第6話 出発
この世界には世界標準時計なんてものは無いし、針の付いた時計も無い。一応大雑把な日影時計は町の開けた所に何ヶ所かあるが、時計代わりに使える建物なんてそこら中にあるので大して利用されていない。
エイルには検証する知識もやる気も無いが、1日が24時間なんて概念を持っているのはエイルだけで、この国の人達の時間割は、朝、昼の1、2、昼、昼の3、4、夜そして朝に戻る。日が出たら朝、天辺が昼、日が沈めば夜で、夜は細かく分けられていない。
今エイル達はギルドの前に居るが、人の影の伸び具合でも大体の時間は読み取れる。午前8時、昼の1を過ぎたくらいの時間だが、ギルドは長蛇の列を作っていた。
冒険者は毎日活動することは少なく、エイルの様に副業の者も多い。だいたい金が無くなったり暇過ぎると稼ぎにやって来る。ベテラン程その傾向が強く、毎日出るような採取依頼や害獣駆除は若輩者に任せ、大物の魔物が出たときに大金目当てに依頼をうける。
そしてこれだけ人が居れば、知り合いの一人や二人居ると言うものだ。
「よう、エイル!お前死にかけたんだってな?」
開けっ放しのギルドの入口から出てくるなり、エイルの友人のオルフが声を掛けてきた。
「ああ、ファルは助けに来てくれたな。お前はナニしてた······ってその子!?」
オルフと一緒に居るにはファルと、あの日オルフが連れて行った薄いピンク髪の少女だった。今日は大人し目な格好で、細く伸びた黒い蛇の様な尻尾が見えている。
「紹介するぜ、アシュティナだ。一緒に行動することになった。宜しくな!」
蛇尾の魔人種のアシュティナは、オルフに優しく肩を抱かれて紹介されると、「よろしく」と一言だけ挨拶をした。
「まったく、お人好しが過ぎるな。──エイルはそこのパーティーに入ったのか?」
「昨日からお世話になってる。ファルはこの前顔を合わせたな。オルフ、彼がリーダーのアレクスで、キール、ベルカノール、ミーアだ」
エイルはファルの質問に答えると、オルフにアレクス達を紹介した。
「オウ宜しく!え~と、アレクス、キール、ベルカノール、ミーア。アシュティナも同い年だから仲良くしてやってくれ!じゃあな、先行くぜ!」
列に並んで長話しをする訳にもいかないので、挨拶も早々にオルフ達は森へ向かって行った。
「アシュティナって子知ってる?」
「アレクス、学校に居たか?」
「いや、見たことないな。ベルとミーアも知らないとなると、北校か他の村かな?」
「スズちゃんは北区だから、アシュティナが北校なら知ってるかも」
トルレナは東西に走る大通りで北区と南区に分けて、北区と南区で通う学校が別れている。エイルはアレクス達に素性調査を任せて、オルフの事を多少は心配してやった。
ようやく受付のカウンターの前までやって来た。通常の依頼も掲示板に貼ってはあるが、どこのパーティーもそんなものには目もくれず、ギルドからのダンジョン捜索の依頼を受注するために並んでいる。
アンナとは別の受付嬢の所へ振り分けられ、今たどたどしい説明をしているのは、艶のある茶色の体毛の垂れ耳の犬型獣人の受付嬢で、この受付嬢はエイルも今日始めて見た。ダンジョン捜索が始まった事で、研修を繰り上げて駆り出されて来たのだろう。
無事説明が終わると、アレクスとキールそして受付嬢が、お互いに「頑張って」と声を掛け合っていた。この三人は同じ南校出身ということだった。
ダンジョン捜索に向かう前に、タングの店に寄っていくことにした。注文したものができていれば受け取りたいし、スズにアシュティナという子の事を聞かないと、皆んな胸がモヤモヤしたまま捜索に臨むことになってしまう。
店に入るとアルミナがミーアの靴を縫っていて、スズは槍に刃を砥ぎ付けていた。
「あらあら、早いわね。こっちは終わらないけど、スズの方はもうちょっと待ってくれれば完成するわ」
そして本当にちょっと待ったくらいで、スズの研磨作業が終了した。スズはエイル達に軽く挨拶をすると、柄に刃渡り20センチの穂先と角錐状の石突きを取り付けて、目釘の部分を銅板を巻いて隠し、銘を打った槍をキールに手渡した。
「おお!俺の槍だ!悪いなアレクス、先に特注しちまってよ!」
「スズちゃんが良い槍を作ってくれたお陰でキールが強そうに見える······。ほら、代金は自分で払ってくれ。──スズちゃん、スズちゃんは北校だと思うけど、アシュティナって蛇尾のある魔人種の女の子居なかった?」
スズは少し考えた後、困ったような表情でアレクスに答えた。
「アシュティナ?って子は、居たと思います。面識が無かったので、名前はちゃんと覚えていませんが、同い年で、蛇尾の女の子は彼女だけだったので」
「······なんか浮かない顔だけど、問題児だった?」
「その、噂ですけど······えーと、男の人と······お金を貰って、その······」
若者達は気不味い雰囲気になっているが、アルミナは「あらあら、そんな子がいたのね」と、流石に余裕がある。
「そんな子と一緒で、オルフさんは大丈夫なんですか?」
「大丈夫かって、オルフの頭がか?」
「違いますよお!からかわないで下さい!」
オルフを心配したベルにエイルが冗談を返すと、ベルは半笑いしながらエイルの肩を軽く平手で叩いた。
「ごめんごめん、オルフはあの子には真っ当に生きてもらいたいと思ったんじゃないかな?オルフも言ってたけど、会ったときに邪険にしないようにしてやってくれ」
ちょっと疑問を解決しようと思ったら、ちょっとハードな話しになってしまった。
代金を支払って晴れて自分の物になった槍を、キールは嬉しそうに担いで店を出た。お昼用の食料を買い出して、町の外でガルルと合流し、エイル達は今回の目的地へ向かう前に、町を囲む畑を抜けた先でブリーフィングを始めた。
「今回俺達が捜索するのはこの範囲だ。ここの範囲を、他のパーティーと協力してどんどん奥へ進んで行く事になっている」
アレクスがギルドから支給された、大雑把な地図を広げて概要を説明している。羊皮紙に描かれた地図にはトルレナの南の森林地帯の奥、普段は立ち入り禁止の危険区域まで一応描かれており、地図を格子状に区切り、左からA,B,C······H、下から1,2,3······8が割り振られている。
エイル達がオークナイトと遭遇したところがD1になっていて、D、EのラインはBランク以上が担当し、エイル達はCのラインを当てがわれている。この間のゴブリン退治の功績で、アレクス達はDからCランクに昇格していた。
「昨日までの捜索で、3の範囲までは捜索を終えた様だから、今日は4から始める事になった。やはりD、Eのラインは、オークナイトが目撃されている様だ。そして5からは危険区域に入って、大型の魔獣の領域に入る事になる。受付嬢からは赤の信号魔法を遠慮無く使うように言われている。また、赤を見たときは迅速に駆け付ける様にも言われている。以上だけど、何か質問はありますか?」
「無いぜ!早く行こうぜアレクス!」
キールは新しい得物の切れ味を早速試して見たいとウズウズしている。
「私も無いよ!でも危険区域の近くは、危ないからあんまり飛べないねー」
鳥人種が飛んで行って確認出来そうなものだが、大型の鳥型魔物も居るのだ。空戦能力は圧倒的に魔物の方が高いので、鳥型魔獣とは地対空での迎撃戦がセオリーになっている。
「エイルさんからは何かありますか?」
「いや大丈夫だ。今回はアレクスのパーティーのフルメンバーだな。先ずはお手並み拝見といこうかな?」
エイルの言葉にキールとミーアは、「任せておけ」とばかりに胸を張り、ベルも表情に力が入っている。
「よおし!行くぞみんな!」
高らかに声を上げて駆け出すアレクスに、畑の手入れをしていた人達が驚き、笑顔で手を振り送り出した。




