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隠者のユウは隠居ができない  作者: 宮之内誠治(覇気草)
第二章:静かなる騒乱
43/45

四十二話:あの方

 


 謝罪を兼ねたお見舞いを終えた俺は、イナハの隣を歩く。

「それでイナハ、何処に行くんだ?」

「まずは料理長のゼプトさんにアイスを渡すよ。今行かないと機会がなさそうだし」

 とのことで、イナハに従って黙って歩くと厨房に到着した。食事会が始まるまでもうすぐだからか、複数の料理人が大忙しで調理をしており、誰も俺たちの来訪を歓迎する様子を見せなかった。

 だが、唯一人だけ各料理人の動向を注視し、指揮を執っていた小太りの中年の男だけが俺たちに気付いて小走りで近づいて来た。顔つきから怒っている訳でもなく、むしろ歓迎しているようだ。

「これはイナハさん、何か用ですか? 申し訳ないですが、今は猫の手も借りたいほどに忙しいので、用がないのならお引き取り願いたいのですが・・・」

 状況を考えれば分かることだ。イナハはこんな状況でもアイスを渡すことが重要であると思っているのだろうか。

「ゼプトさん、用ならあるよ。はいこれ、試作品のパフェと、そのレシピ」

「おおっ! イナハさんの新作ですか」

 料理長の大きな声に、近くの料理人の手が止まってこっちを見て来た。その視線はゼプト料理長が持つアイスに注がれており、興味津々に見つめたあと、調理に戻っていった。だが、どうしても気になってしまうのかチラチラと視線がこちらに向いている。 

 手に持っているゼプト料理長はパフェを掲げて見上げたり、降ろして見下げたり、回して全体を見つめて感想を呟いた。

「・・・・・・素晴らしい。それ以外に言葉が見つからない」

「気に入ってくれたようで何より。じゃあ、忙しいみたいだし私たちはこれで」

「ええ、ありがとうございます!」

 厨房を出てすぐ、俺はイナハに問うた。

「イナハ、お前こんなことしてたのか?」

「うん、元の世界の料理が食べたくて、食材を探し回ったり作ったり・・・。で、折角だから親しい人に食べてもらったり、ちゃんとした料理人に食べてもらって感想を聞いて改良してる」

 凄腕冒険者で店を構えているといい、子供たちの為に教会に関わっているといい、皇帝や貴族と繋がりがあるといい、この子は随分と自由に生きている。そりゃあ、影響力を持って知らぬ間に敵を作るわけだ。



 食事会までまだ時間があり、イナハに付いて城内をフラフラと歩き回っていると小走りしている近衛騎士とばったり遭遇した。

「イナハさん、ユウさん、ここにいましたか」

「何か用ですか?」

「ええ、陛下が二人をお呼びです。付いて来て下さい」

 皇帝が呼んでいるのなら断るのは失礼であり、俺たち二人は近衛騎士の案内に従って城の中を歩き、皇帝の居室に到着した。

 中に入れば、皇帝はベッドに倒れ込んで寛いでいた。

「やあ二人とも。武術大会では私の妹を斬ったそうだね」

「私は関係ないよ。ユウがやったことだから」

「聞いているよ。別に怒ってなどいないさ。自分は強いと思い込んでいたアメリアには丁度いい薬になった筈だ」

 皇帝は起き上がると、真剣な表情に切り替えて言った。

「・・・さて、午前の議会の話だが、想定以上に戦争を望む声が多かった。平和なお陰で儲かっていない、軍事産業を管理している貴族たちが戦争を望んでいるのは分かっていたが、各所領を持つ大物貴族たちも戦争を望んでいたことには驚いた。理由も聞いたが、公国による挑発行為が各地で頻発しているそうだ。公国と接していない領土でもだ。国境付近はともかく、ごく最近まで、そんな話は一つも俺の所に上がって来ることが無かったのだがな・・・。お前たちはこれをどう見る?」

 それにはまずイナハが答えた。

「私は貴族でも何でもないただの冒険者だよ。分かる訳ない」

「そうか・・・公国側のユウはどうだ?」

「国境のいざこざに関しては既に公王に知らせ、情報を収集させて声明を出すように言ってある。もうそろそろ声明文が届くだろう。ただ、帝国内の挑発行為については初耳だ。両国のトップがこういった情報を認知していないということは、第三者による戦争の誘致と見て間違いないだろう」

「第三者か。そういえば、お前たちは何者かを探していたな。今回の件と何か関係があるのか?」

「恐らく関係している。公国のヨハン・グリム卿の話では、心を操る人間が秘密裏に動いて、イナハを陥れて公国と帝国とで戦争をさせたいらしい」

「・・・なんとも面倒な奴だな。とにかく俺は公国と戦争なんて反対だ。貴族が望んでも多くの民は望んじゃいない。出来る限り時間を稼ぐ。その間に、ユウとイナハはそいつを止めるなり殺すなりしてくれ」

「ああ、元よりそのつもりだ」

「・・・話は終わりだ。食事会からは正礼装だ。仕立て屋デルフィニウムの店主が衣装部屋にいるだろうから、イナハとユウはそこでドレスを用意して貰って着替えるといい」

「う・・・いよいよドレスか」

「楽しみに待っているぞ」

 部屋を出て入り口を守る近衛騎士に衣裳部屋の場所を聞けば、ここからそう遠くない場所にあることを教えてくれた。


 衣裳部屋の前に来ると、わざわざ手製の簡素な立て看板が出されて居場所を示していた。中に入れば沢山の衣装が入った棚があり、部屋の隅には沢山の衣装箱が積まれていた。どれも使用した形跡が殆どなく、新品に近いものばかりだ。化粧台には殆ど使われていない化粧道具が並び、その傍の棚には髪飾りからピアス、ネックレスなどが大量に飾られていた。どれも値の張りそうなしっかりとした作りだ。

 その部屋の奥で椅子に座って足を組んで本を読んでいたアンジーが俺たちに気付くと、栞を挟んで本を閉じ、傍のテーブルに置いて立ち上がった。

「お待ちしておりましたよ、イナハさん、それとユウさん」

「初めまして、イナハです。あなたが仕立て屋さん?」

「ええ、仕立て屋デルフィニウムの店主をしております、アンジェリカという者です。気軽にアンジーとお呼び下さい」

「じゃあアンジー、ドレス選びをお願い」

「お任せください。それでは採寸をしますので、失礼します」

「ん」

 イナハがアンジーの採寸を受け、測り終わったアンジーは衣装を選びながら呟いた。

「――ふむ、これは少し派手すぎますね。こちらは・・・・・・少し地味すぎる。黒く真っ直ぐで綺麗な髪と合わせるなら・・・・・・これですね」

 衣装箱の中から一つ取り出して見せたのは、淡い紫と白のドレスだった。

「こちらはアフタヌーンドレスという昼間に着用するドレスでして、上半身の肌の露出を避け、足元の靴が見えるスカート丈となっています。夜に着用するイブニングドレスと比べるとフリルや装飾も少なく、華やかさよりも落ち着いた印象を与えるでしょう。イナハさん、こちらでよろしいですか?」

「うん、任せるよ」

「分かりました。それでは、ドレスを着てもらいますので、指示に従って動いてください」

「わかった」

 イナハはアンジーの指示に従って、まず全裸にされた。それからドレス用の見られても恥ずかしくないセクシーな下着を履き、その上から色付きのタイツを履き、ドレスを着用し、手袋をはめて、ヒールの靴を履いて、耳にクリップ式の宝石のあるピアスを着け、髪を梳いて先端を軽く切って整え、高価そうな造花の髪飾りを着け、化粧台に移ってメイクが施された。

「はい、完成しました。どうでしょう」

 アンジーが姿見の前にイナハを連れて行くと、鏡に映る自分を見てイナハは嬉し恥ずかしいという表情を見せた。

「・・・・・・」

「お似合いですよ」

 素直な感想をアンジーが答えたので、俺も合わせて感想を口にした。

「確かに綺麗だ」

「・・・本当に?」

 素直に受け取ればいいものを。

「本当だとも。それとも、その美しさを称えて、抱いてキスの一つでもしたらいいか?」

「それは勘弁」

「仲がよろしいですね。それでは、続いてユウさんの着替えといきましょう」

 やはりか。

 俺が店で買ったドレスはどう考えてもイブニングドレスの方で、アフタヌーンドレスは用意していない。

「・・・頼む」

 数日前に採寸したばかりのアンジーは俺の女の体形を憶えていたようで、早速衣装選びを行って、時間を掛けずに一着を持ってきた。

「こちらでどうでしょう?」

 濃い青色のドレスで、スラッとしつつも裾部分はゆったりとしている。体のラインがハッキリと出るような作りで薄く滑らかさのある生地だ。

「ああ、それでいい」

 頷き、指示に従ってドレスを着用し、それに合うヒール靴やネックレス、ピアスなどを身に着けた。化粧についても軽く仕上げる程度で終わった。

「終わりました。いかがですか?」

「問題ない」

 これにて俺の着替えが終わり、待っているイナハの方へ向くと、俺をジッと見つめていた。

「どうした?」

「・・・別に。ただ女のあんたって凄く美人だから、私もあと五年くらいしたらそれくらいになれるかなって」

「・・・・・・」

 無理だと思うぞ、とは言わないでおいた。スレンダーで小学生に見えなくもないイナハの体形でも、夢を見るのは自由だろう。

 仕事を終えたアンジーが言う。

「皇帝陛下より、二人が着用した衣装と装飾品はそのまま差し上げると言伝を預かっています。夕食の晩餐会からはイブニングドレスに着替える必要がありますので、その時になったらまたこちらにお越し下さい。それでは楽しんで行ってらっしゃいませ」

 丁寧な挨拶で見送られ、俺とイナハは食事会の会場へと入った。訓練場近くの堅牢な石造りとは違い、空間全体が豪華である。天井は高く、帝国の旗と諸侯の旗が整然と垂れ下がり、キラキラと輝くシャンデリアからは魔石による光が灯されている。壁は丁寧に細部にこだわった模様が刻まれ、床は寸分違わずはめ込まれワックスによって磨き上げられた木の板だ。

 既に大勢の人間が会場に入っており、壁際に並べられた椅子の一部を子女たちが座って、或いは立って会話をしている。真ん中を空けるようにして絨毯の上に設置された大きなテーブルの傍では男たちが何やら会話している。貴族でなさそうな人間もチラホラみられ、俺やイナハのように特別に招待されたであろう人間がいた。

 その中を給仕係の使用人が忙しなく動き回り、まだ料理が置かれていないテーブルに料理を置いていた。あと数分もすれば完全に準備が整うだろう。

「イナハ、この中に知り合いはいるか?」

「いるよ。けど、あんたを紹介するつもりは無いから」

「付いて行くのは?」

「駄目」

「どうしても?」

「駄目」

 一応、君のことを思って言っているのだがね。

「・・・・・・仕方ない、独りで行動するとしよう」

 広々とした会場の中で別れ、イナハは知人らしい老人に会いに行ってしまった。俺は俺で、最近知り合ったボレス・スミス子爵が誰かと話しているのを発見して近寄った。

「こんにちは、ハーコート卿」

「ん? げっ――ゴホン。ああ、こんにちは。何か用かね?」

「ええ、見知った顔がいらしたので、少し挨拶でもと」

 礼儀正しく、カーテシーしてみせる。

 ハーコート卿は忌々し気に見つめた。

 隣の勲章を沢山胸に吊り下げている見栄えの良い白い服を着た男は、他の貴族と比べると一回り大きく、鍛え上げられた肉体が服の上からでも分かった。綺麗なブロンドの髪は短く切られ、日焼けした茶色い肌は皺があって年期の入った厳かな顔つきをしている。とても貴族のようには見えないその男は綺麗な青い瞳で俺を不思議そうに見つめていた。

「・・・ボレス子爵、この見目麗しい女性は?」

「あー・・・」

「申し遅れました。わたくし、皇帝陛下により今回の社交界の招待を受けました、隠者のユウと申します」

「ほお、隠者のユウか。噂はかねがね聞いている。私は海軍の提督をやっている、ギャロン・ミラルダだ。よろしく」

「ええ、よろしくです」

 握手を交わした所で、ミラルダ提督は俺にとっては定番の質問をぶつけて来た。

「・・・隠者のユウは男だと聞いていたが?」

「隠者は賢者に並ぶ魔法使いでもあるのはご存じかと。魔法で姿形は幾らでも変えられます」

「なるほど。で、男と女、どちらが本来の性別かな?」

「フフ、御想像にお任せしますわ」

 不敵な笑みを浮かべて返した所で、さり気なく離れようとしているハーコート卿に声を掛けた。

「ところでハーコート卿、ミランダ提督とは先ほどどんなお話をされていたんですの?」

 背を向けていた彼はこちらに振り直った。

「・・・・・・ちょっとした武器についての話だ。隠者に話すほどのものでもない」

「俺はそうは思わないな。さっきの話、彼女にも話してやってくれ」

 提督にお願いされたハーコート卿は、渋々といった面持ちで話した。

「・・・新作の、弓矢とクロスボウに代わる武器だ。筒に粉末状にした魔石を入れ、さらに鉄の玉を入れ、粉末状にした魔石を火の魔法で爆発させることで玉を飛ばす、というものだ。"あの方"から教えてもらったジュウという名の武器で、まだ試作段階で精度は良くないが、目視出来ないほど速く、遠くまで飛び、実用に耐える威力がある。俺はそれを海軍の方で試験運用しないかと持ち掛けていたんだ」

 考えるまでもなく、まだまだ初歩の段階のマスケット銃の話だ。いずれは誰かが辿り着くとはいえ、転生者がわざわざ教えるものじゃない。

 ――まぁ、彼らが本当に戦争を望むのなら、止めはしないさ。

「ハーコート卿、海軍で運用するのでしたら、その銃を大型化し、船に設置して、相手の船そのものを撃つようにしてはいかがです?」

 要は初期の大砲だ。

「船を撃つ?」

 ハーコート卿はピンと来ないのか首を傾げた。

 だが、ミラルダ提督はすぐに理解したようだ。

「ジュウとやらを大型化し、バリスタと置き換えて使えれば、飛距離の関係から海上戦においてはこちらが有利になるな。流石は隠者だ、我々に無い見識をお持ちで」

「それほどでもありません。それと、玉について一つ。鉄の塊でなく、玉の中に衝撃で爆発する仕組みを取り入れると面白いですよ」

「なるほど。確かにそれなら、装甲化していない船にはかなりのダメージになる。中の人間にもかなり効く筈だ。陸地で使っても、十二分に効果が期待できる」

「あとですね、玉を入れるなら筒の前や後ろからでなく、別の穴を作って――例えば筒の側面や上面の一部を開閉できるようにすることで、より速く撃つことが出来ますよ」

「そうだな。狭い船の中で運用するならその方がいい」

「あとですね、玉と粉を一つの玉にし、一部だけ脆くした箇所を叩くことで粉を爆発させ、玉を飛ばす――そうですね・・・こんなものを作ってみてはいかがでしょう」

 といってテーブルの上にあるスプーンやフォークを手に取り、魔法で形を変えて現代の弾丸を作ってみせた。二人は興味津々で覗き込んだ。

「玉が少し尖っているな」

「この筒の中に粉を入れるのか・・・」

 ハーコート卿が手に取って弾丸のお尻である雷管を注視した。

「ふむ・・・ここを叩いて中で爆発させ、先端の弾丸を飛ばすのか。確かにこれなら爆発をより強く伝えて飛ばせるな」

 あとはまぁ、研究を重ねれば辿り着くものばかりだ。だから俺はこう言って切り上げる。

「・・・あとはご自分たちで研究を重ねてくださいね。ただ一つ、隠者として警告しておきます」

 二人が顔を見上げ、聞く耳を持っていることを確認してから言った。

「・・・・・・もしこの武器を完成させて使った場合、人間同士による熾烈で醜い争いが起こり、それは永遠と続くことになるでしょう」

 ミラルダ提督は神妙な顔で頷いた。銃や大砲が、世界の軍事バランスを大きく変えてしまうことを理解しているようだ。

 ハーコート卿は対照的に納得いかないようであった。

「・・・どういうことだ。新しい武器を作ったくらいで、戦争が起こるものなのか?」

「それは自分で考えてください。その弾の見本は差し上げます」

 その場から離れようとして大事なことを聞いていないことに気付き、振り返る。

「――そうそう、"あの方"はここにいますか?」

「恐らくいるだろう。記憶にないが、こういった雰囲気の場所で会ったという感覚はある」

 スミス子爵から最後に重要な情報を手に入れ、俺は別れの挨拶の代わりに愛想笑いを振りまいて二人から離れた。

この世界の行く末は、基本的にはこの世界で生まれ育った者たちが決めるべきだろう。転生者など、本来は居なくてもいい部外者でしかない。


 ――――どうやら食事会の準備が整ったようだ。皇帝であるアルバートが近衛騎士と臣下を引き連れて会場に入って来た。広場の真ん中から少し奥まった所で立ち止まり、振り返って声高らかに言った。

「少し待たせてしまったようだが、食事会の準備が整った。午後からは各地、各関係の長や大商人を交えて会議を行うが、今は、我が宮廷料理人たちの作った品々に舌鼓を打ち、英気を養おうではないか。皇帝の名の下に、自然の恵み、民の働き、神の加護に感謝して食事会を開催する!」

 全員から大きな拍手が起こり、思い思いに行動を始めた。先ほどと同様に会話に華を咲かせる者たち、早速食事に手を付ける者たち、新たな出会いの為に声を掛ける者たち、皇帝に挨拶をしに行く者たちと様々だ。

俺に声を掛けて来る変わった人間はおらず、落ち着いて会場全体を見渡すことが出来た。


 ・・・・・・イナハ?


 見当たらない。確認の為にもう一度辺りを見渡すが結果は変わらない。いつの間に姿をくらませたのか分からないが、この場で過去を覗き見る行動は目立ってしまう。それに、まだ何か悪いことに巻き込まれているとも限らない。不安や心配といった感情を表に出さずに会場内を歩いて回ると、ドレスに着替えた皇帝の妹であるアメリア将軍と、その妹のアリシアが食事をしつつ姉妹の会話を楽しんでいた。

 イナハと知り合いだろう二人なら、もしかしたらと思って声を掛けた。

「やあ、さっきぶり」

「む・・・ああ、隠者のユウか。すぐには分からなかったぞ」

「私たち姉妹に何か?」

「イナハを見なかったか? 少し目を離したら居なくなってしまってね」

「私は見ていないな。アリシアはどうだ?」

「ごめんなさい、私も見ていないわ」

「そうか。では見かけたら教えてくれ」

 離れてもう一度会場内を見渡しながら歩いて回る。今度はドワイト・ジャッジ伯爵が一人の男と話を終えて、傍のテーブルの上のジュースを手に取って一息ついている所を発見した。

「ごきげんよう、ジャッジ卿」

「ん・・・・・・ああ、隠者のユウか。思った以上に美しいな」

「イナハを見なかったか?」

「首狩り兎のイナハか・・・見ていないな」

「そうか」

 踵を返して離れようとすると、肩を掴んで止められた。

「まぁ待ちたまえ。随分と彼女を気に掛けているが、君たち二人はどういう関係かね?」

「親子の仲だ。血は繋がっていないけどね」

「なるほど。隠者に拾われた娘と・・・道理で強く賢いわけだ。もし彼女を見かけたら知らせよう」

「ありがとう、助かるよ」

「いえ、お釣りの分を返そうとしているだけですから」

 ドワイト・ジャッジ伯爵から離れて会場内を見渡すが、やはりこの場にいないことを確信した俺は会場から廊下に出た。会場内の雑音がスッと小さくなり、ドレスを着た女性の一人と目が合った。

「おや、ユウさんではありませんか」

 しっかりとおめかしされたドレス姿を見ただけでは、本人かどうか自信は無かったが、声を聞いて誰だか分かった。

「その声、アンジーか」

 正解、というようにドレスの裾を摘まんで片足を引き、カーテシーをして見せる。

「私も招待されている身ですからね。会に参加することを許されているのですよ。尤も、女性としてですけど」

「そうか。綺麗だな」

「ありがとうございます。所で、会場から出てどうされたのです? トイレならご案内しますが」

「イナハが居なくなってな。捜しているんだ」

「イナハさんですか。申し訳ないですが、私もここに来るまで見てはいません」

「じゃあ、私はまだ来ていない方を探してみるよ」

 アンジーが来ていない方向に向かって歩き始める。だが、特に目を引いて足を止めるような場所もなく、見回りをしている兵士とすれ違う以外に誰にも会わずにトイレに到着した。

 トイレは遥か昔から来ていた転生者の入れ知恵だろうか、現代に近い形をしていた。城だからこそ豪華な手洗い場があり、大きな鏡と手を拭くためのタオルが積まれていて、洗面台の下には使ったタオルを入れておく籠がある。トイレの方は水捌けを良くする為に溝が彫り込まれた、タイル張りのような石畳で、個室の中には現代と全く同じ洋式の水洗トイレが設置されていた。壁には丁度良い位置にトイレットペーパーまであり、転生者の誰かがこの世界の住人に入れ知恵したことが分かった。

下水の処理など気になる部分もあるが、ここにイナハがいる気配も無く、俺はトイレから出ようとして鏡に映る自分の背後に、誰かが一瞬映ったのが見えて振り返った。


――・・・・・・誰もいない。そんな筈は・・・?


鏡の前に立ち、ジッと自分とその周囲を見つめながら意識を集中して気配を探るが、その程度で看破できるほど相手は未熟では無いようだ。

 久々に使う探知魔法を片手の中に発動し、魔力の丸い塊をアクティブソナーのように魔法の薄い膜としてトイレの中に飛ばしてみると、俺のすぐ後ろに見えない何かがいるのがハッキリと分かった。


ステータス!


 転生者を想定して相手が何者なのか分かる状態で振り返れば、透明な相手に向かってしっかりとステータスが表示された。


 名前:シオリ(転生者)

 性別:女性

 能力:魔法と暗殺・格闘術に優れる

 スキル:時間操作

 


「フフフ、やっぱり気付いてくれたね」

 少女の声が目の前から聞こえ、魔法によって透明になっていた少女が姿を見せた。癖毛の短い黒髪に、茶色い瞳、可愛らしい顔つきをしている。ただ、着ている服装が、いわゆる漫画やアニメのくノ一のような、胸や大腿部が目立つ露出の多い忍び装束だ。

「転生者か」

 こんな登場のされ方をすれば嫌でも警戒するが、スキルの時間操作が正にチート並みに危険なので、変な動きはしない。

 彼女はニッコリと笑顔を浮かべて、わざと視線を外すように一度お辞儀をした。

「初めまして隠者のユウ。私は転生者のシオリ。あなたのことは、内見優と本名で言った方がいいかな?」

「ユウでいい。それよりも君はなんだ?」

「"あの方"の奴隷だよ」

「奴隷?」

「そう。私は"あの方"に心を支配され、あんなことやこんなことも喜んで行う操り人形。尤も、私の魅力的な体は好みじゃないらしくて、"あの方"の使者として、言葉の伝達や汚れ仕事を主に任されているけどね」

 何を言っているのかと思ったが、声の抑揚や表情から全く嫌悪感や恐れが見られず、シオリの口から発せられている言葉が、全て本当なのだと理解できてしまう。

「今回は"あの方"を嗅ぎ回るあなたに対して、警告をしに来たよ」

 一息置き、笑顔が一変して敵意を剥き出しにしながら言った。

「これ以上私たちを詮索するな。首狩り兎のことは諦めろ。さもないとお前の関わる人間を殺して回る!」

 演技でもない、心からそう言っている。そう感じる。

 言い終わったシオリはまた笑顔に戻った。

「・・・・・・"あの方"のことを占術で探っていたあなたの知り合い、ヨハン・グリムという貴族のお爺さんはもう殺したから。じゃあね」

 時間操作によって、一瞬にしてこの場からいなくなった。念の為にもう一度探知魔法を使ってみたが、反応はない。

「そうか・・・・・・死んだか・・・・・・」

 グリム卿の死が本当かどうか確かめるべく、俺はレイクンド城へ転移した。



 いつもの公王の執務室に転移すれば、その場に待機していた十数の近衛騎士が剣を一斉に俺に向けて来た。流石は精鋭であり、その動きはとても素早くて感心する。

「何事だ?」

 公王アルフレッドの声がし、近衛騎士たちが公王に見えるように一部が引いた。

「・・・なんだ、ユウか。大丈夫だ、剣を納めろ」

 公王に言われた近衛騎士たちは剣を仕舞い、引き下がる。だが、いつものように部屋から出て行こうとはせず、いつでも守りに入れる位置で待機した。

近衛騎士たちが引いたことで宮廷魔術師でサーシェス領の領主、クライン・アルバレスト・サーシェスの妻、ミシェルがいることに気付いた。

やはりというか、事の重大さを理解した俺は、まず事情を知っていそうなミシェルに話し掛けた。

「ミシェルさん、何かありましたか?」

「えっと、その前に確認だけど、本当に隠者のユウよね?」

「魔法で姿を変えれますから」

 呆れた顔で溜息まで吐かれた。

「・・・・・・まぁいいわ。あなたが連れて来たヨハン・グリム男爵が、少し前に何者かの手によって殺されていました」

「そうか、やはりか・・・」

「その口ぶり、何か知っているみたいですね」

「追っている人間がいてな・・・その仲間から警告された。しかも、グリム卿を殺したと言った。見せしめだ」

「そう・・・・・・ですか」

 ミシェルが俯いた。悲しめるくらいに仲が良かったのだろう。

 このままミシェルと話すのは酷だと思い、公王に向かって質問する。

「公王さん、この近衛騎士たちは?」

「そりゃあお前、城の中で事件が起きたんだから、警戒態勢になるのは当然だろう。それと、公王さんなんて呼び方はやめてくれ。アルフレッドでいい」

「じゃあアルフレッド、グリム卿の部屋に入っていいか?」

「何をする気か知らんが、構わんぞ。誰か案内してやれ」

「私が案内します」

 落ち込むミシェルが答え、歩いていくので付いて行く。近衛騎士の何名かもミシェルを守るように動き、執務室から出る。廊下には普段はこんな場所に配置されないだろう兵士たちが見張り、巡回をしており、通りすがる使用人や貴族も粛々としていた。

 事件現場と思われる個室の扉の前に到着すれば、魔法による結界が施されていて、その傍に見覚えのあるメイドが座り込んでいた。そのメイドはミシェルと俺と見て立ち上がった。

「隠者様・・・来て下さったのですね」

「君は確か・・・・・・えーっと・・・」

 グリム卿に名前で呼ばれていたのは覚えているが、その名前が出てこない。

「メールです」

「・・・それで、私に何か?」

「ヨハン様より、隠者様宛に手紙を預かっております」

 ポケットから取り出して差し出して来たのは、折り畳まれただけの紙で、ポケットに入っていたせいか少し皺付いていた。

 受け取って開けば、達筆な字で分が書かれていた。


『やあ、隠者のユウ。これを読んでいるということは、私は既に死んでいるだろう。自分がこうなることは分かっていたことだ。君は悲しまないだろうが、私の家族同然の使用人や友人は悲しむだろうね。しかし、こうでもしなければこの老体で問題の糸口を掴めなかったのだ。さて、君と私が追っている"あの方"という人間はかなり慎重な人間で尻尾を出さない・・・その筈だった。私単独では情報を手に入れたところで何もできず、情報を握り潰されたうえで放っておかれることは分かっていたが、未来を不確実にさせる君と繋がることによって、相手も未知数な君を恐れて確実な排除を選んだ。結果として私は奴の仲間によって殺されたが、殺される未来を基準として、複数ある分岐する未来から手繰り寄せることによって、"あの方"が何者で、何処に潜んでいるのかを特定することに成功した。してやったり、だよ。"あの方"の正体は心を操る人間であり、特別な力を持つ女性たちを集めて侍らせる、公国と帝国の闇ギルドの長――カルマという名の男だ。千年以上前から生き続ける不老不死で、魔術や武術も賢者や勇者に劣らぬ実力を持っているようだ。不老不死とは言ったが、不死身ではないぞ。どういった手法かは分からないが、自分の不老不死の力を周りの女性たちに分け与え、長い年月を共に過ごしている。居場所についてだが、公国と帝国の両方に睨みを利かせることが可能で、どちらの国にも行き来がしやすい中間地点――国境のウェンズディ要塞の地下だ。奴は長らくそこに潜み、住人の心を操って地下の根城が存在しないように思い込ませている。以上が、この老いぼれがやり遂げた成果だ。隠者のユウよ、ここで君が手を引けば予定通り公国と帝国の間で戦争が起きる。私はこの国が好きだから、出来れば阻止してもらいたい。首狩り兎のイナハについても、君が助けなければ戦争の引き金として利用され、首輪を繋がれてカルマという男の下で屈辱的な生活を送り続けることになる。君にとっては本来、そんなことは取るに足らないことだろうが、命短い老人が、文字通り命懸けでここまでやってみせたのだ。どうか私のお願いを聞いてくれ。最後にもう一つお願いがある。私の死体はどうだっていいが、メイドのメールを、私の家に帰してやってくれないか。隠者のユウへのお願いは以上だ。次に公王陛下にお願いがある。私の管理していた町についてだが、後継者には私の友人のマスラーを指名する。彼は少し風変わりだが、とても強く勇敢で、優しく誠実だ。教養もあり貴族の仕事も一通り教えている。必ず公国の役に立つだろう。では、皆さまお元気で。ヨハン・グリム男爵より』

 読み終わった俺はその紙をミシェルに渡し、目の前にいるメールに問う。

「なぁメールさん、グリム卿の遺体をどうしたい?」

「・・・出来るなら、一緒に故郷へ帰り、丁重に葬儀を開きたいです」

「分かった」

 扉に張られている結界を払うようにして解き、中へ入る。部屋の中心では入り口から背を向ける形で仰向けに倒れているグリム卿の死体があり、背後から心臓を一突きにされた跡があった。

「メール、こっちへ」

 手招きし、近づいて来たメールに手を差し出す。彼女はそっと俺の手を取り、俺はグリム卿の遺体を掴んで即座に転移した。グリム卿の家の庭に到着し、手を離す。

「ではな、また会おう」

 再び城へ戻れば、ミシェルが丁度手紙を読み終えたところだった。

「・・・ユウ、またあなたはとんでもない相手と戦うのね」

「娘のイナハを救う為だ」

「・・・・・・追及はしないわ。それで、今回もまた依頼として出した方がいいかしら?」

「いや、いい。今回の件は思うことがあるんでな、勝手にやらせてもらう」

「そう。それならもう行きなさい。この手紙は陛下にも読んでもらって、帝国にも使者を出してありのままを伝えるわ」

「使者は出さなくていい。皇帝には私から伝える」

 そう言って俺は転移した。



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