第39話 ドワーフの課題
翌日の早朝、エイルはいつもの様に目を覚ました。が、流石に王都には稽古をする場所なんて無いだろうと、上体を起こして腕を組んで首を傾げる。
隣のベルも体内時計で目が覚めてしまった様で、「おはよう」の挨拶を交わすと、何か可笑しくなって二人は笑い合った。
二人は寝間着から着替え、部屋を出てフロントへ向かう。フロントでは従業員が受付台に頬杖を突いてうたた寝をしていた。
床には木材が使われ、意図しない鶯張りの廊下は、気を付けて歩いても少なからず軋み音が出てしまう。一際大きい床の鳴き声に従業員が飛び起き身構えたところで、二人は散歩に行く旨を伝えて外に出た。
王都も眠らない街という訳では無く、普通に夜は眠る街だ。照明家電で煌々と照らさせいるなんて事は無く、油を使った灯台や蝋燭、豪快なところは松明で室内を照らしている。
そんな物を消費し続ける訳にもいかず、揺れる炎を見ていると案外眠くなるもので、宴会のお開きも早めだ。自分の身体と蝋燭一本の灯りさえあれば出来る仕事はその限りではないが───。
早朝の閑散とした大通りを目的地の王宮庭園に向かって歩いて行く。人の落とし物もいくつか有り、エイルもベルも顔をしかめる事になった。トルレナでは店の前の落とし物はその店が片付けるルールになっているが、果たして王都では誰が片付けているのか。
庭園は綺麗に手入れされた芝生が広がり、庭園内には木が一本も無く見晴らしは良好で、正面には王宮を眺める事が出来、その周りを囲む貴族家それぞれの趣きが滲む屋敷を楽しむこともできる。
地面には草が踏まれていた跡が残っており、その痕跡からベンチが置かれていたことが分かる。それもかなりの数で、日頃から多くの住民に親しまれていることが想像できた。
「エ、エイル······!あっちに行こう!」
「あ、ああ、そうだな。邪魔しちゃ悪いからな!」
庭園には冒険者風の男女の先客が居り、男は猫型の獣人で、袖から覗く腕は太く、背が高い恵体だ。女の方は蝙蝠の様な羽、飛膜翼を持った魔人種だった。
その女の方が、手を繋ぐエイルとベルを見つけると、男に抱き付き片脚を男の脚に搦めて口付けをせがんだ。エイル達は、ベルがエイルの腕を抱いて対抗しながら、そっぽを向いて散歩の続きに戻った。
「おはようございます」「おはようございます」
庭園を一周し終わり住民の姿が見え始めた頃、結局二組のカップルは挨拶を交わすことになった。
「冒険者の方かと思いますが、大会には参加されるのですか?(この男······デカイな)」
エイルがトラ柄の猫型獣人の男を少し見上げて話しかけた。
「そうです。あなた達も参加されるのですね!(この男、俺より小さいのに······ずっしりと構えて、まるでしっかりと根を張った木の幹の様だ。·······俺より小さいのに)」
男はエイルに答えながらも、エイルの鍛え上げた肉体を妬ましく思った。
「なによその角! カワイイ角飾り巻いちゃってさ! (何処の領の方ですか? 組み合わせが楽しみですね!)」
エイルより少し背が低いくらいの皮膜翼の魔人種の女は、男の腕にくっついたまま、顔には笑顔を作りながらも器用に強い口調でベルに言葉をぶつけた。
「えぇ······。えっと、お二人は何処の領の方ですか? 私達はアルトレーネです(何この女? 背が高くて······ズルい。それにピコピコ動いてカワイイ羽······羨ましい!)」
ベルはエイルの腕にくっついたまま無難に応対しながらも、目の前の女の服の端からスラッと伸びる手脚と、限りなく薄い青色の髪が掛かった自分よりも大きいだろうバスト、それと身体に対して小さめな可愛らしい羽に嫉妬してしまった。
「私達···あー、かったるいな! 俺達はディアフェロン領から来た! 済まないな、コイツはよく心の声の方が出てしまうんだ!」
「それは素直な方ですね。大会楽しみです! どうせなら決勝で! 良い試合が出来そうだ!」
エイルとベルはディアフェロンの二人と軽く挨拶を交わし、活気を取り戻してきた大通りを宿へ戻った。
皆で朝食をとり、その後はデュオセオスとキャロルは他の領の代表者の所へ挨拶に行き、医者の先生も王都の恩師の所へ行くと出て行った。
農地の柵の外で待つビオンの所へは、ミーアとオフィーリアが向かい。ドワーフ自治区には後の5人で行くことになった。
ジャラジャラと金属のアクセサリーを身に着け、嬉しそうな顔で歩くスズを先頭に大通りを中央の王宮庭園の方へ。中央区を囲むの環状通りを反時計周りに北区の大通りへ向かい、余所者には違いが良く分からない似たか寄ったかの道を歩いて行く。
デュオセオスが言うように北区の中腹まで来ると、軽快に鉄を叩く音が聞こえてくる。音が大きく聞こえる辺りで脇道を覗き、音を頼りに探検を進めて行く。スズがウキウキと先導して行くので「道を聞けば良い」なんて野暮は誰も言わなかった。
ドワーフ自治区は王都の北西区の中央に設けられている。タングもそうだが、ドワーフは表立った所に店を構えようとは思わない。それはエヴィメリアの北の山岳地帯に領土を主張するドワーフの国『ヴァシュタロット』の生活様式に起因している。ドワーフは洞窟を掘って住居とし、食料の確保以外ではそうそう外に出ない。日に当たりすぎると死ぬなんて事は無く、奥まった場所が好きな傾向にあるだけだ。
自治区の通貨はリィンとドワーフの通貨が使え、工房兼住居の建屋が多く見られ、その中には小規模ながら雑貨店や料理の露店も有り、一通りの社会生活が営める様になっている。その露天のひとつの店番のドワーフの女性が、エイル達を見上げてからスズへ視線を戻して声を掛けた。
「いらっしゃい······貴女は何処の娘さんかしら?」
「私は、アルトレーネ領のタングとアルミナの娘の、スズ·アーロイです!」
スズが自己紹介をすると、その女性は口をパクパクさせながらスズの所へ足早に歩み寄った。
「スズちゃんかい! 昨日クロムを助けてくれたって言う! 良く見ればアルミナにそっくりねえ! アルミナは元気? 私はニッケル。クロムの母で、アルミナの友人よ! みんな〜! スズちゃんよ! スズちゃんが来てくれたわよ〜!」
ニッケルが声を上げると、遠目に様子を窺っていたドワーフ達も集まり、建物の中の仲間を呼びにチョコチョコと走って行く者も居た。
人類の感覚ではドワーフの年齢は良く分からない。ただ男のドワーフは年齢に応じて髭を蓄える量が変わる様で、ツルツルの少年、チョビ髭の青年、口の周り、もみあげまで開通、全体の長さの違い等が見られ、何と無くだが年齢層は分かる。
お包みに包まれ抱かれているドワーフの赤ん坊はまるで妖精のようだ。ベルとイリシュも「かわいい〜」なんて言って赤ん坊をあやし始めた。
一際大きな建屋の中から、ぞろぞろとドワーフと研修中の人間種、魔人種の人達が出て来た。獣人種や鳥人種は毛や羽が燃えるのであまり火を扱う仕事はしたがらない。
研修生は10人で、自治区のドワーフは全部で104人。タングとアルミナの様に結婚や出産を期に、他の領へ自分の城を求めて移り住む物好きも居るが、本国と人員を遣り繰りしながら、自治区のドワーフの人口は100人前後を維持している。
「スズちゃーん!」
クロムがスズを見つけて抱き着いた。その周りには年の近い女の子が4人集まっていて、同族の同年代の女の子に気分が高揚したスズは、その全員と抱擁を交わしていった。
「ようこそ、スズ·アーロイ。私はインコネル·アーロイ、タングの父だ。タングとアルミナは元気かな?」
サンタクロースの様な白い髭を味わい深く煤で汚したドワーフの男、この自治区の長インコネルがスズに尋ねた。
「はい! 父も母も元気です! お父さんのお父さん······? 私の···」
「そうだ! おじいちゃんだ! アイツ等、連絡も寄越さん、顔も見せんとはな! だがスズ。良くぞ元気に大きく育ってくれた!」
祖父と孫はたどたどしく抱き合うと、しばらくお互いの温もりを確かめあっていた。
「おじいちゃん! これ、お父さんとお母さんからの手紙です」
インコネルがタングからの手紙を読んでいる間、エイルは工房の見学をさせて貰おうかと思ったが、いい加減な性格のタングの手紙の内容は簡潔に短く、一言二言の近況報告と業務連絡だけの手紙は直ぐに読み終わってしまった様だ。
「ふむ───エイルというのは貴方かな?」
「はい、そうですが······?」
「タングからの手紙に“知恵を貸して貰うと良い”と記されていてな。タングが引っ越す前から、我々が手を着けている案件があって、それが思うようにいかんのだ」
その案件とは馬車の乗り心地の改善だった。エヴィメリア王家からの依頼でもあり、車軸や軸受の素材の改善で耐久性や摩擦抵抗は減ったが、乗り心地の改善には及ばず、中々思う様な成果が上がっていなかった。
タングの耳にも未だに馬車の乗り心地が悪いという情報は届いており、「解決していないのなら、エイルに知恵を借りると良い」という旨の内容の手紙を送っていた。




