第25話 嫌悪感
森の奥へ進んで行くと、例の魚型の魔物が姿を現した。鯉の様な丸い胴に、鰐の様な鱗に覆われた逞しい脚が生えている。大型犬くらいの大きさで、四本脚でのそのそと歩いているソレは、何ともキモ可愛い生き物だった。
「エイル君、本当に四人だけで大丈夫なの?即死はしないと思うけど······」
「僕達が戦ったやつは毛に覆われた脚だった。違いは脚だけだと思うけど、厄介なやつだったよ」
「初見の対応も勉強させてやらないとだろう?それにあいつ等はもう立派なCランクだ」
二匹の化け物鯉相手に、アレクスとキールが前衛、その後ろにミーアとガルルとベルのいつもの陣形だ。
「ガルル、投擲槍をくれ!」
キールはガルルを呼んで投擲槍を抜き、魔物に投げ付けた。槍が鱗に当たると、粘液を散らせながらヌルっと反れて明後日の方向へ飛んでいった。
「鱗が硬い上に、ヌルヌルで滑るみたいだ!」
「武器じゃ駄目って事か?ベル、魔法はどうだ?」
「やってみる!マギ───ええッ!?」
ベルが魔法を放とうとしたのと同時に、魔物が鼻の穴からビュルルルッ!と粘度の高い汁を噴出した。
「触るな避けろ!」
アレクスの咄嗟の指示だが、それ以前に皆回避行動に入っていた。その手際の良さは見る者に「あんな汚い汁に絶対触りたくない」という確固たる意志を感じさせた。
それから暫くは地獄絵図だった。2匹の魔物が鼻から変な汁を飛ばしまくって、それを4人と一匹が回避し続けていた。
「きゃあ!え?ええ!?何これ重い!靴に土がくっついてる?」
ベルが地面に落ちた汁を踏んでしまい、持ち上げた足にはベッタリと土が付いていた。土の重さでよろけて更に汁を踏み、ベルは足に土の塊を付けた状態になってしまった。これがあの魔物の捕食行動の一環であるなら、相手の動きを止めた後の行動は決まっている。
「走った!?ベル避けろ!そっちに行くぞ!」
「避けろって言われても!ううっ重いいい!」
魔物は小さな口からギザギザの歯を覗かせて、自分で出したベトベトの上を何事もなくベルに向かって走って行く。ベルは生理的嫌悪感を覚える物体を避ける事に頭が一杯で、魔法で迎撃まで頭が回っていなかった。
「ガルル止めて!」
ガルルが飛び掛かって魔物の前脚に噛み付いたが、ツルッと牙が滑ってそのまま体当たりの形になり、二匹で変な汁が撒かれた地面を転がった。ガルルの方は体毛に土の玉を幾つも付けて可哀想な見た目になっているが、魔物の方は自分の粘液にちょっと土が付いている程度だった。
「ベル!魔法だ!そっちに助けに行けない!自分で仕留めるんだ!」
もう一体の魔物の汁を回避しているアレクスの叫びに、ベルはハッと気持ちを切り替えて、両手を魔物に向けた。
「マギアネモスニース!」
ベルの放った風の刃は、魔物に当たると粘液を飛び散らせた。
「マギアフォティアニース!」
炎の刃は風の刃に同じく、粘液と一緒に火の粉を散らせた。
「マギアパゴスニース!」
氷の刃は粘液を凍らせ鱗に傷を付けた。
「マギアパゴーノクリオ!」
ベルの凍結魔法が魔物を包むと、粘液が凍りつき体表が白くなっていく。自身の異常に気付いた魔物は逃げようと足を出したが、自分のベトベトの汁に足を取られて全身土だらけになった。
「マギアパゴス───メガロツェクーリ!」
魔物の上空に巨大な扇状の氷の刃が形成され、そしてそれは、ギロチンの様に無慈悲に刑を執行した。
「エイル君、ベルは普段からあの大斧を使うの?」
「いや、今回が始めてだ」
「独自の魔法を使い始めるのが、大魔法への第一歩よ」
エイル達は「うまく出来た!」と喜ぶベルと、前後に真っ二つに分かれた魔物からアレクスの方に目を移した。
アレクスとキールは残るもう一体の魔物と、足に土の塊を付けながらも正面に立たないように、上手く立ち回わっていた。
「ミーア!これで魔物を攻撃して!」
ベルが魔法を付与した投擲槍をミーアに投げた。暴投気味ではあったが、ミーアはなんとか空中でキャッチして魔物へ飛び、魔物が飛ばした汁を回避して投擲槍を魔物の背中に叩きつけた。
「ベル!今だよー!」
「マギアパゴーノクリオ!」
ベルは投擲槍に付与させた凍結魔法を発動させ、魔物の粘液を真っ白に凍らせた。
「っシャア!これなら!───げっ!?」
キールが槍で突くが、切っ先が硬い鱗に弾かれ滑ってしまった。
「槍は突くだけが能じゃねえ!」
斬撃は鱗を一枚断ち切り、一度刃が通れば鱗を散らしながら肉を切り裂いた。
「っくそ!それなら······スゥゥゥゥ───」
アレクスの剣は魔物の鱗に刃が立たないでいた。それならばと、アレクスは大きく息を吸い───
「フゥゥゥ───ッ!キアイ一閃!セヤアッ!」
アレクスは気を練り上げ、気合の一太刀を魔物に叩き込んだ。その一撃は鱗を叩き斬り、魔物の体を大きく引き裂いた。
「キール!傷口だ!」
「ああ!これで止めだ!」
魔物の両側に付いた傷口から剣と槍が侵入し、肉を進み頭部から二本の角を生やすと、魔物はピクリとも動かなくなり絶命した。
「ッシャ!倒したぜ!あ───」
キールが勝利の喜びを分かち合おうとアレクスに目を向けると、両手を組んで殺した魔物に祈りを捧げているアレクスの姿を見た。アレクスに倣いキール達も祈りを捧げると、エイル達は「そこまでしなくても良いのに」と思いつつも、一緒に魔物の魂の輪廻転生を祈った。
「クゥーン······クゥーン······」
ガルルが悲しそうに鼻を鳴らして、身体に付いた土の玉を軽く引っ掻いている。だけではなく、ミーア以外の三人は足に土の玉を作ってヨタヨタと歩き辛そうにしていた。
「ガルルごめんね、私を庇って泥だらけに───え?······あれ?手が離れない!?どうしよう!」
「ああ〜!ダメ、ベル!強く引っ張ったらガルルの毛が抜けちゃうよー!」
ベルがガルルの土の玉を取り除こうと握ると、ベトベトに手が引っ付いて、トリモチの様に離れなくなってしまった。
「その魔物の鼻水は乾いて剥がれるのを待つか、この魔物の粘液で溶けるわよ。ほらみんな手伝って───」
アンドレとキネカは魚の魔物の鱗をガリガリ剥がし、分泌されたヌルヌルの粘液をこそぎ取ってガルルに塗っていく。こういう事を平気で出来るところがBランクの上位勢と言ったところだろう。
「うわっ!臭いよー!お風呂入りたい!」
一通り土を落とし終えると、ミーアだけじゃ無く他のメンバーも手に付いた臭いに気が付き、帰りたいムードになってしまった。
「アレクス君、君は現在の戦力で続行か撤収か、どっちの判断をするのかな?」
アンドレの問いかけでアレクス達は正気に戻り、互いに残りの戦力を確認し合った。ベルは魔力がほぼ空で、エイルは勿論の事、他のメンバーはまだ余力を残している。アンドレ達も魔石を介した魔法の為、自身の魔力はたっぷり残っており、ダメージも無しだった。
「皆んなで戦えば、あと一戦くらいは大丈夫そうです」
「僕もそう思うよ。エイルは何もしていないしね?」
「ああ、次は先陣を切らせて貰う」
魔物の右後脚を証明として切り取り、キネカが冷凍保存して、エイル達は捜索の足を進めた。
森を奥へと進んで、少し傾斜がきつくなって来たあたりで、体組織がほぼ透明なレジ袋の様な物体が、フワフワと空中を漂っているのを見るようになった。
「エイルさん、アレも魔物ですか?」
「いや、どうなんだか······アンドレは知らないか?」
「僕達も初めて見るよ。そもそもあれは生き物なのか?」
「あ!鳥が来ました!」
アレクスが指し示す先の物体のところに、ハトくらい大きさの鳥が一羽飛んできていた。鳥がその物体を爪で掴むとパンッ!と破裂して、その物体の残骸と鳥が地面に落下した。
「······風船か?」
「フーセンって何ですか?」
「まあ気にするな、口が滑っただけだ。見に行ってみるか?」
落下地点に行ってみると痙攣している鳥と、全長が20センチくらいの、白く濁った透明のビロビロの物体が落ちていて、頭らしき部分には目の様な球体と、口の様な部位があった。
「こいつは臭い······鼻がもげてしまいそうだよ」
「この鳥はこの臭いを嗅いで?──これは生きているのかしら?」
なんだか良くわからない生き物だが、この生き物も冷凍保存して持ち帰る事にした。
「あ!もう一匹います!──ってか地面からどんどん出て来てませんか?」
アレクスが叫んでから、更に3匹地面から上昇していった。エイル達は顔を見合わせその地点へと急いだ。
そこの岩場には、長径1メートル短径50センチくらいの楕円形状の穴があった。
「ずっとここに有りましたって感じじゃないね」
「じゃあ······ここが、ダンジョンの入り口ですか!」
「ああ、そうだろうな。だがこのサイズの穴ではオークナイトが通れるとは思えない。きっとここはダンジョンの出入り口の一つなんだろう」
「良かったよー!私こんなところに入りたく無かったよ」
「······臭そう」
「ベル、私も同感よ。ここは流石に無理」
ダンジョンの入口発見の信号は青の3連射だ。信号魔法を上げると、町からもギルドの応答で同じ様に信号魔法が上がった。近くに居た他のパーティーも駆けつけて一緒に確認を取っると、「流石に今日はもう良いだろう?」といった空気になり、エイル達は風呂を求めて帰還した。
「エイル君、結局何もしなかったわね?」
「······」
「アレクス君達、風呂に入った後はエイルの奢りで夕食にしようか?遠慮はいらないぞ!」
「「エイルさん、ごちそうさまです!」」
夕食ではトルレナの新名物『鎧蜘蛛の吸い物』が、エイルの財布に大打撃を与えた。
鎧蜘蛛の吸い物
アーマースパイダーの、程良い風味と食感の爪の肉を楽しむ汁物。
一体から少量しか取れないが、他の部位は匂いがきつすぎるので食えたもんじゃない。




