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魔を討つは異世界の拳〜格闘バカの異世界ライフ、気合のコブシが魔障の世界を殴り抜く〜  作者: 白酒軍曹
怠惰な秩序が崩れた世界

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人間の魔界

 何処かのだだっ広い一室。部屋には窓が一つも無いが、壁も天井も石造りである事が分かる。それは壁に埋め込まれたぼんやりと光る石のお陰だ。


 その部屋には全裸の男が居た。引き締まった体には、無数の真新しい傷が有る。指は何本か折れ曲がり、爪は全て無い。片方閉じた瞼の奥には、眼球も無い。


 その部屋の唯一の扉が開いた。入って来たのは、大勢のこの国の兵士達。部屋に入った内の1割にあたる12人が、白いボディスーツの様な物を着用している。

 それらの兵士達に連れられ、成人したかしないかくらいの少女も入って来た。少女の一糸纏わぬ素肌には、嬲られた痕が古いものから新しいものまで、幾つも幾つも痛々しく目立っている。

 俯いた顔が上がると、目に光は無く。男の姿を見付けても眉一つ動かさず、もう心が死んでいるかの様だ。



 兵士達は、男の前に少女を連れて来て言った。

「生き残った方を解放してやる」

 男は、唐突に放たれた言葉に生気が満ちる。俄には信じ難いが、こんな状態でも、素人の町娘如きに負ける様な鍛え方はしていないからだ。

 少女の方は一瞬だけ目に光が宿り、直ぐに失われた。戦いに疎い少女にも分かった。目の前の男は死を待つだけの死に損ないではなく、手負いの獣だと。そんなものに、自分如きが勝てる訳がないと。


 だが、兵士達もそんな結果の見えた殺し合いなんて見たくないのか、女兵士二人が歩み出て、少女に言った。

「お前はこれを着ろ」

 少女の意思など聞く耳も持たないとばかりに、女兵士が着せたのは、少しデザインの変わった()()


 それは少し銀掛かった白地に、黒の線が入ったボディスーツ。胸当てや手甲がある事から、奇抜だが鎧の類いなのだろう。

 鉄の部分はそれだけで、他は布地の様に見える。その白の布地の上に見える黒い線は様々な幅の帯で、それが筋肉の様に、全身に張り巡らされている。


 そして少女に兜が被されると、男は気を引き締めた。何故ならば、少女の鎧の様に黒い帯は無いが、男は同じ様な装備を身に付けた兵士達に敗れ、ここに居るからだ。



 殺し合いは始まった。少女は着慣れない鎧に足元が覚束ず、いちいち大きな動作をとって動きづらそうにしている。

 男はそれを好機と見て先手を打った。びっこを引き、少女に近付いて行く。魔法と言う選択肢がある世界に於いて、男は打撃を選んだ。それは、拷問を受けた際に魔力を削られ、今は屁みたいな魔法しか使えないのもあるが、男が戦ったとき、兵士達の鎧は通常の魔法をものともしなかったからだ。


 男は少女の腹に横蹴りを繰り出す。爪が剥がされた足では立っているのでさえしんどく、少女が男の暴力に屈し萎縮したところを、組み付き、絞め殺すつもりだった。


 しかし、男の蹴りは魔法的な何かに弾かれてしまった。それは周りの兵士と戦ったときにはなかった事だ。

 そこで男は察した。少女がそんな技術を持っているはずもなく、それは鎧の性能だと。これは戦いのド素人の少女を使った鎧そのものの性能試験だと。まさに外道、鬼畜の所業だと。



 だからと言って負けてはやれない。男には使命があるからだ。

 弾き飛ばられた男は直ぐに起き上がり、攻撃に移る。へし折られていない中指と薬指を曲げ、親指で押さえて拳を握る。そして下腹部、丹田を意識して呼吸をした。


 “キアイ”


 男の練度はまだ低く、相手の動きに合わせては使えない。だが、自分に何が起こったのか分からず、棒立ちしている少女になら使える。

 これが通用しなければ、もうどうしようもない。この一撃で終わらせる。半端なダメージで苦しめる事なく、即死させてやる事が出来るよう祈り、男は少女に接近した。


 男がジリジリと詰め寄る毎に、少女は後退る。そして、やいのやいの言っている兵士達の壁にぶち当たり、後が無くなった。

 男は覚悟を決めた。何の罪もない少女を殺す覚悟だ。男は拳を顔の高さまで上げた。唯一守られていない少女の顔に、一撃必殺の拳を打ち込むためにだ。



 その瞬間だった。オドオドしてばかりだった少女が腕を突き出した。咄嗟のことに反応が出来なかった男は、凄まじい衝撃に突き飛ばされ、床をゴロンゴロンと転がった。


 男が戦った兵士達にはそんな力は無かった。──否、ここまでではないが有った。男はそれを流出した“キアイ”の力だと思い込んでいた。完全に男の油断。少女に与えられた新型の鎧は、攻撃面も強化されていたのだ。

 そしてその瞬間、少女は理解した。自分が得た力を理解した。男を突き飛ばそうと動いた時、着せられた変な服が一緒に動いた感覚があった。これは自分を補助してくれるものだと理解した。


 少女は跳躍する。トンッと軽く一蹴りで1メートル程跳び上がり、1メートル程前に進んだ。今度は強めに調整して、男の元まで5メートル程を跳び──

 男の腕を踏み付けた。

「ひいぃっ!!」

 男は悲鳴を堪えた。そう訓練してきた。その悲鳴は、同族の肉を潰した不快感から、少女の口から漏れたものだった。

『……っ! ごめんっ…なさいっ! ごめんなさい!』

 そして男を何度も、何度も、何度も踏み付ける。許しを請いながら踏み付ける。胸を腹を踏み付ける。


 だが、男はなかなか死ななかった。男が金剛を使って身を固めたのと、少女の腰が引けてしまい、致命傷になるべき攻撃が致命傷にならなかったからだ。

「ひひっ! うひ! あははっ! あひゃはははっ!」

 それは男に延々と苦痛を与え続ける事になり、望まない加虐を強いられた少女の心は、ひとつ踏む事に狂っていった。



 部屋の中がざわついた。それは突然だった。少女が倒れたのだ。

『痛い! 動かない! 苦しい! どうして! 動いて! 殺さないと! どうしてぇ!?』

 片足を上げた姿勢で、首から下が動かなくなってしまった。倒れた時に鼻を打った。鼻血が出ている。服に締め付けられて苦しい。少女には訳が分からなかった。


 男は血反吐を吐きながら、辛うじて動く。そして、なんとか動く左手を、全く動けない少女の首に伸ばし、力を込めた。

『い…やだ…死に…たく……な……』

 懇願する視線。か細い声。その時になって男は、少女がこの国の公用語を喋っていない事に気が付いた。


 少女の言語はエヴィメリア語。男は思い出した。エヴィメリア襲撃の際に囚人が脱走し、少なくはない数の少女達が連れ去られていた事を。

「次は、お互い…幸せ…に、なれると…良いな」

 そして、いよいよ少女に限界が来た。少女は目をギョロッとひん剥き、動かない体の代わりに頭を滅茶苦茶に動かし、やがて虚空を見詰めたまま動かなくなった。



 男は生き残った。

()()が悪いな……良いと思ったんだけど…これじゃあ、まともに使えないか」

 男はその声に振り返ったが、それは独り言だった。


 独り言の男は、フードと片目だけ明けた仮面を被り、素顔を隠している。身に付けている外套(ロングコート)は前が開いており、他の兵士とは違う黒地の鎧が見え、隠そうとしない特別感が見て取れた。


「さて…と、早速取り掛かるかな」

 仮面の男はそう言うと、側近だろう四人の女兵士を引き連れて部屋を出た。

 それに続いて他の兵士も部屋を出て行き、だだっ広い部屋には、少女の死体と、そこに寄り添う男だけが残った。



 男は開け放たれたままの扉へ這う。

「───伝え…なければ……!」

 男は拷問に耐え兼ね、口を割ってしまった。男はその組織に正式に配属されてから日が浅く、まだ重要な情報は知らされていないにせよ、相手の情報を持ち帰り、その穴埋めをしたかった。

 それに、

「トウ…モ……クに………つ…………た……………


 男は息絶えた。部屋の外で番をしていた兵士達は、部屋から出た男の手を、槍で部屋に押し戻して嘲笑う。

 男は伝えられなかった。ゲイルウルフよりも早く、遠くに、正確に、情報を伝える術がある事を。“キアイ”と同等の力がある事を。


 それに、男は伝えたかった。自分が戻れなかった場合、絶対にこの国に手を出してはならないと───

ご愛読ありがとうございます。次から最終章です。


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