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隠者のユウは隠居ができない  作者: 宮之内誠治
第一章:伝説の始まり
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五話:身分証作り

 


 話が終わってしみったれたこの状況が嫌で、俺は気の利かないことを自覚しながら訊ねた。

「あー・・・こんな時に聞くのはアレだと思うけど、身分証ってどうやって作るか知ってます?」

「・・・身分証? ああ、旅人でしたね。冒険者として登録すれば、その日食べる分くらいは稼げますよ。商人は・・・商売を始めないといけないのである程度の資金が無いと、登録もさせて貰えません。あとは、衛兵か騎士になれば、身分は保証されますよ。ただ、公募されている試験は難しいと言われています」

 聞いた感想は定番、の一言だ。

「じゃあ、冒険者にでもなるか。旅人とそう変わらなさそうだし」

「冒険者登録をするなら、ギルドに行ってください。この街の南側にある筈です。盾と色んな武器が重なった看板が出ていて目立つから、すぐ分かるわ」

「そうですか。ではちょっと行ってみます。駄目ならまた戻ってきますので、その時は相談に乗ってください」

「ええ、いいわ。あと私の名前はロザリーよ」

「いい名前ですね。では、行って来ます」

 彼女たちの家を後にし、どっちが南だか分からないが観光ついでに町の中を歩き回った。太陽の位置から仮定を作って歩いた結果、方向は合っていた様ですぐに見つけた。

 木造の大きな酒場のような雰囲気で、看板は聞いた通りの盾と色んな武器が重なったもので、でかでかと貼り付けらている。他にもその模様の旗が提げられ、役所的な厳かな印象に尻込みしてしまう。

 大丈夫、行ける、大丈夫、問題なく済ませられる、行ける・・・よし、行ける。今だ、行くんだ!

 脳内で奮い立たせて深呼吸をしてから、覚悟を決めて扉を開けて中に入る。外の見た目と同様に大きめの酒場のようだが、お昼も過ぎた時間の為か人はそんなにいない。色んな武装をした人たちが見慣れない俺を見て、特に目を引くような奴でもないと判断したのかすぐに興味を無くした。

 出来るだけ変な目で見られないように歩き出し、カウンターの向こうで事務処理をしている女性に咳払いをして声が出ることを確認してから声を掛けた。

「すいません、ここは冒険者ギルドで合っていますか?」

「ええ、合っていますよ。何か御用ですか?」

「冒険者になりたいんですけど・・・」

「では、こちらの書類のここと、ここと、ここ、あとは・・・はい、今記した場所を書いてください。書き終わったらこちらに渡してくだされば、確認の上、登録させてもらいます」

 書類とペンを渡され、俺は人のいないテーブルに座って書類を見る。

 冒険者新規登録と書かれていて、名前、性別、年齢、職歴、犯罪歴、所持技能に印がされている。

 名前か・・・ユウだな。姓も書かないとダメなのか・・・? まぁいいや。

 性別・・・男だな。やっぱり魔法の世界だから、性別を偽る人間もいるんだろうか。

 年齢は・・・32。多分、おそらく。

 職歴・・・旅人。とだけ書いておこう。

 犯罪歴・・・なし。

 所持技能・・・魔法が使える?

 書き終えた俺はさっきの人に渡した。

「では確認します。名前はユウ、男性、32歳・・・本当に?」

 顔を上げて見つめられるが、一度死んだ身だから正直なところあんまり自信が無い。

 彼女は顔を見るのを止めて確認に戻る。

「・・・職歴、旅人。犯罪歴、なし。所持技能、魔法が使える? 本当に使えるんですか?」

「まぁ、どれだけ使えるのか、正直分からないんだけどね」

「では、この場で見せていただけますか? どれだけ出来るかは考慮されませんので、安心してください」

「あー、じゃあ・・・」

 光る球体は、夜の実験のことがあるから、出すのはちょっと。

 火は、ここ木造だし・・・。

 なら・・・これかな?

 気合を入れて、今手を置いているカウンターに魔力を注ぎ、木の成長を強引に促して枝葉を生やさせた。

「わわ、こんな魔法初めて!?」

 反応から俺の選択した魔法は間違いだったようだ。作業していた他の事務員も手を止めて驚愕の目をしており、背後の人たちからはざわめきが起こっている。

 ああ、手から水でも出しときゃ良かった・・・。

 ありきたりで安全な魔法を後から思いついて、俺は現状を後悔しつつもうどうにでもなれと、流れに任せることにした。

「まぁ、アレだ。旅をしつつ魔法の研究をしていた。ある程度目途がついて暇になったから、こうして町に来たんだ」

 よくもまぁここまで事実を混ぜた嘘をポンポン言えるなぁ・・・。

 そんな俺の言葉に、目の前の彼女は納得したらしい。

「そうだったのですか。それなら冒険者になっても仲間には困らないでしょうね。冒険者カードを作成しますので、こちらの石板に血を少し頂けますか?」

 傍にある石板にカードがはめられ、小さなナイフを渡された。

 手か指を切れと? 採血の方がマシだな・・・。

 怖がっていても進展しないので、心を無にしてサクッと指を切って石板に血を垂らす。

 すると石板が光り出し、石板に彫られた溝を通って光がカードの方へ移っていき、カードが変質した。そこには免許証のような顔写真付きのカードが出来上がっていた。

 それを彼女が手に取り、確認する。

「うん・・・うん? 職業:隠者・・・大変!!」

 カードを持ったままカウンターの奥へ慌てて行ってしまった。呆気に取られて待っていると、今度はでかい剣を担いだ禿の大男を連れて戻って来た。

 そして紹介する。

「こちら、ギルドマスターのゼロスさんです」

「君がユウくんだね。まずは職業:隠者とは何か軽く話しておこう。隠者とは、魔法使いの最上位職である賢者と同等の実力を持ち、伝説の職業の一つとされている。隠者が現れるのは時代の転換期だとも言われている。ここまではいいかい?」

「はあ・・・」

「そこで、ギルドマスターとしてお願いしたい。君の実力を確かめたい」

 さっきの後ろのざわめきがさらに大きくなった。

 大事になって来て、嫌だな・・・。

「拒否権は?」

「ある。が、この状況で実力が分からないとなれば、挑戦する人間が出ないとも限らないだろう」

「分かった。やればいいんだろう? でも期待しないでもらいたい。俺はそんなに強くない」

「そんなこと、戦って判断するさ」

 付いて来てくれ、と言われたのでカウンターの裏に回って付いて行く。通路を通ったかと思うと、今度はギルドの裏口に出て、隣の建物に入った。食肉加工場のような場所だ。

 そこで椅子に座って大きなナイフを研いでいる中年の男がギルドマスターに声を掛けた。

「ゼロスか。こんなところに来るとは珍しいじゃないか」

「ちょっと用事があってな。奥の大型倉庫、少し借りるぞ」

「ん、おう」

 奥に行くギルドマスターに続く。すれ違う時、男に会釈しておく。

 着いたのは大型倉庫と呼ばれる場所で、薄暗い。ギルドマスターが壁の大きめの魔石に魔力を込めると、天井や壁に等間隔に埋め込まれた魔石が魔法の光を放ち全貌を見せる。大きな船が一隻入るんじゃないかというくらいの大きさだ。ただ、何かしらの別の機能でも働いているのか吐息が白くなるくらいに寒い。

 大型倉庫・・・寒い・・・冷蔵庫だコレ。

 合点が言った俺は、戦うよりもさっさとこの場から抜け出したいと思った。寒くて体を動かす。

 ギルドマスターは少し離れた場所で担いでいる大剣を引き抜いて構えた。

 あっ、ずるい。手袋してる!

「さあ、準備はいいか? 行くぞ! うおおおおぉぉぉぉ」

 ・・・来させねぇよ?

 戦いよりも暖を取りたい想いが爆発し、自身を魔法でコーティングしつつ自分の周りを床から吹き出る大火力の炎で覆いつくした。轟々と燃え盛る炎は天井近くにまで達し、俺は火傷をすることもなく暖を取りこの部屋の寒さを消すことに成功した。

 はあ・・・あったけぇ。

 充分に温まったので炎を消すと、俺の周りの床は黒く焼け焦げ、ギルドマスターは尻餅を着いて唖然としていた。

 そして、負けたとばかりに大いに笑った。

「はっはっはっはっはっは! これが賢者・・・いや、隠者の実力か。まさに伝説! 凡人の俺では近づくことすら敵わんか」

「・・・大丈夫です?」

「ああ、大丈夫だ。実力は分かった。他の者が手を出さないよう、俺の方から言いつけておく」


 ギルドマスターと一緒に冒険者ギルドへ戻ると、他の冒険者からどっちが勝ったのか、勝負を挑んでみたいとかでざわついた。

 お前ら、とギルドマスターが声を上げると周囲が一斉に静まる。

「この話題はもう終わりだ。こいつに勝負を挑みたいなら、まずはこの俺に勝ってからにしろ! 以上だ」

 役目は終えたとばかりに、ギルドマスターはカウンターの奥へ引っ込んでいった。

 静まり返る中、受付をした事務員の彼女がギルドカードを渡して来た。

「騒動はありましたが、まずはご挨拶を。私はギルド職員の事務をしているナナです。ようこそ、冒険者ギルドへ」

 定番の挨拶が終わった途端、冒険者の中のノリのいい人間が急に音楽を奏でだす。

 宴だ、酒だ、と騒ぎ出してガヤガヤ五月蝿くなる。ウェイトレスが慣れた動きで注文を取り始め、ギルドの受付の何人かがウェイトレスに着替えて登場し、気付けばまだ日が沈んでもいないのに飲めや歌えの大騒ぎ。

 ビールか、エールか、どちらか分からないが黄金色で炭酸を含む液体の入ったジョッキを渡されて他の冒険者に絡まれ、パーティを組まないか、とか。さっきの戦いはどんなだった、とか。どんな肉が好きかとか。魔法で芸の一つでもないのか、とか他にも他愛のない質問が飛んで来た。

 逃げ出せず流れに身を任せて適当に質問に答えながら手に持っているジョッキを飲む。中身はどうやらエールのようで、じっくり飲むなら丁度いい。誰が奏でているのだろうか、この明るく陽気な音楽が心地いい。大勢は嫌いだが、皆が笑っているこの状況は嫌いじゃない。

 ある程度時間が経って自由に動けるようになったところで、受付のナナさんの所へ向かう気になることが幾つかあったからだ。

 ナナさんの方が早く俺に声を掛けて来た。

「ああ、ユウさん。ごめんなさいね。冒険者の皆さんは騒ぐのが好きなんですよ。悪い人たちじゃないですから、怒らないで上げてくださいね」

「いや、私はこうしてみんなが楽しそうにしている状況、意外と好きなんです。ところで、この宴の支払いはどうなっているんです?」

「参加した人たちの折半ですね。参加した人はギルドが把握して後日請求するので、嫌ならギルドから出るのが一番です」

「そう。じゃあ次の質問。寝泊まりする場所ってあります?」

「冒険者なら、冒険者用の宿が幾らかあります。宿泊代金は規定があるのでどの宿もほぼ一律ですから、幾つか当たってみるといいですよ。あっ、この紙を差し上げます」

 何枚かの紙を渡される。一般向けの冒険者の店の名簿のようで、一枚目は一覧になっていて、二枚目以降は宿の詳細が書かれている。一覧には店の名前とエンブレム、その主人の名前と住所、現在所属している冒険者の数と所属最高ランク、依頼受諾数と達成数が記されていた。そして一つの点に気付く。冒険者の宿の名簿は冒険者の所属人数と所属最高ランクとで凡そ比例しているようだ。

「ありがとう。探してみるよ。あとこれ、宴会代」

 とポケットを弄って大金貨一枚を取り出してカウンターに置く。

 ナナはすぐには受け取らなかった。

「・・・ちょっと、払い過ぎですね。新人冒険者が全部払うなんてやめた方がいいですよ。集られるのがオチですから」

「それもそうか。じゃあ、こっちで」

 大金貨を仕舞い、代わりに小金貨一枚を取り出した。これなら許容範囲だったようで快く受け取ってくれた。

 冒険者ギルドを出ると日が傾き暗くなり始めていた。営業時間がいつまでか分からないが、せめて今夜寝る場所でも確保したい。だからこそ俺は絶対確実に泊まれるであろう、宿の一覧で一番下の不人気そうな冒険者の宿へ向かう。だが如何せん土地勘が無いから全く分からず、結局、ロザリーさん宅に再度訪れ、冒険者の宿の場所を聞くことになった。

 玄関をノックすると、エリーが出迎えてくれた。

「あっ、ユウさん。どうしたんですか?」

「やあ、冒険者として登録を済ませてね。宿を探してるんだが、場所が分からなくてね。教えてくれないだろうか?」

「うーん、私も有名な所しか分からないかな。お母さんなら知ってるかも」

 奥へ行くので、お邪魔する。寝室ではなく台所で、そこではロザリーさんがエプロンを掛けて俺が作った料理の幾つかを温め直していた。

「お母さん、ユウさんが戻ってきました」

「どうも」

「何かお困りですか?」

 開口一番そう問われ、事情を話した。

「冒険者登録を済ませたは良かったんですけど、土地勘が無くて・・・冒険者の宿が何処にあるのか見当もつかないんですよ」

「そうですか。何処の宿を探しているのです?」

「えっと、ここですね」

 一覧を見せつつ指さしたのは、一番下の冒険者の宿。ロザリーは一瞬驚いた顔をし、すぐに笑って答えた。

「・・・ふふっ。地図を書きましょう。エリー、ペンと紙を」

「はい」

 温め直すのを中断してササッと地図を描いてくれた。ロザリーさんの家から目的地の宿までの道のりが分かりやすく簡潔に描かれている。だが、宿にしては少し奥まった場所にあるように思う。

「ありがとうございます。では、時間も無いのですぐに行って来ます」

「ああ、着いたら店主に言っておいてくれますか? ロザリーの病気は治ったので、復帰します、と」

「了解」

 伝言を預かり、俺はロザリー宅を出た。日の入りまで時間が無いので足早に移動して地図の場所へ向かった。大通りを外れ、地元の住人が使うような静かな細道を歩いて、さらに奥のちょっとした隠れた名店があるような場所に目的の宿は建っていた。

 美しい漣を象ったエンブレムが特徴の冒険者の店だが、場所が場所だけに大人の店のように思えてしまう。人気は無いが、嫌な感じもしない。

 人の目もないのでそれほど緊張したりはせず、軽く深呼吸し、しっかりした足取りで扉を開けた。

 カランカラン、と乾いた呼び鈴が鳴って来店を知らせるが、店内に人気は全くなく、テーブル席には誰もおらず、正面のカウンターには店主と思われる人物が酒瓶を傍に腕を枕にして寝入っていた。

 冒険者0人の宿に来たのだから予想はしていたが、店主と思われる人間が寝ていたのは想定していなかった。店内を見渡して綺麗であることを認識しつつ、恐る恐るカウンター席に座って店長の肩を叩いた。

「・・・うあ?」

 浅い眠りだったようで、すぐに涎が垂れた寝ぼけた顔を上げた。やつれているが、随分と美人だ。

「おはよう」

「・・・・・・おはよう」

「どうぞ、先に顔を洗って来て下さい」

「ええ・・・」

 彼女は俺がいることに違和感もなかったのか、促されるままにカウンター裏の奥の部屋へ行ってしまった。

 それから十秒ほどして、顔を濡らしたままの彼女が慌てて戻って来た。

「あなた誰!?」

「どうも、ユウです。冒険者として来ました」

「えっ」

「まずはここで一泊。ここに所属するかは数日様子見で決めたいのですが、いいですか?」

「え、ええ・・・いいわよ。でも今、食事に出せそうなものは酒の摘みぐらいしかないけど」

「大丈夫です。さっきギルドで散々飲み食いしてきたので。宿泊代はこれで足りますか?」

 ポケットを弄る振りをして、大銀貨を二枚ほど出してみる。

「・・・素泊まりなら少し多いかな。私は店主のルナ。短い付き合いかもしれないけどよろしく」

 一枚は受け取って一枚は返された。

「こちらこそ」

 返された一枚を仕舞う。きちんとした挨拶も済ませたので、俺は立ち上がる。

「ルナさん、寝る部屋はどこにあります?」

「こっちの階段を上がった通路の部屋、全部がそうだよ。トイレは階段の隣のここね。部屋は、今は誰もいないから好きに使って」

「ではお言葉に甘えて、気に入った部屋に入っときますね。ああ、あとすぐに寝るので起こさないでくれると助かります」

「分かった。おやすみなさい」

 階段を上がって幾つか部屋を覗き、一番手前の個室にした。鍵を掛け、慣れない環境で疲れた心身を癒すべ、俺は眠った。


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