第11話 身支度
一旦着替えたエイル達が向かっているのは一応服屋だが、正確には生地屋、服(の生地)屋だ。庶民は布生地を買って、自分達で縫って服を作るのが基本だ。なのでエイルを始め、多くの者が継ぎ接ぎだらけの服を着ている。
お洒落に拘る上流階級は既製品を買うことは無く、オーダーメイドで服屋に作らせ、下々の者は布生地を買って修繕しながら長く使う。中間層が既製品を買いそうなものだが、上か下に思想が偏っているので服屋の需要が無かった。
そもそも服屋からしても、糸を仕入れ布帛を織って染めるのに忙しいので、注文の多いお客の相手はしたくなく、在庫作り事も遠慮しておきたいところだ。
しかし時として服屋としての需要は、今のエイル達が正にそうだが、突発的に発生することがある。
庶民の服の行き着く先は雑巾だが、裕福な家はその服に飽きると服屋に下取りに出し、それを元手に新しい服を作ったりもする。なので状態の良いお下がりが服屋には集まっていた。そして服を作る手間が省けるので、服屋も下取り制度は快く受け入れている。
「服はここに置いてあるな。───うわあ、見ろよキール、デュオセオス様が着てたのと同じ様なのがあるぜ」
「それだと位が高いんじゃねーか?こっちのやつとかの方が······いやー、どれが良いんだか分からんぜ」
エイルも「確かに分からん」と首を捻っている。まるで洋服屋に大量に陳列されたスーツの中から、冠婚葬祭と面接のときにしか着ない一着を選ぶ気分だった。
「キール、このタイツ触って見ろよ!スゲー良い生地で出来てるぜ!」
「うおお!?なんだこの布!スゲー肌触りが良いぜ!」
アレクスとキールは、上衣を普段着のカットソーからシャツ、下衣はタイツに半ズボン、腰回りはワンポイントのお洒落に絹の帯を巻いて、ちょっと背伸びした格好が完成。エイルの感性ではタイツに半ズボンはダサイので、エイルは長ズボンにした。
「ベル、私が着れそうなのは2着だけだよー。どっちが良いかな?」
ミーアは白と青の2着のドレスを見比べている。デザインはどちらも大差は無く、上は胸元までの丈で、背中側の紐を締めて胴に密着させて着るドレスだった。
「うん!どっちも綺麗だよ!アレクスはどっちが良い?」
ベルは興味本位で近付いたアレクスに判断を丸投げした。
「へぇ!?どっちかって······どっちも似合ってると思うよ。なあ、キール!」
「ああ、そうだな!どっちでも良いんじゃねーかな?エイルさん!エイル先輩!どっちがいいっすか!?」
巻き込み事故を避ける為に少し離れていたエイルだったが、かわいい後輩によりKY虚しく巻き込まれてしまった。
「(買い物デートなんかしたことないぞ······)ミーアは白と青、どっちの色が好きなんだ?」
「私?私は、青だよ······こっちので大丈夫?変じゃない?」
「変じゃないぞ。俺も青が良いと思ってた(真っ青になってしまったな)」
それからミーアは他の三人にも確認を取り、購入を決意した。
「ミーア、どれが良いかな?······これは胸元が開き過ぎてるし······これは肩の部分が大き過ぎるし───」
「あ!これはどう?これは肩口は広いけど、胸元は隠れそうだよ」
「うん!良いかも!同じ様なので色違いは無いかな?」
ベルとミーアは良いと言ったデザインに似た色違いを漁り始めた。初めに見つけていたのは橙で、似たようなので出てきたのは、青と赤だった。
「どの色が良いかな?」
「ベルの好きな色が良いよー。ね!エイルさん」
「俺は橙か赤が良いと思うぞ。アレクスはどうだ?」
「俺ですか?······俺は青が良いかな。キールは?」
(青はミーアと被るから外したのに······)
「俺は······赤かな。結局ベルの好みじゃないか?」
ベルも橙と赤の2つのドレスを見比べて、「ああでもないこうでもない」と悩んでいた。
「ミーア、赤でどうかな?······似合う?」
「うん!良いよー。ベルには赤が似合ってるよー」
男達は一斉にミーアの意見に同意を示し、ベルに赤のドレスに決めさせた。
後は支払いなのだが、武器を揃えた後なのもあって、ちょっと財布の中身が足りないようだ。
「あんた等冒険者だろ?今は稼ぎ時だろうから、ギルドに請求書書いとくぜ」
ギルドは所属する冒険者に対してのみ、金銭の貸付業務も行っている。店が書いた請求書をギルドに渡しておけば、店は後日ギルドから請求額を受取る事ができる。冒険者のギルドへの返済は、報酬から要相談で天引きされていく。ここで不履行を行うと冒険者証を剥奪され、お縄を頂戴する事になる。お店側にも請求書の偽装には思い罰が課される。
「あ、パナテスさん!皆さんも服を買いに来たんですか?」
「アレクス君達は······もう買った様だね。ミーアちゃんとベルカノールちゃん、素敵な服を買った様だね。この後が楽しみだよ」
パナテスのパーティーも、ニーノとロックがまだフォーマルな服を持っていないので買いに来たようだ。軽く話をしてエイル達は服屋を後にして、家に荷物を置きに戻った。
エイル達はアパートに荷物を置くと、身体の汚れを落とす為に大衆浴場へ向かった。水浴びを除けば、庶民の風呂は街に4か所有る大衆浴場だ。元々混浴であったが、いつの間にか男用女用で2か所ずつに分けられる様になっていた。
風呂の利用に関して、獣人と鳥人には特別ルールがあり、獣人は先にブラッシングと掛け湯で体毛を落とす事、鳥人の羽根の汚れ落としは専用の湯船で行う事、と決められている。
井戸水を沸かしただけの少しぬるめのお湯だが、川と比べれば格別の贅沢感と癒やしが味わえる。
「エイルさん!ヤベェっすよ!パネエっす!」
「バッキバキですね!いち、に······腹って6つに割れるんですか!?」
「······お前等はしゃぐな、黙って湯に浸かれ」
ゆっくりと湯を堪能して男三人組はアパートへ帰った。
ベルとミーアはだいぶ遅れてパーティーの家に戻って来た。ドライヤーなんてものは存在しないので、入浴後の髪の手入れは、風の魔法で髪を仰ぎながら櫛を入れる為、中々時間が掛かってしまうのだ。
それぞれ買って来たものに着替え始めると、男部屋からエイルの声が上がった。
「あ、チクショウ!胸のところが閉まらないぞ!」
「エイルさん胸板厚すぎですよ!」
「肩と腕もパンパンじゃないっすか!」
「ぐぬぬ······お前等も直に服のサイズが合わなくなるからな!」
自作か特注がメインなので試着の文化が無く、サイズが合うかは賭けだったのだが、エイルはその賭けに見事に負けたのだった。
「わあ······エイルさん胸を開けてワル者みたいだよーイヤだよー」
「それはガラが悪いですね······時間があって良かったです。直ぐに何か隠せるものを作りますね」
わざわざ肌の露出を増やすのは、寒い時期以外のならず者の身分証明書のような格好で、一般にあまり良く思われていない。女も胸の布面積を少なくするときは、お誘いをするときなので、攻め過ぎると売女のレッテルを貼られるようになる。
ベルが衣類の補修用に持っていた亜麻布を裁断して、慣れた手付きでシャツの裏に当てて縫い付けていく。ベルはただ布を当てただけでは物足りず、飾りボタンも縫い付けて満足した。
ミーアもベルにドレスの改造を相談して女部屋へ入り、暫らくして出てきたミーアの胸の膨らみは、少しだけ大きくなっていた。
外の景色も夕焼け色に染まってきたので、エイル達は会場に向かうことにした。いつもの様にいつもの靴に足を突っ込んでから、靴が汚いままだった事に気が付き「時既に遅し」と諦めて出発した。




