シノビのけじめ②
ストレートの長髪に、羽根で飾ったトークハットを載せ、まだ肌寒そうに口元までストールで隠た女性が、男性の手を借りて馬車に乗った。二人ともギルドの制服をピシッと着ており、周囲の誰もがギルドの職員だと疑わない。
しかし職員は職員なのだが、その女性の方は職員に扮したシノビで、メルカートル商会の商隊に便乗し、ユリアの交代要員のギルド長と一緒にエヴィメリア王国へと発った。
商隊の列には、メルカートル商会が雇った冒険者の車両も混じり、護衛に付いている。当然ギルドとつうつうのメルカートル商会であるから、シノビ達はタダ乗りで、余程の事が無い限り、シノビが腰を上げる必要も無いだろう。
その商隊には、商会の魔獣と冒険者の魔獣が居るのは当然だが、そのどちらにも属さないゲイルウルフが一体混じっていた。
そのゲイルウルフは、シノビの相棒でカゲのゲイルウルフ達の長の“シュン”。瞬はシノビの一族に伝わる言葉で、瞬きほどの僅かな時間を表す言葉だ。シュンは三代に渡る“シノビ”の相棒を務め、体力は多少衰えたがその分体の使い方を知り、同族の若輩もに足で後れを取らず、何より忠実であった。
商隊は進み、アドルマーレ王国で休憩した際に、シノビはギルド長に誘われ装飾品店に寄った。
“彼”はシノビの事を研修生だと聞かされており、先輩としての男気を見せたかった彼は、シノビに「好きなのを選んでいい」と言い、シノビは彼の給金を鑑みて、雫状に加工された準高級のペルラの首飾りを選んでやり、お礼代わりに少し近くを歩いてやった。
シュンには魚の串焼きを買ってやる。塩分控えめで焼いてもらい、尻尾を切り落として、身をほぐしてから頭ごと背骨を引き抜く。
そして皿に骨を抜いた身を置き、頭と尻尾を戻して尾頭付きでシュンに与え、シノビは背骨を炙ってポリポリと頂いた。
アドルマーレ王国からサングロリア王国迄の国境越えも無事に終える事ができた。王都キャピタルグロリアでは、『勇者アレクス一行も挑戦した!』と宣伝するゴーレムの胸殻割りの催しがあり、男気溢れる彼はそれに挑戦する。
当然成功することはなく、むしろ手首を捻った。利き手を傷めた彼に、シノビは麺料理店で料理を口に運んでやる。職務上こんな世話くらい苦にならないのだが、自分でやらかしておいて幸せそうな顔をする彼がなんとも憎たらしい。シノビは辛味野菜を多く巻き取り、彼の口に詰め込んでやった。
しかし、憎たらしくはあるが感謝もあった。ただし感謝の対象はマリアではあるが。こうも日常を演じさせられれば、嫌でも冷静になれてしまう。
シノビはあの時マリアに諭され平常に戻れたと思っていたが、それは一時的なもので、時間が経てば復讐心が再び燃え上がって来てしまった。そこで狙ったかの様に、鈍臭い男の世話をさせられ、カゲはシノビの私物ではなく、マリアの懐刀であることを思い出させられる。
マリアがそこまで計算していたかはマリアのみぞ知るところで、確認を取るためには帰って聞くしかない。そう思うと、嬉しくも可笑しくもなり、シノビは辛味に悶絶する彼に、満面の笑みを見せてやるのだった。
エヴィメリア王国へ入ると、そのまま王都エヴィメリアの王宮へ向かう。
そこでするのは、既にギルド本部から送られた書簡の内容の確認であり、彼がアルトレーネ支部のギルド長の後任として、引き継ぎ作業を始める事。シノビは(実際にはやらないが)アルトレーネ支部を始めに、各地の支部を回って研修をする事を、第二王子シメオンに宣誓した。
メルカートル商会とはここで分かれ、シノビ達は馬車を借り、護衛の冒険者を雇ってアルトレーネ領へ向かう。
雇った冒険者は女性3人のパーティーで、御者は雇わずシノビが務める。冒険者達は足を持たない者達を選び、行きは彼の話し相手と、王都へ帰る際には馬車の返却を依頼した。
シノビは木漏れ日の下をゆっくりと馬車を走らせ、解凍した冷凍生肉をシュンに投げてやる。シュンは肉をキャッチすると、2度の咀嚼で口の奥に送り、まるで飲み物の様に流し込んだ。
「おやおや、よく噛んで食べろと教えたのに。そんなに美味しいのですか?」
シュンは肉をねだり、シノビはもう一度投げてやる。今度は5回くらい噛んでから飲み込み、シュンはシノビに得意気な顔を見せた。
それから少し進むと、シノビとシュンは森の中に何かの気配を感じ取った。彼はおろか、Bランク冒険者の彼女らも気付かない僅かな気配。それはカゲに属するゲイルウルフのものだ。
国を跨げば当然検問を受ける。そんなところにただのギルドの職員が、堂々と大量の暗器を持ち込むのはちゃんちゃらおかしい話であり、そんなときは密輸に限る。
森の中のゲイルウルフは、サングロリア王国でシノビが手配していた暗器を積み込み、抜け道を通って、見事に任務をやり遂げた。
首尾は上々。シノビは大きな肉に食べやすいように切り込みを入れ、シュンに投げると、シュンは部下への褒美を咥えて森の中に入って行った。
アルトレーネ領に着くと、馬車を冒険者達に任せ、シノビ達は早速ギルドのユリアの元へ向かう。
「ようこそ。長旅でお疲れでしょう。座ってくつろいで下さい」
ユリアの社交辞令に甘えまくって、彼は大股広げてソファの真ん中にドカッと座る。シノビはソファの端にちょこんと腰を下ろすと、ユリアと目配せし「嫌な奴」の認識を共有した。
ユリアは夏頃を目処に、彼とギルド長を交代し、マリアの秘書の任に就くためギルド本部へ帰る。秘書とは言っても、裏ではその地位はマリアと同格であり、そうとは知らずにユリアに大口を叩いている彼が滑稽だ。
女に対して、良くも悪くも大きな態度を取ろうとするのが彼の気質の様で、わきまえてはいるものの、あまりにも問題になる様なら、「女で少し痛い目を見させてやれば良い」と、シノビは愉しそうに男の大言壮語に相槌を打った。
その後は夕食まで自由行動と言うことで、シノビと彼はギルド長室を出た。ギルドを出て、街を歩き始めると、彼はシノビとこの後の行き先を決めようとするが、いつの間にかシノビの姿は消えていた。
その頃シノビはギルド長室で、カツラを外し、口元を隠していたストールを外し、まだシノビの扱いに慣れないユリアに忖度して言われた通りにソファに座り、ユリアと話をしていた。
二人の位置は、テーブルを四角く囲ったソファの一角。ユリアの方がぎこちないながらも、距離は近い。
「──シノビさん、去年王都でお会いして以来ですね。また会えるのを楽しみにしていました。あの時は歩きづらそうにされておられましたが、良くなられたようで何よりです」
「……ご心配をお掛けしました。それはそうとユリア様、私如きに遠慮する事はありません。普段通りに喋ってくれて結構です。私は好きですよ。ユリア様の凛々しい喋り方」
素の自分を褒められたのは嬉しいが、ユリアは口籠る。そうしろと言われても、シノビはマリアの最側近であり、暗部の長でもあり、そう簡単に切り替えられるものではないからだ。
観念したユリアはシノビに膝を向け、シノビも応じて二人は膝を突き合わせる。
「コホン!…それではシノビさん──」
「それです。先ずは“シノビ”と呼び捨てるところから始めましょう」
突然始まったシノビのレッスン。些か抵抗はあるが、乗るなら今しかないと、ユリアは思い切ってシノビの名を呼び捨てる事にした。
「で、では!…シっ、シノビ! 何かの任務で…来た……?」
シノビの目を見ていたユリアの視線が上ずって行く。
「──ユリア様?」
そして、そこに何かが居るかの様に周囲を気にし始めると、
「……うッ! ゲェェ───!!」
突然、こみ上げて来たものを吐き出した。




