第21話 若者の休日②魔の在る生活
アレクス達はサンドイッチを食べに、学生時代からお世話になっている食堂に訪れた。アルトレーネ領の郷土料理は、薄焼きパンで具材をグルグル巻きにしたもので、この店がメインで扱うサンドイッチは、ギルドの普及と共に町に定着した比較的新しい時代のものだ。
トルレナの町の若者の流行りでは、古臭い郷土料理より、モダンなサンドイッチを好む傾向があり、如何に具を見栄え良く詰め込めるかを競い合っている。
今もアレクスとキールは、肉と葉野菜でミルフィーユを作り上げ、ベルとミーアは村育ちだった為まだコツを掴んでおらず、食べ慣れたチーズと野菜を詰め込んでいる。シュナは肉と色とりどりの野菜を綺麗に配置して、流石の貫禄を醸し出すサンドイッチを作り出した。スズはビックリする程肉が多めだった。
店内の客には、二対四枚の翅を有する恰幅のいい魔人種の男が居て、両手にサンドイッチを持ち、幸せそうにバクバクと交互に口に運んでいる。そんな光景を見せられては、先に食べ終わってしまったアレクスは、辛抱堪らずスズの口へ運ばれるサンドイッチを眺めていた。
「アレクスさん、どうしました?何か付いていますか?」
「あ!いや!何でも無いよ。サンドイッチ美味しそうだなって!」
「───た······食べますか?」
スズは手元に残った5分の1くらいのサンドイッチをアレクスに渡した。
「おーい、皆んなで分けて食おうかと思って、もう1個作って来た。ん?どうした」
今更返せないアレクスと、今更返されたらそれはそれで傷付くスズを見て、他の3人は「良いタイミングだ」とばかりに、ニヤニヤと口角が上がっていた。
食事の後はショッピングだ。シュナに先導され着いたのは町唯一の香油屋。比較的裕福なアンナも、魔法講師という暇な割には給金の高い専門職のフェザも、香油なんて贅沢品を付けていた。ベルとミーアとスズは香油に大人の女の魅力を感じ、自分も付けたい衝動に駆られ、背伸びをしにやって来たのだった。
「アレクス、俺この店駄目だ。いろんな匂いがし過ぎて鼻がキツイぜ」
「俺もだ。ここから先に踏み込みたいと思わない。······うわぁ、この小瓶で千リィンだってさ」
「おい!あの奥の方のやつ3万リィンだぞ!」
「うわ!マジだ······この値段の違いは何の違いだよ」
アレクスとキールは店へは立ち入らず、外から様子を伺っている。通りに面した手前の方は盗られても良いような安物で、高価な物程店の奥の方に陳列されていた。
ベル達は店の中程、価格帯は6千リィンくらいのところで、4人の中では安物ではあるが一応使用経験があり、先輩にあたるシュナの指導の元で品定めをしている。何も無ければ陳列台の天板の裏しか見えないスズは、用意された踏み台に乗って、皆と一緒に香油の小瓶を仰いで香りを楽しんでいた。
「アレクス、お前······ドワーフ好きになったか?前は、胸のデカい犬型獣人種って言ってなかったか?」
「え!?見てねーし!スズちゃん見てねーし!」
「ああ······ハイハイ」
「キール、お前だって被膜翼(コウモリの様な翼)の魔人種なんて希少なのが良いって言ってたのに、更に希少なハーフエルフに乗り換えか?」
「だって美人過ぎだろ?普通のエルフだと髪はもっと綺麗な金髪になるって言うけど、耳が尖るんだろ?それはちょっとなー」
「その心配は無用だ。俺達じゃあエルフになんて会えねえよ」
「デュオセオスさん達、何処の依頼やってるかな?あのハーフエルフの子に会いたいぜ」
「ハイハイ······お!被膜翼の魔人種だ!今はあれで我慢しとけよ」
「おお!胸デケーな!お前もあれで我慢しとけよ」
退屈が祟り、猥談で盛り上がるアレクスとキールは、通りすがりの魔人種の女性を目で追った。
そこへ買い物を終えたミーア達が戻って来てしまった。
「ふ~ん、あの魔人種の女の人を見てるんだよー。ああ、ふ~ん、そうなんだねー」
「ふ~ん、そうなの。ふ~ん、へえ、キレイなヒトね」
アレクスとキールは、ドキッとして恐る恐る振り返えり、取り敢えずの言い訳をした。
「いやあ、まあ、その、見てたのは見てたけど、翼が珍しいから見てたっていうかさ」
「おっぱい大っきいもんね!見ちゃうよね!」
「あ!シュナてめぇ!余計な事を言いやがって!」
ベルとミーアが、昨日のカマッセのゲロを見る目でアレクスとキールを見た。
「選んだ香油の感想を聞こうと思ったけど、こっちになんか興味が無い様ね」
「帰ってエイルさんに聞くんだよー」
「じゃあ、私はオルフに聞く!スズちゃんは?」
「え、えっと、私はそういう人が居ないというか」
「へっへっへ、アレクスさんよぉ、イケイケ!」
キールに肩を肘で小突かれ、アレクスは「やめろよー」と言いながらも、丹田呼吸法で胸の高鳴りを押さえ込み、膝を折って、スズの子供の様な身体に不釣り合いな目鼻の立った顔と向かい合った。スズが首を傾けて髪を除けたので、アレクスはスズの首元に顔を近付けた───
「ど、どうですか?(ちょっと少なめに付けから、大丈夫かな?ちゃんとお花の香りがするかな?)」
「え!?ああ!良い香りだよ。好きな香りだ!」
「そうですか!ありがとうございます。嬉しいです!」
スズは満面の笑みで喜びを表現した。それを見たベル達も「やっぱり私達も香ってもらおうかな」と髪を掻き上げた。
「アレクス、因みにどんな香りだったんだ?」
「うん?──鉄と油だ」
「「······はあ!!!?」」
キールは呆れ返った顔をして、ベル達はそっと髪を下ろした。そしてスズは今にも泣き出しそうな顔になった。
(え?······なんで?)
スズを除く全員から「そんな匂いの香油があってたまるか!」と厳重指導を受けたアレクスは、店から離れたところで再挑戦すると、今度は店の匂いに邪魔されず、確かに何かの花の良い香りを感じた。
アレクスがその事をスズに伝えると、影を落とした顔は晴れて「恥ずかしかったけど、鉄と油の匂いを好きと言われた事は嬉しい」と耳打ちされた。
その後一行は布生地を見に行った。ポケットに金だけ突っ込んで歩いているアレクスとキールと違い、女達は亜麻や綿を素材に、刺繍が施されていたり、色違いの生地を繋いでみたり、一部革をあしらったり、金具を取り付けたり、個性的な意匠を凝らした鞄を持ち歩いてる。
「暇だな、キール」
「ああ······やること無え」
アレクスとキールは、服の修繕用の生地を選び終えて、「一体何をそんなに一所懸命選んでいるのか?」と女達の買い物を待っていた。
「お兄さん達、この生地なんてどう?襟や袖の裏地に当ててあげると、然りげ無い大人の男のお洒落を魅せることができるわよ」
暇そうにしているアレクスとキールに、獣尾の魔人種の女の店員が、派手な柄の生地を紹介した。
「えー、でも穴が明いて無いのに縫うなんてめんどくせーっすよ」
「そうだ、お姉さん縫って下さいよぉ?」
「二人共格好良いのに、襟と袖の汚れが目に入って台無しよ。そういうところに気を配れる男の方って素敵だと思うわ。服を預けてくれれば、1箇所500リィンでやってるわよ?」
「「······ゴクリ」」
アレクスとキールは追加の購入を決意した。
「タメで遊んでこい」と、オルフに背中を押されたときは、アレクスとキールは大いに喜んだが、今の絵面は女の子四人の買い物にオマケが二人付いているだけだった。そしてさも当然の様にアレクスとキールが、両脇に円筒に巻かれた生地を抱え、中身スカスカの鞄を下げてお喋りに興じる女達を、退屈そうに眺めながら後を歩いていた。
腹を満たし、色を愉しみ、持たぬものを羨み、欲しがり、出来ることを怠ける。アレクス達は、そんな大きなシゲキの無い休日を楽しめていた。
言葉選びに難航しました。
文章を書くのは難しいですね!




