憂き勝者
あれから五日後の中央トリトニアの病室。そこにシノビと戦った女の姿はあった。
女はベッドに横になり、女医の診察を受けている。脚を貫通した大怪我も、もう痛みは無く。女医も用意した薬も使わず、包帯を巻き直す事なく女に声を掛けた。
「ダリア様、脚の傷はもう良くなりました。お身体の調子はどうでしょうか?」
ダリアは上体を起こしてナイトキャップを外し、ぐぅぅっと背伸びをしながら、薄緑色の長髪を振る。
鈍った身体がボキボキ音を鳴らすが、身体の痺れも目眩も、もうなくなっていた。
「もう大丈夫です。看病ご苦労さま」
そう言ってボサボサ髪のダリアが女医に笑い掛けると、女医も笑みを返した。
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あれからダリアはシノビを追おうとしたが、突然目が回りだし、その場に倒れた。直ぐに立ち上がろうとするが、身体中の痺れと酷い吐き気で、声を出すこともままならなかった。
女医の所に担ぎ込まれたダリヤは、その身体の不調が毒由来のものであると聞き。その心当たりにゾッとした。
(あの時……。敵が逃げてくれなかったら、私は……)
相棒のペルーンに同じ症状が見られないことから、毒は吸い込んだのではなく、直接投与された。そんなのはあの時しか無く。闘衣を損傷させた失態と、敵に情けを掛けられた醜態に、ダリヤは恥と悔しさと申し訳なさの涙を流した。
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ダリヤと女医が、髪を梳かしながら他愛無い話をしていると、ズカズカとガラの悪い足音が聞こえ、闘衣を身に着けた男達が無遠慮に病室に入って来た。
「オーイ、団長代理のダリヤさんよ、体調は良くなったかぁ~? あのギルドのカゲの女、死んでたぜ」
女医は男達に一言言ってやろうかと思ったが、話の内容から自分がここに居るべきべはない事を察すると、手際良くダリヤの患者服の乱れを直し、足早に病室を出て行く。
ダリヤは女医を見送ると、ベッドに腰掛け、リーダー格の男に聞いた。
「死んでいたとはどういう事です? 貴方がたが止めを刺したのではないのですか?」
「あー、あの女、自分の脚まで斬って身軽になってよ。ユニコーンの脚でも巻かれちまったんだァ。そんで犬達の鼻を頼りに追って行ったら、ラルバルマに入った辺りで、おっ死んでやがってよ! ハハッ! 魔物に喰われてやがったぜぇぇ!」
リーダーがそう言うと、何が面白いのか子分達はゲラゲラと笑い出す。
ダリヤは思う、「全く呑気なものだ」と。
「……それは本当に本人の死体ですか? 確認は取れているのですか?」
ダリヤの言葉に男達は笑うのをピタリと止め、子分達は不機嫌そうにダリヤを睨み付ける。
「自分で脚を斬り落としたって言っただろう? 右脚は魔物に喰い千切られたのとは違ってたぜ。途中に落ちてた右脚と、ヤる気にもならねぇ酷え死体。凍らせて持って来てやったから後で見てくれや。アンタが逃がした敵をよ」
ダリヤの指摘に気分を悪くしたのか。リーダーの男は言い捨て、男達は病室から出て行った。
髪をポニーテールに結わえ、身支度を整えたダリヤは、男達の言う死体の前に立った。
「……」
確かに酷い死体だった。腹の中身はすっかり無くなり、肉は食い千切られ、骨が露出している箇所も多い。
「……」
ダリヤは死体の顔を見る。特に目の辺り。そこは黒装束に身を包んでいたあの敵の、唯一肌が見えていた部分。
ダリヤはあの時、“ニードルガン”を拾われるのを阻止する為、咄嗟に炎の魔法を放った。それはまだ他には報告していない、ダリヤとあの敵しか知らない事実だ。
あの敵は直ぐに賢明な判断を下し、ニードルガンを諦め逃げに転じた。だが、ほんの一瞬であったが、炎はあの敵を包んでいた。
「……あった」
遺体の顔には獣が付けた様な傷が多かったが、ダリヤは眉毛とまつ毛が焼けているのを見付けた。
「こんな最後とは……(いや、これで良かった。下衆共に辱められずに済んだのだから……)」
ダリヤは遺体を、あの強く優秀な勁敵だと認め。使命に殉じた事への敬意、そして冒険者だった頃の感謝を込めて、遺体の顔の結露で付いた水滴をハンカチで拭いた。
期せずして血と泥の汚れが落ち、露わになった素顔には大小様々な傷が見られた。新しい細かい傷や裂傷は魔物により付けられたものだが、額や頬には深く抉った古い傷が有り、生前は多くの戦いに身を投じていた事が覗える。
遺体の確認は取れた。だが、一安心すると途端に背中の切除痕が疼き、ダリヤは遺体の目元と口元を入念に拭く。そしてそこに痣や黒子が見られないと、ダリヤはポツリと呟いた。
「───違う」
その言葉は自分に向けたものだった。
ダリヤは自分の顔のほんの小さなコンプレックスに、無意識に当てていた手を離す。そんな容姿ではない。ダリヤが敬意を払い本当に羨ましがったのは、勁敵の精神とその主柱にだったからだ。
「……こんな筈ではなかったのに。でも…私はあの人の正義を信じている……信じたい。貴女と同じ様に……」
そして、ダリヤは遺体に凍りの魔法をかけ直し、自分の外套を被せ、勁敵に別れを告げるのだった。




