来訪者②
翌朝。大通りに人が行き交い始め、生活音が大きくなってきた頃、レヤンの部屋のドアが激しくノックされた。
ノックの間隔から叩いているのは二人。他の客の迷惑を考え、時間帯を選んだ上で声を出さない様にしている様だが、何故かノックの音には気が回らなかった様子だ。
「やれやれ……」
レヤンは迷惑な二人の正体に心当たりがある。そして、その用件にも心当たりがあり、部屋の姿見を見てからドアの鍵を開けた。
「レヤン見せるにゃ!」
「サイラ退け! 私が見る!」
鍵が外れるやいなや、朝の挨拶もままならないまま、サイラとシュリアがドアを押し退けレヤンに飛び付いた。
「おい、大丈夫だ! もう自分で見た!」
レヤンはそんなせっかちな二人を引き剥がし、自分の左の頬を見せる。
「──痣が無いにゃ」
「──痛みも無いのか?」
「ああ、大丈夫だ。アンナさんの薬は良く効くな」
正直に言うとまだ少し痛みはあるが、レヤンは二人に笑顔を見せた。
◁◁◁
昨夜、レヤン達はユリアから夕食の接待を受けた。ユリアは気を利かせ1次会で帰ったのだが、アンナの誘いで2次会に行ったのが、レヤンの運の尽きだった。
2次会の会場はあの店。あの喧嘩賭博で有名な店であり、好奇心もあるのだが、一見にはどうにも敷居が高い。
そんな所に常連が連れて行ってくれると言うのだから、レヤン達は大船に乗った気持ちでアンナの後について行った。
店の方も、アレクス、スズ、ミーア、ビオンと共に、憤怒の魔王を討伐したあの大魔法使いサイラが来たとあって大いに盛り上がり、そして大将の猫型獣人種好き(女に限る)もあって、埋まっていたテーブルに直ぐに空きが出来、酒と料理の初品が大将のサービスになった。
そして、サイラ達のテーブルには、客が引っ切り無しに同じ話を聞きに来る。サイラも最初の方こそ面倒臭がったが、酒が回ってくればヨイヨイと同じ話を飽きもせず繰り返す様になった。
そして酒が回れば呂律が回らなくなり、足元もおぼつかなかくなる。
「ッてぇな! テメェ! 謝れや!」
「ザケンナ! テメェがぶつかって来たんだろう!」
一触即発の二人の客。どちらがぶつかったのではなく、どちらも避けなかっただけだ。
だが、喧嘩なんてそんな些細な事で始まり、ここはアルトレーネ領トルレナ、賭博も始まってしまう。
「オウオウ! テメエら場所開けろ!」
「なっ? 何が始まったのにゃ!?」
「これがアレよ。さあ、机を退かすの手伝って」
親をやりたい者が早い者勝ちで仕切りだし、サイラ達もアンナの指示でテーブルを退かす。そして人の輪に加わり、リングを作った。
余所者の冒険者が多く参加する様になって、喧嘩賭博も変わった事が一つある。「揉め事はぶん殴って解決」。それは変わらないが、住民同士では自然と守られていた限度が、余所者には通用しなかった。
それ故の人の輪で、危険と判断した場合は、より迅速に止めに入れる様にする工夫だった。
「にゃ〜、どっちにするにゃ」
「レヤンはどっちに賭ける?」
「あっちかな? あっちの方がデカいからなぁ」
「ふっふっふっ! そうならないから賭けになるのよね~」
サイラ達はレヤンの言うあっちに賭け、喧嘩が始まった。
「にゃ! 本当に殴ったにゃ!」
「血が出てるぞ? 本当に本気なんだな…」
「───!」
冒険者をやっていれば血を見る事の抵抗感は減るが、人同士の殴り合いにはまだまだ抵抗があり、サイラとシュリアは心配そうに見守り、レヤンは拳を固く握って見守る。
だが、これは周りの監視の目もある競技性の高い喧嘩。興が冷める様な残虐性や悪辣さは無く、適度な卑怯がアクセントになる事で、心配もやがて熱気に変わり、
「にゃー! 踏ん張るにゃ!」
「ああっ! 負けるな! 頑張れ!」
「行けぇ! そこだ!」
サイラ達も常連と並んで、熱いガヤを入れるのだった。
賭けはレヤン達の勝ち。小柄な方の上着による目隠しからの金的で、一時は勝負が決っしたかに見えたが、ガタイが良い方が油断した小柄な方を押し倒し、馬乗りになり、数回殴って降参させた。
やはりガタイが大きかったため、賭けた人数が多く配当は少なめだ。それでも支払いに余裕が出来、勝ったサイラ達も、負けたアンナ達も酒が進む。
相変わらずサイラのテーブルには人が立ち代わり入れ代わりで、同じ話が続いており、酔っていなければ「いい加減にしろ!」と一言物申しているところだ。
そんな所へ新しい風を吹かす者が現れた。
「オメーはサイラさんの何なんだよ!」
しかし、吹いた風はあまり良くない風で、吹かせたのは酔いに酔った酔っ払い。吹かれたのはまだ理性のあるレヤンだった。
「何だと言われても…パーティーメンバーとしか」
レヤンとサイラは、酔っ払いが言う所の“何”でもなく、実際にパーティーメンバー以外の何でもない。寧ろ物理的にも精神的にも、距離感は幼馴染のシュリアとの方が近いくらいだ。
「はあぁ? 嘘ついてんじゃねえ!」
だが、ただの酔っ払いにそんな事実は通用しなかった。
酔っ払いがレヤンの胸ぐらを掴むと、次のゲームを始めたい周りは、レヤンを囃し立てる。
「兄チャン喧嘩売られてるぞ!」
「情っさけ無いわね! キンタマついてんの?」
喧嘩賭博は喧嘩の勝敗に賭けるものだ。一方的な暴力は御法度。しかも今回は本能に刻まれた野蛮な、しかし、崇高なる雌を賭けた雄同士の決闘。熱くならない訳が無い。
しかし熱くなっているのは煽っている側だけで、サイラはレヤンに挑発に乗らない様に言う──
「レヤン、大丈夫にゃ。私はレヤンにキ……付いてるの知ってるにゃ!」
「「フザケンナ、コラァ!!」」
が、火に油を注いだだけだった。
周囲の嫉妬と早く始めろの怒りの炎は燃え上がり、サイラとシュリアもレヤンの無事を諦め、「頑張ってもらうしかない」と口に出そうとした時、
「レヤン君、もうやっちゃいなよ」
アンナがレヤンの背中を押した。
だが、レヤンにとってはそんな簡単な話ではない。何故ならば、
「いや…俺は弓使いだから、喧嘩は……」
レヤンは弓の執り方は良く知っている。だが、生まれてこの方、殴り合いの喧嘩なんてした事が無い。そんなレヤンが喧嘩など出来る筈も無いのだが、
「喧嘩なんてキアイよ。さあ、やっちゃえ!」
「「うおおおお! 喧嘩だ喧嘩!」」
「来いやぁあ! このカマッセの技の糧にしてやるぜ!」
「……え? ちょっと……!?」
エイルが伝えた『気合』の全くの誤用。しかも周りの方に気合が入り、瞬く間にリングが出来上がった。
結果。渋々リングに立ったレヤンは一発でノックアウト。それに怒ったシュリアがカマッセを一発でノックアウト。その時シュリアの外套がはだけ、隻腕があらわになると、誰も文句を言う気にもなれず、場の熱気が一気に冷めた。
▷▷▷
「レヤン…済まなかった。私がもっと早く止めに入っていれば……」
昨日の事を思い出し、シュリアはレヤンの手を握る。
「私もにゃ…ごめんなさいにゃ。でも、レヤンが戦ってくれて、ちょっと嬉しかったにゃ!」
サイラは袖を摘む。
「いやぁ…まあ、しょうがない。あそこはああいう場所、周りで楽しんでるだけじゃ済まない場所って事だ」
昨日の出来事を振り返っていたら、いつの間にか両手に花。ついつい格好つけたレヤンは、今ならあの時の男達の気持ちも分かりそうな気がした。
たが、そこはレヤンも雄。それで良しとは出来なかった。もしあの時あの場所が本能に忠実な野生だったのなら、サイラは他の雄に取られていた。そして自分は無様にのびてしまい、シュリアに助けられてしまった。
「……不甲斐無い」
「にゃ?」
「レヤン、何か言ったか?」
ボソッと呟いたレヤンに二人が聞き返すが、レヤンは「何でもない」と首を振る。
そんなレヤンの仕草に、シュリアは幼馴染の感から引け目を感じ取り、レヤンに慰めの言葉を掛ける。
「レヤンはあの場所には合わないな。でも私は、レヤンの弓は、あの連中に負けない事を知っている」
「そうにゃ! 弓使いは手が命にゃ! レヤンは手を大事にするにゃ! 喧嘩はダメにゃ!」
サイラもシュリアに便乗し、レヤンを慰めた。
だが、レヤンの心中は違った。
レヤンは知っている。不条理な悪意を。失う事の悲しみを。理不尽な怒りを。自分の非力さを。
弓だけでは駄目だ。戦う手段が必要だ。守り抜く覚悟が必要だ。慰めはいらない、必要なのは自信だ。
だからレヤンは胸の高さで不格好な拳を握り、
「今日はドージョーに行こう! 俺は二人を、腕っぷしで護れるくらい、もっと強くなりたい!」
今度はハッキリと宣言するのだった。
ギルドにて
アンナ「マスター…ユリア…おはようございます…」
ユリア「アンナさん…朝から疲れているようだが?」
アンナ「…旦那が…寝かせてくれませんでした…」
ユリア「あ、ああ、仲が良いのは良いが、仕事もあるからな。…ほどほどに」
アンナ「違うんです…こっ酷く叱られました」
ユリア「叱られた? …飲み過ぎたのか?」
アンナ「…違います。……、……昨日の2次会で───」




