第20話 若者の休日①魔法のアレコレ
エイル達がティータイムを満喫している頃、アレクス達は、スズが「攻撃魔法を見たことが無い」と言うので、魔法を見せる為にギルドの魔法訓練場に来ていた。
訓練場は町の外れにギルドが土地を所有しており、入口には受付と休憩施設の入った建物がある。そこを通ると丸太のベンチが横一列に並べられていて、簡単な柵で囲われた敷地の奥には土を盛った壁があり、その手前に魔物を模したくたびれた的が立っている。
今はダンジョンの方が忙しいのもあり、訓練場に来ているのは一組の人間種の男女だけだ。男がベンチに座わり女が男の股の上に跨り見つめ合っている。
「ねえねえ!チューする、チューしそう!───あ」
「「きゃーーーーっ!!!!」」
「おいアレクス······俺、あのノリ付いてけねえぜ」
「ああ······まさかエイルさん達、これを知っていて俺達に押し付けたのか?」
甘い接吻を交わすカップルに黄色い声を上げる女達を、アレクスとキールは少し離れて眺めていた。
「やあ、お前達久し振りだ。今日は休みかな?」
「お久し振りです、フェザ先生!」
ベルが挨拶した女性は、ここで魔法の先生をしている職員の一人、白の翼と黒髪の鳥人種『フェザ』だった。ベルはパーティーの中で一番多くここに通っていたので、それなりに親しくなっていた。
「アシュティナも久しいな。だいたい信号魔法を覚えたくらいで来なくなってしまうし、ある程度魔法を覚えると、皆足が遠くなってしまう。暇な仕事の上に今日はあんなバカ共がイチャイチャイチャイチャと!(チラチラ──)」
「先生嫉妬なんてダサ──あー!先生!その首飾りって!?」
「あ!羽が付いてるよー!」
「確か鳥人種は大切な異性に自分の羽を付けたアクセサリーを贈るって!先生、いつから彼氏がいらっしゃったんですか?」
ベル達3人は、フェザがわざとらしくチラつかせていたネックレスに食付き、見事に釣り上げられ恋バナに花を咲かせた。
「見つかっちゃったかーいやー恥ずかしいなー、これを頂いて正式にお付き合いを始めたのは、ダンジョンの捜索が始まるちょっと前だ。でも······まだこれのお返しができていないんだ。どうしよう、遅くなって嫌われたりしないだろうか?でもどんなのが良いか悩んでしまって、どうしたら良いか分からないんだぁぁぁ」
「だ、大丈夫です先生!それからも、その······あ、会ってはいるんですよね?」
「うん」
「遅れてる理由を話せば大丈夫だよー!」
「うん」
「それで振られたらその程度の男ってことじゃん?」
「うん?うっ······うああ!?そんな!私はやっと、初めて恋人が出来て······そんなのは嫌だ!」
自信満々に自慢する割には自信の無いフェザに見兼ねて、スズが丸太のベンチによじ登り、フェザに声を掛けた。
「あの、フェザ先生さん。お返しのネックレス、良かったら作りましょうか?注文を受けてお母さんと作ったことがありますので。女の方から男の方へは、飾り羽は少し大きめの羽を頂いて、宝石は付けずに無骨な意匠にして、燻して渋みを出したものが良いかと思います」
「あ、ああ、君は?アーロイさんのところの娘さんかな?」
「はい、私はアーロイ武具店のスズです」
「おお!そうかそうか!今日は何をしに此処へ······そ、それより首飾り頼めるかな!?良いかな!?今の話のものは、彼も凄く喜びそうだ!是非お願いしたい!です!スズさん!」
「はい!承りました!詳細は後程······今日は、私がまだ攻撃用の魔法を見たことが無かったので、友達に魔法を見せてもらいにきました」
「そうなのか!今日は暇だから私がお見せ致します!」
スズの営業術なのか、フェザがチョロイだけなのか、商談が成立して脱線した話が戻って来た。
そしてフェザ先生による魔法の講習会が始まった。
「まず、攻撃魔法の操作は単純、2種類だけだ。放出と収束この2つだけだが、ちょっと色付きでやって見せる」
フェザが空に向けて放った魔力は、多数の色に変化しながら大きく広がって霧散した。ある程度見せると両翼の翼角を向かい合わせにして、その間に左右色違いの魔力を放出した。
「こうして魔力をただ“放出”しただけだと、身体に当たっても“風”が強いなぁ程度の感覚を感じるだけだ。そしてこうして色が付いているとまるで“煙”の様だな。そう、これが信号魔法に発展していく」
スズは当然の事ながら、1番魔法に長けているベルでさえ、フェザの魔力の操作と説明に感嘆の声を上げていた。
次は両翼角の間に白と黒のマーブル模様のソフトボールサイズの球を作ってみせた。
「これが収束······の完成の一歩手前だ。この状態にするのはそう難しい事ではない。自分が思う“纏まり”を想像すればいい。例えば糸を編む様に、小麦粉を捏ねる様に、土や雪で球を作る様に、自分が慣れ親しんだものを手の間に想像すればいい。そして──」
そしてフェザはピンポン玉サイズの魔力の球を作り、訓練場の奥のゴブリンを模した的にぶつけた。ゴブリンの股間が砕けた。
「······さっきの一歩手前の状態から、球の中心を掴ん······魔力球の中心を感覚で捉えて、そこに魔力が向かうのを想像する。それで完成したものが“収束”した魔力、“風弾”の元だ。それに推進力をもたせたものが初歩の攻撃魔法の“風弾”になる」
再び感嘆の声が上がると、「次で基礎知識は最後だ」と、説明を続けた。
フェザは両翼角に、それぞれ複数個の白と黒の小さい風弾を用意した。そしてそれを少し上空でぶつかるように発射して、お互いにぶつかった白と黒の球は、その形状を崩して消えていった。
「“収束した魔力同士”がぶつかると、この様に簡単に収束が解かれ、その形状を保てなくなってしまう。この性質が“魔法障壁”に転用されている。基礎はこんなところかな?」
基礎的な事を話し終えて、拍手喝采を頂戴したフェザは、スズの元へ歩み寄った。
「スズさんは、何か魔法は使えるのかな?」
「───私は······凍結の魔法も使えないんです」
スズが申し訳無さそうにそう言うと、フェザは気にも止めずに次の質問を投げた。
「スズさんは鍛冶屋だね。火は見慣れているかな?」
「はい、火は毎日見ています」
「そうか───こんなのはどうかな?」
そう言ってフェザは親指の先にボゥ······と、揺らぐ炎を作って見せた。
「氷室の凍結魔法は“冷えろ”“冷たくなれ”と念じながら、収束に満たない魔力を放出しているたけだ。その“冷たい”“冷える”は、雪の中に手を突っ込んだままにして、身体を張って理解したりするが、それだけの事なんだ」
そう言ってフェザは、スズの両手を水を掬うように合わせ、自分の翼角をスズの手に添えた。
「あ······フェザ先生、何かが私の手を通っています!」
「気付いたのなら魔法が使える可能性は有るぞ。魔力を流す──放出する感覚がこれだ。私が知る中でこれすらも何も感じなかった鈍感は一人だけだ」
フェザは今、スズの手を通して“温かい”魔力を放出している。フェザが熱を選んだのは、スズに“熱い”や“暑い”の理解を見出したからだった。
フェザはここで何人もの冒険者に魔法を教えてきた。その的確なアドバイスが光り、最初に変化に気付いたのは魔人種の二人だった。
「あ!スズちゃん!魔法になってるよ!」
「マジマジ!黄色?橙色っぽい!温かい魔法っしょ?」
「え!本当?やったあ!」
スズは途中からフェザのサポート無しで魔力を放出していた。スズが一番見慣れた、赤熱する鉄をイメージして放出された魔力は、魔人種にそのイメージのままの色を伝え、手を差し出せばほんのり温かい事だろう。
「私には“魔力が濃くなった”くらいしか分からないが、魔人種が言うなら間違いは無いな。さて、ご褒美に魔法をいくつか見せてや······差し上げます」
そしてフェザが攻撃魔法を披露して講習会は締めとなった。
「───言葉に出さなくとも魔法は使えるが、魔法の名を呼ぶことは自己を奮う事にも繋がるし、仲間にどの魔法を使うか教える意味合いもある。どうかな?スズさん。楽しんで頂けただろうか?」
「はい!ありがとうございます!わかり易く説明もして頂いて魔法の理解を深める事が出来ました!」
「いやあ、スズさんは熱心だな!あ、アレの制作宜しくお願い致しますぅ!」
そしてアレクス達は、フェザにしっかりお見送りをされながら訓練場を後にした。
「なあよアレクス、あの二人あのままおっ始めるかな?」
「さすがにフェザ先生が居るんだからそれは無いだろ?」
「えー、寧ろ見せつけるんじゃない?」
「訓練場はとは一体······」
「それは変態過ぎだよー」
「シュナ何言ってるのよ!キールとアレクスもよ!」
アレクス達はフェザ先生の心の安寧を祈りながら、昼飯を食べに食堂へ向かった。
ベル
「シュナ何言ってるのよ!キールとアレクスもよ!」
アレクス
(······解せぬ)




