三十七話:ヨハン・グリム卿
翌日、朝食を済ませて学園に顔を出す。朝早くから学生たちを出迎えているガブリエル教頭に挨拶し、学園長室へ向かった。ノックして中に入れば、朝から書類仕事をしている学園長がいた。
「おはようございます。報告書は既に出来ていますよ」
引き出しから封筒を出して受け取る。その封筒には学園の紋章で封蝋されていた。無くさないようにインベントリに仕舞う。
「では、行って来ます」
街を出て人目の付かない場所に移動して認識阻害の魔法を使い、空を飛ぶ。地図を取り出し、現在地と進むべき方向を確認してから北東に向かって飛んでいく。
長閑な自然を見つめながら飛んでいると、人の大勢住む町が見えて来た。だがそれよりも周辺が凄かった。行けども行けども麦畑や野菜の畑、さらには広大な放牧地があり、多くの馬や牛、豚などが気持ち良さそうに過ごしている。改めて地図を確認し、イリュースト領の真ん中辺りに来ただろうと判断し、方向を変えて進む。やがて傾斜のある土地に作られた大きな町に到着した。ここには少し規模の小さい段々畑の他に、平地よりも規模の大きい放牧地があり、馬、牛、豚は勿論のこと、鶏、ヤギ、羊までいて、酪農と畜産業が盛んなのが分かる。
降り立って認識阻害の魔法を解き、列に並ぶ。順番が来ると門番が声を掛けた。
「次の方、身分証は持っていますか?」
「はい」
冒険者カードを見せると、門番は頷いた。
「ようこそ、カウンスロープへ」
「ああ、ちょっと待って」
そういって呼び止めると、少しめんどくさそうな顔をした門番は立ち止まってくれた。
「ここに、ヨハン・グリム卿は居ますか?」
「ええ、グリム卿はこの町の高所の立派な館に住んでいます。何か用があるのですか?」
「はい。ちょっと王立騎士魔術学園より届け物をね」
「そうですか」
話は終わり、門番は次の人間の応対を始めた。
中に入ると、傾斜地に出来た街だけあって、家も道も普通の街とは違う作りだ。大通りの石畳は緩やかな傾斜にする為に長く続き、街の端で折れ曲がるというのを繰り返している。店や出店は肉や乳製品、卵を使った料理が多く、匂いも肉と乳の匂いがそこかしこからする。それらの仕入れの為に来たであろう商人の姿が多い。俺は出店で上手そうな料理を買い込みつつ、高い所を目指す。
・・・・・・ここか?
高いところに立派な白い館があった。鉄の柵で囲われ、門番がいて、蹄鉄が描かれた旗が掲げられている。
「あのー」
と、恐る恐る声を掛けると、門番はこちらを向いた。
「なんです?」
「王立騎士魔術学園から報告書を持って来たんですけど」
インベントリから取り出した封筒を差し出す。受け取って封筒に書かれている名前と蜜蝋の紋章を確認すると、返して来る。
「確かに王立騎士魔術学園の紋章ですね。お名前を確認しても?」
「隠者のユウです」
「身分証になる物はありますか?」
冒険者カードを取り出して見せると、門番はアイテム袋からメモ帳を取り出してパラパラとめくった。恐らく来訪者する予定の名簿なのだろう。
確認を終えた門番は笑顔で答えた。
「確認できました。隠者のユウ様、どうぞお入りください」
門が少し開けられて通される。
・・・・・・分かっていた? 何故・・・。
気味悪さを覚え、少しの緊張を感じつつも綺麗な玄関扉を開けて中に入ると、そこは綺麗な空間だった。魔晶石をふんだんに使って照らされるロビーに、太くて頑丈そうな木の柱、床には赤い絨毯が敷かれ、真ん中奥には階段がある。その階段から、綺麗で立派な服を着て杖を片手に持つ、白髪交じりの髪の立派な口髭の初老の男がいた。
目が合うと、二ッと笑って右足を庇いながら降りて話し掛けて来た。
「来ると分かっていたよ、隠者のユウ。私がヨハン・グリム男爵だ。歓迎するよ」
傍まで来ると、手を差し出される。特に争うつもりもないので握手する。
「よろしく。来ると分かっていたとは?」
「そうだな、気になることだろう。だが君は先に、私に渡すものがあるだろう?」
・・・まさかな。
ステータスを覗くこと考えたが、様子を見ることにした。
「・・・これだ」
持っていた封筒を渡す。
グリム卿はそれを受け取って裏側を確認すると、満足そうな表情を浮かべた。
「確かに受け取った。私の予想通りだ。付いて来てくれ、話をしよう」
彼が杖を使いながらも軽快に歩き出し、その後ろをついて行く。
途中、通りがかったメイドを呼び止めた。
「ああ、丁度いい所に。メールよ、マスラーを客間に呼んでくれ。この時間ならトレーニングルームにいる筈だ。あと、客間に三人分、お茶を持って来てくれ」
「かしこまりました」
一礼してメイドは足早に離れて行く。
客間に到着。中は広々としていて、奥は一面ガラス張りで綺麗な花壇の庭が見える。その手前にはお茶をする為のテーブルと椅子と、ピアノがある。棚には幾つかの飾りが置かれ、躍動感溢れる姿の木彫りの動物たちが印象的だ。
グリム卿は真ん中に置かれているソファーに腰を下ろしたので、俺も座る。
「聞きたいことはあるだろうが、まずはこれを読ませてくれ」
封を解き、中身を取り出すと複数枚にも及ぶ紙が入っていた。それを黙って読み出したので、俺はソファーに預けて寛いだ。
暫くして扉がノックされ、扉が開いた。
「失礼するよ」
わざわざ扉を潜るように入って来たのは、黒いブーメランパンツ一丁の巨漢だった。適度に焼けた肌は油でも塗ったかのようにテカっており、全身は美しさすら感じられる完璧に近い筋肉の塊だった。だがその顔は爽やかでまだまだ若い。彼の目が俺を捉えると、下心の無いさっぱりとした笑顔でこちらに近づいて来た。
「やあ、君が隠者のユウだね。ヨハンの言った通りの人だから、すぐに分かったよ」
読むのに集中していたグリム卿は、髪を下ろして紹介した。
「紹介しよう。彼はマスラー。私の友人であり、筋肉は全てを解決するという、マッスル教の教祖だ」
「そういうわけなので、よろしく」
「・・・よろしく」
握手を交わすと、マスラーは空いている空間で自重トレーニングを始めた。片手の指だけで重そうな体を上げてしまっている。自分も似たようなものだが、純粋な力比べで勝てそうな気がしない。
ステータスの確認を今はせずに待っていると、読み終えたグリム卿は手紙を置いた。
「素晴らしい報告だ。いや、私の予想以上だったよ」
いい意味で裏切られたと言わんばかりに、興奮している。
「で、あんたは何者なんだ?」
「転生者、と言えば君は全てを察するだろうね」
言われた通り、俺はその言葉だけで事態が飲み込めた。答え合わせをするべく、ステータスを覗く。
名前:ヨハン・グリム(転生者)
性別:男性
性格:タヌキ
スキル:未来予知、読心
・・・やっぱり。全ては未来を予知して行われたことだったか。
ついでにマスラーと呼ばれる男も見てみる。
名前:マスラー(転生者)
性別:男性
性格:筋肉
スキル:無限の筋肉
・・・まぁ、筋肉だな。
グリム卿に向き直ると、彼は嬉しそうに言った。
「私はね、ずっと君という人間を待っていたんだよ。何故だか分かるかい?」
「勿体ぶらずに言ったらどうだ?」
「そうだな。怒らないで聞いてほしいが、私の未来を見る力も、心を読む力も、一定以上の強さを持つ存在には意味を成さないんだ。つまり、今回の実習訓練、隠者のユウや、灰のドラゴンジークフリートや、賢者ソフィアといった面々が参加したことで、見えていた未来が全く分からなくなったのだよ。言いたいこと、わかるよね?」
「ああ。つまり、今回の実習訓練、俺や他の奴らが参加しなければそれ相応の被害があったということ、だろう?」
「そうとも。その通り! 実は魔王討伐の時にも君たちがいる場所の予知が出来なくなって、何が起こったのか分からなくて困っていたんだよ。でも君がこの国から離れたことで再び見えるようになり、もしやと思って、私は今回の実習訓練を画策したのだ。予想は的中、君やその仲間が参加したことで未来は見えなくなり、見事に帝国の暗躍を防いでくれた」
と、言い終わった丁度良いタイミングで再び扉がノックされてメールというメイドが入って来た。
「ご主人様、お茶をお持ちしました」
「ありがとう。いいタイミングだよ」
メイドがソファーの真ん中にあるテーブルに菓子とお茶をテキパキと用意すると、静かに扉から出て行った。
グリム卿はカップを手に取ると、優雅な振る舞いで紅茶を飲み、茶菓子を口に入れた。味わうように飲み食いするその様は、随分貴族らしい。
俺も紅茶を口にする。
・・・いい茶葉だ。
茶と菓子を楽しんでいると、筋トレが終わったマスラーもその隣に座って飲み食いし始める。
俺はマスラーの行動が気になって言ってみる。
「・・・ボディービルにしては、食事制限は緩いのか?」
「・・・そうだね。君の言う通り普通ならチートデイ以外、こんな食事はしない。でも、僕には関係ない。この世界に降り立つ時、鍛えた分だけ筋肉に変換し、食べた栄養を思うままに筋肉にいくよう操作できるチートスキルを授かっている。単純な力比べなら、負けない自信はあるよ」
爽やかな笑顔で言ってしまうあたり、他意は無いようだ。
グリム卿はふと思い出したかのように言う。
「ああ、マスラーよ。報告書によれば、君の弟子のフォルテ兄弟・・・生きているようだ」
「おっ、生きてくれたのかい。それじゃあ今度、会いに行かないとな」
お茶を一通り楽しんだ所で、俺から切り出す。
「それで、今回の一件の答え合わせと行きたいんだけど?」
「ふむ。では私から今回の実習訓練の裏側を語ろう。まず第一班だが、私の子飼いの山賊を動かした。これについて言い逃れはせんが、私への不信感を持たせて隠者のユウやその仲間の誰かが私の所へ来るように仕向ける為にしたことだ。まぁ、追及されても物的証拠は無いから、この件で私を失脚させることはできない。次に第二班だが、これにはマスラーへ指示を飛ばした。森の奥へ出向き、大物を葬って森を荒らし、村長に学生たちを森へ行かせるように脅せと。マスラーは見事にやってくれた」
「いやあ、森の中を彷徨うのはいい特訓になりましたよ」
楽し気に言うが、荒れた森に踏み入った学生たちは溜まったもんじゃないだろう。
「次の第三班だが、帝国の部隊を手引きした。といっても、私は直接的には関わっていない。隠れ開戦派の貴族にこそっと、それを行うように言ってみただけだ。この件に関しては、私は警戒している。ヘクトル帝国で暗躍している奴がいる。恐らく、我々と同じ転生者で、人の心を操る力を持っている。その話は後にしよう。次に第四班だが、これもマスラーに頼んだ。村長を脅すだけで、あとは事の成り行きに任せた。恐怖は人を縛るものだ。次に第五班の事件だが、これはある意味で偶然だ。私は数カ月ほど前に事件を起こした女性の相談に乗りはしたが、その日に復讐相手が来ることは考慮していなかった。賢者ソフィアがその場にいたから解決したが、居なかったら恐らく迷宮入りしていただろう。尤も、第五班については不幸が重なって誰かしらが死ぬ確率が高く、私はあえて手出しはしていない。これも賢者ソフィアという大物がいたからこそ回避できた事象だろう。最後に第六班だが、言わなくてもいいだろう。第三班と同じく、貴族を焚きつけて行動に起こさせた。今回の件が失敗したとなれば、この国の隠れ開戦派は恐らくもっと強硬な手段に出て尻尾を出すだろう。それについては既に公王陛下や側近の宮廷魔術師、ミシェルに伝えて任せている。ここまではいいか?」
「ああ。俺の出る幕ではないということが分かって嬉しいよ」
「残念ながら君の活躍次第だよ。先ほど話した通り、ヘクトル帝国で人の心を操る力を持った転生者が暗躍している。私は心を読む力を持っているから、こちら側の操られた貴族を見極め、今回の実習訓練の対策を施したが、向こうのことはそうはいかない。未来も見えているが、転生者の首狩り兎のイナハが罠に陥れられ、操られたうえで帝国を戦争に導き、全ての責任を背負わされる」
「それは残念だ」
「君も分かっているだろう。彼女は清くあり過ぎる。だから身近にいる大切な人を人質に取られれば、手出しができなくなる」
初めての出会いを思い出す。子供たちと遊んでいて、見ていた俺をすぐに警戒した。イナハ自身は自覚していないが、あの行動は悪意ある人間からしたら隙があり過ぎる。抱えているモノに対して、守る人間が少な過ぎるのが問題だ。
「・・・で、操られると?」
「今のままではな。君は人質を取られても即座に味方諸共皆殺しに出来るだろうが、彼女にそれは出来ない。そこを狙われる。だから君にはヘクトル帝国へ向かってもらいたい。なに、彼女の傍に居てやるだけでいい。君がいれば向こうは手を引くか、そうとは知らずにやって来るだろうさ」
気に食わないが、今回の件は放っておいても後味の悪い状態で自分に依頼が回ってくると思った。
だが一つ気になる部分があり、質問する。
「・・・事情は分かった。だが一つ気になる。その暗躍している転生者は、一体何が目的なんだ?」
「分からんよ。だが、幾つかは想定できる。マッチポンプを引き起こして自身が重宝される高い地位の貴族となること。或いは、帝国と公国の両方を混乱に陥れ、その隙に王族を掌握、影から全てを操る支配者となること。もしくは・・・ただの愉快犯だ」
どれも考えられる。心を操るのならば、影の支配者の線が濃厚だろう。転生者すら操れるのならば、戦力から見ても申し分ない。
「・・・もう一つ聞き忘れていた。その暗躍している転生者の名前や姿は分かるか?」
「操られている者の心を読んでも、〝あの方〟という呼び名で忠誠を誓っている以外に分からなかった」
「そうか。では、そろそろ失礼する」
立ち上がって去ろうとすると、マスラーも立ち上がった。
「その前に一つお願いがあるんだけど」
「面倒な事なら、断る」
「大丈夫、僕と戦って欲しいだけさ」
「それが面倒だ」
「じゃあ行くよ?」
テーブルにぶつからない位置に出て構えた。問答無用で戦う気のようだ。来る度に戦いを申し込まれるのも堪らないと思った俺は、少しだけ相手をしてやることにした。
旅装束のマントを脱ぎ、前に出して壁になるように広げる。同時に神の力でマントの時間を固定する。
マスラーが踏み込んで殴って来る。
ドンッ。
という強い音が響いたが、マントはビクともしない。
「・・・・・・硬いね」
笑顔のままマスラーは困惑し、何回か力強く殴るが、時間を固定したマントを崩すことはできなかった。
「もういいか?」
「いや、まだだよ」
まだ本気を出していなかったのか、今度は両足を広げて力を込めると全身がさらに肥大し、肌から血管が浮き出して全身から蒸気が立ち昇り始めた。彼の笑顔が消え去り、本気を出したことが分かる。
「フンッ!」
ドゴンッ。
とさっきよりも強い音が響いたが、それでもマントは揺るがない。グリム卿は優雅に紅茶を飲んでいる。
「・・・・・・」
俺はマントの時間停止を解除して着用し、優しく光る神の力を出しながらマスラーが殴りやすい位置に立った。
「ほら、手で受け止めてやるから全力で来るがいい」
「・・・ヨハン、家を壊したらごめん」
「構わんよ。君にとってもいい経験になるだろう」
家主の許可が下りたことで、マスラーが力を込めた。蒸気とは違うオーラすら出始める。ぐっと溜められた力はあのジークフリートと同格か、それ以上を感じ取れた。恐らく、純粋な力だけならば神をも超えているだろう。
だがしかし、神に物理的な力や気は何も通じない。
「せいやぁっ!」
気合の入った掛け声と共に出た拳は音速すら軽々と超えている。室内で振りかざすには速過ぎるものだ。仕方がないので夢の力も使って空間を保護し、そのまま手で受け止めてやる。
何の音も出さず、拳は俺の手の内に収まる。
原理は単純だ。神の力でマスラーの気の籠ったパンチを相殺した。造作もない。
「・・・・・・いい経験になりました。ありがとうございました」
受け止められた事実を認め、マスラーはその場で頭を下げた。
「じゃあ、失礼する」
「また来てくれ。歓迎するよ」
グリム卿の言葉を最後に、俺はこの場から転移した。
直接学園長室に転移した俺に、学園長は特に驚く様子もせずに仕事の手を止めて結果を聞いて来た。
「・・・どうでしたか?」
「要約すると、一部関わっているが帝国の仕業だと。彼を追求したいんなら、後は勝手にやってくれ」
「そうですか。用意周到な彼の事ですから、追求なんて無意味でしょう。他にはなんと?」
「帝国で良くないことが起きてるらしい。本当かどうかは知らん」
「・・・最近は帝国の側でも戦争を望む声が多いと聞きます。しかし、今戦争をするのは両国に何のメリットもありません。何者かが暗躍しているとみて間違いないでしょう」
「ではどうする?」
俺にとって、戦争なんてどうでもいい。だがイナハには魔王討伐に参加してくれた借りもある。だから彼女だけでも救うつもりだ。
学園長は少し考え、俺を見つめながら口にした。
「・・・・・・隠者のユウ、あなたは戦争を嫌いますか?」
「いや。戦いこそが人間の可能性だ。戦争をするのなら好きにすればいい」
「・・・いいでしょう。依頼はこれにて終わりです。報酬をどうぞ」
お使いして報告するだけなので、実習訓練よりも随分と少ない小金貨を受け取り、俺は部屋を出る。
その前に、俺の背中に学園長は声を掛けた。
「最後に一つ言いですか?」
「・・・」
「凡そ一月後に学園祭があります。その時に招待してもいいですか?」
別の依頼だと思った俺は拍子抜けした。
「・・・好きにすればいい」
投げやりに答えてさっさと部屋を出た。




