第16話 酔っ払い
オルフが夢の国の言葉で宴会の開始の挨拶をして、エイルとオルフとファルは、小さい樽のジョッキを打ち付けてから酒を口にした。アレクス達はエイル達の謎の行動を見守ってから、真似をして酒を口にした。
乾杯と言えば、「トリアエズナマチュウカンパイングッングッングッカアーウマイー!」だが、ここで酒と言えば葡萄の酒しか無い。
庶民は上流階級の様に小洒落たグラスでちびちび酒を飲むような事はせず、水で割った酒をその場の勢いに任せてゴクゴク飲んで行く。
「───というわけで俺は気を用いた格闘術を使える様になったんだ」
エイルが格闘家で、毎日修行していることはオルフもファルも知っている。なのでエイルは、アレクス達との出会いからの事をザックリと話した。
「ベルちゃんはエイルの命の恩人だな」
「え!?そんな事無いです。私は助けて貰っただけです」
「ベルちゃんがエイルにキの事を伝えなかったら、エイルはファルが駆け付ける前に全身バキバキに圧し折られて、オークのおやつになってたって事だろ?」
「あれは······私が吹き出してしまったから見つかったので······」
「フム、それはエイルが悪いな。エイルのつまらない冗談が滑らないように、ベルちゃんが笑ってやったのだろう?二重で恩人だな」
「ファルさんまで······」
エイルが話し終えると、勝手にエイルをネタに盛り上がったので、エイルは追加で配膳された猪肉の一口ステーキを、串で刺して口に放り込む。香草で誤魔化されているがまだまだ残る獣臭さは、ワサビを一切れ串で刺し、口に放り込んでサッパリさせる。エイルは摺り下ろしたものが好きだが、ここの住民は面倒臭がってやらない。
「キ······キぃ?んー、ベル、エイルのお腹の綺麗な水みたいな感じのがキ?」
「綺麗な水?···そうだね、私は澄んだ水みたいな感じに見えるかな?」
「それ一緒だよー!」
ベルとシュナの気の感じ方は微妙にニュアンスが違う様だ。シュナも言われるまでは特に気にする気配が無かったので、今まで突っ込んだ指摘が無かった事にエイルは納得した。
いつの間にか店には多くの客が入って、エイル達の声はその喧騒の中の一つでしかなくなっていた。この店に来るのは冒険者が多く、どこのテーブルも今日の武勇伝を熱く語り、樽のジョッキを傾けている。
そしてまた1人、頭巾を被った女の客が入ってきた。その女は店内を見渡すと大将に声を掛けて、エイル達のテーブルに向かった。
「お待たせー。······何よ皆んな!私よ、アンナ!」
自らをアンナだと名乗る女は、頭巾を深く被って髪を下ろし口紅も塗っていない。皆顔を覗き込んで「ああ、良く見れば」と口を揃えて言った。
「さすがにサボって酒場に居ましたなんてバレる訳にはいかないからね。えーと、アレクス君とキール君の間にしよっかな!」
アンナは椅子を持って来て二人の間に座ると、タイミング良く届いた酒を受け取り、持ち上げた。
「それじゃ、カンパーイ!ングッングッングッングッぷは!タイショーお替わりー!」
アンナは空になったジョッキを大将に振って見せた。
「あらあら〜?酒が進んでないぞ若いの!ああ、あなたがシュナちゃんね!ギルドで何度か顔は合わせてるけど、私はアンナ、宜しくね。エイル君は遂に念願が叶ったみたいね!話聞かせてよ!」
アンナは怒涛の勢いで、アルハラと自己紹介を行い、エイルはもう一度一連の話をアンナにすることになった。
「エイル君が更に頼もしくなったのね!あの時エイル君とアレクス君達を引き合わせた甲斐があったわ!」
「本当にアンナさんには感謝ですね。ベルには怖い思いをさせたけど、あれが無ければ俺はまだ山に引き籠もったままだった」
「世代ってものかしら、エイル君のカクトーギに強い興味を示したのはアレクス君達が初めてじゃないの?」
アンナはアレクスとキールの手を握り、自分の太ももの上で軽く弾ませると、二人は借りてきた猫の様に大人しくなって、女の肉の柔らかさに興味を示した。
「ですね。興味を示してくれたので、俺もつい調子に乗って色々見せましたし、修行まで付き合ってくれて、俺は今凄く充実してますよ!」
「うへェ、アレクス君!キール君!あの過酷な修業に付き合ってるなんて感心しちゃうわ!是非強くなって、トルレナのギルドを背負って立ってね!カンパーイ!」
逆セクハラが終わるとアルハラが始まった。
そして、セクハラが始まった。
「ねえ、皆んな······聞いて」
アンナは神妙な面持ちでエイル達に話し掛けた。
「───おしり······。ミーアちゃんのお尻って最近形良くない?」
「「······はあ?」」
全員が「何言ってんだこの酔っ払い」とアンナを見てから「そうだっけ?」とミーアの臀部に視線を向けた。
「私アンナさんに見せた事無いよお!」
「今はスカートだから分からないけど、ギルドに来るときは分かり易いでしょ?」
男達はミーアのぴっちりしたボディスーツに浮かぶ後ろ姿を思い浮かべる。
「私もミーアの着替えを手伝うから······それは思ってた」
男達はその光景のベル視点でのミーアの後ろ姿を思い浮かべる。
「さっきお風呂で見たときミアもベルも、羨ましいくらい良いお尻だった!」
男達は酒をあおった。
「ベルちゃんもなの!?羨ましいわあ······ね!何かしてるの?」
「何かって言われても分からないよー恥ずかしいよー」
「······エイルさんと稽古を始めてから、ミーアのお尻の弛みが無くなった······かな?」
「おいエイル、テメエミーアちゃんにナニをした?」
「待て、まだナニもしていない。──稽古で普段使っていない筋肉が刺激されて、お尻の肉を吊り上げたんじゃないか?『ボクササイズ』とかの『フィットネス』もあるし」
「「······ぼくさ?······ふぃっとねす?」」
エイルは最後にさらっと出した夢の国の言葉を、エヴィメリア語に通訳し直した。
「うわあ〜!美尻が欲しいけど朝の稽古は無理よ······」
「オルフ!私、美尻を手に入れる為に早起きを頑張る!」
「はは!そりゃあ堪んねえぜ!」
どうやら明日の稽古からシュナも参加する事になった。エイルは心身を練磨する為に修行を、稽古を行っているが、「まあ、美容も心身の練磨か」と冒険者引退後のビジネスモデルを想像した。
「アックぅ、キルぅ!なんで二人はミアとベルのお尻の変化に気が付かないの?いつもどこ見てんのよ?」
「どこって、お前······俺達はいつも女のケツ見てる変態じゃ無えぞ!」
「じゃあどこ見てんのよ!見てない訳無いっしょ!どこ?ここ?ここなの?────」
アレクスとキールとシュナが、どうしようもない小っ恥ずかしい口論を始めると、遠い目でアンナが語りだした。
「懐かしいわねぇ。オルフ君とエイル君とファル君、私を取り合って喧嘩した事があるのよ───」
「「「──────ッッッ!!!」」」
「えー!アンナさん、聞かせて!」
「私も恋バナ聞きたいです!」
「アンナしゃんは罪な女だよ~」
エイル達当事者三人は目が合って苦笑いした。アレクスとキールは急に嵐が去って、ポツンと取り残されジョッキを傾けて耳も傾けた。
エイル達が「大人の余裕を見せなければ」と深呼吸をしていると、そこに救世主が現れた。
「オネーサン達こっちで俺達と飲もうよ?」
「そうそう、そんなオッサン達じゃつまらないでしょ?俺達と飲んだほうが楽しいよ!」
去年、一昨年くらいから見るようになった顔の二人組の男の冒険者が、ベル、ミーア、シュナの三人に声をかけた。アンナは悲しそうな瞳でエイル達を見た。
「なんだよー!邪魔すんなよー!」
「テメェ等でケツでも掘ってろ!」
「なんだァ、口が汚え女だな!」
「角のオネーサンはあんな汚い口聞かないでしょ?ほら、こっちに来ようよ!」
「やめて······触らないで下さい······」
「え?なになに?──良いってさ!こっちこっち!」
「オイコラァ!ベルから手ぇ離せやカスが!」
アレクスが椅子を弾き飛ばして立ち上がり、男の腕を掴んで叫ぶと、アレクスは店内の注目を集めることになった。




