白と影①
前話の 戦闘服→闘衣 に変更しました。
神聖騎士団が護る扉の向こう。そこに有るだろう重要な備品を回収するべく、シノビは思案する。
警備の交代を装うにも、神聖騎士団とらやの礼式はまだ調べられておらず、確実にボロを出す。
物音で呼び出すのはあまり有効ではない。二人居るのだから、呼び出せても一人だけ。例え警備兵が一人だけだったとしても、持ち場を空けるような素人が、女王直属の精鋭部隊に居るとは思えない。
(……天井は)
忍なら天井。その言葉と共に伝わるシノビの家系のお株であるが、それには入念な下準備が必要だ。
以前侵入した時には、一階の天井と二階の床との間に空間があった。それから改装してあったとしても、その構造まで変える事はないだろう。あとは、今は清掃には目を瞑るとして、改装後の天井材の強度と、取り外しやすさが問題だが───
(───いや、駄目だ)
シノビは天井への侵入を断念した。もし情報を聞き取るだけならそれでいいが、今回は物品の回収をしなければならなず、室内に人が居た場合、時間を無駄にするだけに終わってしまうからだ。
シノビは一旦便所へ戻った。そこで練気を解いて魔法を使う。それでは敵の索敵魔法に引っ掛かってしまうが、便所では水の魔法で身体を清潔にする事もあり、騒ぎになるのは敵の索敵魔法使いに常識が無い場合だ。
しかし、そこでシノビが使ったのは火の魔法。チョロチョロと水の魔法を使う様に、トロトロと火の魔法を使い壁を燃やす。そして、
「オォーイ! 助けてくれ! 灯りの火が燃え移っちまった!」
慌てた男の声で人を呼び、あえて騒ぎを起こす。あちらこちらから足音が聞こえ、例の部屋の方からも聞こえて来ると、シノビは更に火を放ち、外へ飛び出した。
城壁にて敵の侵入を防ぎ、発見する体の警備体制は灯台下暗しで、シノビは壁伝いに進み、例の部屋の手前に潜む。
そして窓の状態を確認する。まだまだ大きな硝子板を作る技術は確立されておらず、窓は木製の観音開きのものが3つ。新月の為、月明かりを取り入れる事が出来ず、開けていてはただ肌寒いだけの窓は閉め切られて居た。
次にシノビは壁に耳を当て、声、足音、物音、それらから室内の人数を予測する。
(二人……三人か。それでは少し手荒に───)
取り敢えず、取るだけ盗って逃げる。それが最もリスクが少なく、リターンが大きい行動だと判断し、シノビは窓を叩いた。
「オイ! こっちに延焼してるぞ!」
そして呼ぶだけ呼んで移動。部屋を通り過ぎた所で待機。
室内からは慌ただしく足音が聞こえる。足音の数は二人分。シノビが叩いた窓へ陽動され、向かって行く。
窓が開け放たれ、二つの頭が窓から出た。その瞬間───
(さあ! 行きましょう!)
シノビは窓を最小限に開け、室内へ音も無く滑り込む。窓から顔を出した二人は気付かない。椅子に座っていた神聖騎士団の兵士は、何が入って来たのか分からず、一瞬の思考停止に陥った。
窓から床へ着く間に部屋の中を見渡したシノビは、棚に並べられた例の首輪と、あの魔物を産み出した石、それと壁に掛けられた神聖闘衣に目を付けた。
そして椅子に座って居た白の兵士の方は、窓からヌルリと音も無く入って来た黒い何かに、四肢と、二つの目玉を見付け、それが人だと理解しすると、窓から顔を出している二人を呼ぶ──
「オイ! おまッ──うッ! うぉお!?」
──が、その声はシノビの投げた目潰しによって止められた。
顔に向けて物を投げられ、咄嗟に腕で顔を護る。白の兵士の行動は、シノビからすれば百点満点だったのだが──
(──!? 何だ? なにか…可怪しい)
目潰しの包みが敵に当たる前に弾け、想定以上に粉末が広がった事に、シノビは違和感を覚えた。
一方、仲間の声を聞いた二人は部屋の中を向く。そこには首輪の棚に駆け寄る黒い影と、何かを手で払いながら咳き込んでいる仲間の姿を見付けた。
「テメェ! 何処から入った!」
「何やってんだ! サボってんじゃねぇ!」
何処から入ったなんて間抜けを吐かす男。目潰しに苦しむ仲間に、サボるななどと頓珍漢な事を吐かす男。
(…こいつら、素人か?)
シノビは神聖騎士団の認識を改めた。決して精鋭部隊なんて高尚なものではなく、ただの素人集団。口の悪さからすれば、改心などしていないただのゴロツキの寄せ集めだろうと。
シノビは首輪が置いてある棚に着くと、棚に収納されている箱にも、首輪が詰め込まれているのを見付けた。
サンプルは多い方が良いが、流石に箱を抱えて走る訳にはいかず、シノビは首輪一つを掴むと、走って来る白の兵士達へ棚を投げ倒した。
「はあ!? うおおっ!」
頑丈な造りの決して軽くはない棚が、ただ倒されたのではなく、床から離れて飛んで来る。その想定外に白の兵士は驚き、ビクッと防御の姿勢をとった。すると──
(──! やはり、当たっていない!)
棚は兵士達に当たる前に風の魔法らしき衝撃を受けて弾かれた。そして、遅れてバラバラと落ちる首輪と備品の数々も、白の兵士に当たる手前で弾かれているのをシノビは見た。
シノビは次に魔物を産み出す石を回収する。続けて神聖闘衣も回収しようとするが、今度はシノビに向かって棚が投げ返された。
「──くっ!(こいつらもキアイを!?)」
それはシノビにも想定外で、分かっていても押し潰されそうな迫力に、つい地声を漏らしてしまう。
それに白の兵士達は即座に反応を示した。
「おい、あのギルドのカゲ、女だ!」
「ヒヒッ! 女だァ! 今度は死なれる前に生け捕りにしろ!」
シノビは、欲に塗れた余りにも醜悪な声に背筋がゾッとするが、そんな寒気なんかよりも気になる事を、白の兵士達は言っていた。
(ギルドの“カゲ”……“今度は”……そうか)
カゲが他国で忍装束を見せる事はほぼ無く、一般的に忍装束はギルド本部の雑用係の正装と認識されている。
忍装束を纏う時は、今のシノビの様に本腰を入れて仕事をする時のみで、その忍装束を見て、“カゲ”の名を出すという事は、送り出したカゲ達の誰か、あるいは全員が、全力の完全武装の状態で負けたと言う事。
そして、シノビが最後に送り出したカゲは女であり、彼女は生殺与奪の権が自らの手に有るうちに、その権利を行使出来たと言う事だ。
シノビは飛んできた棚を足で受け止め、蹴り返す。蹴り返した棚は、やはり男達の直前で何かに当たったような挙動をとった。
そして、その宙に浮いた棚を兵士達は掴み、シノビを棚で押し潰そうと迫る。
(今は触れている? …目潰しもだ。包は弾かれ、散った粉末は吸い込んだ……)
未だに原理が知れない現象。これを解き明かすため、シノビは苦無へ手を伸ばした。
全く予備動作無しの投擲から眼前に苦無が迫り、全く手遅れのタイミングで、白の兵士達は反射的に棚から手を離し、顔を護る動作をとった。
全くの素人の行動。本人が気付いていないのに弾かれる苦無。棚が弾かれた様子はない。シノビは昼間、奴隷の首輪から雷の魔法が出たのを見た。ならば、この迎撃技術も、素人臭い雑兵共の魔法技術ではなく、装備品、おそらくは神聖闘衣に施されている仕掛けだと結論付けた。
シノビの手には、例の首輪と例の石がある。そして目の前には闘衣がある。シノビは目の前の成果を悩む。
“自分は敵とどの程度戦えるのか?”
闘衣は持ち帰るべきだ。だが、嵩張り邪魔だ。送り出したカゲ達は結果的に負けた。それは事実だ。だが、どの程度戦えたのか。もし、善戦出来たのであれば、闘衣の回収も可───
『必ず! 貴女の口から報告して頂戴!』
『約束だ! 絶対の! だから“もし”なんて無い!』
敬愛する二人の声が脳裏を過ぎり、シノビは闘衣に伸ばしかけた手を引っ込めた。そして一目散に外へ飛び出した。
外へ出たシノビは跳躍。城壁を蹴上がり、乗り越える。追っ手も同じ様にシノビを追うが、慣れていないのか、城壁を乗り越える手際が悪い。
「ギルドの奴だ! 城壁を乗り越え逃げている! ───西だ! 西に向かってる!」
仲間に指示を出す様な怒鳴り声が聞こえ、追っ手の数を把握する為にシノビは振り返る。
(───何だ? やけに明るい……何をしている?)
城壁の向こうには松明を持った者が大勢いるのか、新月の闇の中でも城壁の上に居る敵の姿がはっきり見えた。
そこで指示を出している様だが、指示を受けている者の姿が見えない。そして、顔の側面に耳に何か四角い物を当て、それに向かって怒鳴っている様にも見えた。
追って来る訳でもなく、何かに向かって怒鳴り散らしているだけの敵。シノビには、その行動の意図がさっぱり理解できなかった。




