戦禍の森③
エルフ達の第一陣が出陣し、バラバラに戦っていたエルフ達も統制が取れ始め、組織立って動ける様になった。少数では全員が戦闘要員にならざるを得なかったところ、伝令要員を立てることが出来る様になり、中央のアステオン達の元へ正確な情報が集まり始めた。
「矢も精霊魔法も、人類の魔法に跳ね返されます! 背後からの攻撃も効きません! 彼奴等、背中にも目が有るかの様に、正確に攻撃を跳ね返します!」
「見たことも無い新しい武器と diable を使います!」
「部隊は、ぜ、全滅! 敵はカクトウギとは違います! 同じ様な別の何かです! 対策が通じません! た……戦いになりません!」
だが、それのどれもが耳を塞ぎたくなるような内容だった。
現状で最善だと思えた“カクトウギ”対策も通用せず、更にはまた別物の力が現れたとあっては、エルフの戦士達は若輩から古豪まで、ただ愕然とする事しか出来なかった。
そこへ更なる追い打ちが来た。
「敵の増援が来ました! 数は見えた限りで20以上!」
まとまった数で動いているとなれば、斥候や遊撃部隊ではなく、本隊だろう。そして敵が現状だけであれば、まだ偶発的な戦闘であった可能性もあったのだが、後発部隊が居るとなると、敵の狙いは端からグランヴィラージュの制圧にあると見える。
グランヴィラージュは広大であり、戦士達の決死の奮闘もあり、まだ戦火は中央まで届いていない。王子アステオンは、出陣した友人達の無事を森の精霊に祈り。王ビュイスルノンは、奥歯をギリギリと噛み締め、蓄えた髭を撫でる。
「ビュイよ……ここは一度、この地を明け渡すべきじゃ……」
誰かが言った。そして、その声の主に視線が集まった。
「───父上……しかし」
ビュイスルノンを愛称で呼べる男。それは、先代のエルフの王だった。
先王は武装した侍女を従え、杖をついて歩いて来る。その足取りはしっかりしており、杖は年相応のただのアクセサリーの様なものだ。
「ビュイ、このまま誇りと共に皆で死ぬ訳にはいかぬ。一度退き、態勢を立て直すのじゃ」
ビュイスルノンの拳は震える。それは古豪の戦士達も同じだった。
「我々はま──」
「ビュイ!」
まだ負けを認めたくない王。その抗議の声を、先王の一喝が切り裂いた。
「ビュイ、いや、我らの王よ。誇りなど、また取り戻せばいい。その為には生きておらねばならんな──」
「───父上?」
そう語る先王の後ろには、続々と老齢のエルフ達が集まって来ており、ただならぬ雰囲気を放っている。
そして、先王は集まった老齢のエルフを代表するかの様に言う。
「時間が勿体無い。決断せよ──」
そして先王は侍女から自分の武器を受け取ると、更には抵抗する侍女の分のまで力尽くで奪い取り、代わりに杖を侍女に押し付けた。
それでビュイスルノンにはわかった。先王達が何をしようとしようとしているのかが。
「父上……ご健闘を!」
ビュイスルノンは武運を祈らない。ここに残るという事が、どういう事なのかを理解しているからだ。
「ヴレに絆され、怠惰に過ごして来たツケはワシらが払おう。さあ王よ、行くんじゃ」
ビュイスルノンは、言葉無く強い視線で先王に返事を返すと、直ちに退避命令を下した。
王の命令を受け、戦士達は行動を始めた。アステオンもソルジオの先導で退避を始め。先王の隣を通ると、どうしても気持ちを抑え切れず、足を止める。
だが、アステオンを護る事が使命のソルジオがそんな事を許す筈はなく、アステオンの手を取ると、それはもう普段の配慮など一切感じさせない程に荒々しく引っ張った。
「っう! お祖父様! お祖父様も一緒に!」
「テオ! お前とアンなら、エルフの新しい時代を作っていける! エルフの未来を任せたぞ!」
周りの喧騒に掻き消され、二人の言葉は微かにだけ聞こえ、アステオンは引き摺られて行った。
グランヴィラージュの中央で、魔法と矢が飛び交い始めた頃。アステオン達はグランヴィラージュを発ち、森を北上していた。
殿を務めたのは、老齢のエルフ達。それと総隊長、
精鋭部隊の約3割、どうしても残ると言う聞き分けの無い者達。
それらに後ろを護られ、早足の速度で行く大多数は女子供の非戦闘員達。老いた者、怪我を負った者、病に伏せる者、そして父親達が、そこには居ないからだ。
二千人弱の大移動は、元居た人口の半数を割り込んでいる。防衛線を敷くのは二千人強ではあるが、その半分近くは非戦闘員達。
敵の規模も戦力も不明なままではあるが、戦いに疎い者達でも、敵との絶望的な戦力差は肌に感じる事が出来、表情は暗く、聞こえて来るのは啜り泣きばかりだった。
その隊列の先頭を行くのは、走鳥に乗ったエルフの王ビュイスルノン。傍らには王妃が従い、先王の杖を抱き抱えた侍女のエルフも居る。
エーデルアンジュはグリシーヌと同じ走鳥に乗り、顔を伏せている。アステオンはヴィクトワに乗っている。親しい友人はここに何人か居るが、何人かの友人と親友のガルデオの姿が、ここに無い事に歯を噛み締める。
それは突然。まるで通夜の様な雰囲気の敗走の列に悲鳴が上がった。敵の鳥人種に見つかったのだ。
数は二人。そいつらは、肉食獣が草食獣の群れを襲う様に、体が小さく弱い女の子に狙いを付け、空に連れ去ろうとしていた。近くに居た戦士達は直ぐに矢を放ち、精霊魔法を放つが、鳥人種の片方が盾になり矢と精霊魔法を凌いだ。
すると、まるで申し合わせたかのように非戦闘員のエルフ達の行動は一致し、女の子を助けようと一斉に精霊魔法を放った。
そんな密集しての魔法の使用は、戦士達なら絶対にしない愚策。人類の魔法も、精霊魔法も、干渉すれば相殺してしまうからだ。
案の定、百にも及ぶ精霊魔法は互いに相殺し、消滅していく。しかし百に近い数だろうと、タイミングをずらして発射されれば、その何割かは相殺を免れる事ができた。
弾幕を抜けた精霊魔法が、一発、二発と、謎の防御機構で迎撃されていくが、途端に迎撃されなくなり、直撃を受けた鳥人種は地に落ちた。
素人の練度の低い魔法であり、魔法よりも地面に落ちたダメージの方が痛い。そこに群がる非戦闘員のエルフ達。各々太い枝や抱える程の石を持ち、動けない鳥人種を滅多打ちに処刑した。
その頃には隊列の前の方に居た戦士達も後方に集まりだし、女の子を掴んでいる方の鳥人種に狙いを付ける。鳥人種は仲間を心配した事を後悔した。精霊魔法は精度の高い誘導も出来、女の子を盾にする事も出来ない。完全に獲物を連れ去る機会を失ってしまったからだ。
鳥人種は悔しそうに舌打ちをすると、女の子を高く放り投げ、エルフ達が目で追った隙に一目散に逃げて行った。
女の子は無事に受け止められたが、敵を逃がした事は深刻だった。
ビュイスルノンは直ちに次の指示を出し、アステオン達はその指示に従い、森を駆けている。
「うっ…ううっ、あうぅ……」
エーデルアンジュは泣きじゃくっている。去り際に友人の絶望の表情を見てしまったからだ。
アステオンも友人の顔は見た。だが、アステオンの友人の方は戦士の教育を受けていただけあって、どいつもこいつも良い顔を張り付けていた。
アステオン達に課せられた使命は、王統の継続と救難要請。
進路を東に変えた本隊が、目立つ大所帯で敵を引き付け。アステオンは、エーデルアンジュ、ソルジオ、グリシーヌの四人で、ヴィクトワと走鳥達を駆り、北上を続け、森の外縁の集落に沿って進路を西にとる。
その際、進路上の集落に立ち寄り、東に向かった王達に合流するように同胞に伝えて行く。
そして、最終的に身を隠す場所は人の国。エルフの森には安全に身を隠せる様な場所は既に無い様なもので、人類同士ならそう簡単には戦争になる事はなく、戦火から逃れて身を隠すなら、人の国だった。
しかし、エルフの森に隣接する国々はエルフに対する待遇は悪く、見付かれば結局ただでは済まない。そんな西側の国々の中で、比較的エルフに友好であり、アステオン達に伝手があるのは、たった一国しかない。
それはエヴィメリア王国、エイルの生まれ故郷アルトレーネ領。
そこはエルフの奴隷に対しても寛容であるし、エイルの友人も、元エルフの戦士長とハーフエルフも居ると、アステオン達はエイルとルカから聞いており、もうそこに縋るしかなかった。
殆ど着の身着のままで飛び出し、碌に休憩を取らずにそれなりの時間が経った。そして、まだ休憩を取れる様な状況だとは言えず、グリシーヌは前に座るエーデルアンジュの耳元に顔を近付け、小声で言った。
「エーデルアンジュ様。追っ手が来ていないとも限りません。このまま止まらず走り続けます。おつらいでしょうが、用便はこのまま走鳥の上でお済ませください」
「こんなの屈辱です…………屈辱です!」
エーデルアンジュは歯を食いしばる。それは下着の中に糞尿を垂れ流す事にではない。理不尽にも故郷を、そして希望ある未来を奪い取られた事に対して、歯を食いしばり、肩を震わせていた。
そのエーデルアンジュの声はアステオンの耳にも届き、エーデルアンジュの気持ちを感じ取ったアステオンは誓う。
「……アン。この屈辱、必ず晴らすぞ!」
アステオンは手綱を強く握り、鐙を踏み締める。その力みはヴィクトワにも伝わり、ヴィクトワは耳をピンと立て、尾も真っ直ぐ伸ばし、毛を逆立て体を大きく見せる。もうその姿に“腰抜け”と呼ばれていた頃の面影は無い。
ヴィクトワはその与えられた名の示す通り、今度は主と認めたアステオンに勝利をもたらす為、エイルの元へ疾走するのだった。




