四十話:隠者、ドレスを買う
翌日、早朝に目が覚めた俺はインベントリの中から適当に食料を取り出して食事を済ませ、魔法で汚れや臭いなどを浄化した旅装束に着替えてすぐに家を出て教会へ向かった。
首都だけあって朝は行き交う人々で賑わい、出店や露店の店主が呼び込みをしている。静かに迫っている開戦の気配など幻のようだ。
食料を幾らか買い込みながら教会に到着。子供たちの姿は無く静かなものだ。どんな教会か気にしていなかったが、この静かな状態を機に紋章や彫像を眺めて分かった。女神ミスティアの教会だ。
玄関から中に入ると、左右に立ち並ぶ長椅子の奥で修道服に身を包む老婆が教壇に立って宗教的な説教をしている所だった。前の列には子供たちが座り、少し後ろに一般の信者も何人か見られる。
神様から人間に向けての教えなど既に必要のない俺は聞き流し、隅に控えている誘拐された時に見た修道服を着た若い女に小さく声を掛けた。
「おはようございます」
「おはようございます。あなたは確か、イナハさんのご友人でしたね」
「隠者のユウだ」
「あの伝説の隠者様ですか・・・!!」
小さな声で驚くさまは、ポートローカルの冒険者ギルド職員のナナを想起させた。隠者は一定以上の教養がある人間にとって必修項目なのだろうか。
「・・・イナハはどこにいる?」
「屋根裏におられます」
「そうか」
奥へ移動して屋根裏に到着。扉を開けて入ると、布団の中で気持ち良さそうに寝ているイナハがいた。ウサギのパジャマを着ており、布団がはだけてしまっている。悪戯の一つでもしてやりたいと思ってしまったが、気分を害されて会話に支障が出るのも困るので素直に起こしてやる。
「おーい、起きろー」
肩を揺すること少し、イナハは少し呻いて鬱陶しそうに手を払いのけ、もう一度肩を揺すると目を覚ました。
「・・・・・・ユウ?」
「おはようイナハ」
起き上がるイナハに挨拶すれば、頭も覚醒したのか嫌な顔をした。
「・・・なに女の部屋に忍び込んで来てるわけ?」
「これでいいか?」
変身魔法で女に変わると、溜息を吐かれた。
「・・・それで、朝から何?」
「現状の報告だ。まず衛兵からの逮捕状の件だが、それを出しているドワイト・ジャッジ伯爵に会って交渉し、取り消させた。そして誘拐犯だが、更生するように説得し、指示を出していた貴族のボレス・ハーコート子爵と接触、君やその仲間に手を出さないことを約束させた」
「仕事が早いね」
「イナハの方はどうだ?」
「お城に行って皇帝や仲のいい貴族と話して来たよ。レイクンド公国との国境でいざこざが次々と起こっているって。しかも、それが公国側から起こったって報告ばかりで、皇帝としては戦争はしたくないけど、あまり渋っていると内戦にも繋がるからあまり長い時間を掛けてられない、って言ってた」
「なるほど。では私は、一度公国に戻ってそこら辺を調査してみよう」
部屋から出て行こうとして、ふとアラン、カーン、ザックの三人のことを思い出して振り返る。
「そうそう、もしここにこの前の誘拐犯三人組がやって来たら、教会の警備や力仕事でも与えてやってくれ。名前はアラン、カーン、ザックだ。彼らは冒険者崩れ、仕事があればしっかりやってくれるさ」
「えぇー・・・」
嫌そうな顔だが、もう決めたことなので押し付けるしかない。俺は他人を導けはするが、甲斐性など無い。
部屋から出て転移した先は公王アルフレッドの執務室だ。結界は機能しているようで、ほんの少しだけ集中する必要はあるが、あっさりと転移できた。
「うおっ、誰だあんた!?」
突然の来訪にアルフレッドが驚いていた。自分の立ち位置を確認すると、ちょっと気持ちが逸りすぎてテーブルの上に転移していたようだ。
「これは失礼した。隠者のユウだ」
降りて名乗れば、首を傾げられる。
「隠者のユウ・・・男だった筈では?」
「魔法で変身しているだけだ。それより聞きたいことがあるが、いいか?」
「・・・仕事中だ。手短に頼む」
「では聞くが、レイクンド公国とヘクトル帝国の国境で何かやっていないか?」
「国境で? そんな報告は受けていないぞ」
とすると、帝国側の工作か、或いは公国側の隠蔽か。
とにかく、俺の調査の邪魔にならないように伝えておく。
「・・・ヘクトル帝国側では、国境で公国といざこざが起こっていると皇帝の方に報告が上がっているそうだ。現地の状況を調査してすぐに帝国側へ声明を出した方がいいだろう」
「むう、そうだな」
流石は公王。話が早くて助かる。
「公国の貴族たちの様子はどうだ? 帝国と戦争したいって貴族がいると聞いたが」
「ああ、このところ増えてきている。説得をしているが、聞く耳を持たない。何か知らないか?」
「心を操る人間が暗躍しているそうだ。このことはヨハン・グリム男爵が詳しい」
「ヨハンか。彼には若い時に色々と世話になった。老体には厳しいだろうが、すぐに呼ぶとしよう」
「その必要はない。私が連れて来る」
転移してヨハン・グリム男爵の屋敷の前に到着。門番に挨拶すれば、来ることが分かっていたのかあっさりと通された。中に入るとメイドのメールを傍に控えさせ、旅行用の大きな鞄を椅子代わりに本を読むグリム卿と、傍で腕立て伏せをしているブーメランパンツ一丁のマスラーが待っていた。
グリム卿は入って来たのに気付くと、本を閉じてワクワクを抑えられない子供のような笑みを浮かべた。
「・・・来るのは分かっていたよ。問題の進捗はどうかね?」
「イナハについては当面は大丈夫だ。だが、相手の正体がまだ分からない」
「そうか。私ももう少し若ければ君に同行できたのだがね・・・さぁ、陛下が待っているのだろう? 私とメールを送ってくれ」
「分かった。手を掴め」
「その前に一つ・・・マスラー、後は任せる」
マスラーは腕立てから逆立ちに移行し、少し方向を変えてこちらに向いた。見送りなのだろうが、少し表情が硬い。
「・・・任されたよ」
グリム卿は頷き、俺に向かって言った。
「では、頼む」
グリム卿と荷物を持ったメイドの手を掴み、俺は転移して公王アルフレッドの執務室に戻った。
「ただいま戻った」
「お、戻ったか」
グリム卿とメイドは、アルフレッドと対面するとすぐさま恭しく挨拶した。
「お久しゅうございます陛下。ヨハン・グリム男爵、お呼びにより参上いたしました」
「ああ、畏まった挨拶はいい。それより聞きたいことがある。公国と帝国で戦争を望む声が増えてきている。どういうことか分かるか?」
「ええ、占術によりある程度は分かっております。両国の貴族や、貴族が手を出せない闇ギルドにおいて、心を操る人間が関わっています。ただ、その者は非常に用心深く、調査しても"あの方"という呼び名しか判りませんでした」
闇ギルド――関わったことはないが、傭兵の斡旋や風俗やギャンブル、密輸した危ない物品を扱う組織だ。必要悪として国々に存在する。
一筋縄ではいかないことを認識したアルフレッドは溜息を吐いた。
「・・・そうか。では公王として命じる。暫くは城に泊まり、戦争抑止に尽力してほしい」
「仰せのままに」
「ああそれと、ミシェルに会ってくれ。彼女もあなたに会いたいだろう」
「はい、それでは失礼します」
グリム卿とメールは一礼すると執務室から出て行った。出て行った際、入って来た覚えのない人間に入り口を守っている近衛騎士が中を覗き、俺の存在を認識して二度見をして、公王が全く意に介していないのを察して何も言わずに静かに扉を閉めた。
「ユウよ、お前はまたとんでもないことに関わっているんだな」
「成り行きでね。それより、もし帝国から仕掛けてきた場合はどうする?」
「どうもしない。帝国と国を別つ時に建てられた国境のウェンズディ要塞は、お互いに難攻不落という認識だ。仕掛けて来ても必ずあそこで止まる。迂回路の山には凶悪な魔物も多く住み着いていて、軍隊が通れるような道もない。余程の戦力を投入しない限りは落ちんよ」
確かに外側からの攻撃ならば耐えるだろう。だが内側からならどうなるか・・・。
「・・・まぁ、落ちないといいな」
「手伝ってはくれないのか?」
「私は友人を救いに動いているだけだ。戦争なんぞ知ったこっちゃない」
「はは、俺は友ではないと?」
冗談っぽくも、公王からそんな言葉を貴族や庶民が聞けばとても名誉あることなのだろうが、俺としてはどうでもいい。
「良識ある知人だな」
「そうか。なら、いよいよとなったら依頼は出させて貰う。それでいいか?」
「依頼なら、まぁ受けなくはないかもしれないな。ではまた」
用も済んだので転移して帝国の教会へ帰還する。
教会の屋根裏部屋の扉の前に移動したことを確認してさっさと中に入れば、イナハがパジャマのまま簡素なテーブルで遅めの朝食のパンを食べている所だった。
「戻ったぞ」
「・・・ノックぐらいして欲しいんだけど・・・で、どうだったの?」
「公王に状況を説明したら、帝国に向けて声明を出すそうだ。あとは帝国側の貴族たちを抑えれば、暫くは持つだろう」
「あんたもなんだかんだ言って、王族とか貴族にコネあるよね」
「物事を動かすなら上から説得した方が早いから、そうしているだけだ」
「あっそう。それで、これからどうするの?」
「正直なところ手詰まりだ。貴族や闇ギルドを調査しようにも範囲が広すぎる。私としては、今ここで君を攫って面倒事から手を引きたい」
「それは駄目」
イナハよ、状況は既に貴族でもない個人が処理できるレベルを超えているぞ。
とは言えず、俺は半ば諦観しつつも問い掛ける。
「・・・・・・では、イナハはどうする?」
最後の手段として、面倒だが貴族一人一人を脅しまわったり闇ギルドに繋がる風俗店や闇市を虱潰しするという手はある。
「それなんだけど、明日、皇帝が前から予定していた社交界を開いて貴族に聞き込みするから、参加しないかって誘われてるんだ。ほらこれ、招待状。ユウのもあるよ」
取り出したのはしっかりとした材質の封書が二つ。一つはイナハのもので、既に帝国の紋章の封蝋が開けられている。もう一つの『隠者のユウ様へ』と書かれたそれを受け取って開ければ、二つの紙が入っていた。一つは正式な招待状。もう一つは挨拶文だ。軽く流し読みすれば、定型的な挨拶と、隠者という職業の人間に興味があるから来い、的な内容が書かれていた。
「・・・社交界ねぇ」
少し前にドラゴンズトゥームの代表の一人として参加したことがある。面倒臭いが大事な外交の場だ。イナハのような純真な少女を誘うとは、皇帝はうつけ者か、或いは切れ者か。
「・・・嫌なの?」
イナハが不思議そうに俺を見ていた。
「どちらかと言えばな」
「じゃあ、私一人で行こうか?」
「いや、私も行く。イナハもその方が安心するだろう?」
「どちらかと言うと不安なんだけど」
「まぁ気にするな。それより、社交界はいつだ?」
イナハと一緒に参加するのならば女の方が都合がいい。だがドレスは持っていない。男の礼服ならあるが。
「えっと、三日後だったかな?」
「すぐだな」
思わず声に出てしまう。
読み返してみれば、手紙には各会のドレスコードやマナーの説明が書かれており、招待状の方にはしっかりと日時と場所、お茶会、舞踏会、晩餐会などの進行予定が書かれていた。おまけに朝から教会まで迎えの馬車を寄越すようだ。
既製のドレスを買うにしても、サイズ調整に掛かる時間を考慮するとギリギリ過ぎる。
俺は最悪、魔法による誤魔化しができるが、イナハはどうだろう。
「・・・イナハ、君はドレスを持っているのか?」
「お城にあるドレスを貸してくれるから、大丈夫」
イナハは気付いているのだろうか、そういうのは王族の予備やお古だということに。
ただ、指摘しない方が面白くなりそうだから黙っておく。
「・・・では、私は衣服を調達してくる」
「いってらっしゃい」
イナハに見送られて街に繰り出し、少し格式の高そうな服屋に入って女物の衣装を買い込みつつ聞き込んで到着したのは、貴族の居住区に近い場所に建つ、貴族御用達しの『仕立て屋:デルフィニウム』だった。
看板は服と鋏と彩のあるデルフィニウムの花束で、ショーウィンドウには見事なデザインの男性の礼服と女性のドレスが飾られている。入り口の両開きの扉は赤と青で分けて着色されてとても目立っていた。
その店だけの異質さに、俺は緊張を覚えてドアノブに手を掛け、一旦深呼吸して開いて中に入る。
チリンチリンッ、と扉に架けられた鈴がが心地よく鳴った。
中は区切りこそないものの、青い扉側は紳士用の衣服やそれに付随する小道具があり、幾つか既製の品が飾られていて、実に計算されたスマートな配置だ。赤い扉側には女性用のドレスや小道具が沢山あり、彩り豊かで見ているだけで心を躍らせる。奥には幅広のカウンターがあり、その裏には様々な布が棚に入れられている。裏口からは完成した衣装が幾つか見え、そこから紐の物差しを首から下げた人間が出て来た。
白いシャツに黒いベストに黒いクロスタイを締め、スラッとしたズボンに女性向けの黒い革靴、という現代のスーツと遜色ない服装をしている。ただ、男女の判別が難しい。
というのも、中性的で端正な顔をしており、ミステルミスでは高価な化粧を施し、肌は勿論のこと、眉やエメラルドの瞳の目の周りなどがしっかりと調整され、唇には自然な色合いの淡い紅が塗られている。プラチナブロンドの髪も手入れが行き届いていて、黒いリボンで後ろに括られて伸びている。体型も細くしなやかでくびれもあるが、胸部は薄い。歩き方は女性だが、まだ分からない。
「いらっしゃい」
挨拶してきた声もまた中性的で、俺は悩むぐらいならと聞いた。
「・・・男か女、どっちです?」
「体は女、心は男だよ」
あっさりと答えてくれるが、人間としての脳が混乱しそうだった。仕方なく神の視点で肉体と精神を覗いてみると、彼女――彼の言う通りの状態だった。
「・・・突然の質問、失礼した。私は隠者のユウ。あなたは?」
「『仕立て屋:デルフィニウム』の店主、アンジェリカだ。アンジーと呼んでくれていい。それで、今日は何をお求めで?」
彼女の淡泊な応対に俺の緊張は消え、安堵しつつ正直に答えた。
「皇帝が開く社交界に急に招待されてしまってね・・・急遽ドレスを用意しなければいけなくなったんだ。三日後なのだが、どうにかなるか?」
「三日後か・・・フルオーダーのドレスの仕立てには半年は掛かる。普通は断るけど・・・」
と、俺の体を爪先から頭のてっぺんまで観察してきた。
「・・・体に触れて採寸をしてもいいか?」
「どうぞ」
アンジーが近寄って来て軽く採寸を行った。
採寸が終わると離れて頷いた。
「・・・うむ、君は実に運がいい。私が個人的に作っている最新のドレスの寸法とほぼ一致している。手入れする部分もそう手間のかからない場所だ。値段交渉次第だが、それを売ってもいい」
「なら、まずは現物を見せてくれ」
「ではこちらへ」
カウンター裏の部屋に通されると、そこは工房だった。大きな製図台が隅に置かれ、大きな紙が傍の棚に幾つも丸められて入っている。他の隅にも装飾品の小物が入った大きな棚と化粧台があり、仕立てに使う道具が整頓された状態で置かれていた。壁の一面はカーテンが閉じて隠され、天井に張られたロープにはハンガーに掛けられたジャケットやコートが薄い布を被って吊られている。真ん中には作り掛けのドレスがあり、アンジーはそれを通り越し、隅に置かれて布を被せられている前に立った。
「これをお披露目するのは君が最初だよ」
そう言って布に手を掛けて取り払うと、そこには一目見ただけで素晴らしいと判断できる鮮やかな黄色のドレスがあった。滑らかで艶のある絹の布地に、派手過ぎない装飾が為されている。
「・・・凄いな」
が、これでは目立ち過ぎる。
ただ、他にドレスの当ても無くて背に腹は代えられない。
「・・・靴や手袋、その他のおすすめの装飾品もお付けして、希望価格は大金貨十枚。買われますか?」
「買おう。これでいいか?」
即決で言い値分の大金貨を差し出す。
フッとアンジーは静かに笑みをこぼした。
「・・・即決とは恐れ入りました。細かく採寸をしますので、下着を残して、服を全て脱いでいただけますか?」
「ああ」
俺が服を脱いでいる間に、店に通じる通路の扉が閉じられた。
それから足のサイズから定番のスリーサイズ、首や頭のサイズまでしっかり測定された。
「ありがとう。もういいよ」
「・・・で、完成はいつになる?」
「明日には完成する。また来るがいい」
「では、また」
教会に戻る途中、禿の男アラン、痩せた男カーン、無精髭のザックの三人が少し離れた建物の隅で教会を見ていた。子供たちが道端で遊んでいる。
丁度背後から来てしまった為、三人は俺に気付いていない。
痩せた男のカーンが口を開いた。
「・・・なぁアラン、いつまでこうしているんだ。堂々と教会に入れば済むだろうに」
「まぁ待てよカーン、俺たちは確かに顔を隠していたが、服装はそのままだし、体格だって変わっていない。子供は騙せても中にいる大人や首狩り兎にはバレる。そうだろうザック?」
「ああ。けど・・・本当にユウの姐さんは教会にいるのか?」
「喫茶店には謝罪も兼ねて聞き込みをしたんだ。いるさ絶対に・・・」
まだまだここに居座るつもりのようで、通りがかった人から不審な目で見られている。仲はいいが、揃いも揃って不器用なのは、残念だと思いながらもマスコット的な愛嬌を感じた。
そろそろ声を掛けてやる。
「おい」
突然の声に三人が同時に振り返った。
「「「姐さん!」」」
「姐さん言うな。それより、教会へ行くのだろう?」
「へい、そうです」
「でも俺たち・・・入り辛くて」
「ここで姐さんを待ってました」
「・・・まぁいい。行こうか」
三人を引き連れて教会へ入ると、掃除をしている修道服を着た若い女と老婆の二人がすぐに警戒した。
若い女性は老婆を守るように箒を構え、老婆が神に祈りを捧げてから言った。
「・・・ユウ様、そこの三人はもしや誘拐犯では?」
「ああ。紹介しよう、禿の男がアラン、痩せた男がカーン、無精髭の男がザックだ」
「アランです」
「カーンです」
「ザックです」
三人は名乗り、顔を見つめ合って一斉に頭を下げた。
「「「誘拐なんてして、すいませんでした!」」」
若い女性は困惑して構えている箒を下げ、老婆を俺を見つめた。説明しろと。
「・・・見ての通り、三人はいい奴だ。許してやってくれ」
「そうですか。アラン、カーン、ザック、顔を上げてください。確かに誘拐は罪なことです。ですが今悔い改めていらっしゃるのなら、私はその罪を赦しましょう。それに、あなた方が謝る相手は他に居ますよ?」
顔を上げた三人はポカンとしている。
鈍いなぁ。
老婆もこの三人がどういう人間なのか分かったのか、少し困りながらも微笑んだ。
「・・・仕方ないですね。ナディア、ルールーを連れて来てもらえますか?」
「はい」
ナディアと呼ばれた女性が小走りで外へ出た。
「・・・自己紹介がまだでしたね。私はこの教会を預かっている教会長代理のブレアです。さっきの子はナディア。よろしくお願いします」
「・・・へい、よろしくお願いします」
代表して禿のアランが答え、三人は再び頭を下げた。
俺も気になったことがあったので、ついでに聞いてみる。
「ブレアさん、司祭ではないんですね」
「ええ、元の司祭は二十年前に何者かの手によって殺されました。それ以降はなり手がおらず、元々司祭の補佐として移住した、いち修道士の私が代理として切り盛りしております。そしてイナハさんには、二年ほど前から気に掛けてもらっています」
「そうですか」
どうやら、施しの類は必要無いようだ。
ナディアが誘拐された当人であるルールーを連れて戻って来た。
三人はここでようやく察したようで、自ら歩み寄って目の前で正座した。誘拐犯で、しかも大の男が三人一斉に正座したのだから、ルールーは完全に怯えてナディアの後ろに隠れた。
「あ、あの時は・・・誘拐して済まなかった!」
「「済まなかった!」」
三人が勢いよく頭を下げたのを見たルールーは、ナディアの修道服の裾をぎゅっと握りながら三人を見つめ、言った。
「・・・・・・もう、怖いことしない?」
「・・・ああ、しない」
「俺もだ」
「今度は俺たちが守る」
「・・・・・・じゃあ、いいよ」
ルールーは言い終わると、その場から逃げるように外へ行ってしまった。
これにて一件落着。あとは三人次第なので、俺は屋根裏部屋に戻ろうと移動すると、階段でイナハと出会った。どうやらこっそりと様子を見ていたようだ。
「ただいま」
「おかえり。本当にあの三人を連れて来たんだね」
「約束したからな。あとはイナハに任せる」
屋根裏部屋に戻ってのんびりと過ごし、食事の時間になると俺は町へ出て酒の飲める店に入った。流石に宗教的な施設で堂々と酒を飲むほど非常識ではない。
翌日、すぐに『仕立て屋:デルフィニウム』に向かった。
チリンチリンッ、と昨日と同様に扉に架けられた鈴がが心地よく鳴った。
昨日とは違ってアンジーはカウンターで朝の新聞を読んでいた。
「・・・いらっしゃい。待っていましたよ。こちらへ」
新聞を畳んで置き、立ち上がって奥の工房へ移動した。俺も付いて行くと、昨日の作り掛けのドレスは隅にやられ、真ん中に購入したドレスが設置されていた。テーブルには合わせる装飾品の数々が綺麗に並べられている。
「それでは最終調整として試着をしてもらいます。というわけで脱いでください」
「ああ」
服を脱いで、説明を受けながら手順通りにドレスを着ていく。
ドレスを着て全ての装飾品も身に付け、さらに髪を整え化粧を施したところで、壁の一面を隠しているカーテンを開けて大きな鏡がドレス姿の俺を映した。
・・・これは、目立つなぁ。
絶世の美女、とまではいかないが、一切歪みの無い端正な顔や体型とそれに見合う上等なドレスに、一目置かれるだろうことは間違いなかった。
「大変似合っていますよ。ドレスの具合はどうですか?」
「・・・ああ、問題ない。完璧だよ」
「それは良かったです」
ドレスを脱いでいつもの旅装束に戻り、その間にドレスと装飾品やらを綺麗に入れてくれた紙箱を受け取る。
「お買い上げ、ありがとうございました」
「また来るよ」
見られても安易に他言はしないだろう人間だと判断してその場でインベントリに仕舞い、店を出て教会に戻る。
女神ミスティアの教会では、アラン、カーン、ザックの三人が早速男用の修道服を着て雑用や力仕事、教会の一員としての勉強に勤しんでいた。イナハは子供たちと遊びながら料理やお菓子作りなどを行い、俺もそれに付き合わされた。
そして社交界の日の朝、教会の前に帝国の紋章の付いた豪奢な馬車が止まり、いつもの服装の俺とイナハは礼服姿の御者に招待状を確認してもらってから乗り込み、城へと向かった。
馬車はそのまま城の中に入り、すぐに皇帝がいる謁見の間の裏側の控室に通された。
使用人や大臣、近衛騎士がいる中、尤も豪奢で威厳のある服を着てプラチナブロンドの髪の上に王冠を載せた若い男が心地よさそうな椅子に座っていて、俺とイナハを見るとすぐに立ち上がり両手を広げて歓迎しながら歩み寄って来た。
「やあやあ、イナハと隠者のユウ、よく来てくれたね」
「呼ばれて来たけど、午前中はこの格好でいいんだよね?」
いつものバニースーツを着ているイナハはこの中では最も異質だが、皇帝は全く気にせずに答えた。
「ああ、問題ない。午前の予定は貴族の当主を集めての議会で、女子供やその他の招待客は、騎士団や将軍たちが率いる兵士たちの武術大会を見てもらう。将軍の気分次第だが、君たち二人は凄腕冒険者として、模擬戦を申し込まれるかもしれないがな」
だから午前は普段通りの格好を指定したわけか。そういう予定なのだろう。
イナハも察したようで、露骨に嫌な顔をしている。
「・・・私、そういうので目立ちたくないんだけど」
「その時になったら将軍に掛け合うといい」
イナハとの会話は終わったとばかりに、俺の傍に寄って来た。
「自己紹介が遅れた。俺はヘクトル帝国皇帝、アルバート・ヤード・ヘクトル四世だ。気軽にアルバートと呼んでくれ」
「隠者のユウだ」
握手を交わした所で、アルバートはチラチラと俺の足から頭を見た。
「・・・ところで、隠者のユウは男だと聞き、少し前にイナハからは今は女だと聞かされた。正体はどっちなのだ?」
「どっちでもある。場面に応じて使い分けているだけだ」
「へぇ、伝説通りだな。まぁ、舞踏会や晩餐会までは好きにするといい」
アルバートは控室から出て行ったので、俺たちもここから出た。
一部微修正。




