来訪者⑥
「お待ち下さい!……エルフの森が荒れていたのはご存知ですか?」
イリシュが振り返ると、奴隷商はそう言った。
「……いた?」
イリシュは首を傾げた。イリシュが聞いていたのは「荒れている」だったからだ。
イリシュの反応を見た奴隷商は、「やはり」と続ける。
「ええ、いたのです。春先から例年通りの小競り合いはあったのですが……これは同業者の間に広まった噂ですが、トリトニア連合国がエルフ狩りを始めたと───」
それはイリシュの耳にも入っている。
「───それから、少し荒っぽい同業者達は賊と手を組み、トリトニア連合国に売るために“エルフ狩り”を始めました───」
それは初耳だったが、需要が有れば供給するのが商売人だ。納得は出来る。出来るからこそ、
「貴方達も売ったのか?」
「いいえ。わたくし共は保護が目的ですから」
眼光鋭く聞くイリシュに、奴隷商も鋭く返す。保護だなどとは名目で目的はカネなのだろうが、イリシュも結果的に保護されてしまったのだから、それ以上そこを突っつく事はなかった。
イリシュが話の腰を折ったのを機に、奴隷商は話を本題に移す。
「わたくし共は貴女のお仲間を保護したかったのですが、なかなかその機会に恵まれないのです。悪質な輩達に妨害されますし……そもそも、エルフは東へ移動してしまった様です」
そう聞いたイリシュの表情が険しくなる。イリシュもエルフなのだから、エルフの森への執着心はよく分かる。
よく分かるこそ、奴隷商の言っている事が理解できず、奴隷商に詰め寄った。
「──東へ? エルフがそう簡単に森を明け渡すとは思えない。何故分かる?」
「───領主様の家へ行ってください。そこに居る方達に聞きました……が、わたくし共には真偽が判断出来ません。ここまで連れて来るのが約束でしたから、後は彼ら次第です。……きっと貴女なら、彼らの力になれると思います」
奴隷商の優しい口調に、イリシュはただ純粋な親切心を感じ取った。
イリシュ達が急いで領主家に向かうと、奴隷商の馬車が一台、門の向かいに停まっているのを見付けた。その馬車と門の間には人集りが出来。服装から領主家の関係者と奴隷商達が輪を作っている様に見える。
先程の奴隷商の男の話だと「連れてくるだけ」の用事のはずだったが、どうやら厄介事になり、決着がつくまで離れる事が出来なくなった様だ。
その人集りの中心にシュリアはあるものを見付け、イリシュに声を掛ける。
「ん? イリシュさん、あの金髪……」
「……エルフだろうな」
イリシュは訝しむ。「商品の中にエルフは居ない」と、聞いたばかりだったからだ。
それが輪の中心に居る。それも一人ではなく三人も。おそらく男が二人に女が一人。そして、その中の一番背が高く身体ががっしりした男が、アルトレーネ領主ルキアノスに向かって、エルフ訛りの共通語で何かを訴えかけている様だった。
「信じていただきたい! このお二人はエルフの王子と王女! 私達はこの国のエイル·タナーカー氏と友好がある! 彼に合わせて欲しい! そうすれば分かる!」
男の話に聞き耳を立てていたイリシュは立ち止まる。
「スズ! あの男は今、何と言った!? エルフの王子と王女と言ったのか!」
「うん、そう言──イリシュ待って!?」
そしてスズにそう問いかけると、イリシュはスズの返答の言葉を待たず、人集りに駆け寄った。
イリシュは人の壁を押し退ける。
「───!!」
「───!?」
互いが互いに目を見開いた。イリシュが見たのは、頬が痩せこけてはいるが戦士だと思われるエルフの男。そして、戦士の男ほど痩せこけてはいないが、酷く憔悴している若いエルフの男と女。
そしてその三人が見たのは、顔の半分と左腕に酷い火傷の痕があり、左脚の膝から下がよく分からない物になっている同胞の姿だった。
イリシュの視線は、王子と王女だという若いエルフに釘付けだ。
本当なのか、自分如きが声を掛けても良いのか、なぜこんな場所に居るのか、なぜそんな酷い姿をしているのか───
イリシュが二人に何と声を掛けようかと悩んでいると、戦士の男の方は即座に行動を起こした。
『貴様ら指一本動かすな!』
戦士の男の口から咄嗟に出たのはエルフ語での叫び。そして剣を抜き、若い二人の盾になる。
一方、突然なんだかよく分からない事を言われ、剣を向けられた領主家の関係者達は、戦士の男の意に反して動き出した。
野次馬根性で集まった使用人の中には、我先に逃げ出す者も居れば、主人達を護ろうと動く者も居る。しかし後者は護衛の兵士にとっては仕事の邪魔でしかない。
兵士は剣を抜き、エルフ達を刺激し過ぎず、かつ逃がさない様に牽制しながら、護衛対象とついでに邪魔な使用人を屋敷へ逃がす。
戦士の男は鬼気迫る表情で兵士達に剣を向け、牽制をしながら逃走経路を探している。
手薄な場所は何処か、人質に使えそうな子供は居るか、奴隷商の馬車は奪えるか───
そして活路を探る戦士の男の剣がイリシュの方を向いた時。丸腰のイリシュは男の間合いに踏み込んだ。
耳を劈く金属音と、白昼に弾ける火花。
気合を込めたイリシュの義足による回し蹴りが、男の剣を地面に叩き落とした。
(弱い……)
イリシュは戦士を憐れむ。気合を込めた蹴りなのだから、剣を保持出来なくて当然だ。だが、イリシュの想定よりも遥かに簡単に剣は落ちた。王族を護ろうと言う戦士の握力が、剣を握るのがやっとな程に弱ってるのが分かってしまったからだ。
だが、弱っているとは言え、そこは最精鋭の戦士。戦士の男は蹴飛ばされた剣を追うことはせず、短剣と矢を同時に掴む。武器は剣だけではない。短剣がある。弓を使える距離ではないが、矢は刺したり投げ付けたりして使える。
戦士の男がまだ抵抗の意思を見せると、兵士達は剣を握り直し、戦いたくない意思を握り潰して戦闘態勢に移る。そしてイリシュは、
「お願いします剣を納めて下さい! 話をする機会を下さい!『お願いします───』」
両膝と両手を地面につけ、共通語とエルフ語で繰り返し叫んだ。
イリシュの懇願が叫ばれると、戦士の男が動きを止め兵士達の動きを注視する。兵士達はどうしたものかと隊長に判断を委ねた。
『剣を納めるんだ』
そこで口を開いたのは若い男のエルフ。イリシュは訴えるのを止め、顔を上げて戦士の男の判断に注目する。
若い男のエルフの言葉は、戦士の男に掛けられたものだ。だが、エルフ語を理解出来ない兵士達が剣を納めないのなら、戦士の男も剣を納める訳にはいかず、イリシュは土を握り締め、涙を蓄えた瞳で男の目に訴えた。
「皆さん、私達は争いません! 私達は剣を納めます! ですから、私達にそこのエルフと話をさせて下さい!」
イリシュの代弁をするかの様に叫んだのは若い女のエルフ。エルフの王女だと言うそのエルフが、流暢とは言えないが、確かに伝わる共通語で訴えた事で、兵士達は剣先を少し下げ、戦いたくない意思を隊長に伝え始めた。
仮にもエルフの王女だと言う者の言葉だ。その言葉を無碍に扱うなんて破廉恥極まりない事であり、隊長は部下に二歩下がる様に命令する。
そして兵士の動きに合わせ、戦士の男も武器から拳二つ分ほど手を離し、共通語で周りにも伝わる様にイリシュに話しかけた。
「すまない。貴女の姿に動揺してしまった。私はソルジオ·グランヴィラージュ·ソルダ───」
イリシュは背筋に電撃が走った様だった。“グランヴィラージュ”、それはまさにエルフの森の中央、王の住まう地の名称だったからだ。
そして、ソルジオは続ける。
「この御二方は、我らのエルフの王ビュイスルノン·グランヴィラージュ·ロワの御子息と御息女、アステオン·グランヴィラージュ·ル·ロワと、エーデルアンジュ·グランヴィラージュ·ル·レーヌにあらせられる」
イリシュは自分如きが口に出すのもおこがましい御名が耳に入ると、背筋をピンと伸ばし、咄嗟に正座の姿勢をとるのだった。




