戦禍の森①
日陰にだけしぶとく雪が残る頃。エルフの森は、虫達が地面から這い出す浅春の陽気だ。
春の営みが始まったエルフ達は、空っぽの籠と果物の種や芯が入った籠を背負い、集落を出発する。
目的の一つは、空っぽの籠を、今が旬の新芽で一杯にする事。望み通りに籠一杯に新芽が採れる事はそうそう無いが、活力溢れる新芽を頂くことで、これから一年を生きる力を得る、エルフの食文化だ。
もう一つは、森から得た恵みを森に返す事。森を歩けば至る所に魔物と思わしき生き物の残骸が転がっている。それは冬の間も魔物が生み出され続けるダンジョンの中で、共食いから逃げ出したり、単に追いやられたりして、暗黒のダンジョン内から、白銀の世界へ出た個体のものだ。
冬を生きる備えの無いまま、極寒の白銀の地へと逃げ出したそいつらは、自らの無謀を悔いたかどうか知らないが、無様に息絶え、森の生態系の糧となる。
早々に見つかり、骨の髄までしゃぶり尽くされた奴もいれば、中途半端に肉が残っていたり、誰にも見つからず、きれいなまま冬を乗り切った奴も居る。
エルフ達はまだ肉がある死骸を探し、そこに果物の食べカスを撒いて行く。それはそうする事で、死肉を漁りに集まった者達に果物を種を運んでもらう事。
それが出来なくても、腐肉が肥料になり、その場で芽吹けばそれで良し。それらが、森に生きるエルフの春の文化一端だ。
だが、春に活動を始めるのはエルフだけではない。人類もまた、春が来れば活発に動き出す。
『侵略者め! 我らの森から出ていけ!』
『蛮族共が! 我らの領土から立ち去れ!』
出会してしまえば矢を向け合い、通じない言葉をぶつけ合う。
たまに言葉が通じる時もあるが、そんなのは稀で、通じたところで譲れないものは譲れない。
そして、エルフの王から「不要な攻撃は避けろ」との、弱腰な勅令はあったが、「森を明け渡せ」とは言われていない。それならば、
『出ていかなければ射つぞ!』
『退かないのなら射つぞ!』
結局この日も、森の外縁では、小競り合いがいくつも起こるのだった。
そんな、人類との小競り合いが続くエルフの森の外縁の集落。その中でも、とりわけ森の西側の集落では、エルフの戦士達が頭を悩ませていた。
エルフの弓と人類の弓の射程とでは、風の精霊の補助があるエルフが優っていた。だが、人類の弓は大型化し、威力と射程が増加。威力の向上は、元々碌な防具を着けていない事から誤差ではあるが、射程の延長は、それを上回る射程を得る為に魔力を割くことになり、結構な痛手だった。
それに、たかが拳で殴られただけで肋骨が砕ける異常な怪力。致命傷を与えて良い筈の精霊魔法の直撃が、致命に至らないのも謎であり、エルフ達は頭を抱え、精霊への供えを増やすのだった。
そんな森の外縁の集落の情報は、エルフの森の中央、王都グランヴィラージュのエルフの王“ビュイスルノン”迄届いた。
「ふむ、アステオンの言っていた男の技…か。アステオンを救った技が、我々に災いをもたらす───。残念だが、やはり友好は不可能か。──対策が欲しい。潜入している者達に、その技術の事を調べさせろ」
怠惰の魔界が無くなってからエルフの王ビュイスルノンは、政に我関せずの態度を一変し、積極性に王権を振るう様になった。
歴代飾りだった王のその変化は、代理に立っていたエルフの戦士達にとっては喜ばしい事ではあったが、少しばかり勇み足が感じられる。
だからと言って、王統を尊重する戦士達では、名実共に実権を握った王に意見するのが憚られ、ストッパーになる存在が欲しかった。
そんな時、エイルとルカに救われ、恩と感謝と関心を持つアステオンとエーデルアンジュが、王子、王女の立場から、積極的に意見する様になっていた。
「待って下さい父上!」
この会議にはエーデルアンジュは出席しておらず、王子アステオンが、父王ビュイスルノンに意見をする。
「エイルさんのカクトウギは、我々を攻撃する為のものではありません! それに折角交易の準備を進めてきたのです! ここで攻撃的な態度をとっては、相手の態度を硬化させるだけです!」
顔を向け合う王と王子。その二人の静寂を、周りの戦士達は見守った。
エルフがエルフの森と定義する森は広大であり、その中には手付かずの魔族領も含まれている。
そこでエルフ達は人類の需要を調べ、「森の中のダンジョンの場所の情報」と、「土地の貸し出しと共同開拓」を引っ提げ、交渉に臨もうとしていた。しかし───
「アステオンよ。お前とエーデルアンジュを助けてくれたその二人には感謝はしているが、現に我々は攻撃を受けている。そして、力の均衡が崩れていると知れた時……全てを力尽くで奪えると知った時、そこに交易など必要があるのか?」
「……」
アステオンは何も言い返せない。
理想と現実。統治者が思い描くのは理想でも、今見なければならないのは現実だからだ。
「アステオン、今直ぐに打って出るとは言っていない。そして、直ぐに交易の交渉に出る事もしない。武力に劣るから友好を結びたい──。それは“弱み”だからだ。
そしてその弱みは交渉の弱みに直結する。だから我々もその力を理解し、対抗策を練り、使えるものなら使える様にならなければならない。我々は先祖が護り続けてきたこの森を、護り続けていかなければならないのだ。理解できるか?」
「はい…承知しています父上」
それからはアステオンもビュイスルノンも発言する事はなく、ソルジオやグリシーヌを含む、実働部隊の戦士達の立案を聞き、承認するのだった。
それから数日が経った。人類の感覚では王城とはとても呼べない、丸太と蔓と大きな葉っぱで作られたエルフの王の住居。その庭にあたる場所に、アステオンとエーデルアンジュ、その二人の護衛のソルジオとグリシーヌと、ヴィクトワ(腰抜け)の姿があった。
「いよいよ明日、遣いを出すのですね!」
嬉しそうにエーデルアンジュが言うと、グリシーヌがより詳しく補足をする。
「はい。先ずはベルメック王国と交渉を試み、外の国々に大きな影響力を持つ“ギルド”に接触します。それと並行して、西側の国々に居る同胞から、カクトウギの情報を集めます」
エルフ達はギルドに狙いを定めた。ギルドは冒険者に簡単なエルフ語を教えている。それは冒険者の中にエルフが居るのと、不要な争いを避ける為だ。
はっきり言ってしまえば、ギルドが本命であり、ベルメック王国はおまけだ。“ダンジョンを管理し、事業としているギルドの興味を引き、軋轢がある国々との緩衝材になってもらい、エルフと人類の力の均衡を取り戻すまでの時間稼ぎ”が狙いだった。
しかし、アステオンはそれに納得がいかず、ヴィクトワをブラッシングしながら、面白く無さそうに言う。
「私はエイルさんの居るエヴィメリア王国から始めた方が良いと思うんだがな」
アステオンがそう言うと、“エイル”、“エヴィメリア”の名詞に反応したヴィクトワが、アステオンに顔を向けた。
そんなほのぼのとした光景にニヤけそうになるのを我慢して、ソルジオは諭すようにアステオンに言う。
「仰る通り、我らの森の領土を争っていないエヴィメリア王国とは交渉は楽でしょう。しかし、エヴィメリア王国と、我らの森との間には、サングロリア王国を挟みます。
そこを無断で通り、交渉を進めてしまっては、エヴィメリア王国に対してサングロリア王国からの非難が向く事になってしまいます。
その点ギルドと言うのは、置かれている国とは独立した組織。交渉の場が彼等の支部でも、我らの森でも、飽くまで“エルフとギルドの抱える冒険者との関係”を名目に、交渉を行う事ができます」
グリシーヌは肯定の意思を示す様に深く頷き、アステオンとエーデルアンジュは唇を尖らせる。『ギルド』と言うものを実際に見たことが無い二人には、何故『ギルド』と言うのがそんなに重要なのか、理解が追い付いていなかった。
アステオンはブラッシングの位置を首に変え、ヴィクトワに話しかける。
「ううむ……難しいのだな。たが、お前は私の手でエイルさんに返すと約束したのだ。早くサングロリア王国を、堂々と通れる様にしなければな!」
「ガルルゥ!」
アステオンの力強い宣言に、ヴィクトワも力強く喉を鳴らす。
ヴィクトワと意思の疎通は出来ずとも、意気込みの疎通くらいは出来ているアステオン。エーデルアンジュもまた、アステオンの意気込みだけは理解出来ていた。
「それならお兄様も共通語を勉強されるべきです」
「うっ……いやぁ…それがどうにも難しくてなぁ……」
今はエルフの王子と王女が、希望の未来を語る長閑な昼下がり。争いなんて無縁なそんな時───
───そんな時、ヴィクトワの耳がピクッと動き、森の南西へ聞き耳を立てた。




