第9話 シグナル赤
ゴブリンの集団を倒したエイル達は、更に森の奥へと捜索の足を進めて行く。他のパーティーからも黄色の信号魔法が上げられており、行き場を失った者達の抵抗の必死さが見て取れる。
───そして、遂にその時が来た。
「みんな!隣が赤だよー!」
他のパーティーの鳥人種もやっているという事で、木々を飛び移って警戒していたミーアから第一報が入った。ミーアが足で指差している方を見ると、木々の隙間に赤の煙の柱が見えた。
「アレクス、行くのか?」
「ああ!報酬では揉めさせないから積極的に、ってギルドから言われてるからな!距離も近いし、皆んな行こう!」
「待て、アレクス!」
走り出そうとするアレクス達をエイルが呼び止めた。
「全員揃ってじゃあ遅い!ミーアとガルルとキールだ。飛んで障害物をスルー出来るミーアと、走破性の高いガルルでキールを運ぶんだ!」
アレクスとキールとミーアは、エイルの意図を理解して頷き、了解の意志を示した。キールはガルルに跨り、ミーアの先導で隣のパーティーの元へ向かって行った。
「ガルルがもうちょっと薙ぎ倒してくれる予定だったんだが、見事に飛び越えて行ってしまったな」
行く手を阻む草木を掻き分け、エイル達は先発隊の後を追っている。アレクスは草を踏みつけながら、エイルに疑問を投げ掛けた。
「そればっかりは仕方無いですね。ガルルも草の中に突っ込むのは嫌でしょうから。それより、何でキールを選んだんですか?」
「キールをか?それはキールがこのパーティーで1番強いからだな」
エイルの回答に、アレクスは驚き言葉に詰まってしまった。
「総合的な面で、だな。対人の一対一なら俺が1番強いだろうが、リーチの有る刃物を有効に扱える利がキールにはある。俺が行っても打撃が通じない相手だとジリ貧になるからな」
アレクスはその答えに納得はできたが、次第に顔に影がさしていった。
「エイルさん······キールと比べて、俺は弱いですか?」
「キールと比べれば······今は、な。アレクスは思考が柔軟だし、器用な戦い方ができると思うぞ。キールより覚える事が多いと思うが強くなれる筈だ。俺の知る勇者には一芸に秀でている奴は居なかったからな」
「ははは、仲間に嫉妬するなんてリーダー失格ですね!もう見えてきたんで、俺先に行きます!エイルさん、ベルをお願いします!」
(······言葉には気を付けないとだな)
アレクスは元気を取り戻して走り出し、エイルとベルも藪を抜け、戦いに加わるべく走り出した。
場の状況は、軽自動車に脚を生やした様な巨大な魔物が一体。脚と目玉は4対で8つ有り、蟹の様な爪を持った腕も1対、それを高く掲げて威嚇をしている。
その威嚇対象はガルルで、ガルルの後方ではアレクスとキールとミーアが負傷者の盾になっていた。
負傷者は二人、一人は猫型の獣人種の男で、身体のそこら中から血を流している。もう一人は猫型の獣人種の女で、負傷は左腕だけの比較的軽症で、男の一番酷い腹の傷を押さえている。
その後方には、金髪と人間の耳を少し尖らせた程度の耳が特徴の、ハーフエルフが居る。ハーフエルフの女は手脚に包帯を巻いているが、今負傷したものでは無い様だ。
そのハーフエルフに守られる様にして居るのは、アルトレーネ家の紋が刺繍されたエプロンを身に着けたメイドと、そのメイドに身体を張って止められている、その主人だった。
エイルの対面からは、もう一つのパーティーが救援に駆け付けていて、エイルと同じ様に状況を分析している。そのパーティーは、20歳以下くらいの仲の良い先輩後輩で組んでいるパーティーで、エイルの知ってる顔と知らない顔が混ざっていた。
「キール!その血はどうした?大丈夫か!」
「俺は大丈夫っす!俺が着いたときにそこの獣人の男が捕まっていて、引き摺り出したときに付いただけっす!エイルさん!あの魔物とはどう戦えば良いんすか!やったら硬いんすよ!」
キール服と肌には血がベットリ付いており、魔物の足元には圧し折られた投擲槍が落ちていた。
(爪に槍を噛ませたのか······よくやったな。───さて、どうしたものか?あの魔物はさっきからずっとガルルとにらめっこをしているし、あんまり頭は良く無い様だ───)
エイルは一歩踏み出して、場の全員に向けて叫んだ。
「この中で大魔法を使える者は居るか!」
それに挙手を以て答えたのはメイドだった。
「ウチの角山犬が押さえている間に、強力な魔法で仕留めたい!魔法使いは侍女さんの補助に回ってくれ!」
「ベル!頼んだ!」
「ニーノ!行ってくれ!」
それぞれのリーダーがOKを出して、魔法使いがメイドの所へ集合した。
前衛ではガルルを中央に、左翼はアレクスとキールとエイル、右翼にはもう一つのパーティーの二人の剣士の男が着いている。前衛の後ろでは、ミーアと女の獣人ともう一つのパーティーの弓使いの男が、負傷者を連れて更に後退をしている。
それを見て黙って居られないのは、自分が口を付けた獲物を掻っ攫われて行く魔物だ。魔物が脚を伸ばして身体を持ち上げ、腕を高く振り上げて威嚇をする。ガルルも毛を逆立て、身体を大きく見せて対抗するが、いよいよ魔物を堰き止めていた堤防が決壊し、2つの爪がガルルを襲った。
ガルルは口を大きく開けて爪の腕に噛み付こうとするが、その腕は2本ある。片方を止めても、もう片方で攻撃をされしまう。
ならばと、エイル達は左右からの挟み撃ちで撹乱することにした。先ず狙うのは、ガシャガシャ動いている8本の脚だ。これを潰せれば勝ったも同然なのだが、堅牢な外骨格の中にはギチギチに筋肉が詰まっており、絡め取られたら抜け出すことは困難を極め、獣人の男の様に朱に染まる事だろう。
間抜けに威嚇合戦をしていた魔物も、一度動き出すとこれだ。8つの目で敵を補足し、キールの槍よりリーチの長い爪の腕を、的確に機械的に振るのが恐ろしく連続攻撃もままならない。
カッ!カンッ!と矢が弾かれる音がした。アーチャー部隊も攻撃を開始したが、矢は硬い甲殻に弾かれてしまっている。テニスボール大の剥き出しの目玉は弱点だろうが、それも3次元的に動き回るので、ミーアともう一人の弓使いは的中とはいかない様だ。
そんな中、ハーフエルフは静かに弦を引き絞った。
『風精霊の風撃』
エイル達の知らない言葉と共に放たれた矢は、放物線軌道では無く、明らかに外力を得た不自然な軌道で魔物の目の一つに吸い込まれる様に刺さった。
魔物が痛みからの反射で体を固めると、エイルとガルルも反射的に動き、エイルは右腕に組み付き、枝打ち用のナタを爪に噛ませた。ガルルは左腕に噛み付き、後退って魔物を踏ん張らせ、動きを止める事に成功した。
「最高だ!そのまま足止めをしてくれ!デカいの行くぞ!」
ニーノと呼ばれた魔法使いが叫んだ。どうやら準備が整ったタイミングで足止めが出来たらしい。ガルルは一層強く魔物の腕を引いて、エイルは魔物の腕に引っ付いたままガルルに擦り付けられた。
(うおおお!?けっ、毛が痛い!こ、金剛!)
魔物がこびり付いたゴミを擦り落とすのに奮闘する中、他の前衛は動きの止まった脚の関節を斬りつけ破壊しようとしている。
動かなくなった標的は弓使いにとっては練習用の的、放たれた3本の矢は3つの目玉に的中した。本職でないミーアも、ここぞというときに良い仕事をした。
そして、本命が動き出した。
「マギアメータラシデレニオスパティ───」
「皆んな離れろ!巻き込まれるぞ!」
メイドが魔法の詠唱を開始し、ニーノがエイル達に離脱を指示した。わざわざ魔法の使用と仕様まで詠唱して宣言するのが大魔法だ。
「マギアフォティアフォロフローガ───」
アレクスとキール、他のパーティーの二人が離脱する。
「マシェロマタエクリグニメ───」
「エイルさん誘導弾撃ちます!」
「ガルル!エイルさんを連れて離れて!」
ベルがただの着色した魔力の球を放った。その球にはニーノの魔糸が絡みついており、導火線の様に伸びて行く。
エイルはガルルに抱き付き、ガルルは魔物の腕を放し反転離脱。魔物は急に腕を放された反動で尻餅をついた。その位置ずれの軌道修正は、ベルの十八番の重畳魔法で魔物の直上へ持って行く。
そのタイミングでメイドが魔糸に向け、ニーノの杖の魔石を通し魔法を発動した。
「メガロマギアエクリクシフロガノン!」
魔糸の導火線を焼き切りながら莫大な魔力が駆け抜け、先端の魔球に触れると巨大な剣を成形し、爆炎の推進力で魔物を突き抜け地面に縫い付けた。
着弾の凄まじい衝撃と爆炎で魔物の脚は千切れ飛び、魔法の効果が無くなるまでその身を焼かれ続けた。




