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隠者のユウは隠居ができない  作者: 宮之内誠治(覇気草)
第二章:静かなる騒乱
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四十四話:舞踏会・・・そして帰宅

二章:これにて完結。



 戦いから帰還した俺は、眠っているイナハをベッドに寝かせ、アンジーはインベントリから出した布を敷いて寝かせた。

 まずは自分のことを優先し、破れて血がこびりついている旅装束を脱いで汗と血の体を水の魔法で濡らした布で拭い、予備の簡素な衣服を身に着けた。次に汗と血と女の臭いのするアンジーのぐちゃぐちゃに汚れた衣服を全て脱がして布で拭きとり、ついでに体に異変が無いか調べ、回復魔法が効いて傷一つ残っていないことを確認した。とりあえず布を掛けて寝かし、二人が起きるまで待つこととなった。


くぅ~、と腹が鳴った。


耳の良いクロウサとシロウサが俺を見つめた。

「・・・・・・飯にするか」

 早めに事を片付けた為、会場に向かえば美味しい料理が並んでいることは分かっていたが、二人と二匹を置いていくのは不安に思い、インベントリから店売りの串焼きやらパンやらを取り出し、二匹に差し出す。

「食うか?」

 二匹は見つめ合い、シロウサが頷くとクロウサも頷き、二匹揃って言った。

「いただきます」

「いただきます」

 受け取って食べ始めたので、俺も食事にありつく。昼食が終わればお茶会があり、次に舞踏会が開かれる。それを考慮して自分の食事は程々に済ませ、お酒も控えた。

 トイレに行ったり酷使したゼーレの状態を確認したりしながら数時間が過ぎた頃になって、アンジーが静かに目を覚まして起き上がった。掛けていた布がはらりと落ち、美しい形の胸が露わになった。

「・・・・・・ここは?」

「着替えに使った帝国の城の一室だ」

「・・・ユウさん・・・・・・ということは、終わったのですね?」

「ああ。終わったよ。今の時間は・・・」

 窓から外の様子を窺い、日が沈み始めていることを確認した。

「・・・夕方だな。今は舞踏会が始まるまでの休憩時間といったところだろう」

「そうですか。それは丁度いい時間ですね」

 アンジーは立ち上がり、自分が裸なのに気付いた。

「・・・傷も無いし、汚れも落ちてる・・・。介抱してくれたのですか?」

「暇だったからな。服は持ってるんだろう?」

「ええ。予備に十着程度は持っています」

「そうか。なら着替えたら、私の服を直してくれないか?」

 服を広げて、破れた場所を見せてみた。

「ああ、やはり転生者が相手では役に立たなかったみたいですね」

「マントは魔法を防ぐのに役に立った」

「用とは違いますが、役に立ったのなら良かったです。着替え終わったら直しますので、そこに置いといてください」

 とのことなので破れた旅装束を置いて待つ。アンジーの着替えが終わった所で旅装束を持ち、手に当てて光って収まり、差し出された。

「終わりました」

「・・・便利だな」

「スキルですからね。ただ、普段はしませんよ。面白くもありませんし」

 アンジーなりの矜持を垣間見た俺は、直された旅装束をインベントリに仕舞った。

「それでは、私は持ち場に戻りますね」

「ああ、後でドレスの着付けに行くよ」

「お待ちしております」

 アンジー部屋から出たのを確認し、扉の鍵を閉めてイナハの顔を覗く。

 まだまだ子供っぽさが残る少女だ。綺麗な髪を撫で、もう少し寝かせてやりたいと思いながらも、これ以上寝坊をされては舞踏会に遅れると判断し、肩を揺すった。


「おーい、起きろ」

「うーん・・・・・・ん・・・んー・・・・・・ここは?」

「ご主人様ぁ!」

「起きたぁ!」

「うわっ、シロウサ、クロウサ?!」

 シロウサとクロウサが抱き着き、イナハは突然の状態に頭が追い付いていないようであった。

「おはようイナハ。いい夢見れたか?」

「ユウ・・・・・・いや、むしろ嫌な夢を見た」

 はっきりと言う。まぁ、あの状況でいい夢に処理されるとは思ってはいない。

「どんな夢だ?」

「男の股に顔を埋める夢」

「それは確かに嫌だな」

「うん・・・ところで、なんで私はいつの間にバニー装備に着替えてるの?」

「余興だよ。皇帝の頼みで私と戦って、頭を強く打って気を失った」

「・・・記憶が抜け落ちてるのもそのせい?」

「ああそうだ」

 平然と嘘をつく。シロウサとクロウサも頷いて見せた。

「・・・・・・まぁ、いっか。今の時間は?」

「夕方だ。もうすぐ舞踏会が始まる」

「そっか。じゃあ、私はここで休んでるね」

 休むきっかけを得てそんなことを言うが、俺としても逃がすつもりはない。

「その必要はない。怪我は既に治療済みで十分な休息を取っている。行くぞ」

「あっ、ちょっと、自分で歩くって!」

 お姫様抱っこをするとイナハが暴れて降りた。

「では行こうか」

「分かったから待って」

 シロウサとクロウサの方に向き、イナハは言った。

「シロウサ、クロウサ、ずっと看ていてくれたんでしょ? ありがとう」

「はい」

「いつでも呼んでくれよ」

 召喚主の意思によって二人は消えて帰還した。

「では行こうか」

「ん」



 部屋を出て、暗くなって光の魔石で照らされた廊下を歩いていく。警備をしている兵や騎士とすれ違った以外で他の貴族と会うことも無く、アンジーがいる部屋に到着した。

「アンジー、来たぞ」

 声を掛ければ、椅子に座って菓子とお茶を楽しんでいるアンジーがいた。

「・・・お待ちしておりました」

「食事中か?」

「次は舞踏会ですからね。何かお腹に入れておかないと、持ちませんから。あっ、舞踏会でも軽い食事は別室で提供されるので、今食べなくても大丈夫ですよ」

 くうっ、と小さくイナハからお腹の音が聞こえた。昼から何も食べておらず、今ここで甘い匂いがすれば腹も鳴るというもの。

「私も、ちょっと食べておく」

 少し恥じらいつつ、椅子を借りて、イナハがインベントリから出した菓子とお茶で食事を始めた。

 代わるようにアンジーが立ち上がる。

「では、ユウさんからイブニングドレスの着付けを始めましょうか」

 インベントリから購入したドレスを取り出し、アンジーの指示を受けながら着ていく。二度目ともなるとスムーズなもので、イナハが食べ終わる頃には化粧と装飾も含めて着用が完了した。

「終わりました。どうですか?」

「問題ない」

「・・・綺麗」

 イナハの素直な感想に微笑みを向け、近寄って手に取って立たせる。

「次はイナハだ」

「う、うん」

「イナハさん、一つお伺いしますが、社交界に参加するのは初めてですか?」

「うん。そうだけど」

「なら決まりですね。これはイナハさんの為に急ぎで仕立て直したドレスとなります」

 隅に置かれていた大きな鞄から、一着の純白のイブニングドレスを取り出した。

「・・・・・・ウエディングドレス?」

 イナハがそう思うのも無理はないが、違う。アンジーも首を横に振った。

「違います。これはデビュタント――社交界デビューする若い女性が、舞踏会で着用するイブニングドレスです」

「そんなの聞いてないし、恥ずかしいんだけど」

「そう言われましても、これは社交界での正式な決まりですので、従ってもらうしかありませんよ」

「じゃあ、ユウはなんでそのデビュタントじゃないの?」

「私は西の方で国を興していた。社交界くらい既に参加している」

「というわけです。私も新聞で隠者のユウが色々とやっているという話は聞いています」

「むう・・・」

「では、着付けを始めますね」

 不満気な顔のイナハは素直にアンジーの指示に従って衣装を着用し、髪を整え、白い手袋白いヒール靴を履き、化粧を施されて耳に穴を開けないピアスを着けて完成した。

「終わりました。お似合いですよ」

 アンジーが姿見でイナハの容姿を確認させると、膨れっ面のイナハは恥ずかしがって裾を握った。

「・・・やっぱり、これ恥ずかしい」

「綺麗だよ、イナハ」

 と俺も素直に感想を伝えると、イナハは恥ずかしさを忘れたかのように目を細めた。

「・・・あんたに言われると、なんか嬉しくない」

「それは残念だ。所で、ワルツは踊れるか?」

「ワルツ?」

 反応から踊れないことは明白であり、聞いておいて良かったと思った。

「その様子だと踊れないだろうな。今から基本を教えるから、その有り余る才能で覚えろ」

「ええー・・・」

 戸惑うイナハの手を取り、俺は文字通り手取り足取り教えた。



 ――やはりイナハは凄い子だった。教えた動きを一回で覚えてしまい、動きもテンポも指摘するまでもなかった。練習を終えると、アンジーが拍手を送った。

「素晴らしいですね。私は踊れるようになるのに、結構練習をしたのですが・・・まさに才能ですね」

「・・・こんなので良かったの?」

 イナハは首を傾げるが、普通はすぐに踊れるようになるものではない。俺も完璧に踊れるようになるのに、数回は練習した。

「完璧だよ。これならやれる」

 頭を撫でようとしたが、手で払われた。

 諦め、アンジーにお礼を言う。

「アンジー、着付けありがとう。もう行くよ」

「はい、私も後で合流します」

 お互いに手を振って一旦別れ、イナハを連れて会場に入った。会場では既に大勢の貴族が待機しており、華々しい麗しの女性や少女が様々なドレスを着ており、男たちもしっかりと燕尾服を着ていた。舞踏会がいつ開始されてもいいように会場の中央部は殆ど人が立っておらず、皇帝は奥の一画で近衛騎士に守られながら待機していた。

 その皇帝と目が合うと、彼は暇そうな顔を明るく変えて近づいて来た。

「ユウ、それにイナハ・・・よく戻って来た」

「ただいま。言われた通り、舞踏会までに終わらせた」

「それより、想像していたよりも美しい。かの美の女神に匹敵する美しさだ」

「ありがとう。皇帝も似合ってるよ」

「皇帝だからな。似合わないと示しがつかん」

 皇帝の視線がイナハへ向く。

「イナハはデビュタントか。そのドレスはアリシアのお下がりだが・・・中々どうして、似合ってるじゃないか」

「・・・私はこんなの、着ていたくはないけどね」

「そう言うな。誰しもお前のように、美しい外見と内面を備えている訳じゃない」

「私、そんなに綺麗じゃないよ。普通だよ?」

 皇帝が呆れて苦笑した。

「はは・・・お前はもう少し、自分がどれだけ綺麗で高潔か、自覚した方がいい」


 イナハとの会話を終えると、皇帝が俺に向き直り、恭しく礼をして手を差し出した。


「・・・俺と踊ってくれるか?」

「はい」

 手を取ると会場の真ん中まで連れて行かれ、そこで踊りの構えに入った。会場の舞台の上で待機していた指揮者がそれを見て指揮棒を構え、音楽家たちが楽器を構え、指揮棒の動きに合わせて音楽を奏で始めた。皇帝の踊りから舞踏会は始まりを告げた。

 踊りの最中、皇帝が口を開く。

「早速だが、どうなったのか報告を聞きたい」

「結論から言うと、戦争を起こさせようとしていたカルマという男を、殺すことは出来なかった」

「ほう、隠者が目的を達成できなかったと・・・理由は?」

「賭博の女神ダイスが現れ、カルマを殺すなと言われた。私の方にも夢の女神ミスティアが現れ、神様同士の交渉で、カルマは心の支配を解いて戦争を起こさないことを約束し、私はカルマから手を引くことで手打ちになった」

 本当は転生者に迷惑を掛けないということだが、心の支配を解いたことと戦争が起きないということは事実だ。

「なるほど。流石にそれはどうしようもないな。だがそれを聞いて納得したよ。会議中、戦争に賛成していた大多数の貴族が突如として、反対に回り、帝国から公国へ開戦するという話は白紙撤回となった。みんな、憑き物が落ちたような顔でな、今までどうして戦争しようとしていたのか首を傾げていたよ」

「それは良かったな。ただ、一つ懸念事項がある」

「なんだ?」

「カルマは闇ギルドの長をしていて、多くの人間の心を操っていた。当然、それは貴族だけでなく裏社会の人間も含まれる。そんな人間が悪さをしないように操られていたとしたら・・・当然、この後の社会秩序は大きく乱れることになる。その対策はどうする?」

「真っ当に取り締まるだけだ。国全体で起こる多少の混乱は、この際膿み出しとして甘んじて受け入れるさ」

「ならいい。皇帝として頑張るがいいさ」

「当然だ。皇帝という地位は多くの民の幸福と、貴族たちの努力のお陰であるのだからな」

 いい言葉だ。とてもとてもいい言葉だ。腐りきった元の世界の政治家どもに聞かせてやりたい。

「・・・イナハがあなたを信頼しているのが、よく分かったよ」

「そうかい。俺はただ職務を全うしているだけだ。歴史書に暗君より名君と書かれたいからな」

「ハハハ、いい志だ。私も微力ながら手伝おう」

 これは皇帝アルバードの人柄に共感を覚えた為だ。決して、地位や名誉に惹かれたからではない。



 踊りが終わり、お互いに恭しく礼をする。俺と皇帝は同じ方向へ歩き出し、皇帝はイナハの前に立って恭しく礼をして手を差し出した。

「冒険者、首狩り兎のイナハ・・・俺と踊ってくれないか?」

「え・・・」

 俺はすぐにイナハの背中を押して申し出を受けるように促した。ここで拒否しようものなら、それはもうお互いに盛大な恥となってしまう。

「・・・はい」

 イナハが皇帝の手を取ると、皇帝はそのまま中央に連れて行って待機した。

 さっきは自分のことだから気にならなかったが、周りがかなりヒソヒソ話で溢れていた。無理もないだろう、俺もイナハも有名な冒険者というだけであり、貴族でもなければ国を跨ぐほどに有名な大商人の子女でもない。皇帝と踊るという行為自体が名誉なことであり、これは極めて異例なことだ。

 次はデビュタントの少女たちが踊る番のようで、イナハと同じ純白のドレスを着た少女と若い男が中央に並んでいく。イナハは周りからの視線で緊張した面持ちで少し硬い動きだが、それでも皇帝のエスコートにより踊り始めた。ワルツの左回りで若々しい男女が躍る。この国の将来を担う者たちの華々しく初々しいこの舞台は、見守る先達からは懐かしく微笑ましいものとして映っている。

 緊張していたイナハも踊り続けるうちに慣れたようで、皇帝に合わせて完璧に踊ってみせた。踊りが終われば皇帝は休憩の為に隅に移動し、イナハは俺の傍に戻って来た。

「イナハ、どうだった?」

「出来れば、もう参加したくない」

 とのことなので、俺はイナハの手を掴む。

「じゃあ休憩しようか」

 貴族たちが踊る為に中央へ向かう中、俺とイナハは会場を抜け出してバルコニーへ出た。陽が沈んで暗くなったこの場には光の魔石によって照らされ、虫除けと転落防止も兼ねた軽い結界が施されている。こ休憩所として開放しているのか、小さなテーブルに軽食と飲み物が置かれていて、踊り終えた男女が何組かいた。

「飲み物はいるか?」

「うん」

 イナハの為に氷の箱の中に入れて冷やされたジュースを取って戻り、差し出す。

「持ってきた」

「ありがとう」

 受け取ってそのまま口にして、すぐに驚いた顔でグラスから口を離した。

「・・・酸っぱい。レモンジュース?」

 俺も飲んでみる。爽やかなレモンの香りと酸味が口に広がり、続いてほんのり塩味と蜂蜜の甘味がやってきた。レモン風味のスポーツ飲料という例えがしっくりくる。

「・・・美味しいな。踊ったあとに丁度いい」

 一気に飲み干す。

 イナハも改めて一口飲む。

「・・・うん、レモンジュースだと分かれば凄く美味しい。流石は料理長だよ」

 飲み干したグラスをちゃんと使用済みグラス置き場に置き、外の城下の暗い町を眺めながら言った。

「なぁイナハ」

「なに?」

「君はこの国で・・・やっていけるか?」

 こんな事件が起きた俺としては少し心配だ。イナハ自身はまだ子供で、立場に関係なく味方でいてくれる、傍に居てやれる大人は必要だと思った。イナハがもしそれを欲しているなら、数年は傍に居てやってもいいとさえ思っている。

「私、ここに来てもう二年になる。ユウに心配されなくても、やっていけてるよ」

 強がりでも虚勢でもなくただ普通に言われた俺は、聡く強いイナハの頭を撫でた。が、すぐに嫌そうな顔で払われた。

 ・・・どうやら杞憂みたいだな。

 俺は納得し、魔王討伐の借りはこれで返したと判断した。

「・・・なら、私は公国に戻ろう。もし何かあった時は訪ねて来るといい」

「うん、何かあったら、その時は素直に頼るよ」

「ではな」



イナハと別れ、会場に戻れば、丁度踊りが終わった所だった。人の中を移動して出会ったのは、ドレス姿のアンジーだ。

「やあアンジー」

「ユウさん・・・途中からですが、陛下との踊り、しかとこの目で見させてもらいました」

「そうか。イナハの踊りはどうだった?」

「ええ、素晴らしかったです」

「自慢の娘だよ」

「・・・そうですか。私としては、ユウさんの踊りをもう一度見たいのですが」

「相手がいない」

 流石に皇帝ともう一度踊るのは、皇帝の付き合う人数からして難しいだろう。この国で知り合った貴族とは踊る気にならないし、冒険者相手に積極的に踊りを申し出る精神的強者はいないだろう。

「それなら・・・別室で私と踊りませんか?」

 予想できた誘いに断る理由はない。ただ一つ疑問は浮かぶ。

「・・・構わないが、どちらが男性パートを踊る?」

「私が踊ります」

「分かった。場所はそちらに任せる」

「では行きましょうか」

 その場で男性らしいお辞儀を披露し、手を差し出して来る。俺は女性らしくその手を取り、一緒に会場から出て行った。

 移動して到着した場所は綺麗な中庭や薄暗い広い部屋でもなく、アンジーが仕立ての為に借りている部屋だった。

「狭いですが、ゆったりとした踊りなら充分でしょう」

 真ん中に移動し踊る体勢に入った。お互いに頷き、息を合わせて静かに踊り出す。誰にも邪魔されず、誰にも見られない二人だけの踊り。こうして踊っていられるのもあの戦いをアンジーが生き残ったからだ。転生者複数名を相手に生き残れる実力は称賛に値する。それに仕立て屋としてもいい仕事をする彼女とは、これからも付き合っていくことになるだろう。

「・・・アンジー」

「なんでしょう?」

「よく生き残ってくれた」

「・・・自分でも、そう思っていますよ」

「今後は、仕立て屋として頼ることにする」

「そうしてください。私、戦いは好きじゃありませんから」

「ああ。また来るよ」

「御贔屓に」

 踊りを止め、お互いに礼をして終える。

 俺はその場で魔法を使って一瞬でいつもの旅装束に着替え、男の姿に戻る。

「・・・それがユウさんの本当の姿ですか」

「どちらも本当の姿だ。男の方が楽だから、普段はこっちの姿でいる」

「確かに、男の方が楽ですね。色々と・・・」

「では、もう行くとするよ」

「またのご来店、お待ちしております」

 アンジーに見送られ、俺はその場で転移の魔法を使って帝国の城から移動した。



 転移した場所はレイクンド城の公王の執務室。ただ、時間が時間だけあって暗くて誰もいない。鍵を開けて扉から出れば、見張りの近衛騎士がぎょっとした表情で俺を見つめた。

「隠者様・・・!」

「公王は何処に?」

「あー・・・」

 言おうか迷っている。ちゃんとした護衛がいるにせよ、突然来た来訪者に居場所を教えるのは流石に躊躇われるようだ。

「言わなくていい、自分で探す」

「はぁ・・・」

 生返事を聞きつつ、俺は透過と認識阻害の魔法を掛けて城の中を歩いた。壁をすり抜けながら探すとすぐに発見した。同じ階層に王族用の食堂があったようで、公王アルフレッド、その息子である王子アレックス、王妃だろう美人な女性が揃って食事をしていた。王の食事と言っても普段はそこまで優雅なものでもないようで、魚のムニエル、肉入り具沢山スープ、パン、新鮮なサラダ、デザートに切り分けられたフルーツ、ワインと水という程度だ。

「お邪魔します」

 といって認識阻害の魔法を解いて姿を見せると、三人の食事の手が止まり、丁度口の中が空だった公王が口を開いた。

「・・・誰かと思えば、隠者のユウか」

 表情も口調も全く驚いた様子が見えず、王子アレックスも王妃の女性も俺を一瞥すると、食事に戻った。王族ともなれば、底なしの度胸が付くのも当然のことなのだろう。

「問題を片付けて来たので、報告に来た」

「ふむ、聞かせてくれ」

「結論から言うと、ヘクトル帝国との戦争は無くなった。首謀者の闇ギルドの長、カルマという男を始末することには失敗したが、それは神の介入によるもので、今後悪いことはしないと約束した。ただ問題点があるとすれば、心を支配していた人間を開放したことで、その中にいた悪意ある人間も世に解き放たれてしまった。今後、各地で問題が起こると思われる」

「・・・そうか。報告感謝する」

「では、食事の邪魔なので失礼する」

伝えるべきことは伝えたので、俺はさっさと帰る為に転移した。



 何日かぶりのポートローカルに戻り、俺は『湖のさざなみ亭』の玄関扉の前に立った。中では夕食にありつく客たちの声が聞こえ、辺りからは美味しい料理の匂いが漂っている。久々の帰宅に胸躍らせつつ、数日空けたことで怒られたり小言を言われやしないかと少しの緊張を伴って、ドアノブを掴んで扉を開けた。

「いらっしゃいませ!」

「いらっしゃいませー!」

 まだ子供なのに元気に働くエリーとメリーに客として挨拶され、すぐに俺だと気付いて、二人は営業スマイルから子供らしい笑顔に変わった。

「ユウさん、おかえりなさい」

「おかえりなさい!」

 二人に出迎えられ、テーブルの一つを占拠しているこの宿の冒険者の四人組、エミリア、アマンダ、ミハイル、レオンの四人と目が合うと、手に持った杯を掲げて帰宅を歓迎された。

 奥のカウンターにいる店主のルナさんの前の椅子に座り、俺は言った。

「・・・ただいま」

 ルナさんは微笑み、冷えたエールを差し出しながら言った。

「おかえり」

 で、と続けて言う。

「・・・今まで、何処で何をしていたの?」

 学園の依頼から戻らずに帝国であれこれやっていたのだ。当然の問い掛けに俺は苦笑しつつ、こう返事をする。

「・・・食べながら話そう」

 そうして俺は、今回の出来事を話すこととなった。

 だがその前に、よく冷えたエールを空きっ腹に入れた。



 ――美味い!



 その夜、皆が寝静まった頃、ほぼ必要のない睡眠の代わりに俺は夢の女神ミスティアのいる狭間の空間にゲートを使って訪れた。今回は喫茶店風の間取りが設置されていて、ミスティアがテーブルに座って俺の分のパフェと珈琲を用意して待っていた。

「来ると分かっていたのか?」

「今回ばかりはね」

 向かい側に座ってパフェを見れば、生クリームもアイスも溶けておらず、珈琲も湯気が立っていて冷めていない。

 ミスティアがパフェを食べ始めたので、俺も専用のロングスプーンを手に取って食べながら言う。

「色々と聞きたいことがある」

「でしょうね。何から聞きたい?」

「カルマは何故、戦争を起こそうとした? 心を支配している貴族の中から意見が出たとしても、それを拒否することは出来た筈だ」

「そうね。確かにもっと上手く立ち回ることは出来たでしょう。普通の精神状態ならば、ね」

「・・・というと?」

「アジテーター」

「ああー・・・・・・」

 その名前を聞いただけで、俺は今回の件がどうやって引き起こされたのか分かり、凄く納得した。

 見えず、感じず、這い寄る混沌――名前通りの扇動者。

「・・・カルマの耳元で、戦争しよう、とでも囁いたか?」

「まさにその通り。アジテーターによってカルマは今回の戦争を引き起こそうと思い付き、ついでに、有名になっていたイナハを自分のモノにしようと動き出したの」

「それで未来が読める転生者のヨハン・グリム男爵が危機を察知し、問題解決の為に帝国の奸計に乗っかって俺に接触した訳か」

「そういうこと」

 ミスティアと同じタイミングで珈琲を啜れば、バランスの取れた味わいと確かな香りが口の中で広がった。

 美味い。ブルーマウンテンかな?

「これ美味いな。品種は?」

「ブルーマウンテン」

 当たった。

 ちょっとした嬉しさを抱きつつ、話を戻す。

「それで、王立騎士魔術学園の学生を襲ったのは、どういう意図があったんだ?」

「あれ自体は帝国のシンデレラ将軍の独断です。彼女は国の為なら何でもやるタイプの人間ですからね。ただまぁ、もし誘拐や暗殺に成功すれば、その罪や人質を使ってイナハを陥れていたのは間違いないでしょう」

 どうやら阻止したこと自体は良かったようだ。自分のせいで変にこじれていないことが分かり、少し安心した。

「次の質問。カルマとは一体何者なんだ?」

「賭博の女神ダイスが転生させた存在です。記録を見ましたが、ダイスが他の神々と酒の席で、酔った勢いである賭け事をしたのが発端。内容は『悪い思想の人間に勇者に近い技量と賢者に近い魔力を持たせ、人の心を操るスキルと不老不死のスキルを持たせて転生させ、数千年の期限で改心するかどうか賭けよう』というもの」

「ちょっとあの神様殴って来ていいか?」

 馬鹿にも程がある理由に、怒りが込み上げて来る。

「・・・私も同じ気持ちだけど、まだ人間でいるあなたじゃ勝てないから、やめておきなさい」

 あの時、わざわざ介入してまで止めたということは、その通りなのだろう。

 俺もすぐに怒りを鎮め、甘いパフェを食べて気持ちを切り替えた。

「・・・・・・それで、その賭け事は撤回したり中止したり出来ないのか?」

「するわけないよ。賭博の女神だけれど、ダイスは負けず嫌いで有名な頑固者だからね。彼女の賭けは大体、イカサマよ」

 聞きたくなかった事実だ。これをミステルミスの信仰している人たちが聞いたら、卒倒するか意地を張って認めないだろう。

「聞かなかったことにしておく。で、カルマはあの後どうなった?」

「あなたが去った後、時間を巻き戻して生き返った転生者たちに事情を説明したよ。一部の者は心を弄ばれた記憶に耐えられず自殺し、一部の者は屈辱から怒りに任せてその場で戦いを挑んで、敗れて死んだ。残る一部の者はカルマの元から去り、残りはそれでもカルマと一緒にいることを選んで、その場から移動した。これ以上は教えないからね」

凡そ予想通りの結末だ。カルマは一からやり直すらしいから、いつか何処かで出会うことになるだろう。その時は戦った者同士、仲良くしたいものだ。

「・・・改心してくれるといいんだがな」

「人間、そう簡単には変われないわ。けれど、キッカケさえあれば変わるのも、また人間よ」

「・・・だな」

 次に会うことを楽しみにしつつ、珈琲を啜る。美味い。

 今度はミスティアの方から話を振って来た。

「・・・ねぇユウ、どうしてデリーターを使ったの?」

 予想していた質問だ。俺はデリーターを出してテーブルに置いて答えた。

「これが必要だった。魔法の刃や弾丸では、吸血鬼や天使を相手に倒しきれない」

「奥義を使えばいいでしょう?」

「いや、魂ごとぶった切るのは流石に可哀そうだろう」

 魂を斬れば確実に倒せるが、それは輪廻転生すら出来ない消滅を意味する。今更ながら、もっとやりようがあったと思い返す。

「だからって、夢人が作った神殺しの武器を使うのは過剰よ」

「相手が銃を使っていたから、つい・・・な。まぁ、ミステルミスで銃が出てこない限り、これを使うことはもうない」

「それ、フラグ」

「・・・・・・」

 言われて気付き、気まずくなる。誤魔化すようにパフェを食べる。大分少なくなって来た。

「・・・あっ、そうだ。ロイド・・・勇者だったあいつは、どういうトリックで転生させたんだ?」

 真の勇者は基本的に世界に一人だけ。あの立ち居振る舞いから、ごく最近転生して来たとは思えない。

「トリックも何もないよ。ロイドは勇者になるに相応しい魂を持っていて、その気になれば勇者として役割を与えて転生させられた。けど、彼を転生させる時のミステルミスは安定していて、私も魔王と勇者があんな状態とは知らなかった。魔王もいない安定した世界だから、魂の療養という名目でそのままミステルミスに転生させたの。因みに、魔王討伐の時に彼のことを教えなかったのは、単純にあの時のあなたでは勝てないと分かっていたからよ」

「それは分かる。ただ、一つ疑問がある。もしロイドがその時点で冒険者になっていたら、ギルドカードにはなんて表示されていた?」

 俺の時は隠者で、慎ましくのんびりと暮らすつもりがいきなりご破算になった。

「その時に所持していた武器で変わるわ。剣なら魔法剣士、大盾と剣や斧なら戦士、杖なら魔法使いって感じね」

「へぇ・・・なら、ドラゴン装備のミホが冒険者になったら、どうなる?」

「特殊な装備をしている人間は基本的にその通りの職業が表示される。ミホならドラゴン、イナハはウサギね」

「そのままだな。ミステルミスの住人はそんな転生者を見て何とも思わないのか?」

「たまに現れる超有能な変人って認識だから問題ないよ」

「あっそう」

 パフェも食べ終わり、珈琲も飲み干して聞きたいことも無くなった。

「じゃあ、そろそろ戻るよ」

「ええ、また会いましょう」

 席を立ってゲートを作って通れば、元の自分の部屋に戻った。時間は進んだが、人が起きて活動するにはまだ早い時間のようで、小鳥のさえずりが聞こえる以外はとても静かだ。

 早朝から動く気にもならない俺は、ベッドで横になってのんびりと過ごすことにした。


 ああ、久々にのんびり出来る・・・・・・。



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