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魔を討つは異世界の拳〜格闘バカの異世界ライフ、気合のコブシが魔障の世界を殴り抜く〜  作者: 白酒軍曹
魔を討つは異世界の拳

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シノビのけじめ③

「ユリア様! どうされました!?」

 シノビは直ぐにユリアの症状を確認する。血色、呼吸、心拍。それのどれもが、シノビが知る限りの毒由来のものではなさそうだ。


 シノビは未知の毒と、単に食あたりも疑うが、ユリアの直前の行動に不可解なものがあったのを思い出し、周囲を確認する。

(……何も居ない)

 ユリアは部屋の中に何かを見たかの様な行動をとっていた。だが、シノビが部屋の中を見渡しても、人はおろか鼠の気配すら全く感じなかった。

(一体何を見たと言うのだ?)

 だとすれば白昼夢でも見たと言うのだろうか。しかも、そんな吐き出す程に悍ましい何かを。

「ユリア様、落ち着かれまし──!」

「──ゥッゲェェッ!」

 シノビは顔を上げたユリアに声を掛けるが、ユリアはシノビと目が合うと、また戻してしまった。



 それからシノビはユリアに目隠しを掛け、ユリアを着替えさせ、部屋を片付けた。不幸中の幸いはユリアが取り乱さなかったことだろう。もし悲鳴でも上げて、誰かが駆け込んで来ては事だった。

「……シノビさん、居ますか?」

「はい、ここに」

 ユリアはか細い声でシノビを呼んだ。ユリアはソファに前屈みに座り、自分の腕を抱いて震えている。それはまるで、乱暴された少女の様にも見えた。

「シノビさん…ごめんなさい……汚くて」

「いいえ。何か良くない物を食べたのでしょう、こんな事もありますよ」

 シノビはユリアが変に責任を感じないよう、食あたりのせいにしておいた。 


 まだ()()()と思っている段階だが、シノビはユリアの症状の原因に目星を付けている。しかしそれは望ましい事である一方、今のユリアの姿を見れば、諸手を挙げて喜べる様な代物ではない。

 だからシノビは、それがこれっきりになり、食あたりで済んでしまうのを期待したのだが──

「…違う、そうじゃない……と思う…」

「──!」

 シノビの期待も裏腹に、ユリアは自分が()()()()の正体を理解しつつあった様だ。


 それからユリアはなかなか続きを話さず、シノビは悪いと思いながらも、ユリアの発言を促す。

「そうではない……とは?」 

「───私のご先祖様も、見る事が出来たのでしょう?」

 少し待ってからユリアは答えた。それは抽象的だったが、シノビの予想とも一致していた。


 もうただの食あたりで済まない話になった。シノビは腹を括り、自分が知るその“力”の事を、簡単にではあるがユリアに伝える事にした。

「はい。初代様は、初代様が目にしたその誰かが見る“未来のヴィジョン”を見ることが出来ました。基本的には対面で。親しくなれば多少離れていても見る事が出来たと、そう代々伝わっておりますし、予言書にもそう書かれております」

 シノビが話し終えると、ユリアは暫く考え込み、

「……やっぱり…私にも見えたかも知れない」

 伏せていた顔を上げ、そう言った。



 数多の人の中には、占術を心得た者が居て、国家の運営に携わっている事も多い。ギルドの鑑定の儀もその類いの一つであり、初代マリアが見ていた魔力の世界を言語化し、この時はこうと、魔人種ならある程度未来を当てられる様に型に嵌めたものだ。

 そして初代マリア、本名ソフィア自身の未来視の力は、「グレイスが見せてくれた」と、口伝と予言書が伝えている様に、グレイスと言う別人格としてソフィアの中に存在していた。すなわち、グレイスの人格が未来視の取捨選択をする事で、ソフィアの人格は()()()未来視の行使が出来ていた。

 と、シノビは初代マリアの未来視を理解している。


 片やユリアは一つの人格しか持っていない。シノビもそんな噂すら聞いたことが無いし、ユリア自身もそんな自覚は無い。それ故に別人格による選別を通さずに見てしまった。

 人の顔を見てゲロを吐くような未来。そんな未来(もの)は当然碌なものである筈がない。

「……その未来、私は()()()()()()虐待を受けていましたか?」

「!! ……」

 シノビの遠回しな言葉に、ユリアはビクッと身体を震わせてから、コクリと小さく頷いた。


 シノビの表情が強張る。囚えられ、拷問を受ける事にではない。囚えられ、拷問を受けるに至った事にだ。

(……逃げられなかった? 私の足か、シュンの足か……。それに、自決をする隙も無かったと言う事か?)

 シノビは黙って考えを巡らせる。そこへ、ユリアが話し掛けた。 

「シノビさん…この後は、何かの任務に行かれるのですか?」

 シノビは少し悩む。マリアからの命令ならば、堂々と任務と言えるが、今回のは自分の我儘でしかなかったからだ。

「──任意の諜報活動です」

 シノビは無難なところで答えた。



 ユリアは「そうですか」と返事をすると、目隠しに手を掛ける。

「! ユリア様……っ」

 シノビはユリアに止めるように言おうとしたが、言葉が続かなかった。それは、

「貴女も気になるんでしょう? 私も、シノビさんが……シノビが心配です。どうせ止めても聞かないだろうから、だったら私も聞きません!」

 そう言ってユリアは、勢い良く目隠しを外した。


 閉じていた目を開けシノビと目を合わせると、ユリアの眉間に皺が寄り、目が細められる。どう見ても不快な顔であり、シノビは()()()()事を察した。

「…大丈夫なのですか?」

 ユリアは頷く。

「そうだと分かっていれれば……多少はね」

 そして、苦笑いをしてから続けた。

「シノビ、きっとこれはこの後の任務の事です。私がこの後の任務の事を聞こうとしたのが、見える様になった切っ掛けなのでしょう──」

 シノビはユリアと目を合わせたまま考える。「何故それを見たのか」、「狙った未来は見られるのか?」、そう考えていると、

「シノビ、どうすればもっと詳しく見られるのだろう? 私はシノビがこんな目に遭って欲しくない! こんな未来なんか変えてしまいたい!」

 ユリアの瞳が潤む。その瞬間、シノビの心は決まった。


「ユリア様、最後に一つだけ質問を。──私はマリアとも約束をしました。必ず生きて帰ると。そして、ユリア様とも約束をします。必ず生きて帰ります。

 ──なので、教えて下さい。“私は敵に負けて捕まります。その敵はどの様な特徴をしていますか?”」

 シノビは考えた。ユリアは自分に起こる危機を伝える為に、無意識に最もショックな事を見たに違いない。

 しかし、シノビは行かなければならない。敵の情報を持ち帰る事、それがカゲの頭目であるシノビの報復であり、弔いであり、けじめであり、行かない選択肢は無い。

 それならば、知るべきは逃げ損なうタイミング。それをもたらす敵を知るべきだ、と。


 ユリアは、シノビの瞳の奥を覗き込む。「シノビが負けるとき…」と繰り返し呟きながら、

「──白い…全身が白い」

「──! まさか魔王が!?」

 それは去年2度も見た。夏には英雄の石碑付近で憤怒の魔王サタンを。秋には王都エヴィメリアで貪欲の魔王マーモンを。前者とは戦い、その力は嫌と言う程知っている。

 しかし、エイルの報告でマーモンの全速力の異常さは聞いていたが、それ以外はそんな報告は無いし、暴食も、嫉妬も、色欲も、どれも足が速いとは思えない字面と容姿だった。


 ユリアは首を横に振る。どうやら魔王ではない様だ。

「鳥人種が好むピッタリした服だけど……人間種……の女。……ちょっと待て、少し前…少し前───ァッ! つい? ……今のは炎を浴びた? 魔法? シノビは何かを拾おうとしていた? 何を───」

 ユリアは未来視を続けようとするが、その額に大粒の汗が滲み出ていた。 


 シノビはユリアに目一杯近付き、ユリアの頭を抱く。それは自分の顔を見せない為にだ。

「それだけ聞ければ大丈夫です。私は明日ここを発ちます。その力の事はまだ伏せておいて下さい。今はマリアにも……

 だから約束です。その事をマリアに話すのは私が戻ってから。一緒にマリアの所へ行きましょう。も───」

 そこでユリアはシノビの背中に腕を回し、力一杯抱き寄せ、シノビの言葉を遮り、シノビの胸に叫んだ。

「約束だ! 絶対の! だから“もし”なんて無い!」

 その声はシノビの心に響いた。この世にこんな強い言葉があったのかと思えるほどに。

「承知。ご心配痛み入ります。必ずやユリア様の元へ戻る事を約束します。では───」

 シノビはゆっくりとユリアの肩を押し、ユリアから離れる。


 もう腕が伸び切り、シノビがユリアの肩から手を離すと、ユリアはシノビの名前を呼び、顔を上げた。

「シノビ。マリア様の事は呼び捨てにしておいて、私は? そんなのおかしいだろう?」

 まさかそんな事を言われるとは思っておらず、シノビは面食らう。

「へぇ? ふふっ……では。ユリア、行ってまいります」

「行ってらっしゃい、シノビ」

 これでシノビの退屈な任務は終わった。たが、ただの寄り道だった退屈な任務も、予期せぬ収穫があり、心から護りたいと思える主も増えた。


 シノビは思う、「とても良い寄り道が出来た」と。

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