落ち着くまで押さえて······どうしようもないときは、私のところへ来れば同じ様なのを適量処方するよ。柔らかいものは食べられると思うから、無理矢理でも飲み込ませるように。代金はアンナから連絡させるよ。それじゃあお大事に───」
持ち込んだ道具を片付けてマルコは、エルフの血肉で染まった湯が入った鍋と、血で汚れた包帯を残して帰っていった。
「助けるな、なんて言ったら私が悪いみたいじゃない」
「キールはきっと正しい事をしたんだよ······」
ベルとミーアはそれだけ言って部屋に入った。キールはエルフの枕元に座り、今は穏やかに眠っている彼女の顔を覗き込んでいる。アレクスがキールの左隣に腰を下ろし、エイルは部屋の隅で壁に背中を預けて二人を見守った。
「キール良かったな、助かりそうじゃないか」
「······」
「金は良いんだ。ベルとミーアとエイルさんの分は俺も一緒に返してやる。ダチだろ?」
「······」
「キール······」
ただエルフの顔を眺めているアレクスとキール。エイルはキールの右隣に腰を下ろし、エルフの顔を覗いた。
「キール、お前がこのエルフの子の命を助けたんだ。お前は誰よりも優しくて格好良い奴だ」
「アレクス······エイルさん······う、ぅうっ!」
───いつしかエイルとアレクスも男部屋に移り、台所にはキールとエルフだけが残った。
エイルとエルフが間違っていたらごめんなさい




