第19話 休日のティータイム
洗濯物を持って川へ洗濯へ、とはならず、向かうのは銭湯だ。川での洗濯は禁止されている訳では無く、銭湯で金を払えば洗濯用の設備を貸して貰え、温かい湯で洗濯をすることができるので、わざわざ冷たい水に手を突っ込む気が無いだけだ。
洗剤はサポニーニという十円玉くらいの赤い実を湯に漬けて、プクプク泡立ってきたところでジャブジャブ洗う。エイルの実家では洗剤として米の研ぎ汁と糠を使っていたが、「こういうものをよく見つけたものだ」とエイルの前世の部分は感心してしまう。
石鹸とか洗剤を作れれば一儲けできそうだが、エイルは前世で石鹸洗剤は買って使うだけだったので、作り方なんて知らなかった。
洗濯も終わり、家の軒先に洗濯物を干して、エイル達はオルフ達の家へ向かった。オルフ達は中心街に近い町中のアパートを、オルフとファルで一部屋ずつ借りている。今はオルフとシュナが同居しているが、一部屋ずつなのはオルフの女癖の悪さからだった。
ファルの部屋を訪ねると、上半身裸のファルが剣の手入れをしているところだった。
「お早う皆んな、オルフ達は今さっき洗濯に行ったから、ここで待ってると良い」
「そうか、時間が有るなら頭刈ってやるぞ?」
「ハハハ!それを見越して半裸で待ってたんだ!」
ファルは定期的にエイルの実家まで飛んで来ては、モヒカンヘアの手入れを頼んでいた。今エイルはアレクスのパーティーに同行しているので、今日が絶好の機会だと、道具を揃えて待ち構えていた。
エイルは慣れた手付きで、タングに特注したの手動バリカンをファルの頭に走らせる。5ミリ残しの刈り上げで、センターには立派な鶏冠が残った。
「どうする、鶏冠も短くしとくか?」
「そうだな、ゴセンチ切ってくれ」
ファルが「これくらい」と提示してくるのが大体5センチだったので、エイルが「5センチ5センチ」言っていたら、ゴセンチが定着してしまっていた。
「あー、ファルがサッパリしてる!もうチョイ待っち、これ干して来るから!」
オルフとシュナが戻って来て、シュナは一声掛けるとパタパタと部屋へ駆けて行った。
「オルフ、お前も物干しくらい手伝えよ」
「しょうがねえだろ、勝手にやっちまうんだから」
シュナが洗濯物を干している間に、ファルは川へ毛を落としに水浴びに行った。
「お待たせ!これからスズって子のとこに行くんでしょ?」
スズの方はシュナの悪評を聞いて、要注意人物として知ってはいたが、同じ学校で同じ学年でも交友関係が違い過ぎたのと、シュナがサボり気味だった事もあり分からないらしい。これからほぼ初顔合せなのだが、シュナはあんな性格なので全く緊張はしていなかった。
エイルを先頭に店へ入ると、いつも通りアルミナが店番をしながら作業をしており、久し振りに揃って訪れた3人組と新人達を出迎えた。
「あら、いらっしゃい。今日は皆んなでお休みなの?」
「はい、丁度洗濯物も溜まっていたので。これから皆んなで遊びに出掛けます。スズちゃんも誘おうという話しになりまして、今日は手が空きそうですか?」
「暇なお店だから大丈夫よ。呼んで来るわね」
アルミナは作業を中断して、エプロンで手を拭うと店の奥の工房へ入って行った。
「ここがスズんちね。初めて入ったけど、品物少ないんじゃない?」
「ここは特注専門店みたいなもんだからな。でもああやって大通りの武器屋に卸す物も作ってるから、割と多いっちゃ多いぞ」
オルフが研ぎ途中の鏃を指してシュナに説明をする。いつ見ても商売をする気がない品揃えの陳列棚の商品を眺めて暇を潰していると、工房の扉が開きスズが入って来た。
「ベル!ミーア!お父さんが遊んで来て良いって!皆さん今日はよろ······え?あ、貴女はアシュティナ?」
「ども!同じ学校だったらしいね!スズちゃんヨロシク!」
まさか居るとは思っておらず、面食らってまごつくスズに、シュナはしゃがんで気さくに挨拶をした。
「あ、ああ、オルフさんとそうでしたね。よろしく、アシュティナちゃん」
「シュナで良いよ。私の真名だけど、私の真名を知ってる男はこの町にメッチャ居るから真名とか関係無いし、ね?ベル、ミア!」
「それはどうか知らないけど、スズちゃん、皆んなシュナって呼んでるから大丈夫だよ」
「シュナは時々ヘンな事を言うけど、良い子だよー」
スズはベルとミーアの顔を伺ってから、シュナと目を合わせた。
「よ、よろしくシュナ······ちゃん」
アルミナに見送られて店を出たエイル達は、アレクス達同い年グループを見送り、路地裏の喫茶店で暇を潰す事にした。
「しかし、どう口説かれたか知らんが、よくあいつ等とパーティーを組む気になったな?」
「それは気になるな。あれ程修行修行言っていたお前が、その修行よりも優先したのだろう?」
「修行に使う時間は減ったけど、毎朝続けていられるし、まあ、なんだ······恥ずかしい話しだけど、親父に“お前はただの世間知らずの自惚れ屋だ”って諭されてな」
「はっはっは!違いねえ、お前は自分ばっか見て、たまに町に来て冒険者をやる勝手な奴だったからな!」
「ハハハ!だからパーティーを解散して、ギルドで合った時に同行する様になったな」
エイルは言い返そうにもぐうの音も出なかったが、そんな事を思いながらも付き合ってくれていた事実に、ちょっと苦いお茶が甘く感じられた。
「初めて会ったときは武器も持たないイカれた奴だと思ったが、どんどん力を付けていったな」
「それがいよいよあの水準に達した訳だ。お前の生き様は正しかった様だな」
「ハッ!なに小っ恥ずかしい事言ってんだよ!そうだ、オルフだ!オルフはシュナとどうするつもりなんだ?」
このまま自分の話をされては恥ずかしくて堪らないので、エイルは照れ隠しにオルフに話題を振ってやった。
「シュナとか?俺はもうシュナを裏切れねえよ。シュナが他に男を見付けなければ、俺はシュナと家庭を持つつもりだ」
「何があったんだ?」
「どうやら相当訳ありで、脅してお仕舞いに出来なかったらしいぞ」
「おいファル······まあ、いいか。あいつはさ、ベルちゃんとかミーアちゃんとか、誰かまともな奴が支えてやらないとダメになっちまう女だ。ああ見えて愛に餓えていて、甘い言葉には弱いんだ──」
シュナの父親は、シュナが出来ると母親の元を去った。母親は自身を奴隷として売り、その資金とシュナを知人に預けたり、シュナが働ける年齢になったところで奴隷として出す事はせず、女手一つでシュナを育てた。ただ、その生計の基盤に売春を充ててしまい、その共寝をシュナに隠し続けられなかったのがいけなかった。
シュナは学校に通うようになって友達もできたが、自分のオンナを理解する年になってからは、所謂不良達と一緒に居ることが多くなり、当然の様に母と同じ道に走った。それを褒めてくれる仲間と一緒に居るのが幸せだったようだ。
「オルフ······それは大役だな!」
「はっ!助かってるのは俺もだ。さっき見ただろ?あいつ性根は献身的で純粋なんだ。あんな良い女逃す手はねえぜ!───」
オルフのシュナ自慢が夜の酒場でするような内容になってきた頃、ファルがふと新しい話題を投げ入れた。
「そう言えば、昨日アンナが愚痴に紛れて何か推理をしてたな」
それにエイルは便乗した。
「冒険者の行方不明と賊だったか?魔物に食われたにしては痕跡が無さすぎだから、人攫いの賊が紛れ込んでいるんじゃないか?ってやつだな」
「今来てる奴隷商の連中の仕業か?」
「それは無いと思う。領主様の息子と話したけど、かなり優良な業者の様だ。それにまだこの町に滞在しているのに、攫った人を隠しておく場所が無いしな」
「ハハハ!冴えているなエイル。帰りも荷は調べられるだろうから、まあ、無いだろうな。俺が言いたいのは、ダンジョンの方だ」
「ああ、そろそろ往復するだけでもきつくなってきたから、前線拠点の設営を始めるって言ってたやつか」
「アンナは他の事例と照らし合わせると、そろそろ見つかるんじゃないかって言ってたな。いや〜良かった良かった!俺はファルみたいに飛べないからよ、山登りまではしたくねえぜ」
それからエイル達は駆け出し冒険者の頃に戻って、未知のダンジョンの予想を言い合い、久し振りの懐かしい雰囲気を楽しんだ。




