三十九話:傭兵
女体化注意。
イナハの話なんて聞かずにさっさと行くべきだった。
玄関扉についている呼び鈴が鳴り、変身魔法で女性になりっぱなしの俺は愛想笑いを浮かべながら声のトーンを数段挙げて挨拶する。
「いらっしゃいませ~♪」
ウサギの耳と尻尾のあるウェイトレスの格好で客を案内し、おしぼりと水を置いてメニューを渡して離れる。
どうしてこうなってしまったのかは言うまでもない。イナハの案によるものだ。
案は至って単純、"ウェイトレスの振りをしてわざと捕まり、貴族の動向を探れ"というものだ。俺は当然拒否したが、本物のウェイトレスを危険に晒さない為にやってくれと言われ、渋々引き受けた。店主との話は、わざわざチート装備のバニー衣装を脱いで普通の庶民服を着込み、髪型を変えたイナハが同行して説得した。
店で一晩過ごして翌日、来るであろう誘拐犯の為に朝から店を掃除する。
・・・・・・帰ったら、本格的に隠居しよ。
なんてことを考えながら業務をそつなくこなし、朝のセットメニューを求めてやって来た客をさばいた。
客が居なくなった頃に、例の誘拐犯三人組がやって来た。一応店に来るだけあって身嗜みは最低限整えているようだ。腰に提げているアイテム袋が目立つが。
「いらっしゃいませ~♪」
内心うんざりしている挨拶をしつつ、三人を案内する。一番安い紅茶を三人は頼み、少ししたところで一人の男が立ち上がって店内の奥へ行き、あろうことか厨房へ入って行った。
敢えて玄関近くで装飾品を適当に掃除していた俺は呼び止めよう動いて隙を見せると、二人の男が俺の背後に回って素早くナイフを首元に突きつけた。
そして、耳元で囁いて来る。
「動くな、そして声を出すな。いいな?」
乗る必要もないが、コクコクと黙って頷く。
すると、素早く猿轡を嚙まされ、手を後ろに回されてロープで素早く縛られた。そのまま俺は麻袋を被せられて二人に担がれて何処かへ連れて行かれてしまう。
・・・めんどくさ。
そんな思いをしつつ運ばれること何分か、降ろされて麻袋が取られた所はひやっとしていて窓がなく暗い倉庫のような一室だった。
「よお、お嬢さん。あんたも災難だな」
無精髭が目立つ冴えない男が同情心か何かで言ってくるが、どうでもいい。
二人目の少し瘦せた男は、あろうかことか俺の胸を揉みながら言った。
「雇い主からは怪我をさせるなとは言われていない。この意味が分かるだろう?」
分かるとも。俺も犯される筋合いはない。
だが、顔に出せば何かされるので演技に徹し、か弱い女性の振りをして軽く身震いしながら小さく頷く。
無精髭の男は足をロープで縛り、さらに鉄の首輪を取り出して俺の首に嵌め、付いている鎖を適当な棚に括りつけて立ち上がった。
「じゃ、大人しくしてるんだぞ」
「でないと、俺が遊んでやるからな」
二人が離れて行く。簡素な石の階段を上がって明かりのある上へ行くのを見届けた俺は溜息を吐いた。
暫くして、上の方で物音が聞こえ、二人が歓迎をしていることから三人目が帰ってきたことが分かった。
・・・・・・飽きた。
透過の魔法で縛っているロープも首輪も一瞬で抜け出して体のコリをほぐしながら立ち上がる。神の力を少し使ってこの建物の扉という扉や窓の時間を止めて閉鎖空間を作り出し、投げナイフを一本手に持って床や壁をすり抜けて三人に会いに行った。
テーブルで酒盛りしている三人の内、無精髭の男と厨房に足を踏み入れていた禿の男と目が合い、二人はみるみるうちに血の気が引いていく。
「どうも」
軽く挨拶し、手前にいる背中を向けていた少し痩せた男のテーブルに出ていた手をザクッと刺して縫い付ける。
「ぐああっ! って、ええっ!」
「う、うわああああああ!」
「こ、このお!」
少し痩せた男は二度見して愕然として固まり、無精髭の男は逃げ出そうとして扉を開けようとする。禿の男は咄嗟に傍に置いていた剣を手に取って振るってくるが、魔力も籠っていない物理攻撃ではこの透過の魔法の対処など出来る筈がない。空振った剣は壁に当たっただけだ。
五月蝿いので、もう一本投げナイフを取り出して手を縫い付けている少し痩せた男の首筋にピタリと当てて言う。
「騒ぐな鬱陶しい。今ここでこいつの血を嫌というほど浴びたいか!」
シン・・・と静かになる。犯罪に手を染める弱い人間には命を天秤に掛けた脅しがよく効くものだ。
「・・・よしいい子だ。お前ら全員、地面に座れ」
ナイフを抜いてやると、すぐさま地面に並んで座ってくれた。
わざとらしく投げナイフ同士で研ぐように擦って音を立てると、大の男三人が緊張で背筋を伸ばす。
まずは手を負傷した少し痩せた男の首にナイフを突きつけて問い掛ける。
「まずお前から質問に答えろ。誘拐を行った理由はなんだ?」
「や、雇われてる貴族にやれって命令されただけだ。それ以上は何も知らない」
「ほお、貴族か・・・。その貴族の名前は?」
「ぼ、ボレス・ハーコート・・・子爵だ。頼む、これ以上は知らない」
ジトっと吐息の掛かる距離で目を見てやり、ナイフを一本仕舞って片手を負傷した手に添えてやり、回復魔法で傷を治してやる。
「・・・えっ」
意外そうに見つめるが、俺だって畜生ではない。
次に無精髭の男の首にナイフを当てる。
「さて君は、ハーコート卿について何を答えてくれる?」
「お、お、お・・・俺は何も知らない。雇われた冒険者崩れだ」
「そんなことはないだろう。ハーコート卿の評判はどうだ?」
「評判・・・評判はよくない。一昔前の戦争で、鉱山地帯のドワーフたちを帰属させた功績で成り上がった貴族だが、最近は大きな戦争も無くて、管理してる鍛冶関連の仕事に活気が無くてすっかり落ち目だって聞く」
「そうかい。じゃあお前はハーコート卿が何を望んでいると思う?」
「そんなこと知るわけ――」
少し強く押し当て、首筋から血が垂れる。
緩めて返事を聞く。
「・・・戦争だと思う。大きな戦いがあれば、鍛冶は活気づく。もういいだろう?」
「ああ、いい答えだ」
戦争か。だが、それではイナハを排除する口実としてはちと薄い。彼女は人を積極的に殺しはしないし、戦争への招集にも応じないだろう。
最後に禿の男にナイフを首に突きつけて期待薄の質問をする。
「ハーコート卿の裏には誰がいる?」
「それこそ、俺たちは知らない。そもそも貴族の背後に誰かがいるって、ありえるのか?」
「ありえるから質問している。どうだ、心当たりは?」
「ない。そんな薄気味悪いことになってるなら、俺たちはとっくに逃げ出してる」
嘘は吐いていないようだ。
投げナイフを仕舞うと、三人は安堵したのか息を吐いた。
さて、三人の処遇についてだが、殺すのも面倒臭い。
懐に手を突っ込み、大金貨を九枚出して三枚ずつ三人の前に置いた。
三人は戸惑いながらも顔を見合わせ、禿げた男が代表して口を開いた。
「・・・これは、どういうことだ?」
「君たちを雇いたい。仕事を引き受けてくれれば、貴族から離れて、真っ当な社会復帰の道を提示しよう。どうだ?」
「そ、そんなの・・・・・・いいのか? 俺たち誘拐犯だぞ?」
「それがどうした。人を攫えるくらいの技量があるんだ。人を守ることだってできるだろう?」
禿げた男が二人の顔色を窺うと、二人は強く頷いた。
「・・・・・・わかった。引き受けよう。俺はアラン。こっちの痩せた方がカーン。無精髭がザック」
「そうか。私はユウだ」
立ち上がった三人と握手を交わし、俺は酒と飯を取り出して一緒に酒盛りをした。どんどん飲ませて酔わせると、禿の男のアランが語り出した。
「・・・聞いてくれユウ。俺たち最初は、真っ当な冒険者だったんだ。才能もない万年低ランクだったがちゃんと働いていた。でも、数年前から町の周辺は安全になり始めた。別にそれはいいことだから、俺たちも最初は気にしなかった。ただ、次第に依頼の数が少なくなってきて、気付いた時には仕事にありつけない日々が続いた。それからだ・・・俺たちは盗みを始めた。仕方なかったんだ。遠い村からやって来た学が無い俺たちに、他に働く手段なんて分からなかった」
語り終えると、アランはエールを呷る。もはやいつ倒れてもおかしくない。
次に痩せた男のカーンが俺に肩を回して酒臭い息で絡んで来た。
「俺たちは一生懸命やったんだ。働いて、美味い飯を食って酒を飲んで、あんたのようなイイ女と結婚したかった。だけど、気付けばもうこんなオッサンになっていた」
カーンの回していた手が胸に伸びて揉まれる。流石にそこまで気を許してやっているわけではないので、手を掴んで怪我しない程度に強く握り潰してやる。
「あだだだだだ・・・わかった、わかった、やめるから」
少し酔いが冷めたカーンは、握り潰した手を労わりながら、まだ酒を飲む。
無精髭のザックは、二人よりは飲めないのかテーブルに伏して寝息を立てていた。
これ以上の酒盛りは夜に貴族の邸宅へ入るのに不都合と判断した俺は、酔っているのをいいことに二人を魔法で眠らせた。
このまま黙って運ばれるのも時間が勿体ないので、俺は認識阻害と透過の魔法を掛けて建物から出て行く。陽が傾き始めているが、行動するならまだ行ける時間だ。空を飛んで上空から現在地を確認すれば、風俗や飲み屋といった建物が立ち並ぶ区画の隅のようで、営業時間でないからか人通りは殆どない。
場所を覚えてから衛兵詰所に再び赴く。衛兵隊長の部屋にぬるりと入るが、またしても誰もいなかった。テーブルの上には何も置かれておらず、俺は書類棚を調べて住所録を見つけ、ドワイト・ジャッジ伯爵の居場所を突き止めた。
では行くか。
壁をすり抜け、人すらすり抜けて真っ直ぐに向かった先は勤務地の城近くに建つ厳かな雰囲気漂う石造りの白い建造物。天秤の彫像が入り口の真ん中に飾られていて、衛兵隊長が入り口の扉から出て行ったところだ。
中に入ればピカピカの大理石が敷き詰められていて、通路として汚れ一つない赤いカーペットが敷かれている。入り口すぐに受付カウンターがあり、立っている職員の若い女性は随分と暇そうにしていた。適当に屋内を歩いて回って中を覗いて行くと、一番豪華な扉で目当ての人物だろう相手を発見した。
その部屋は難しそうな本と大量の書類を閉じたファイルで敷き詰められた棚で壁が殆ど埋められた部屋で、手前には応接用のテーブルとソファーがあり、奥には大きなテーブルがある。その上には幾つかの本
とファイル、置時計、書類の束が載っていて、木の幹を加工して磨き上げ"ドワイト・ジャッジ"その人の名前が彫られていた。ドワイト・ジャッジ伯爵は黒い法服を着ていて、人相がきつくて鋭い目の白髪の老人だ。今は仕事中のようでペンで何かを書くことに集中していた。
そっと動いて後ろに回り、羊皮紙に書いているものを見れば、それはイナハの謂れのない犯罪に対する逮捕状だった。俺は認識阻害と透過の魔法を解除し、投げナイフで書いている羊皮紙に突き刺した。
ドワイトは手を止め、眉を顰めながら俺の手の辿って振り返った。
「・・・誰かは知らないが、私に何か用かね?」
怒りも動揺もしない・・・強い人間だな。
「初めましてドワイト伯爵。私は隠者のユウだ。話をしに来た」
「そうですか。聞くだけ聞きましょう」
「なら言わせて貰うけど、何故イナハを逮捕しようとする?」
「簡単なこと。多くの貴族に頼まれたからだよ。金を積まれてね」
・・・ああ、こいつ金の亡者か。
「・・・なら、幾ら出せば取り消せる?」
「ふむ・・・貴族たちへの約束を反故するというのだから、かなり高くなる。具体的にはこれだけだ」
投げナイフが刺さって台無しになっている羊皮紙の端に金額を書いて見せた。その額、大金貨が四桁ほど。
「いいだろう」
俺は応接用のテーブルに大金貨の山で埋まるほど載せてやる。俺にとっては既に端金だ。ドラゴンズトゥームで活躍する度に黄金騎士で国王のヘクターが生成した金貨を報酬として渡して来るものだから、道楽で過ごしても使い切れない金が貯まっていた。
金貨の山を見たドワイトはほくそ笑んだ。
「・・・いいでしょう。冒険者、首狩り兎のイナハに対する逮捕状の捏造はやめましょう。しかし、分かりませんな。隠者のユウは男だと聞いていましたが」
「魔法を使って姿を変えてるに過ぎん。あと、もしも新たにイナハを陥れることに加担するなら、次はあんたの首が無くなると思え」
「承知した。流石の私も、賢者に並ぶ実力の隠者とは敵対したくない」
「そうかい。なら情報提供も頼めるか?」
「答えられることなら答えましょう」
「なら問う。貴族たちを裏で操っている奴がいる。心当たりはないか?」
「ありませんな。私は貴族間での争いなどに興味がない故」
「そうか。邪魔したな」
「ご縁があれば、また会いましょう」
彼を使って調査を依頼するのも一つの手だが、面倒事を押し付けられそうな気がしたので早々に認識阻害と透過の魔法で姿をくらまして去った。
元の場所に戻って休憩し、陽が落ちてすっかり暗くなったところでアラン、カーン、ザックの三人組を起こし、予定通り貴族の家まで運んでもらうことにした。
「姐さん、本当にいいんですね?」
禿の男、アランがロープを縛った後に確認してきた。
「ああ。それと姐さん言うな」
「へい、姐さん」
「・・・・・・」
わざとか? それとも忠誠心?
・・・いいや。
面倒臭いので黙り、猿轡もされて麻袋を被せられて運ばれた。外から再び屋内に入って降ろされて麻袋を取られると、目の前にボレス・ハーコート子爵が立っていた。座っている時よりも立っている時の方がお腹が大きくて迫力がある。彼を気にせずに周囲を見渡すと、薄暗いが執務室だということが分かり、男が一人壁に背を持たれ掛けさせていた。顔は暗くて見えないが、剣を腰にぶら下げ、皮鎧を身に付けている様から、冒険者や傭兵の類だろうと推測した。
ボレス・ハーコート子爵が気持ち悪い笑みを浮かべながら話し出した。
「やあお嬢さん、よく来てくれた。これから君には少し窮屈な場所で過ごしてもらうことになる・・・」
彼は俺から視線を外し、不快な表情を浮かべてまだいる三人に唾を飛ばしながら怒鳴った。
「・・・何を突っ立っている! お前たちにもう用はない。出て行け」
「は、はい!」
アラン、カーン、ザックの三人はすたこらと部屋から出て行った。
「・・・ではお嬢さん、ゆっくりしていきたまえ。なあに、心配はいらない。少しの間、ここにいてもらうだけだ。連れて行け」
ボレス・ハーコート子爵の指示に男が動き出した所で、俺も動く。
透過の魔法で縄抜けして立ち上がり、インベントリに仕舞っていたゼーレを取り出して鞘から引き抜く。男も只事でないと即座に察知して剣を引き抜き、子爵を守るように素早く移動して構えた。そこで顔が見えた。全く知らない誰かだが、短く刈り上げたプラチナブロンドに綺麗なグリーンの瞳、傷一つない甘いマスクの顔は自信と闘争の笑みを浮かべており、佇まいから相当できる人間だと分かった。
子爵は男に守られながら、ただただ驚くだけだった。
「な、なんだ・・・どうして捕らえた女が抜け出すのだ!?」
「こいつは普通じゃないってことでしょう。ハーコート卿、安全な場所に避難を」
「ああ、そいつの始末を頼む」
「期待はしないでください」
ドスドスと音がしそうな歩き方で、ボレス・ハーコート子爵は男に庇われながら横を通って部屋から出て行った。俺としてもさっさと子爵本人に問い詰めたいところだが、この男に隙が無くて手が出せなかった。構えている剣も魔力が込められていて、透過の魔法の対策をされている。
睨み合いが続くと、彼はフッと力を抜いて剣を下ろして見せた。だが全く隙が無い。
「・・・女、名前は?」
「隠者のユウだ」
「隠者? 隠者って、魔王を討伐した・・・本人か?」
「そうだ」
「おかしいな、男だって聞いていたが」
「魔法で変身しているだけだ」
「ああ・・・変態だな」
挑発か、それとも素なのか、言われても仕方ないので怒る気にもならない。
「・・・好きでやっているわけじゃない」
「その胸や股はどうなってる。本物か?」
「本物だ」
「へー・・・今度、俺と寝ない?」
「断る。抱かれたくもないし、あんたこそ変態だ」
「男は皆変態。そうだろう?」
「・・・否定はしない」
会話もそこそこにゼーレに魔力を込めつつ振って斬撃を飛ばすが、下がりつつあっさりと弾かれた。
「おお、怖い怖い」
そう呟く彼は楽しげに笑っていて、余裕を見せつつ構えた瞬間に踏み込んで剣を振るってきた。常人では考えられない速度での剣捌きに、剣と剣がぶつかり合う金属音が一秒の内に数回響き、そこから巧みな足捌きで互いに剣を振るって押して引いての攻防をして、重い一撃を察知して受け止め、一層高い金属音が響いて衝撃波が起こった。テーブルの書類が舞い、物が落ち、窓が割れ、照明の魔石が割れて消えた。
鍔迫り合いの状態で互いに剣を震わせながら、男が声を掛けて来る。
「――そういや名乗ってなかったな。俺はロイド。傭兵だ」
傭兵――冒険者には任せられない汚れ仕事もやる、非合法の何でも屋だ。
「そうかい。真っ当な職に就く気は?」
「無いな。自由気ままに生きていくって、来た時に決めたからな」
言葉からまさかと思う。
「・・・転生者か?」
「正解。あんたは何かを探っているようだけど、何故だ?」
「イナハには借りがある。だから救いに来ただけだ」
「なるほど。砂糖より甘い転生者のお嬢ちゃんの為か」
言い終わるとロイドから飛び退いて離れた。俺が前に詰めようとするとさらに後ろへ下がり、ロイドの背が扉に当たった。
再び睨み合いとなる。
「・・・・・・じゃあな」
突如、爽やかな笑みを浮かべて剣を鞘に素早く仕舞い、身を翻して扉から出て行ってしまった。一連の華麗な逃走に、俺は溜息を吐いた。
逃げられた。重要参考人だったんだがな・・・。
そうは思ったが、ロイドの実力は勇者のリュウヤ並みであり、捕縛するにもかなり危険な相手だった。
仕方ない。
ロイドを追うのは諦めて、俺は水晶玉を生成して神の力を込め、ここら一帯の過去の状況を覗き見た。過去を変えることはかなり危険な行為だが、覗き見るだけならば問題はない。
時間と場所を指定して覗き見るのはボレス・ハーコート子爵の方だ。彼は廊下を走り、幾つかの部屋を経由して数名の家来たちを呼び集めると、すぐに馬屋に出て馬と馬車を用意し、そのまま家来を連れて町の外へと走り出した。
貴族の事だ。住まいが幾つかあるのは当然か。
俺は認識阻害の魔法を掛け、割れた窓から飛んで暗い夜空の中、ボレス・ハーコート子爵を追った。
ものの数分で追いつき、俺は付き進む先に炎の壁を展開して馬の足を止めさせた。すぐさま転進しようとするのを、さらなる炎の壁を展開して囲い込んだ。馬に跨る家来たちも唖然とした顔で立ち往生し、ボレス・ハーコート子爵が馬車から出て来て燃え盛る炎の壁を見て呆然と立ち尽くした。
俺は降り立って認識阻害の魔法を解除して姿を見せると、武装している数人の家来たちが剣を構えて子爵を守るように陣形を作るが、馬に跨っていて高い位置に頭があるので風の刃を飛ばして首を斬り落としてやる。子爵はバタバタと地面に倒れた家来の一人から剣を取ると、構えた。貴族の嗜みなのか威風堂々とした構えで中々様になっている。脂肪を落として鍛錬を積めば見てくれは立派な指揮官になるだろう。
惜しいな・・・。
そう思いながらも俺はゼーレを構えつつ近づく。馬は空気を読んで暑くもなく邪魔にもならない馬車の陰に逃げ込み、御者をしていた家来はただ黙って見守る。
ボレス・ハーコート子爵が冷や汗を一筋流しつつ声高に言った。
「貴様は一体何者なのだ! ヘクトル帝国の貴族、ボレス・ハーコート子爵と分かってのことか!」
一歩では届かない位置で立ち止まって、俺は答えてやる。
「分かっているとも。返答次第によってはあんたを生かす。だから真面目に堪えろ」
「くうっ・・・」
忌々し気に睨んでくるが、下手なことを口走らない辺り状況は理解しているようだ。
「何故、冒険者のイナハに危害を加えようとする?」
「邪魔だからだ。帝国の周りでは魔物が沢山いた。だが、あの小娘が全てを一掃し、帝国を安全にしてしまった。お陰で鍛冶屋も冒険者も仕事が減り、俺の稼ぎも減った!」
良いことだ。厳しい意見だが、変化に適応できなかった人間が悪い。
「・・・だからといって、一人の人間に八つ当たりするのは間違っているだろう」
「あの小娘がいなければ全て順調だったんだ! 俺の考え出した新しい武器と防具が、帝国をさらに強くする予定だった! お前には分かるまい」
一年前に国を建て直したから、普通に分かるのだが・・・。
「とにかく、冒険者のイナハには手を出すな。あの子は私の大切な娘なのでね」
真っ赤な嘘だが、こう言っておけば安易に手出しはしないだろう。
・・・イナハが聞いたら嫌がるだろうな。
ボレス・ハーコート子爵は、それを聞いて剣に怒りを込めて震わせたが、戦っても勝てないことを理解し、爆発寸前の感情を抑制した。
「・・・・・・手を出さなければ、殺しはしないのだな?」
「ああ。私の言ったことを守り続ける限りはな」
「・・・いいだろう。せいぜい頑張ることだな。帝国と公国は、既に"あの方"の支配下だ」
捨て台詞のつもりだったのだろうが、俺からすればようやく尻尾を掴める発言だった。
「ハーコート卿、一つ言いか?」
剣を捨てて馬車に戻ろうとしたところに声を掛けると、彼は面倒くさそうに渋々とこちらに向き直った。
「・・・何かね?」
「あの方、とは誰だ?」
「さぁね。会ったことはあるが、会う場所も顔も一切憶えていない」
ヨハン・グリム卿の言っていた通りだ。
「一体、何者なんだ?」
「分からん。だが、あの方を探し求めるなら止めておくことだ。探りを入れた者はみな、謎の死を遂げる」
ハーコート卿が馬車に戻ったので、炎の壁を解除しようとすると外側から一角が切り払って破られたのを察知した。それと同時、何者かが高速で突っ込んで来るのが分かって慌てて剣で防いだ。
この力、この感覚・・・!
「よおっ、さっきぶり」
「ロイド・・・どうやって来た?」
火で目立つとはいえ、それなりの距離があった筈だ。
「走って来た。速くて驚いたか?」
「それなりには」
押し込んで引き離すが、すぐに詰めて来て鍔迫り合いに持ち込んでくる。俺が下がろうとすると合わせて前に出て離せない。
足や剣で駆け引きをしていると、ロイドが突然別の方向に向かって叫んだ。
「おい、さっさと行け!」
その視線の先は馬車で、命令された家来は慌てて馬を走らせ、ロイドが入って来る時に出来た炎の壁の穴に向かい出した。もう襲う理由はないのでそのまま行かせて、闇夜に消えた所でロイドがようやく離れ、改めて構えられた剣に魔力が込められた。
「・・・・・・さぁ、やるか」
「・・・逃げないのか?」
「あの時は時間稼ぎだ。それに気が変わった。あんたを生かしておくと今後の稼業に支障がでそうだからな、悪いが死んでもらう!」
剣が下向きに振るわれて地面を削り、つぶてが飛んでくる。透過の魔法を掛けっぱなしだが油断はせずに避けて対処すれば、初撃と同じ突きが飛んできて剣で弾いて流れるように斬り返す。だが、それより速くロイドの剣が横腹を斬ろうとしていたので片手の指先に風の弾丸を作って撃ち出す。
反応されて飛び退いたロイドに追撃の弾丸を何発か撃つが、その全てを軽々と弾いて防がれた。
「クックック・・・いいねぇ。戦いはこうでなくては!」
インベントリから剣をもう一本取り出すと、強引に片方の剣で鞘に引っ掛けて刀身を抜き出した。
俺も手を抜いている余裕は無いと感じ、透過の魔法と変身魔法を解除して普段の姿に戻り、マントを脱ぎ捨てた。
「・・・来い!」
「それがあんたの姿か・・・ハハハハハ、こういうのは男同士の方が盛り上がるってかぁ!」
ロイドの動きがさらに速くなった。どれだけの鍛錬をしたのか、或いはどれだけの才能があるのか、振るわれる二本の剣筋は並の勇者を凌駕し、ゼーレ一本では反撃すらままならず下がっていく。自分で作った炎の壁が迫り、間合いを僅かに開けて一瞬出来た隙を使って片手で炎の壁の一部を消して下がり続ける。
ロイドの攻撃は修羅の如く息を入れる間もなく続き、二本の剣の筈なのにまるで四本の剣に対処しているような錯覚をしてしまう。
そんな中でロイドは常に笑い、俺も笑みが零れ出す。
・・・久々だ。チエリとの修行以来だ。
奥底に眠っていた戦いの面白さが表に出て来て、ギアが入った俺は加速の魔法を無動作で自分に掛けて下がるのを止めて、その場でロイドの剣を完璧に対処してみせた。
「いいねぇ~、いいねえ~! これこそが人間だあああっ!」
ロイドの目が完全に闘争に飲まれた。それは狂気であり、幸福であり、求道である。
「そうだ。それでいい・・・」
その先にも、人間の解が在る。
何十回――何百回と剣がぶつかり合う音を響かせたことか。これほどの戦いは夢人チエリとの戦い以来だ。お互いに剣に魔力を込めているからこそ、刃毀れ一つなくここまでやれている。体からは汗が噴き出し、超人的な体力を持ってしても息が上がり、互いに動きが鈍くなっているのを感じていた。
拮抗した斬り合いのままでは崩せないと判断したのか、ロイドは攻撃を中断して数メートル以上飛び退いた。
「あっはっは・・・ここまで長く、楽しく、殺し合いをしたのは初めてだ」
「そうかい・・・・・・終わりにするか?」
「・・・勿体ない、と言いたいが・・・ちと疲れた。だから・・・・・・次の一撃で勝負といこう」
ロイドの闘争に飲まれた目が戻り、心身が熱く滾った状態のまま平静を取り戻していた。それは戦いにおいて最も良い状態であり、ある意味で悟りと同じだ。
ロイドが二本の剣のうち一本を傍に突き刺して置き、一本の剣にありったけの魔力を込め始めた。普段は見えない魔力も、込められる量が大きければ一般の目にも見えるものだ。ロイドの剣は、実体のある剣を主軸として魔力の塊の大剣になっていた。青白く輝き凝縮された魔力大剣からは魔王を超えるほどの力が感じられた。
・・・性格はともかく、能力は一流の勇者だな。
一撃に賭けようとしているロイドの希望に応えてやるべく、俺は鞘を取り出してゼーレを一度収めて居合の構えを取った。
そして、夢の力を展開し、ゼーレに想いの力を込めた。
「死ねよやあああああ!」
ロイドの気合の籠った叫びと共に魔力大剣が上から振り下ろされ、魔力が解き放たれて光の柱が襲ってくる。
冷静に見据え、俺はゼーレを引き抜いて振るった。
――夢人奥義、断空一閃!
魔力の塊など意味も無し。剣を振るったという事実さえあれば位置も関係ない。距離も角度も全く合わない場所からロイドの持つ剣を真ん中から切断し、魔力の塊は制御を失って空中で霧散した。
大量の魔力を一気に放出して何もないわけではない。魔力は気力にも通ずるものであり、ロイドは限界を迎えてその場に大の字に倒れた。
ゼーレを鞘に納めて近づけば、ロイドは満足げな表情で気絶していた。
「・・・いい戦いだった」
眠るロイドに向けて呟き、俺は数本のポーションと日持ちしそうな食料と酒を魔法で作った木の箱に入れて傍に置き、簡易的な結界を掛けて安全を提供し、燃え盛る炎の壁を完全に消して街へ戻った。
流石に疲れた俺は、イナハの家に戻った。
イナハは家には居らず、風呂を借りて適当な部屋に布団を敷いて寝た。




