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隠者のユウは隠居ができない  作者: 宮之内誠治
第一章:伝説の始まり
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四話:町中の小さな事件



「お母さん、ただいま」

「ただいまー!」

「お邪魔します」

 エリーとメリーが帰宅して奥へ駆けこんでいく。そのあとを付いて行くと寝室に着いた。母親と思われる女性が横になっており、起き上がろうとしていたが起き上がれないようだ。顔色も凄く悪く、頬は瘦せ、髪もボサボサで明らかな病気だと分かる。

「エリー、メリー、おかえり。あなたは?」

「旅人のユウ、という者だ。娘さんのサンドイッチがクソ不味いんで、その改善に来た」

「・・・お金ならそこの戸棚にあります」

 不審な目で見られたと思えば押し入り強盗のような対応をされた俺は、溜息を吐いた。

「金なら間に合ってる。台所は何処に?」

「こっちです」

「エリー?」

「お母さん、ユウさんは多分、悪い人じゃないです」

「・・・そう。娘には手を出さないで。お願いですから」

 出すものか。

 俺は言い返さずエリーの案内で台所に移動した。こじんまりした台所だが、流し台があり、包丁とまな板があり、調理器具一式があり、オーブンのようなもの、コンロのような見たこともない仕掛けのものがあった。

「これはなんだ?」

 コンロのようなものを指さして訊く。

「魔石を使ったコンロです。魔力を注入して、火の属性を付与すれば・・・はい、火が点きました」

「いいセンスだ」

 コンロも彼女も、賞賛に値する。意味が通じているかは分からないが、褒められていると認識した彼女は少し嬉しそうだった。

 見てやり方が分かった俺は、魔石に魔力を追加で注入し、小鍋に白ワイン、水、胡椒適量、辛子少量、シナモンの代わりにバジル少量を入れてコンロに置き、沸騰するまで熱する。沸騰したらアルコールが抜けきるまで火力を調整して煮だし、完成したものをエリーに指示して出した四人分のカップに移す。

「・・・グリューワインの完成だ。本当は赤ワインとシナモンが欲しいんだが・・・まぁ、あとで買うとして、体が温まる。お母さんと一緒に飲むといい。火傷には気を付けて」

「はい。ありがとうございます」

 エリーはお盆に載せて持っていく。

 それから俺はインベントリに仕舞っていた各種食材を取り出し、料理を始めた。

 まずはパン生地作り。小麦粉、水、塩で混ぜ合わせて捏ねまくる。いい感じになったら綺麗そうな布を巻いて、適当な板を土台に氷の魔法で四角い箱を作ってそのなかにぶち込む。暫し放置。

 次に葉物野菜のサラダを作る為に軽く水洗いして手で千切ってザルに入れて水を切り、充分に水を切ってサラダは一応完成。続けて小皿にお酢と胡椒と塩と油とバジルと、ピーター独自調味料を味見して旨味調味料だと分かったから入れ、酸味で食欲増進のソースが完成した。

 調子に乗った俺はその後も食事を作り続けた。途中でエリーとメリーが傍で料理を観察し、自分の空腹に気づいた頃にはフルコースの仕上げに取り掛かっていた。

 ベースの梨を一口大に切り、その上から酸味のあるよくわからん果実を潰してドロドロにしたものを掛けた。

「よし。終わった・・・」

 テーブルの上に置かれた様々な食器に盛り付けられたフルコースに、見惚れると同時に病人がこんなに食えるかと頭を抱えた。すぐに、あの母親なら娘が豪勢な食事にありつけると分っただけで喜ぶだろうことは察したが、根本的解決をする為には病気をどうにかしないと、と思って、摘まみ食いしているメリーの頭をわしゃわしゃと撫でて止め、エリーに訊ねた。

「なぁ、君たちのお母さんの病気はいつからなんだ?」

「えっと・・・三カ月くらい前からです。お母さんが倒れて、それから薬を飲んで、ずっとあの調子です」

「ふむ・・・倒れた原因は?」

「お母さんは、頑張り過ぎたって言ってました」

 ということは、過労か。繁盛していたのか、それとも・・・。

 直接的な原因でなさそうなので、次の質問へ。

「因みに、どんな薬を飲んでるんだ?」

「体の調子が良くなる薬草です」

「・・・見てみたいな」

「持ってきます」

 エリーが少し離れ、またつまみ食いをしようとするメリーの頭をわしゃわしゃと撫でて止める。

 戻って来たエリーの手には薬草と思われる草が握られていて、差し出される。

「これです」

「ふむ・・・」

 杞憂であればそれで良しと、最初から気合を入れる。

 ステータス!



 名前:薬草モドキ

 能力:毒。主な症状に、倦怠感、体の痺れ、臓器の機能低下がある。

 解説:毒の効果は微量だが、長期の摂取で死に至る。見た目が薬草と殆ど変わらず暗殺に使われる。見分け方は、薬草より僅かに色が濃く、葉先が鋭い。臭いも薬草より薄く水っぽい。薬草と同様に加工が容易。



 思ったよりもヤバイ代物だった。

「・・・あー、これはどうやって手に入れた?」

「えっと、隣に住む元冒険者のおじさんが、よく効くからって」

 よし殴ろう。

 心に決め、まずは解毒が必要だろうと判断した。

「エリー、メリー、食事はあとだ。出掛けるぞ」

「ええー、私お腹空いたの」

「メリー、我慢して。何処へ行くんですか?」

「さっき行ったピーター・ドラッカーの店だ。ああ、その薬草は持っていく」




 エリーは俺の後ろをついてきて、メリーは頬を膨らませてエリーの手を繋いで歩く。昼時と言うこともあり、歩く人と食事を摂る人とが半分くらいの中、『ドラッカー調味料店』の戸を開けた。さっき来た時と同様、仕掛けの呼び鈴が鳴る。

「・・・いらっしゃい。ん? おお、ユウとお嬢さんたちか。どうしたんだい?」

 椅子に座って本を手に煙草を吸っていた店主は、すぐに立ち上がって煙草を消した。

 俺はエリーから預かった薬草モドキをカウンターに置いた。

「これを見て欲しい」

「ん? ・・・薬草モドキ。これを何処で?」

 流石は薬学を研究している学者だ。瞬時にこれがただ物ではないと見抜き、手に入れた経緯を訊いて来た。

「この子の母が倒れ、隣の元冒険者が効くからと渡したそうだ。確信犯だろう」

「ああ、確信犯だ。薬草は冒険者にとって必需品。薬草モドキも講習を受けて見分け方を教わる。だが一般人はこのことを知らないし、まず市場には出回らない。もし混入しようものなら罰せられて、最悪牢屋に入れられる。まずは、解毒薬だな・・・」

 カウンターの奥に引っ込んだと思ったら、すぐに戻って来て小瓶をカウンターに置いた。中には緑粉末が入っている。

「これが解毒薬だ。水で溶かして飲む。ただし・・・超苦い」

「幾らだ?」

「さっき稼がせて貰った。こいつはサービスだ」

「ありがとう。また来るよ」

「ああ、待て。お嬢さん、衛兵の詰所に今回の件を連絡するから、住所を教えてくれ」

 そういって紙とペンを用意した。

「はい。えっと・・・」

 エリーは素早く簡易的な地図を描いてみせた。絵の才能がある。

「出来ました」

「ほお、こいつは見やすい。これなら大丈夫だ。ほら、早く帰って薬を飲ませてやりな」

「ピーターさん、ありがとうございます!」

「ありがとう!」

「おう、お大事に」


 早速戻って家に戻り、説明通りに薬を溶かした飲み物を作って母親に飲ませる。

「うえっ、苦い・・・」

 母親は渋い顔をして呟く。よほど苦いらしい。念の為に用意していた水を飲んで口直しをした。

 これで一安心した俺は、自分が食事をしたいから訊ねる。

「食欲はありますか?」

「いいえ、あまりないわ」

「そうですか。では、フルーツサンドを持ってきますね」

 台所から食器を取り出し、リビングからフルーツサンドを二切れほど取って持っていく。

 フルーツサンドは酸味のある数種類のフルーツを細かく刻み、甘みのあるフルーツを大きめに切って挟み、極僅かに塩を効かせたものだ。サンドするパンには多めにバターが塗られている。

 横になっている母親の横に置いて、俺はさっさとリビングに戻る。エリーとメリーも遅れてやって来て、三人で食べきれない量の豪勢な食事を摂った。余った分は晩にでも食べるだろう。

 食べ終わって少し寛いでいると、玄関を叩く音が聞こえる。リズムがあるので変な人間が訪ねてきたという感じはしない。エリーと一緒に玄関に向かって扉を開くと、そこには軽い武装をした若い衛兵が二人立っていた。一人はさっきエリーが書いた地図を持っている。

「先ほど、ドラッカー調味料店から毒草接種の被害を受けている家族がいると通報があった。お嬢さんがエリー・ストラトスですね?」

「はい」

「それであなたは? 父親には見えませんが」

「旅人のユウだ。今朝知り合って、ちょっと手助けしている」

「そうですか。我々も被害状況を確認したい。入っても?」

「どうぞ」

 衛兵二人が上がり込み、寝室で薬草モドキと解毒薬を確認し、母親とエリーから事情聴取を行った。俺の所にも衛兵の一人が来て緊張でぎこちなくなりながらも今までの経緯を話し、無関係な人間だと裏が取れたのであっさりと終わった。

 事情聴取が終わった衛兵二人はこの状況について話し合い、容疑者が逃亡や証拠隠滅の可能性が高いとみて、応援を呼んでそのまま家宅捜索をすることが決まった。

 衛兵の一人が応援を呼びに行き、もう一人はこの家で見張りと何かあった時の護衛を兼ねて待機。十分ほどでさっきの衛兵が四人ほどの人間を引き連れて戻って来た。

 待機していた衛兵が合流し、隣の建物へ突入して数分後、衛兵の一人が戻って来た。手には薬草モドキがある。

「報告します。毒草事件、隣の元冒険者を違法薬物所持、及び殺人未遂で現行犯逮捕しました。ご協力に感謝します。それでは」

 言うだけ言って衛兵は立ち去り、隣の家からはボコボコにされた男が衛兵たちによって連行され、最後に残った衛兵が立ち入り禁止の張り紙を玄関扉に張りつけて去って行った。

 結局、殴ってないな。

 一件落着となった俺は、胸を撫で下ろしつつ寝室へ行く。既にエリーとメリーが母の傍にいて、起き上がっている母親に甘えている。解毒が効いたようで、体調が戻って来ているようだ。その証拠に、フルーツサンドが無くなっている。

「もう大丈夫かな?」

「ええ、少しずつ良くなっているのを感じてる。ありがとうございました」

 ぺこりと頭を下げられた俺は、気になったことを訊ねた。

「ところで、隣の元冒険者は何者だったんです?」

「エリー、メリー・・・少し、部屋から出てくれる?」

「はい。メリー、お姉ちゃんと遊びましょう」

「うん」

 娘二人がいなくなったところで、彼女は部屋に飾っている絵を見つめながら語り出した。

「彼は・・・夫の冒険者仲間でした。一年ほど前、夫が危険なクエストで彼を足手纏いと判断して置いて行ったのが許せなかったのでしょう。結果的には、その冒険で夫は帰って来ませんでした。私に毒を盛った理由は、何となく察しは付きます。彼は、私に好意を抱いていましたし・・・私が苦しめば夫が帰って来るんじゃないか、と思ったのでしょう。そうでなくても機を見て助けに入って、結婚を迫ったでしょう。私を愛し、娘たちを養わせる為に、帰って来ない夫に見せつける為に・・・話は終わり。彼の好意をはっきり否定しなかったから、こんなことになっちゃった。駄目な女ね」

 嫌な思いが込み上げて来たのか、彼女は静かに泣いた。

 どうやらこの事件、何もせずとも一応は解決したようだ。後味は悪いが。

 ベストな選択は、恐らく、彼がこんな回りくどいことをせずに彼女に想いを告げるか、或いは彼女が彼の想いを受け止めてやんわりと断るしかなかっただろう。過労が原因で倒れ、魔が差した彼は毒を選んだ。多分、家の中には本当に効く薬と解毒薬がしっかりと保管されていただろう。


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