来訪者⑤
ロティシュをシュナに預け、イリシュが三人を連れて先ず向かったのはアーロイ武具店。
「ここがスズの実家にゃ?」
「普通の家だな。もっと小さ……ドワーフの身体に合った建物だと思っていた」
アーロイ武具店は元々人の住宅だったもので、「ドワーフの店」と聞いて訪れた者は、だいたい同じ様な反応をしている。
「折角だから矢を買いたいんだけど、鏃だけでも在庫してないかな?」
有名になって他所の冒険者や商人の客が増えたのだが、相変わらず商売っ気が無いため、訪れた客は売り場で研磨や装飾作業をしているアルミナと、雑談だけして帰るだけになる事が多い。
そんな店の壁には、まさか炉に焚べる訳が無かろう建材としての木材が立てかけられており、地面には大鋸屑が落ちている。そして家の中からは大工仕事をしている様な音が鳴っていた。
「どこか修理してるみたいだな」
レヤンがそう言うと、イリシュは事情を知っている様で、「そうだ」と返す。
そしてドアに近付くと、中から向かって来る足音が聞こえ、先に退出者に道を譲った。
ドアが開き、現れたのは人間種の中年の男。男はレヤン達を店の客と認識し「失礼」と一声掛け、二三歩進んでから、ハッと振り返った。
「おお、イリシュさんか! ロティシュちゃんはどうした? 元気か?」
「こんにちはお義父さん。昨日会ったばかりじゃないですか! ロティシュは今、フリード君と遊んでいます」
店から出てきたのはアレクスの父だった。
アレクスの父は、春になるとまさかな事を幾つか聞いた。その幾つかの内の一つが、アレクスとイリシュの婚約で、中々に複雑な心境ではあったが、領主が決めた事であり、ロティシュに゙デレたりしたりで、結婚に反対する事はしなかった。
「なんだ、そうか残念だ! ええと……見ない顔だが、そちらの方々は?」
そしてイリシュと挨拶を終えると、アレクスの父はレヤン達の事を聞いた。
イリシュは手で示して、レヤン達を紹介をしていく。
「アレクスが冒険先で知り合った友人達です。こちらがレヤン、シュリア、そしてこの方があのサイラさんです」
「おお! 倅から聞いてます! 倅が世話になりました! 貴女が大魔法使いのサイラさんですか! 是非、握手を!」
“大魔法使いサイラ”の話は、アレクスの父もよく聞くし、一緒に戦ったアレクスの実父なのだから聞かれもする。それにアレクスからは、「サイラがいなければ魔王を倒せなかった」と聞いており、まさに息子の命の恩人であり、アレクスの父はキラキラした目で、ゴツイ手を二つサイラに差し出した。
サイラはもう握手には慣れっこで、両手でゴツイ右手を包んでやる。そうすれば、相手も同じ様に手を包んでくる。
たまに触り方がいやらしい奴も居るが、アレクスの父の握手からは、見た目通りの力強さと、感謝と敬意が伝わってきた。
「大魔法使いだなんて……私は大した事してないにゃ! アレクスの方が凄いにゃ! アレクスの方が大勇者にゃ!」
サイラはやや強い語気で、お世辞の様な本音を言う。
“大魔法使いサイラ”は虚飾だ。ギルドがまだ隠しておきたい事の為、英雄を求める民衆の為、サイラの戦果が大きく盛られた結果だ。なにより自分は憤怒の魔界に障られ、怒りのままに今握手をしている男の息子諸共、魔王を吹き飛ばすつもりで大魔法を放っていたからだ。
アレクスの父とレヤンとシュリアは何か気不味い雰囲気を感じ取り、イリシュはサイラの心境に心当たりがある様で、然りげ無く目を逸らす。
イリシュが目を逸らした先は店のドアで、状況を打開する助け舟を求めて歩み寄ると、また中から近付いて来る気配が感じられた。
「あ! やっぱりサイラだ! レヤンさんとシュリアさんも! お久しぶりです!」
中から出てきたのはスズで、お互い公には言えない隠し事を抱えつつも、思い出話を始めるのだった。
スズが合流し、陰ながら見守るスズの護衛を伴い街を案内していると、一行は路地裏に1台の馬車を見付けた。
そこには身体つきの良い男の奴隷が三人並べられており、シュリアは幌に刺繍された紋章を見て言った。
「あれはサングロリア王国の紋章……こんなに遠くまで売りに来るのですか?」
魔物が蔓延る森を開拓するには労力がかかるし、折角森が国境になっているのだから、そんな所に手を出して自ら領土問題を起こすつもりも無く、各国は国の門を多く作っていない。
エヴィメリア王国とサングロリア王国の検問は一箇所で、そこからアルトレーネ領に行くには、王都エヴィメリアから南下して、一つの領を通過しなければならない為、そこまでして奴隷を売りに来る意味が、シュリアには分からなかった。
その疑問には、イリシュよりも長く暮らし、領の成り立ちに詳しいスズが答える。
「あの商団の拠点の町とアルトレーネ領は、南東の森を抜けると凄く近いそうで、お互い別の国に属するまでは頻繁に交流があって、それで自衛のみによる森の通行が特例で認められているんです」
よく見れば奴隷商人は筋骨隆々で如何にも強そうだ。
国に管理されていない非公認の向け道なんて、魔物以外にも賊だって頻繁に出るだろう。しかし、それらを商団にやっつけてもらえば、両国の警備兵の負担を減らす事が出来るし、商団としては多少のリスクを負っても、他の奴隷商会が手を出せない販路を持っている事にメリットがある。
そうだとすれば、商売の内容は横に置いておき、「国の看板を背負っていて悪い事は出来ないだろうし、自己責任ならまあ」と、シュリア達は頷いた。
些細な疑問が解決したところで、イリシュは「私はあの商人達の気まぐれのおかげでここに来れたようなものだ」と一言言ってから、スタスタと奴隷商の所へ歩いて行き、声をかける。
「エルフは居るか?」
イリシュはエルフの奴隷を買う気が無いし、居ないほうがいい。しかし「私の時の様に傷付いた仲間を助けて欲しい」「仲間に不当な扱いをしないで欲しい」と、そんな思いを込めて、たった一言声を掛ける様になっていた。
奴隷商にとってイリシュはドラマチックな運命を辿った元商品であり、今は一人の客である。営業で培った感から、イリシュの内心は察する事が出来るが、慈善事業で商売はしていないし、自分達の商会は人攫いを是としない事から後者の指摘は当たらない。
本当は商品を購入して欲しいところではあるが、こうして気さくに声を掛けてくれるだけでも、自分達の健全性が周知されるので、奴隷商は最高の営業スマイルをもってイリシュに応対する。
「これはこれは、お元気そうで何よりです。あいにく現在エルフの商品は有りませんが、どうぞ商品達をご覧になって下さい。新しい領地を開拓していると小耳に挟みましたので、働き盛りのものを用意して来ました」
どうやら今回のラインナップは、イーロアス領向けの労働者の様で、イーロアス領での営業が許可されていない為、ここで奴隷を使って一攫千金を狙う奴隷主を探している様だ。
奴隷商の営業が刺さったのか、イリシュは何やら悩んだ素振りを見せ、奴隷商に言う。
「……そうか、働き盛りか。今人出が欲しいところだったから、主人が帰って来たらまた顔を出そう。いつまで滞在しているんだ?」
「ご結婚なされたのですか!? それはおめでとうございます! ご主人は地主さんでしょうか? あと10日は滞在する予定ですので、是非とも是非とも!」
イーロアス領主が結婚を公にしたのは冬が明けてから。どうやら奴隷商はその情報をまだ仕入れていなかった様で、目の前に居るのが、その第三夫人と、少し視線を落とせば第一夫人が居る事に気付いていない様子だ。
そろそろ笑いを堪えきれなくなったイリシュは、急いで奴隷商に暇を告げる。
「それなら間に合うな。では、また顔を出すかも知れない」
「かも、なんて言わずに! 旦那様とのご来店、首を長くしてお待ちしております!」
嬉しそうな奴隷商の声を背に、イリシュとスズは「アレクスを連れて来たらどんな顔をするのだろう?」と、悪戯な笑みを浮かべて去って行く。
一方、そんなまだ何も知らないだろうイリシュを見送る奴隷商の顔は、一歩、また一歩とイリシュの背中が遠ざかって行く毎に、営業スマイルを真顔に変えていき。
そして、いよいよ判断が決まったのか。
「お待ち下さい!」
と、イリシュを呼び止めるのだった。




