第10話 招待
大魔法の炸裂から数秒後──尤もエイル達にはもっと長く感じたれたのだが、炎の刃は花吹雪の様に静かに散り、肉が焼けて緩やかに身を縮める魔物と、落ち葉に燃え移った火だけが残された。魔物を警戒しつつ山火事を防ぐ為、残火処理を手分けして行い、エイル達はようやく勝利の余韻に浸ることが出来た。
「おーい!アレクス、キール!俺達勝ったんだよな?これもう動かないよな?」
「よおロック!話すのは学校以来だな。さすがにこれじゃあ動けないだろ······突っついてみようぜ!」
救援に駆けつけたパーティーメンバーの一人は、アレクスとキールの友達のロックだった。ロック達のパーティーは全員が人間種で、リーダーは剣士のパナテス、魔法使いのニーノ、弓使いのジミー、そして剣士のロックの四人でパーティーを組んでいた。
「俺は先輩達のパーティーに入れて貰ったんだけど、見ての通り男だらけだ。お前等良いな~女の子二人も居てさ。だけど、あのオッサンは何者なんだ?お陰で助かったけど」
「オイ!オッサンとか言うなエイルさんだ!」
若者からすればエイルの第一印象はオッサンのようだ。
しかし、エイルのとある噂を知っている者の反応はまた違っていた。
「あの、つかぬことをお聞き致します。もしかして、5年前に話題になりました『100人殺しのエイル』様でしょうか?」
残火処理を終えた者達は、自然と魔物の死体の回りに集まっており、今のやり取りを聞いていたメイドがエイルに物騒な事を聞いた。
(5年前か······心当たりは有る、オルフが持ち込んできた喧嘩の事だ。20人······もうちょっと居たかと思うが、だいぶ盛られているな)
エイルは深い溜め息をついてから、メイドに答えた。
「多分俺の事ですね。ならず者グループを潰したときのやつかな?」
「はい!その話で御座います!私くし、当時は冒険者として活動をしておりました。あのときは女性への被害も増えてきて、しかし町の中での武器魔法の使用は固く禁じらており、身を守る事もできず只々恐怖を覚える毎日でした。それを何も持たずに、その身一つでアジトへ乗り込み、襲い来る敵を千切っては投げ千切っては投げ、領主様の御屋敷に死体の山を築き上げた、とそう聞いた時はようやくこの恐ろしい日々が終わるのだと皆歓喜に溢れました。エイル様には1度でも良いので依頼にご同行いただけないかと、パーティーの仲間で夢に思って語っておりました。が、ここで夢が叶うことになるとは!!」
熱く語るメイドの言う通り、トルレナの町に路上強盗がはびこり治安が悪化した時期があった。女に対しては物取りだけで終わる筈も無く、先鋭化しながらも効率化隠密化していき、顔を隠した犯行グループは素性が知れず、駐屯兵団とギルドに制圧の依頼を出すこともままならない状況だった。
駐屯兵団の警備を掻い潜って続けられる蛮行に、いよいよ自警団が発足し、素人による血で血を洗う犯人捜しが始まろうとするところでのエイルだった。
オルフが女絡みで犯行グループと揉めたのを皮切りに、巻き込まれたエイルは1人また1人と芋蔓式に殴り倒していき、アジトへ乗り込み首謀者を領主へ突き出したのだった。エイルとしても卑劣な奴らに怒りを覚えていたのもあって、一気に火が着き熱が入ってしまっていた。
「貴女が無事で何よりだった。こちらこそ、レイドを一緒に戦えて素晴らしい大魔法を見せて貰えました。······いや、でも殺しては無いです!逃げられん様に関節壊したり、骨を折ったりはしたけど、死んではなかったはずです!」
エイルはその事を詳しく知っている者、メイドの主人にして領主の次男、デュオセオスに助け舟を求めた。
「ああ───あのときのは貴方だったか。僕も家の庭に並べられた半殺しの状態の犯人達を見たときはゾッとしたね。確か幹部の5人と、関節を壊されて労働が出来る見込みの無い者が4人、計9人が処刑されて、残りは国家の奴隷となって何処かで国民の為に強制労働しているんだろうね。全部で28人、処遇が決定するまで、家の牢で確かに全員生きていたよ」
この国には掟はあるが法律は無く、法律に基づく裁判なんぞ当然無い。秩序立った規則罰則を持っているのはギルドくらいなもので、罪と罰は、法であり判例である神話に基づき、王家ないし領主家がそれぞれの裁量で裁く事になっている。
大体しょっぴかれるのは現行犯が殆どなので冤罪はほぼない。ただ民衆の感情がモロに入った判決が出るので、やり過ぎな罰は多い傾向にある。
「あのときはトルレナの領民が暴走しそうになっていて、父も頭を抱えていて僕も気が気でなかった。その節だけでなく、今もまた助けてもらってしまった様だ。重ねて感謝するよ」
デュオセオスはエイルに感謝を述べると、全員を一目見回した。
「他の皆もレイドに協力してくれてありがとう!お陰で僕の奴隷も一命を取り留める事が出来そうだ。お礼を兼ねて、今夜は僕からご馳走させていただくよ。キャロル、席の用意を宜しく頼む。奴隷の治療もあるから、僕等はこれで帰還させて貰うよ」
「それでは皆様、大通りの宿『カロアリギア』にて、御夕食の席を用意を致しますので、夜の鐘に合わせてお越し頂きたくお願い申し上げます。───畏まった格好で無くて結構です」
最後に小さく付け加えると、メイドのキャロルは撤収の準備を始めた。少し遠くに繋いでおいた馬を連れて来て、一番の重傷者である獣人の奴隷の男を乗せ、他の二人の奴隷、獣人の女とハーフエルフを引き連れて、デュオセオス達は町へ帰って行った。
「「「············」」」
無言だった。全員が呆気に取られて、何も言葉を紡げず只々無言だった。
「エイルさん。これは参加しないと不味いですよね?」
ロックの所属するのパーティーのリーダー、パナテスがエイルに確認を取った。
「そりゃまあ、領主のご子息様から声を掛けて頂いたのに、行かないって訳にはなあ」
「あ、あの、エイルさん。私、その······綺麗な服を持っていません!どうしたら良いでしょうか?」
「私も持ってないよー。カロアリギアなんて、凄く格式の高い宿だよー!」
エイルは前世でもドレスコードを気にする店に入った事が無く、これに関しては何の役にも立たなかった。
「最後に侍女のキャロルが“格好は気にするな”と言っていたから、多分きっと汚れた服じゃなければ大丈夫だと思う。もう捜索って状況じゃないし、帰って服を買いに行くってもんだな」
どちらのパーティーも幸い大怪我を負う者は出なかったが、疲弊しているのも事実で、もう1度あの魔物と戦うなんて事は言語道断だった。
両パーティーは千切れ飛んだ魔物の脚を回収し、帰還することを決定した。
(この匂い······蟹······だな)
魔物の焦げ目からは非常に香ばしい香りが漂っていた。見た目は赤茶けて美味しそうとは言えない色をしているが、蟹の味を知っているエイルは「食ったら美味いかも知れない」と生唾を飲み込んだ。
さすがに餓死寸前でも無いので、良く分からないものを口に入れる事はしない。こういうときは犯罪者に、人類の食文化の発展に貢献してもらう事になるのだ。
ギルドへ戻り捜索の報告と精算を行うと、あの魔物は未確認の新種で、現状だと今回のダンジョン由来の魔物なのか、森の奥に棲息していたものがパワーバランスの変化で出てきたのか不明で、名前すら決まっていない状況だ。当然、討伐報酬額も決まってはいないので、レイドの分の精算は後日ということになった。
エイルはアンナに声を掛けようと受付に顔を出してみたが、受付に立っている受付嬢はアンナとは別の1人だけだった。何でも情報の精査と取り纏めに人手が足りない様で、ピークタイム以外は受付嬢の面々もそちらの作業に駆り出されている様だ。
ギルドでの用事を済ませたエイル達は、良い服を買いに服屋へと向かった。




