第12話 デュオセオス·アルトレーネ
会場のホテルカロアリギアは、近所にギルドも有るトルレナの中心街の一等地に、部屋数5部屋で、宴会場、大浴場、共同トイレの贅も完備でドンと構えている。主に領主家が会食会場に利用しており、地元民からは「カロアリギアで会食をして一人前」なんて言われ、物理的にも精神的にもアルトレーネ領のランドマークになっている。
エイル達はホテルの近くでパナテスのパーティーと合流し、日も沈みかけ、そろそろ夜時刻を報せる鐘が鳴るだろうとホテルへ入ることにした。
「皆様ご足労いただきまして、ありがとうございます。会場にご案内致しますので、どうぞ此方へ」
玄関でメイドのキャロルが丁寧に出迎え、エイル達はそのまま会場の広間へ案内された。
凝った意匠の装飾品、調度品の数々が格式の高さを醸し出すその部屋の中心には、円卓が設置され11脚の椅子が用意されていた。
「デュオセオス様をお呼び致しますので、もうしばらくお待ち下さい」
座って待てと言わなかったのは、領主の次男が着席を促すまで座るな、ということだろう。エイルは早速着席しようとした若者を呼び止め、昼間の話をして待つことにした。
夜を報せる鐘が鳴り終わったタイミングで、デュオセオスとキャロルに続き、食欲をそそる香りを漂わせた台車を、数人の給仕が押して入ってきた。
デュオセオスは円卓の1番奥の席に着くなり、エイル達に着席を促した。キャロルからの案内で、それぞれのパーティーがリーダーから順にデュオセオスの両側から座っていった。
デュオセオスと、アレクスのパーティーが5人、パナテスのパーティーが4人の計10人が座ると、席が一つ余っていた。
「キャロル、君が働いたらここの給仕の彼女達の仕事が無くなってしまうよ。席を用意したのだから、座ってくれ給え」
「いいえ、侍女のわたくしがデュオセオス様と同じ食事の席に座ったなどと、そんな事が外に知れてしまってはアルトレーネ家で働く事ができなくなってしまいます。デュオセオス様、どうかご再考頂けませんか?」
「家で働きたいと思ってくれていて嬉しいよ。それはここの皆が喋らなければ分からない事だろう?ほら座りなさい。皆待っているよ」
突然深刻な話が始まり若者はドン引きだった。更には守秘義務まで課せられる始末。ホテル側はプロだから良いとして、エイル達は素人なのだから、とんでもないお食事会に誘われてしまったものだと戦々恐々だった。
料理の配膳が終わり、そろそろお預けがきつくなって来た頃、デュオセオスの発声で神への祈りを捧げ、お食事会が始まった。
「アレクス君、料理は口に合うかな?」
「モグモグ──ゴクン!はい、美味いです!こんなに美味い肉食ったの初めてです!」
「喜んでもらえて良かったよ。それは豚と言ってね、王都で猪を食用に家畜化したものなんだ。トルレナでは豚の飼育をしている家は、北の外れの一軒だけで、皆の食卓まで届くのはまだ先になってしまうかな?」
アレクスとキールとロックの三人組は、偉い人のウンチクなど耳に届かず、眼の前の肉に夢中だった。
「肉も良いけど、アルトレーネの自慢は葡萄酒だよ。王に納める物には葡萄酒があってね、サリ村で採れたぶどうを使って作っているんだ。──皆に注いでくれ給え」
頼んでも無いのに全員のグラスに酒が注がれていった。酒場の取り敢えず酔えれば良い酒とは違い、ツンと鼻に抜けるアルコールの匂いの中に、芳醇な葡萄の香りと風味を感じる事ができる。
「私とベルの実家は、葡萄を作ってる······ます!」
「───これがお酒ですか?何でしょうかこの感覚は······なんて言ったら良いのでしょう?」
「ミーア君とベルカノール君の家は葡萄農家か。それはもしかしたら君達の育てた葡萄でできた酒が、王の元へ届いているかも知れないね。──ベルカノール君、それは酔うという感覚だろうね。とても美味しい酒だ、唇を湿らせるだけで良い、ゆっくり味わって楽しめば良いよ」
デュオセオスは話術が巧みで、誰一人退屈させることなく、話を振って場を盛り上げている。天啓の儀で告げられた職業は『商人』で、納得の接待技術だった。
そして話題は今日の魔物の話しになった。
「あの魔物は他のパーティーからも討伐の報告が上がっていて、今後は遭遇の機会が増大するとギルドは予想している。今回多くの負傷者を出しながらも、あの魔物との立ち回り方は確立された様だ。明日から出発前に周知を徹底するようだけど、有効な立ち回りとしてギルドはなんて言ってたと思う?」
ギルドとパイプが有るだろうデュオセオスは、もう既に情報を仕入れてきた様だ。
「俺達がやったように、足止めをして大魔法すか?」
先ず答えたのはロックだ。
「······背後から奇襲?」
「逃げたと見せかけて奇襲っす!」
アレクスとキールも、ロックに負けじと発言をした。
「ほう······、他にはあるかい?」
「私はぁ、ガルルと一緒にぃ威嚇しますよぉ」
「アイツは殻が硬すぎて矢が通らなかったけど、あまり動かなかったから、狙いは付け易かったですね」
共にアーチャーとして戦ったミーアとジミーが発言した。
「先輩冒険者のエイルさんと、キャロルからは何かあるかな?」
エイルは「お先にどうぞ」とキャロルに順番を渡した。
「では、わたくしから失礼致します。ギルドが出す対策が一発限りの“大魔法を使える者を連れて行け”とはならないと思います。なので近接武器でも有効な物が見つかったと考えます。例えば、大剣や戦斧等の重量武器でしょうか」
「さすがだねキャロル。エイルさんからはどうでしょうか?」
「威嚇は“鳥人種が翼を広げるのが有効”ですか?」
「素晴らしい!ギルドが有効と判断したのは、鳥人種による威嚇と、重量武器での脚の付け根への攻撃で、大魔法は継戦能力の都合から推奨はしない様だね。身体を大きく見せ、腕を高く上げる動作がヤツの威嚇を誘うようで、そうなるとヤツは威嚇対象に執心して、背後に容易く回り込める様になるんだ。そこをズバッと!──それの繰り返しで、脚と腕を全部もぎ取ったパーティーがあるらしいね」
エイルはデュオセオスの話しを聞いて、良く知った奴等の顔を思い浮かべた。
「危険区域も一層深いところまで踏み込む様になってくるだろうから、皆も気を付けてくれ給え。僕のパーティーは、奴隷の怪我が治るまでは領民からの依頼を受けておくよ。それにその内、姉の『エルミアーナ』も帰って来るだろうから、ダンジョンの方も少しは楽になるだろうね」
エルミアーナ、その名前に全員が反応した。領主家の長女エルミアーナは、トルレナのギルドが誇るAランクパーティーのリーダーだ。
「やはり姉は人気者だね。僕も姉に倣って冒険者をやっているけど、中々思ったようにはいかないね」
「今回は何故、奴隷を連れて居たのですか?」
エイルはレイドの時はその場の勢いで流していた疑問を投げ掛けてみた。
「皆、僕とパーティーを組むと萎縮してしまって、本来の力を発揮できない様なんだ。それで丁度他国からの奴隷のキャラバンが来ていたから、奴隷でメンバーを揃えようと思ってね。そのほうが割り切って働いてくれそうだろう?」
「即席パーティーであのレベルの魔物はキツイと思いますよ。それに奴隷の反乱もあるかもなので、危険じゃないですか?」
「あの奴隷商はこの国の奴隷売買の要件を満たした業者で、今までも問題は起こして無いから信用に値するよ。もし人手が欲しいときは買ってみると良い、商品の売れ行きもあるけど、あと3日は滞在すると言っていたよ。······それにしてもエイルさんは、レイドのときもそうだったけど、しっかり意見を言ってくれるね。姉も貴方のようなメンバーに恵まれたのかな?」
エイルはエルミアーナがCランクの頃に一度と、Aランクになってから一度、依頼に同行したことがあった。
そこでエイルが聞いた話では、エルミアーナも「領主の娘」という肩書に苦労していた。その肩書故の面倒臭さを避ける者も、帰還後の宴目当てに寄る者も居て、信頼出来る仲間を見つける迄には多くの苦難があった。その初めて揃った信頼出来る仲間も、今では顔を見る事が出来なくなっていた───
「デュオセオスさん、奴隷商のキャラバンですけど······ハーフエルフはまだいましたか?」
エルミアーナの言葉を思い出し、しんみりしているエイルを他所に、奴隷商の話しを聞いてウズウズしていたキールは、思い切って思った事を口に出していた。
「キール君、ハーフエルフが気に入ってしまったのかな?」
「あ、いえ!その、気に入ったというか、そんなんじゃ無いです!金髪が珍しくて······」
「ははは!気に入ったんだね。キール君とは気が合うね!僕も一目見て買ってしまったんだ!」
───そうして、デュオセオスとの夕食会は終わり、「必要なら宿泊も」と言われたが、朝も早いのでそれは断ることにした。




