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魔法使いはとっくに来てた

作者: 瀬嵐しるん

シンデレラは、独りぼっちになってしまいました。

美しかった母とは幼い頃に死に別れ、優しかった父もまた、仕事で遠出をしている最中に亡くなったのです。


立派な屋敷はありますが、家族はいません。

父の後妻である継母と連れ子の義姉二人は、とても家族とは呼べないのです。


「シンデレラ、今日からお前は屋根裏へ住むのよ。

使用人はお金がかかるから、全員解雇。

屋敷の中も外も全部、お前一人でなんとかしなさい」


「はい、お義母さま」


「まあ、お前はもう使用人なのだから、奥様とお呼び!」


「はい、奥様」



シンデレラは一日中働き、屋敷の全ての仕事をこなします。


最初は失敗して叱られたものの、すぐに要領を覚えました。

ひと月もすると、食事は前以上に美味しくなり、掃除も行き届くように。

ドレスにはほつれ一つなく、靴はぴかぴかです。

やがて、文句の付け所を失った三人は、ただただ居心地のいい生活を満喫するようになりました。



それから一年後、王城から舞踏会の招待状が届きました。


「シンデレラ、私たちを最高の淑女にしなさい」


「はい、奥様、お嬢様」


シンデレラは三人分のドレスと靴とジュエリーを用意し、当日は彼女たちの着付けを完璧にこなしました。


「では、行ってくるわ」


「行ってらっしゃいませ」


ケチな継母も、今日だけは馬車を御者ごと借りました。

磨けば光るシンデレラを、王城に近づけるわけにはいきません。




継母に見守られ、義姉たちが王城の広間でダンスに興じていると、にわかに入口が騒がしくなりました。


「まあ、どちらの王女様?」


「見たこともない方だ」


「なんと美しいお姫様!」


真珠のように輝くドレスで入場したのは国で一番美しい娘、シンデレラ。


継母は、すぐにその顔を見て気が付きました。


「シンデレラ、お前……」


咎めようとしたその横を、王子が疾風のごとくすり抜けます。


「美しい方、どうか私とダンスを」


シンデレラは優しく微笑んで、王子の手を取りました。


二人の息の合ったダンスは会場中を魅了し、皆、ため息をつくばかり。

二曲、三曲と二人は踊り続けます。



楽団が演奏を止めた時、王子はシンデレラに跪きました。


「愛しき姫君、どうか、私の伴侶に」


「喜んで」


満場の拍手の中、継母が慌てて進み出ます。


「王子様、お待ちください!」


「貴女はどなただろうか?」


「その娘の義理の母でございます」


王子はシンデレラに向き直ります。


「本当か?」


「いいえ。そのご婦人は、たしかに亡き父の後妻ではありましたが、わたしの母ではございません」


「どういうことだろう?」


「父の死後、その方は、わたしを使用人として屋根裏に住まわせ、屋敷の仕事を全て一人でするように申し付けたのです。

名を呼ぶ時も、奥様と言うように命じられました」


「なるほど、それでは母とは呼べない。

これ以上、水を差すなら容赦はしない。すぐに立ち去るがよかろう」



青くなった継母は、義姉を連れて家に戻ります。

何がどうなっているのか、どうしてシンデレラは美しいドレスで舞踏会に出られたのか。

疑問に思って屋根裏部屋へ行ってみると、粗末なベッドでは老婆が高鼾で眠っていました。


「これは、どういうこと!? お前は誰なんだい?」


老婆は起き上がり、継母をじっと見ました。


「おや、あの子が帰ってこないってことは首尾よくいったんだね。

おめでたいこと」


「何がめでたいものか! 知っていることを、さっさとお話し!」


「おやおや、あたしが引導を渡す役目かい?

まあ、ものはついでだ。話してやろう」


老婆は全てを教えました。



実は老婆は魔法使い。

以前、シンデレラの産みの母に親切にしてもらった恩返しを、いつかその娘にしようと思っていたのです。


父親が亡くなり、継母たちから使用人同様に扱われていると聞いて、助け出そうとしたところ……


「シンデレラに断られたんだよ」


シンデレラは、老婆が魔法使いだと知ると、魔法を教えて欲しいと頼み込んだのです。


「屋敷中の仕事を片付けるなんて、人間業じゃ無理さ。

けれど、魔法の練習にはおあつらえ向きだ」


執事にメイドにコックに庭師。何人分もの仕事を、ただの娘が一人でこなせるわけがないのです。


「お前さん、あの子の仕事ぶりを、少しも不思議に思わなかったのかい?」


継母には返す言葉がありません。



一年間の修行を終え、シンデレラは立派な魔法使いになりました。


「シンデレラには人一倍、魔法使いの才能があった。やる気も負けん気もあった。だけど、お前さんが無理難題を言わなければ、こんな短期間ではマスターできなかっただろう」


継母は、もう怒る気力も出ませんでした。


「さて、シンデレラは王子妃になった。こんなボロ屋に未練はないだろう。

あとは自分たちで面倒見るがいいさ」


そう言うと、魔法使いの老婆は姿を消しました。



シンデレラのかけていた魔法はすっかり解け、屋敷はボロボロ。

素敵なドレスもジュエリーも、ごみ同然になってしまいました。


継母も義姉も途方に暮れるばかりです。

誰一人として料理どころか竈の火ひとつ熾せません。

洗濯どころか水汲みさえ出来ないのです。

それでも他に行く当てもなく、罵り合いながら暮らしていくしかありません。



一方のシンデレラは、自分の魔法で誂えたドレスです。

十二時過ぎても消え失せるどころか、ますます美しく輝きます。


ところが王子の方は善は急げと、とっとと自分の部屋に彼女を連れ込みました。部屋のテーブルには婚姻誓約書が置いてあり、二人でサインをすれば準備万端です。


しかしシンデレラは冷静です。ちょっと待ってと事の次第を告白しました。



「君が魔法使いなんて!」


王子は驚き目を瞠ります。

けれども、すぐに目を細め、愛しい妃を抱き寄せました。


「美しく思慮深く、正直者で努力家で魔法使い。これ以上の花嫁がいるものか!」


無事に二人はサインを終え、王子はシンデレラを抱き上げて寝室に飛び込みます。



その後も王子の想いは募るばかり。長い生涯の間も情熱が失われることはありませんでした。

お陰で王家は子だくさん。

それでも家族は仲が良く、継承権で揉める気配すらありません。


幸福な二人は国王と王妃となっても仲睦まじく、穏やかに国を守りました。


シンデレラが魔法使いだということは二人だけの秘密です。

彼女は、家族と国の困りごとにだけ、その力を内緒で振るったのでした。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 自分で幸せをつかみ取るシンデレラがいいですね。 [一言] シンデレラのお話は子供の頃、苦手でした。 魔法使いに王子さま、本人は大した事せず、誰かに幸せにしてもらうシンデレラのお話に反発を覚…
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