第3話 興味
エイル達はアレクスとキールを先頭に、ゴブリンを探して森の中を進んでいる。
(アイツ等は洞窟や岩陰に粗末な巣を作る習性がある。俺も何度もゴブリンはやったが、居たと言うならだいたい近くに巣があった。そんなに時間の掛かるクエストにはならないだろう)
「ん!?おっさん何してるんだ?腹壊したのか」
アレクスが少し離れてしゃがんだエイルに声を掛けた。
「ああ、良いキノコがあったからな。これは10リィンで換金して貰えるんだ」
「えー、たった10かよー」
この国の通貨はリィンで、10リィンは1円玉くらいの銅貨で、百リィンはその十倍の重さの大判になる。千リィンは1円玉くらいの銀貨で、一万は同じく十倍。十万リィンは1円玉の半分くらいの金貨で、それ以上は相応の金塊になってくる。大豆くらいの大きさの1リィンの鉄貨もあったが、どんぶり勘定が民の
気質に合っている為、今では税を納めるときくらいにしか使われていない。
「それがな、ここには6本有るんだ。1本はちょっと小さめだけどな。どうだ?帰ってから3人でちょっと良いお茶が飲めるぞ」
三人はエイルが籠へ入れていくキノコをジッと眺め、何やら計算の終わったキールが叫んだ。
「スゲー!こんなので60かよ!アレクス!俺達も探そうぜ!」
「ああ!お茶と言わず、メッチャ採っておっさんも一緒に飯食おうぜ!」
「ちょっと!目的を忘れないでよ!」
「そうだぞ。ゴブリンも、それ以外の魔物も出るかもしれないから、周りを注意してあまり離れるなよ」
エイルはしゃぐ子供二人を見ながら、ゴブリンの捜索を続ける。ベルカノールは採集には興味が無いようで、アレクス達を見失わない様に後に付いて行っているが、少し息が上がって何か苛ついているのをエイルは感じ取った。
「ベルカノール、疲れたのか?休憩にしようか」
「···それよりも早く依頼を終わらせて帰りましょう」
(今日は来たくなかったといった感じか?もう一人のメンバー、ミーアは名前からして女の子だろう。休みの理由は詮索しないでおくことにして、魔獣使いで荷物持ちだと言っていたな。この連中の荷物などたかが知れている。じゃあ、何を運んでいたのか?)
「ベルカノール、いつも移動はどうしてた?」
「ミーアのガルルに乗ってた···」
(ガルル、十中八九ミーアの相棒の魔獣の名前だろう。ということは、ベルカノールは今日は乗り物が無いからクエストに出たくなかったのか?冒険者で体力が無いのも問題だが、パーティーメンバーの意向に気を配るように、後でアレクスに注意しておいた方が良いな)
「休憩のタイミングはベルカノールが決めると良い」
「でも、リーダーはアレクスでしょう?」
「おっさんに任せなさい!」
「···じゃあ、休憩にしたいです」
エイルはアレクスとキールを呼んで休憩を取る事を進めた。2人は「まだいける」と言っていたが、「ベルカノールが疲れているぞ」の一言で休憩を決定した。
エイルは「ちゃんと大人の面があって助かった」と、ホッと胸を撫で下ろした。女の子に良いところを見せようともしない、ただの猪突猛進だったらどうしようかと実は内心ヒヤヒヤしていたのだ。
倒木に外套を敷いて簡易ベンチを作り、ベルカノールを座らせた。アレクスとキールは地べたに座り、エイルは二人に促されベルカノールの隣に座った。
ベルカノールは皆んなのタオルを魔法で冷やして配っている。これは魔法使いでなくても氷の魔法が使える者が居るパーティーなら、当たり前の様にやっている事だ。
「なあ、エイルさん。あんたの職業は何なんだ?」
アレクス達からのエイルの呼称が、おっさんからエイルさんに変わっていた。キノコ採りで舐めてかかれないと悟ったのだろう。
「俺か?俺は『格闘家』だ」
場に沈黙が訪れた。この世界には格闘という概念がない。だいたいこうなるので、こういうときエイルは「己の肉体のみを武器として闘う者」と答えている。
「でもよー。それって武器持ちには勝てないんじゃねーの?」
そう、それが世の常識ではあるが、武器を持たないが故の有利な面もある。
「そうだな··ベルカノール、手を叩いて合図を出してくれ。そうしたら今の姿勢からアレクスは剣を抜く、俺は格闘でそれを止めてやる、いいか?」
アレクスは頷いた。ベルカノールが両手を持ち上げる。地面についているアレクスの右手の指が待ちきれずにピクピク動き、キールは何が起こるのかと合図を今か今かと待っている。
──パチンッ!
アレクスの右手が付着していた土や葉っぱを巻上げ、最短距離で左腰の剣に向う。親指が柄を捉え、あとの4本の指が柄をガッチリ掴んだ。アレクスは剣を──抜けなかった。その時既にアレクスは負けていたのだ。
アレクスの視線はずっとエイルを捉えてはいた。右手が動いているときにエイルがグッと前屈み···否、倒れる程に身体を落とした。アレクスの目はエイルを視界に捉えていたが、理解と反応が追い付かず、剣の柄を握った頃にはアレクスの喉元にエイルの足刀がビシィッ!と突きつけられていた。
エイルはアレクスの喉元から足を退けて、パンパンと手を打ってから言った。
「はい。この様にただの手脚を伸ばす動作が武器になるので素早い対応ができます。先に抜かれているとちょっと困るんだけどね」
「スゲー!スゲーぜ!アレクス、今の見えたか?」
「いや···蹴る動きは全く見えなかった。あれを食らったらどうなるんだ?」
「自分で喉仏を軽く叩いてみろ。それのスッゲェェェッ!痛いやつだ。最悪首が折れる」
アレクスとキールは何度も自分の喉仏を叩いて咽返っている。ベルカノールは二人に呆れてながらも自分の喉仏を触っていた。
「エイルさん!他には無いのかよ!」
アレクスが食い付いてきた。エイルも冒険者を長くやっているが、ここまで食い付いてきたのは初めてかもしれない。そもそも披露する機会が無かったり、喧嘩が強いだけでしょ?で終わることが多かった。
「そうだな、今度はキール、槍の刃の無い方で俺と模擬戦をしよう。」
キールは「待ってました!」とばかりに、投擲槍を新体操のバトンの様に、起用にくるくる回してビシッと構えた。左の手脚が前に来る、左前半身の構えだ。エイルはお返しに、対人用の適当な型を披露してキールと対峙した。
エイルは腕を水平に伸ばし、掌を天に向け、4本の指を二度起こす。この世界でも通用する「かかって来い」の合図だ。
キールが一気に踏み込んで突きを放つ。1番当たりやすい胴を狙っての突きだ。エイルは後退って回避をし、両腋を締めて掌を胸の高さでボールを掴むように構える。相撲で言う中腰の構えの様な姿勢に変えた。
エイルはひたすら後退ってキールを焦らす。これは誘いだ。誘いに乗ったキールは、後退ったエイルに狙いを定めて左手を放し、右半身を大きくねじり込み突きの射程を伸ばし決着を狙った。エイルは胸の中心に放たれたその突きを、身体を捻り左脇を通して回避し槍の柄を左手で掴み取った。
キールは後退って槍を取り返そうとするが、ガッチリ掴まれた槍は片手ではビクともしない。キールが両手で槍を掴みにかかったとき、エイルのハイキックがピッ!とキールの頭上を掠めた。キールが尻餅をついたところで一本、決着だ。
「···え!?最後何が起こったの?」
「ベル、最後のはエイルさんの足がキールの頭を掠って通ったんだ!」
アレクスがベルカノールに今の闘いを解説している。如何に早い蹴りとはいえ、離れていればアレクスにも全体の動きは把握することは出来る。
「エイルさん!あのときの突き、まさか狙われてたんすか?」
「そうだ。大振りの突きより細かい突きの方が返し手が無くて困るぞ」
チクショウ!とキールは頭を抱えている。アレクスの方は何やらベルカノールに熱く語っているが、ベルカノールは話を蹴ってエイルに問いかけた。
「模擬戦の前の踊りは何ですか?」
(踊りか···まあ、踊りか)
「あれは型と言って、このときにはこうするとかの動きを覚えるための···踊りだよ。冒険者仲間に模擬戦を挑んでここまで仕上げてきたんだ」
エイルはオルフを始め同世代の仲間のおかげで、多種多様な型を作ることが出来た。模擬戦を繰り返すと相手も対処法を考え出す。触ったら負けの刃物を持っている分、仲間達の方が戦績は上だ。
気分を良くしたエイルは、サービスとばかりに頭上で腕を十字に組み、腹でスゥー···と息を吸い、一気に吐いた。
「コオォォォォォォォォッ!ホォッ!」
息吹呼吸法で最後の酸素の粒子一粒まで吐き出した(つもり)。酸素を失った身体は新鮮な空気を大量に吸い込む。これで呼吸も整い、エイルは気分を一新した。
「さあ!アレクス。休憩はもう良いんじゃないか?」
「なんだよそれ!教えてくれよエイルさん!」
「人間とは思えねー!スゲーカッケーっすよ!」
戯れつく二人を他所に、ベルカノールは何か引っ掛かったのか首を傾げていたが、「まあいっか」で本業のゴブリン退治に気持ちを切り替えた。




