来訪者⑦
イリシュはアステオンとエーデルアンジュの尊き姿を仰ぎ見る。
森の端の集落に住んでいたイリシュは、まだ自分達の王の姿すら見たことがない。イリシュが住んでいた集落の年長者は、グランヴィラージュに出向き謁見した事はあるが、それもまだ二人が生まれる前の事。イリシュの集落には、アステオンとエーデルアンジュの名前しか伝わっていなかった。
取り囲む兵士、馬車の陰から覗く奴隷商達、遠くから見守る領主家の面々とスズ達は、イリシュが見せる態度から、王子と王女だと言うのは本当なのだと理解した。
そこで領主ルキアノスは、イリシュを介して提案する。
「イリシュさん、お話しの席を設けます。皆さんを此方へ」
領主からの誘いの言葉に、イリシュとソルジオとエーデルアンジュが顔を向け、アステオンが遅れて顔を向ける。
進展があった。しかし、領主の言う此方とは屋敷の敷地内。今より逃げ難くなるのは明白で、ソルジオは警戒して動こうとしない。イリシュも「罠ではない」と信頼していても、より閉鎖的な場所へ向かうアステオン達の気持ちを考えると、どうにも次の行動に移れないでいた。
そんな中、エーデルアンジュがアステオンに何か耳打ちする。それにアステオンが頷くと、エーデルアンジュはイリシュに言った。
「イリシュさん、私達はこの地を選んだ貴女と、貴女を受け入れた彼等を信用します。私達を案内して下さい」
それはエルフの王族からの歩み寄り。ハッキリと共通語で全員に知らしめた。
それでもソルジオは二人を守り抜くのが使命であり、激しい葛藤がイリシュに向けられた強い眼光に現れている。
領主側とエルフ側から板挟みにされたイリシュは、先ずは一言。
「ル·ロワ、ル·レーヌ。ここの住民はとても良い方ばかりです。私はこの地で命を救われました。イーロアス領主アレクス·イーロアスが第三の妻、イリシュ·イーロアスがご案内いたします」
そう言うと、イリシュはソルジオの間合いに、それも無防備な背中を向けて立った。手を伸ばせば直ぐに掴める距離、自分が領主の妻であると通告もしてある。つまり、
“私を人質に使ってくれ”
ソルジオはイリシュの意図を理解し、周囲の警戒をしながら、イリシュの後について行った。
庭には直ぐに会談の席が設けられた。それは本当に席だけで、取り急ぎ集めた椅子が六つ、三対三で向かい合わせに並べられただけだった。
椅子にはアステオンとエーデルアンジュが座り、ソルジオは立ったまま。その横にはイリシュが立っている。
向かいの椅子には、領主ルキアノスと長男レフテリオ、それとイリシュが座る予定だったが、イリシュの代わりに次男のデュオセオスが座った。
領主はイリシュとエルフ達がゆっくり話をする機会を作ったつもりだったが、構図はまるでアルトレーネ家とエルフの対話だ。
それでも話の口火はイリシュが切った。
「エルフの王都の名は“グランヴィラージュ”。そして“オン”の音を名に付けられるのは王族男子のみ。この方々は間違いなくエルフの王子と王女です。ルキアノス様、ご厚意感謝いたします」
そう言って深々と頭を下げるイリシュ。だが、エヴィメリア王国だけでなく、全ての人類の国がエルフの王族と親交が無いのだから、王統の証明のしようがない。
身分の偽装などいくらでも出来てしまう状況であり、間違っても外患を王都へ入れてやる訳にはいかない地方領主としては、判断を慎重にせざるを得ず、先ずは事情聴取からだ。
「こうして腰を据えて話せる様になったのです。イリシュさんもまだ詳しくは聞いてはいないでしょうから、エルフの中でも高貴な御二人が、何故こんな所まで来る事になったのかを話してくれませんか? ───ああ、申し遅れました。私はこのアルトレーネ領の領主ルキアノスです」
そしてお互いに名乗りあってから、エーデルアンジュとソルジオによって、グランヴィラージュに起こった事が語られた。
たどたどしいエーデルアンジュの共通語に、ソルジオが補足を入れながら、詳細にグランヴィラージュの惨劇が語られる。領主家も兵士達もイリシュも相槌の言葉すら失い、アステオンは時折聞き取る事が出来た単語に、拳を握り、唇を噛み締める。
そして話はグランヴィラージュから離れる。アステオン達四人は、北上してから森の外側を西に向かい、「グランヴィラージュに起こった事」「東へ向かい王に合流する事」を集落に伝えながら、サングロリア王国沿いに南下を進めた。
それがラルバルマ王国に差し掛かる辺りで、既に壊滅している集落に当たった。運よく敵は居らず、放置された武器の傾向から、あの白い敵による仕業ではない事が分かった。
そこでソルジオとグリシーヌは伝達を諦め、仲間の遺体もそのままに、進路をエヴィメリア王国へ定めた。
今までは同族の集落から集落へ、道案内を伴い進む事が出来た。寝床も食料も進んで分けて貰え、寝るにも食うにも困る事はなかった。
だが、人類の領域はそうはいかない。ソルジオとグリシーヌだけなら強硬手段も取れるが、アステオンとエーデルアンジュも伴って居る事から、極力戦闘を避けて征かねばならず、アステオン達にとって、ここからが難関だった。
森と隣接する国はエルフに当たりが強い事から、人の目を避けなければならない。走鳥の分も含めて、食料を確保しなければならないならない。未知の森を進み、未知の魔物に怯えながら、眠れぬ夜を明かさなければならない。
最初に体調を崩したのはエーデルアンジュだった。まともに眠る事が出来なくなり、食事も喉を通らなくなった。
アステオンも眠れないストレスを、歩みを遅くしたエーデルアンジュに向ける事が多くなってしまった。
いよいよ戦士の二人は、孤立した民家を襲撃して、安全な寝床と食料を確保する事を選択肢にいれた。
街道を見付け、森に深く潜んで辿って行くと、何かの車列が現れた。車両は4台。馬が引くのが3台に犬型魔獣が引くのが1台。御者は2人ずつ乗っており、護衛の犬型魔獣が車両に一体ずつ付いている。
万全の状態でも勝てる様な戦力ではなく、襲撃する気も起きない。見たところ車列はサングロリア王国のものの様だが、幌に刺繍された国章と同じくらいの大きさで別の紋が刺繍されている。
ソルジオとグリシーヌが知る中で、そんな事をするのは国を跨いで商売をする大規模な商会くらいなもの。そしてこの隊の進行方向には、エヴィメリア王国がある。
そこでグリシーヌは一つの提案をした。アステオンとエーデルアンジュは反対したが、ソルジオとグリシーヌは二人を護る事が使命。グリシーヌはマーモンの白い弓をエーデルアンジュに「護り弓」だと渡し、荷物を置き、走鳥に乗ってゆっくりと商隊へ向かって行った。
犬型魔獣が直ぐに気付き、商隊は警戒する。だが、姿を見せたのは、何一つ武装していないエルフの女だった。
「私は自分を売りたい。その代わり、頼みを聞いて欲しい」
商隊は直ぐに交渉に乗った。品薄のエルフ。それも五体満足。汚れて痩せてはいるが、そんなものは洗って食わせてやれば良いだけで、商品価値は十二分だ。
「直ぐそこに仲間が三人いる。その仲間をエヴィメリア王国まで連れて行って欲しい。その間の食料は二人分だけで良い。一人は戦闘も出来る、護衛に使ってくれていい」
条件はそれだけ。女エルフの価格からすれば、その程度のコストなら十分な利益を見込める。
だが、それで素直に手を打ってしまうのも勿体無い。商隊は走鳥を要求し、グリシーヌは走鳥二体を追加した。
商隊の拠点の町で、グリシーヌと二体の走鳥は本隊から離れた。商売人としては需要と競争が高く、客が競り合って実入りが膨らむところで売りたいものだからだ。
グリシーヌとの別れに、アステオンとエーデルアンジュは怒り悲しむが、愛する人を売り、それでも平静を保っているソルジオを見て、涙を堪え、言葉を呑み込む。
しかし、町で出された料理はどれも美味しく。グリシーヌの事に怒り悲しんでいたのが嘘のように、飢えた身体が貪欲に食を求め、二人は理由もわからず溢れ出る涙に困惑する事になった。
奇しくもその商隊はアルトレーネ領と関わりの深い奴隷商の商隊で、それも国内で商売を終え、アルトレーネ領を次の目的地に決めたタイミングだった。アステオン達は、グリシーヌの身柄と引き換えに、エヴィメリア王国への最短の足を手に入れる事が出来───そして今に至る。
「……」
誰も口を開けない。関係者だからと近くで聞いていたスズも、便乗して聞いてしまったサイラ達も、聞いてしまった事を後悔したくらいだ。
この話を嘘だとは思えない。しかし、同時に真実である証拠も無い。信じたいが、信じてしまうとエルフと何かしらの勢力との争いに巻き込まれる可能性もある。
「その白い敵に心当たりがあります──それが夫、アレクスが王都へ向かった理由です」
イリシュが言った。視線がイリシュに集まる。その中でスズだけは、エーデルアンジュとソルジオが背負っている白い弓を見ていた。
「発言を失礼します! イリシュの言う様に、アレクスはその白い敵の事で緊急で王都へ向かいました! エーデルアンジュさんが仰った事と一致する事もあります!
あの白い弓の事もエイルさんから聞きました! 私は直ぐにでも、この方達を王都へ向かわせるべきだと思います!」
スズは機密情報の存在を匂わせ、エーデルアンジュ達の肩を持つ。
ソルジオの言葉を思い返せば「エイル·タナーカー氏と一緒に怠惰の魔王と戦った」そんな事も言っていた。アレクスは緊急で王都へ向かった。それも何か機密情報に係る事なのかも知れない。
秘密が多いのには腹立たしい事ではあるが、アルトレーネ領主ルキアノスは決断した。
「アルトレーネ家は、エルフの王子と王女を歓迎します。王都への足は早速手配しましょう。ですが、今日はしっかり身体を休めて下さい」
ルキアノスはエルフ達にそう言うと、続いて使用人に部屋の手配と、銭湯の貸し切りの指示を出した。
エーデルアンジュがアステオンに『長ルキアノスが歓迎すると仰って下さいました!』と伝えると、アステオンは姿勢を正し、ルキアノスに会釈をする事で感謝の意を伝える。
そしてイリシュに『貴女には感謝しかない。イーロアス夫人、貴女が得た幸せを祝福する』と伝えると、張り詰めていた糸が切れたかの様に、限界を迎えたソルジオが倒れたのだった。




