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隠者のユウは隠居ができない  作者: 宮之内誠治
第一章:伝説の始まり
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七話:冒険者の諍い

7話、ジョーとのやり取りを修正しました。2022/06/06



 食事の前に冒険者ギルドに報告へ行く。

 扉を開けて中に入れば、大勢の冒険者が食事を摂っていた。ガヤガヤした状態に臆しつつも料理の匂いに腹の虫が鳴る。今すぐ食事を摂りたいが我慢して受付の場所で書類整理中のナナさんに声を掛けた。

「どうも、依頼を終わらせてきました」

「お疲れ様です。討伐対象の死体、または素材はお持ちですか?」

「はい、持ってます」

「では、隣の解体場へ行きましょうか」

 ナナさんに連れられて以前通った通路を通り、冷蔵庫の間にある場所で止まった。仕事中のようで、何人かの作業服を着た人間が動物を解体していた。

「以前通ったと思いますが、ここが解体場です。討伐依頼の場合、依頼書と討伐した死体か素材をここで確認して依頼完了とします。なお、死体も素材もここで売却が可能です。素材の場合は解体費用から差し引いた額となります」

 ナナさんの講義が終わると、昨日会釈した中年の男が近づいて来た。作業服に乾いていない血が着いていて、少しビビる。

「あんたは昨日の奴だな。俺はザックス。ギルド職員で解体部長をしている。ギルドマスターのゼロスから昨日の話を聞いた。期待の新人冒険者なんだって? 依頼はやってきたのか?」

「あ、はい。ウルフ討伐の依頼を」

「よし来た。出してくれ」

 とりあえずマントの裏から出ているように見せかけて一匹ずつ出す。どれだけ狩ったか覚えていないが、状態のいい奴は軽く数十はあった気がする。損傷の激しいものや焦げたウルフはインベントリの肥やしになるだろう。

 どんどん出していくと、段々と解体部長のザックスと傍で眺めていたナナさんの顔が困惑した表情になっていく。

「ちょっ、ちょっと待った!」

 待てと言われたので出すのを中断する。数を確認すれば、三分の二くらいある。

「一体、どれだけ狩ったんだ?」

「・・・まだまだあります」

「・・・分かった。ここじゃあ手狭だ。大型倉庫に移動してくれ」

「これは?」

 と出したウルフの死体を指さす。

「そいつは置いといていい。数は覚えてる」

 ザックスさんは紙とペンを取り出し、スラスラと数字とサインを書いてウルフの山にぺたりと張り付けた。

 大型倉庫へ移動し、残りを出す。

「これで終わりか?」

「はい」

 ザックスは山に近づいて入念に観察する。

「・・・どれも頭部か首を一撃。時間も経っていない。素材としての状態がいい・・・これなら高く買い取ろう」

 同じようにウルフの山に数字とサインを書いた紙を張り付けた。

 そして俺に向き直った。

「依頼書を出せ。討伐完了のサインをする」

 依頼書を差し出すと、さっきとは違う赤色のペンで討伐数と解体費用、素材単価とサインが書かれ、返される。

「これで受付の職員に渡せば依頼は完全に終わる」

「ということで、依頼書を受け取ります」

 付いて来ていたナナさんに渡すとその場で拝見され、苦笑された。

「ちょっと討伐数が多過ぎますね。今回は見過ごしますが、狩り過ぎは生態系への影響もあるので控えてくださいね」

「あー、はい。ごめんなさい」

「はい、では依頼完了です。報酬を渡しますので、受付に戻ってください」

 ギルドの方に戻って受付の前で待つ。ナナさんが領収書と一緒に報酬を渡してくれる。金には困っていないのでどちらも懐に仕舞うようにインベントリに突っ込む。

 それから少し空き始めたフロアの隅のテーブルに腰を折ろし、恐る恐る手を挙げて活気のあるウェイトレスに声を掛け、水とおススメ料理を頼んだ。食い逃げ防止の為かその場で支払いを請求されたので支払う。注文が何事もなく出来て安堵した。

 食事が運ばれてくるまでのんびり待っていると、厳ついおじさん冒険者が傍に立った。それも三人。真ん中の一人が最もごつくて一歩前にいて、二人が取り巻きとすぐに分かったが、三人とも人相が悪くて雰囲気的にもあまりいい人には見えない。

「お前が隠者のユウだな?」

「違います」

 関わりたくないので即否定したら、沈黙が流れた。

 ごつい男が聞きもせずに傍に座り、向かい側に取り巻きの二人が座った。ニヤついた笑みから悪意が窺える。

「・・・もう一度聞くが、隠者のユウなんだろう?」

「・・・そうですが?」

 斜に構えてこいつらの動向に警戒する。

「俺はジョーってもんだ。ギルマスを負かしたって話だが・・・どんな取引をしたんだ?」

「していない」

席を立とうとすると腕を掴まれて止められる。

「まぁ待てよ。ギルマスを負かしたというのは本当だとしよう。だが、宴会代をポンと払うとは・・・あんた、何処かの貴族様じゃあないか?」

「・・・ただの旅人だ」

 その答えに、ジョーはわざとらしく頷いた。

「そうかい」

 ジョーが手を挙げ、おい、とウェイトレスを呼び寄せるとエールを四人分頼んだ。エールだけの注文なのですぐに並々と注がれたエールのジョッキがテーブルに置かれた。

「ほら、先輩から歓迎の酒だ。飲め飲め」

「・・・・・・」

 疑いながら進められたエールのジョッキに手を掛けると、いきなりジョッキの底を持ち上げて中身を顔にぶっかけて来た。エールが目と鼻に入り、沁みる目を擦りつつむせ返る。

傍では三人が下品に笑っている。

「ほら、追加の歓迎だ」

 さらに頭にエールを掛けられ、流石の俺も鬱憤が貯まる。

「・・・・・・」

 ・・・新人いびりか。そんなに俺が気に食わないか?

 他の冒険者が動くかどうか振り向いてみるが、皆すぐに気まずそうに顔を逸らした。傍で食事中のギルマスは無言のジェスチャーで抑えるように伝えて来る。

 仕方なく抑えて、魔法で水の塊を作り出して全身に被って洗い流すと、三人から笑みが消えた。周辺から物音が消えて俺に注目したが、すぐにいつも通りに戻った。

 彼の目線が俺の片刃の剣に向く。

「いい剣だな。ちょいと見せてくれよ」

 剣に向かって腕を伸ばして来たので、柄頭に手を置いて抜かれるのを阻止する。ジョーが頑張って引き抜こうと力を入れているが、抜かせない。

「勝手に触るな」

「いいじゃねぇか。減るもんじゃねぇだろ?」

 睨み合いの末、根負けしたジョーが舌打ちをして手を離した。

 直後、注文していたオススメ料理の魚定食が届いた。

 さて食べようとしたところで、ジョーが手で塞いできた。

「おっと、調味料がまだだぜ」

 そう言ってペッと料理に唾を吐いた。取り巻きの二人も唾を吐いた。再び下品に笑う。

 俺は某戦争映画の食事シーンを思い出しながら、どちらが上か分からせてやることに決めた。

 立ち上がり、笑うジョーの腕を掴んで素早く後ろに回して関節を極める。

「うっ!?」

「やるか、この野郎!」

「痛い目に遭わせてやる!」

 取り巻きが立ち上がって動いたので、テーブルを回り込んで来た所を蹴りで倒し、もう一人の拳を避けてそのままクロスカウンターを決めた。

力は抜いているので取り巻きの二人はすぐに起き上がるが、ギルド内は既に静まり返り、俺たちに注目が集まっていて手出ししようとはしなかった。誰もが動かない中、食事を摂っていたギルドマスターが立ち上がって声を上げた。

「みんな、俺が対処するから気にせずに続けてくれ」

 まるで気を紛らわせるように明るい曲が流れ出し、ガヤガヤと雑談が飛び交う。そんな中で険しい顔をしたギルドマスターが近づいて来る。これでその場での反撃は無いだろうと判断して、ジョーに掛けた関節技を解いてやる。

「ユウよ、何があった?」

「・・・剣に触れて来た。それに、飯を台無しにしてくれた」

「あー・・・そうか。おいお前ら、何故手を出した?」

 ジョーが極められた腕をさすりつつ答えた。

「気に食わねぇんだよ。新人の癖にギルマスのあんたに勝ったらしいし、宴会代でポンと払った。冒険者は道楽じゃねぇ!」

「ジョーさんの言う通りです!」

「それに、先に手を出したのはそいつですよ!」

 ジョーと取り巻き二人の言い分に、ギルドマスターは首を横に振った。

「俺は昨日言ったし、今日の朝も業務用の掲示板に張り出して知らせた。『隠者のユウには手を出すな』と。ユウは明らかに手加減している。下手したらお前ら死んでたぞ?」

 ギルドマスターの言い方が悪かったようで、ジョーは俺を指さした。

「だったら、そいつと決闘をさせろ! どちらかが降参するか、気絶か死ぬまで戦って決着をつける。それでいいだろう?」

 それでもギルドマスターは首を横に振った。周囲がまた静かになっている。

「駄目だ。ジョー、あんたはギルド内でも優秀な冒険者だ。引退させたくはない」

「あんたと互角のCランク冒険者である俺が言ってるんだぞ!」

「その互角の俺が戦って駄目だと判断したから言っている。分かってくれ」

「いいや、駄目だ! そこまで言うなら、俺は今ここであんたを超えていることを見せてやる!」

 ここでギルドマスターに負けられるのはちょっと後々のギルドの利用に差支えがあると判断した俺は、ギルドマスターの横に立ってちょいちょいと肩を叩いた。

「ん、何かね?」

「戦いますよ。あそこまで言うなら」

「・・・いいのか?」

「ええ、まぁ・・・流石に死なせたら不味いですか?」

「ああ。ギルドマスターが許可したとはいえ、死なれると処理が面倒だ」

「ですよね。で、何処でやれば?」

「玄関先でいい」

 許可は出た。心地よい緊張を抱きつつジョーに言う。

「ということだ。やろうか」

「ふん、俺の実力を見せてやる」

 外へ出る。野次馬も外に出てギルド前の通路は冒険者で埋まった。こういう事態もなくはないのか、賭け事まで始める輩もいる。ギルドマスターもギルド職員の一部も興味があるのかしれっと野次馬に混じっている。レフェリーはウェイトレスだ。

「それでは準備はイイですか?」

 とペンをマイク代わりに俺とジョーに問い掛ける。

 ジョーは両手に握った手斧を構える。実力に自信を持っているだけあり、構えに隙がない。

 ・・・わざわざ付き合う必要は無いな。

 懐から取り出すふりをして、石ころを一つ取り出す。魔法を付与し、即席の閃光玉を作成した。

 石ころしか出さない俺に対し、ウェイトレスは少し戸惑いつつ宣言した。

「えっと、準備は出来たみたいなので・・・はじめ!」

 始まった瞬間、俺は動作無しで石ころを光らせる。目を閉じてさえも強烈な光が分かる。一瞬の光が終わった瞬間、何も持っていない手を銃の形にして圧縮した風の弾丸を頭部に撃つ。ジョーは吹き飛んで頭から倒れる。俺は弾丸を撃ちつつも近づき、動かなくなるまで撃ち続けた。

 そして、野次馬やレフェリーの視界が戻る前に決着はついた。

「・・・しょ、勝者! 隠者のユウ!」

 レフェリーのウェイトレスの勝利宣言にも関わらず、全員、何が起こったか分からなくて興奮もしないようだ。むしろ俺に対して一種の恐怖が生まれているのを感じた。

 周りが沈黙している中、この場を纏められる立場のギルドマスターが咳払いをし、一歩前に出た。

「・・・まぁ、そういうことだ。今後彼には変に絡まないでやってくれ。死にたくなければな。ほら、戻った戻った」

 促されるままに野次馬は散っていく。俺も食事に戻ろうとしたら、ギルドマスターに止められた。

「ユウ、君が低いランクでいるのは色々と不都合過ぎる。君の覚悟次第だが、特例として高ランクへ一気に上がれる依頼を受ける気はないか?」

 正直、もうちょっとのんびりしていたいのだが。

「・・・そっちが、それでいいのなら」

 わざわざこちらから関係を崩していく必要性はない。

「よし。特例の依頼は色々と関係者への協議の必要性があるのでな、数日は掛かると思っていてくれ。その間は他の依頼を受けても良し、のんびり寛ぐでもいい」

 話が終わってギルドマスターも戻って行く。

 俺もギルドの中に戻り、再度オススメ料理の魚定食を注文してようやく昼食にありつくことが出来た。

 さっきは魚定食をしっかり見れなかったが、メインの魚がどう見ても鮭だった。カリッと焼かれた鮭は塩辛くはなく、純粋な鮭の旨味がある。

 拳サイズのパンは鮭に合わせたようなあっさりとした味わいをしている。

 サラダはシャッキリしていて何もかけずに食べることができ、鶏ガラを使った野菜スープもパンに合う。

 総じて中々に美味い。が、塩はともかく胡椒や香草類は贅沢品に当たるのだろうか、味に細やかさが無く工夫の余地があるという結論に至った。ただそれを言うのは野暮というもの。

 俺は支払いを済ませてギルドを出た。


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