来訪者①
ギルドとの関係が無くなり、冒険者の出入りが無くなったトリトニア連合国だが、民間としては商人による交易は続いていた。
とは言え、大商団を抱えた様なところでなければ遠方との遣り取りは難しく、ギルドの面子を重んじたメルカートル商会が手を引いたことで、後釜ができなければ、世界の市場からトリトニア連合国の物品が品薄になる事は確定した。
まだまだ交易が太く続いているは東の隣国と、西の隣国のラルバルマ王国。サングロリア王国は細い販路を持っているが、エヴィメリア王国はトリトニア連合国と直接的な交易は無い。
それでも商人伝いにとある噂が瞬く間に広がった。その内容は、「トリトニアがエルフ狩りを行なっている」「トリトニアにエルフだけの大きな娼館ができた」だった。
ここはエヴィメリア王国。畑作が始まり農家は忙しく働いているが、畑を持たない者は、家で暇を持て余していた。
「おーい、シュナ。トリト──」
「ああ゛? 無理矢理働かされてるイリシュの仲間達とヤルの? クズなの?」
「───スマン、冗談だ。……『トリトニアはギルドを抜けたからもう行けないだろ!』って、ツッコんで欲しかっただけだ」
「あー……うん、紛らわしいっしょ」
シュナはとてもキレイとは言えない人生を送って来た。それも自分の為に“稼いでいた”つもりだったが、蓋を開けてみればカネは当時の彼に流れていた。言うなれば“稼がされていた”だった。
だからシュナは“奴隷を使った娼館”が嫌いになった。そして、それを気付かせてくれたのは、他ならぬオルフだった。
「オルフー、私達も何か仕事考えない? ずっと冒険者ってわけにもいかないしぃ」
「そうだなぁ……。エイルん家が田んぼ増やしたいって言ってたな……アレクスのとこも耕作者集めてたか……でも、農業って柄じゃねぇしなぁ……」
冒険者でも食うには困らないが、将来の事を考えれば家業の比重を増やしていった方が良く。オルフは珍しく真剣に仕事の事を悩んだ。
そしてシュナもオルフに負けないくらいには悩んでいる。冒険者でも良いが、もしもの時にはフリードはどうなるのか。そう考えると、家で出来る仕事の方が好ましいと考えていた。
「カワイイ服作って売ってみようかと思ってるの。私結構手先器用だしぃ」
オルフはフリードの服を見る。色使いも良く、刺繍や飾り紐が適度にあしらわれた逸品。それはシュナが仕立てたものだ。
「おお、いいんじゃねぇか! 俺はどうするかな? なあ、フリード」
「お父さんも、はたらけ!」
「なんだとフリード、お父さんは冒険者やってんだ! ナマ言いやがって、喰っちまうぞお〜!」
生意気な息子を捕まえようとオルフが近付くと、フリードは逃げ出し、オルフはフリードを追い回す。シュナは元気な父子の姿を見て、「今はまだ冒険者でもいいか」と、幸せそうに微笑んだ。
オルフとシュナは国内を自由に回れるBランク冒険者だが、フリードがまだ小さい事からアルトレーネ領を離れる事はしない。だが、畑仕事や幼子の縛りの無い者達は、早速冒険の旅に出ている。
それはアルトレーネ領から出る者も居れば、入って来る者もおり。国外からのAランク冒険者の中には、サイラとシュリア、そしてレヤンの姿があった。
「ここがミーア達の町にゃ!」
路銀が心許なくなり、隣町から街道を歩いて来たサイラ達は、森を抜けるとトルレナの町を一望した。
先ず手前に見えるのは、何処となく厳かさを感じる建物。それは教会であり、異国のサイラ達にも宗教的な建物である事は一目で分かった。
町は東西に長く、大通りに沿って南北に商業施設が並び、外側に行くに連れて住宅が建ち並ぶ。そして町を縁取る様に麦畑や野菜畑があり、西の奥の方が緩やかに勾配がついた棚田になり、民家が点在している。
レヤンはその棚田を指差して言った。
「あの辺りに、Sランク冒険者のエイル・タナーカーさんの実家が有るらしいぞ」
「レヤン、今はAランクの勉強でそんな事まで教えてくれるのか?」
露骨な個人情報に少し驚くシュリア。レヤンは指差していた手を、握り拳に変えて答える。
「ああ、タナーカーさんは今王都エヴィメリアに住んでいて、『カクトーギ』の『ドージョー』なるものをやっているらしい。トルレナにも『ドージョー』があって、頼めば体験させて貰えるそうだぞ」
「キアイにゃ! アレクス達の力の秘密にゃ!」
それにサイラも拳を握ってはしゃぐ。
するとシュリアは、周囲を確認してからサイラに言った。
「サイラ、それは本当に秘密っぽいから…あんまり声に出さない方がいい」
ラルバルマ軍でも格闘技(目当ては気合)が採用された。だが知っているシュリア達からすれば、その戦力の根幹たる気合が、民間に対し、意図的に隠されている様に見えてならなかった。
「大丈夫にゃ! 知らない人が居る所では言わないにゃ! さあ、行くにゃ!」
そう言ってサイラは町へ向かい、レヤンとシュリアは後を追った。
町に近付くと、余所者を警戒して魔獣達が集まって来た。
「ビオンは何処かにゃ〜?」
見れば居ない事は分かるのだが、わざとらしく声に出すサイラ。すると魔獣達の視線を一斉に集める事になった。
「おい、サイラ…滅茶苦茶睨まれてるぞ」
「し、知らんにゃ!」
ちゃんと教育された魔獣達であり、万が一は無いだろうが、サイラとレヤンはあまりの迫力に一歩引く。シュリアは臆することなく、魔獣達の心理を冷静に分析して言った。
「ビオンはここで一番強いだろうから、彼らにしてみれば、自分達の長が喧嘩売られた…。そんな事を思ってるんじゃないか?」
シュリアはそう読み取ったが、集まった魔獣達は喧嘩腰だった訳ではない。
「にゃにゃ! 喧嘩なんて売ってないにゃ!」
「ここには喧嘩賭博があるくらいだから……魔獣も同じ気質なのか?」
しかし、魔獣使いが居ないサイラ達には真意は分からず、魔獣達に愛想笑いを振り撒いて町へ入った。
住民にアレクス達の所在を聞いてもよかったのだが、サイラ達は無難に情報収集をする為、ギルドに向かった。
「アレクス達に会いたいにゃ。今何処に居るか分かるかにゃ?」
「ええと、アレクス様ですと、その……」
サイラが声を掛けたのは、まだ制服に着られている新人だった。
返答に困る新人の裏には教育係のアンナが居り、アンナはサイラの冒険者証にジィっと目を凝らすと、「ギルド長を呼ぶように」と新人に耳打ちをして、応対を代わった。
「イーロアス様達なら、今はこの町にいらっしゃいません。ここより南方のイーロアス領にいらっしゃいます」
全く初耳の姓が出て、サイラは二人に困った顔を向ける。
『い、いーろあす? アレクス・イーロアスにゃ? 二人は知ってたかにゃ?』
『い、いや…俺も初耳だ。イーロアス領って言ったぞ? アルトレーネ領って言ってたはずだが……出自を隠してたのか?』
『そんな事は無いだろう……いや、明かす必要も無いか……。私達は少しの間しか一緒に居なかったからなぁ……サイラが知らないなら知らないぞ』
言葉は違えど困っている様子は伝わったのか、ギルドにたむろしていたアルトレーネ領の冒険者は、「また田舎者が勇者アレクスに会いに来たぞ」と、ニヤけた顔でサイラ達の様子を窺い、アンナは営業スマイルで何かを待っている。
なんとなく町の外の魔獣達の時と同じ居心地の悪さを感じ、サイラ達はギルドを出る事を決意した。
「そ、そうなのかにゃ! 私達は去年アレクス達と一緒に冒険をしたにゃ! ありがとうにゃ。それじゃあ私達はそのイーロアス領に行ってみるにゃ!」
そう言ってそそくさと玄関に向かうサイラ達。たむろして居る冒険者達は、「去年一緒に冒険した」に少し引っ掛かる。
そこへ、新人に呼ばれたギルド長のユリアが間に合い、サイラ達を呼び止めた。
「失礼。貴女がラルバルマ王国のサイラさんですか?」
「──! そ、そうにゃ」
まさかの“ラルバルマ王国のサイラ”の名前に、冒険者達の心臓は「まさか」とバクバクと脈打ち。サイラ達は「何の用だ」とユリアを訝しむ。すると、ユリアはギルドの奥を手で指し示し、
「憤怒の魔王討伐お見事でした。奥へどうぞ。休憩がてら是非お話を聞かせください」
ニヤニヤしていた冒険者達は“勇者アレクス”と肩を並べる“大魔法使いサイラ”の登場に、直前までの無礼を謝罪するかの如く、迫真の歓声を上げる。
アンナはそいつらをニヤニヤと見渡し、猫背になっていたサイラはふん反り返り、「まあまあ、許してやるにゃ」と言わんばかりに胸を張るのだった。




