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隠者のユウは隠居ができない  作者: 宮之内誠治(覇気草)
第二章:静かなる騒乱
37/45

三十六話:学生たちの実習訓練 その6

女体化あり。

 

 ***


 御者の交代と小休憩を挟みながら第六班の馬車は進む。特にこれと言って問題は起こらず、手持無沙汰なヴィエラが弦楽器を取り出して弾き始めた。それに倣ってミーリアも笛を吹き始め、合わせて一つの曲となる。さらに、区切りがいい所で神官のラピスが歌い出す。普段から練習でもしているのか、とても流暢で巧い。

 三人は心地良く弾いて吹いて歌っているが、時々チラチラと俺を見て来る。その視線の言わんとしていることは理解したが、残念ながら俺は楽器や歌については何も持ち合わせていない。自分の過去を辿っても音楽に精通した覚えがない。シュレディンガーとしても音楽に関する力や技術は皆無であり、夢人の誰かが専門としている程度だ。


 歌が終わり、合わせて演奏も締めくくられた。

 静かになった所でラピスが不安げに声を掛けて来た。

「あの、ユウ様は歌や演奏はお嫌いですか?」

「まぁ、自分で歌ったり楽器を弾いたりは好きじゃない。聴くのは好きだ」

「そうですか。それを聞いて安心しました」

 ラピスはほっと胸を撫で下ろす。

 そこにヴィエラがぽつりと言った。

「もしかして、歌ったり楽器を弾くのが不得手なのか?」

 再び視線が俺に集まる。別に隠すことも無いので答えた。

「ああ、不得手だ。どうにも性に合わなくてね」

「どんなに凄い人でも得手不得手はあるものか。因みに私はトマトが嫌いだ」

 ヴィエラが嫌いな食べ物を言うが、キリッとした顔で言うことではない。

「私は、剣術も弓術も苦手です」

「私も~、運動は嫌いかな」

「なになに、何の話をしてるの?」

 ラピスやミーリアに続いて、興味を持ったレイチェルが顔を覗かせた。大胆な余所見運転だ。

 ヴィエラはそんなレイチェルを気にも留めずに説明した。

「苦手なこと、嫌いなものをお互い話していたんだ」

「へー、私は騎士の話をするお父さんが嫌いかな。いちいち長いんだ」

 言い終わると、レイチェルはさっさと運転に戻った。

 ヴィエラは俺がそんな彼女の動きに驚いているのに気づき、自慢気に言った。

「レイチェルは剣術と同じく、馬術の天才でもある。曲芸が出来るほどにね」

「自慢気に言うけどさ~、ヴィエラ、馬術が下手だよね」

「そういうミーリアも、私と同じくらいだろう?」

「まぁ~ね」

 話も済んで、ヴィエラが再び楽器を構えると、合わせてミーリアとラピスも構えた。演奏が始まる。牧歌的な歌の中、馬車は進む。



 日が傾き始めた頃に中継所で今晩の夕餉の食材を買って馬車は進めるだけ進む。夕日が地平線の影に隠れ始めようかという頃合いになって、手ごろな場所に馬車を止めて野営を始めた。

 俺は基本的に日帰りで転移か空を飛んで目的地まですぐに到着していたので、こうして野営の準備をしている彼女たちが新鮮に映った。そういった技術も騎士の必修科目なのか、騎士志望のレイチェルやヴィエラは特に慣れた手つきで設営した。

 設営が終わるころには辺りは暗くなり、ラピスは焚火を作って料理を始めた。

 レイチェルは魔法の光を設置し、馬に食べ物と魔法で生成した水を与え、体を拭いてやったりブラッシングをしたりして労い休ませた。

 ヴィエラは魔法の光の球を浮かせて持ち歩きながら周辺の探索を行い、何も脅威が無いことを確認した。

 ミーリアは、その最中に俺に声を掛けて来た。

「ユウさ~ん、用心の為の結界を作ろうと思うのですが~、見て頂けますか?」

「いいよ」

 彼女はまず野営地の中心点を探り、そこからまず支点を一つ決め、魔晶石に結界の術式を込めて設置し、まっすぐ歩幅を数えながら三つ同じように設置した。正方形だ。

 彼女が中心に戻って魔法陣を描いて発動させると、薄い膜が壁のように構築されて立体的な四角になった。

 触ってみる。バチン、と強い静電気が起こったような痛みが走り、触れた手が弾かれた。

「ど~ですか?」

「いい出来だ。でも念を押して、俺も作ろう」

 投げナイフを四本取り出し、魔力と術式を込める。ミーリアが設置した結界の動力源と支柱を担う魔晶石の傍に刺していき、結界を発動させる。彼女の結界とは違い、完璧な透明度を誇る結界が完成した。

 コンコン、と頑丈で透明な壁を叩いて見せると、ミーリアは興味深げに結界を触り始めた。

「は~・・・均一化されたマナが透過した状態で固着して壁になっている。反撃性や反発力を抜いて、強度に特化した作り!」

 早口で言い、今度は結界の支柱にしている投げナイフに注目した。

「何の変哲もない投げナイフだけど、そもそも物に魔力を込めて維持させるのは相当な技量が必要。しかも、込められた魔力が常人の数十倍はある。術式が組み込まれていて、しっかりと発動体として機能している!」

 勢いよく俺の方に振り向くと、俺の手を取って握った。

「ユウさん、私ミーリヤを、弟子にしてください!」

「いや、いらないから」

 興奮気味な彼女に、思わず反射的に拒否した。

「え~! なぜ?」

 引きそうにないと思ってそれらしい理由を答えてやる。

「まず遠すぎる。俺はポートローカルに住んでる。いちいち教える為だけに学園まで足を運べん」

「じゃあ退学します! 引っ越します!」

「止めてくれ。そして頭を冷やせ。まだ理由はある。俺は隠居がしたいんだ。忙しくて嫌になったら逃げる気でいる」

「試練として追い掛けます!」

 フンス、と鼻息荒らくしているが、目の前にいる彼女がどうして俺に師事を求めているのか理解できない。魔法のことなら賢者であるソフィアや、宮廷魔術師のミシェルさんの方が技術的には上の筈だ。あと、爆破に目覚めたエミリアのような魔法使いを増やしたくないというのもある。

「・・・賢者のソフィアじゃ駄目なのか?」

「私はあなたがいいのです」

 ここだけ聞けば完全に告白のそれだ。俺は首を横に振った。

「それでも駄目だ」

 ジッと見つめられた後、ミーリアは頬を膨らませて拗ねた。

「分かりました。ユウさんがそこまで言うのなら仕方ありません。こっちにだって手があります」

 背筋を伸ばして偉ぶりながらはっきりと言った。

「私、ミーリア・デトロイトはノーシェス領の一部を統治する子爵の令嬢として、隠者のユウに依頼します。私に魔法を教えてください」

「断る」

 数秒固まったミーリアは、再び問い掛けて来た。

「・・・なぜ?」

「乗り気じゃないからだ。それに依頼なら店を通せ」

「・・・確かに」

 納得して、ようやく彼女は仲間の元へ戻って行った。俺も遅れて戻ると、料理が完成して全員での食事となった。女が四人もいれば姦しいかと思ったが、意外にも静かな食事に、俺は気になったことがあるので話題作りを兼ねて全員に向かって問い掛けた。

「なあ、誰でもいいから答えて欲しいんだが・・・王立騎士魔術学園は、貴族の跡取りや令嬢が通う場所なのか?」

「うん、そうだよ」

 と真っ先に答えたのはレイチェルだった。彼女は続けて説明を始めた。

「王立騎士魔術学園は基本的には貴族の跡取りの為の学校。色々あるけど、学生の半分くらいは貴族と騎士と魔術師の家系で、あと半分は才能がある人間を試験や各領地のお偉いさんの推薦で入って来てる。学園の方針で、色々な人間を見聞きして見極めて欲しいんだって。だから学園内では地位や権力による上下関係の強要は禁止されてるし、こういう学外での行事も組み込まれてる。私の説明はこんなもんかな。因みに、ヴィエラはノーシェス領のさらに北側の国境沿いを統治している辺境伯の令嬢です」

 さらっと凄い身分であることを明かすが、当の本人は疎ましく思っているのかあまりいい気分ではないようだった。

「まぁ見ての通り、私は令嬢という柄ではない」

 レイチェルは全く気にせず、続ける。

「ミーリアはさっき言ってた通り、ノーシェス領の一部を統治している子爵の令嬢様。それで、ラピスはなんと、女男爵という爵位持ちなのです」

 ばばんっ、という擬音を表すかの如く紹介するが、そのラピスは申し訳なさそうに少し恥ずかしがっていた。

「えっと、その、爵位は神官という職に付いているだけで、私は平民の出です」

 レイチェルはラピスに対して人見知りする子供を見るような目で見つめた。でもすぐにおどけるように言った。

「まぁかくいう私は、現役騎士団長の娘っていう、一番地味な地位と権力の人間です」

 聞いて呆れると言わんばかりに三人が溜息を吐いた。

 ヴィエラは言う。

「レイチェル、お前が一番、令嬢としての自覚がない」

 続けてミーリアが言う。

「品もないね~」

 最後にラピスが申し訳なさそうに呟く。

「その・・・もう少し立場を考えてください」

「なにさー、皆も好きでやってないでしょ。この話は終わり。お嬢様らしく、お花を摘みに行って来ますわ」

 わざとらしい口調でレイチェルは少し離れた茂みに行った。

 残された三人の視線が俺に向く。焚火のぱちぱちという音は心地良いが、何か訴えるような彼女たちの視線は男として気まずい感覚があった。

 三人を代表するように、ヴィエラがぽつりと言った。

「ユウさんって、男ですよね」

 真意を探るべく二、三秒間彼女の目を見つめた後、俺は凡その解答を導き出しながら、冷静に答えた。

「・・・藪から棒だな。どう見ても男だろう?」

 どうぞ見て下さい、と手を広げて見せる。顔も髪質も骨格も体型も、体臭も男のそれだ。肉体的に女らしい部分など何一つない。

「そうですよね。うん」

 ヴィエラは納得せざるを得ないと言いたげに頷いた。だが落ち着いた水面に一石を投じるようにミーリアが言った。

「変身魔法~・・・とかしてたり?」

「・・・ユウさん、どうなのだ?」

 納得しかけたヴィエラが再び俺を見つめる。今度は訝し気だ。

 どうもしないのだけどなぁ。

 黙っていてもややこしくなりそうだと判断し、自己弁護をすることにした。

「変身魔法は使えるけど、使ってはいない。ミーリア、君は魔法を看破する力は無いのか?」

「えーっと、まだちょっと~・・・ないかな~」

 目が泳いだ。どうやらこの問い掛けはミーリアの遊びだったようだ。ただヴィエラは気付いていないようで、問い掛けはラピスに向いた。

「ラピス、神官としてそういう魔法を打ち破る術はないのか?」

「な、ないですよそんなの。毒や呪いなら解消できますが、変身魔法はただの高度な魔法ってだけですから」

 ラピスは慌てて否定し、話が変な方向へ行き始めていることに気付いている俺は、軌道修正するべく結論を問い掛けた。

「ヴィエラ、結局何が言いたい?」

「む、まぁ単純な話だ。ユウさんが男ならば、この旅で男女としての最低限の分別を持っておいて欲しい、と言いたかっただけだ」

 俺の予想した通りだった。男が一人に対し、若い女が四人では意識しない方が無理だろう。

 だからこそ俺は言う。

「はっきり言っておくけど、俺からしたら君らは孫のようなものだ。襲う理由がない」

 ついでに襲われる理由もないが、言わないでおく。

「孫? 歳はそう離れていないように見えるが?」

「肉体的にはな。だが精神的には既に老人だ」

 もしも彼女たちが全裸で艶めかしく迫って来ても、興奮することはない。代わりに溜息が出るだろう。

 はっきり言ったところで、レイチェルがトイレから戻って来た。

「だったらさー、ユウさんが女になればいいんじゃない?」

 ぶっ飛んだ爆弾発言に、言った本人以外は唖然とした。だがミーリアがすぐにクスクスと笑い出し、ラピスも釣られて笑い、ヴィエラは呆れて肩を落とした。俺は頭を抱えた。

 どうしてそうなる。

 レイチェルは分かっているのか分かっていないのか、俺に向かって確認してきた。

「それでユウさん、賢者に並ぶ隠者としては、高度な変身魔法で女になれるの?」

 答えるべきか、答えないべきか、俺はこの瞬間にかなり悩み、今回の依頼が監督兼護衛というものを勘案した結果、こう答えた。

「出来る。が、したくない」

 理由としては単純だ。女としての身嗜みを整えるのが面倒臭い。

 嫌なことだとはっきり示したのでレイチェルも引き下がるだろうと思ったら、笑うことをピタリと止めたミーリアがわざわざ俺の傍まで来て座り込み、地面に頭を付けた。

「変身魔法、見せてください!」

 ええ、マジかぁ・・・。

 他の三人をチラリと見れば、衝撃を受けて固まっていた。

 ここで断ったら印象は悪い。でも潔く受けるのも変態として見られる。妥協点は・・・。

 もう決まっている。振り向き、言った。

「・・・レイチェル、君はどう思う?」

「うえっ、私? ああ、ええー・・・」

 言い出しっぺの彼女は焦り、考えるのを止めた。

「うん、いいんじゃないかな。変身魔法」

 これで変態という印象はレイチェルに向くことになり、俺は土下座してまでお願いする年の離れた少女に仕方なくやってみせる親切な人になった。

 立ち上がり、変身する女性像をイメージする。以前から使う可能性を考慮し、予めある程度容姿を決めていたのですぐに変身した後の姿を思い描くことが出来た。

 魔法を行使し、全身を魔法で包み込む。自分の体が魔法によって再構築され、姿が変わっていく感覚がある。髪は伸び、顔は美しく女性的になり、体は筋肉が減って骨格が縮まり丸みを帯びる。女性特有の柔らかな胸が出来上がり、腰のくびれもしっかりと出来る。それに合わせるように旅装束も女性用に変わり、変身が完了する。

「・・・どうだ?」

 落ち着いた女性の声で問い掛けるが、彼女たちの反応は無いように見えたが、それは単に驚いていただけだった。興奮が爆発した彼女たちは席を立って私にまとわりついて来た。

 傍に居たミーリアが一番に接近し、早口で言う。

「素晴らしいですユウさん。変身魔法はかなり高度な魔法と言われ、習熟した魔法使いでも部分的に変身したり若作りする為に理想の自分に変身するのがやっとと言われています。ところでこの胸は幻ですか? それとも実物ですか? あっ、本物ですねこれは。素晴らしいです! あとちょっと羨ましい」

 胸を揉まれた。鬱陶しいので軽く払いのけると、次はヴィエラが胸を揉みながら言った。

「おおっ、この感触は紛れもない女の胸。ユウさん、これはどうやったら出来るのだ? 私としては、少しばかり胸を小さくして形を整えて欲しいのだが」

「練習しろ。あと胸を揉むな」

 ヴィエラの手を払うと、今度はレイチェルが俺の尻を撫でて来た。

「うーむ、いい形、いい弾力ですね。これは相当鍛えないと出来ない。どれだけの鍛錬を重ねたんですか?」

「文字通り死に掛けるくらい鍛えただけだ」

 お返しにレイチェルの尻を触ってみたが、凄まじい筋肉が脂肪の裏にあるのが感じられて少しばかり驚いた。

 さてラピスはというと、何故か俺の傍で跪いて祈りを捧げていた。

「・・・何やってんの?」

 祈りを終えてからラピスは答えた。

「・・・申し訳ございません。あまりにも女神ミスティア様に似ていたものですから」

「・・・」

 バレてるよ。

 この姿はミスティアから虹色要素を取り除いたものだ。どちらかというと、ミスティアの姿が、シュレディンガーの姿の一つを模したもの。だからこの姿は、俺にとっては慣れたものだ。

「・・・さて、これで私が君たちと寝ても問題ないな?」

 口調を変えて確認すると、レイチェル、ミーリア、ラピスに異論はないようであったが、ヴィエラだけは悩んでいるようだった。

「うーん、男だと意識するとな・・・」

 当たり前の反応だろう。俺からも納得できるように口出しする。

「私は別に外で寝てもいいが?」

「うーん・・・ならこうしよう。ユウさん、夜の見張り番に加わってくれませんか?」

「私は別に、夜通しでも構わないよ」

「夜更かしは女の敵だ。女だというなら、寝る時間の確保くらいはして欲しい」

 そう言われれば断ることも出来ない。

「分かった。それで私は、誰と組めばいい?」

「当然、私とだ。その時はラピスも一緒だ」

「よろしくお願いします」

「ん、こちらこそ」

 止まっていた食事を済ませ、見張り番の順が決まった。先に俺たちで、あとからレイチェルとミーリアだ。

 だが結界のお陰で外敵脅威など無く気楽なもので、ラピスに女神ミスティアについてあれこれ聞かれ、名誉の為に無難に答えた以外は特にこれといったことは起きなかった。

 交代の時間となり、馬車の中で眠って翌朝となる。

 いい天気で、質素な朝食を終えると野営を速やかに撤去して移動を再開する。

 既に人里から離れた場所だけに周囲は草原や森ばかり。間を抜けるように出来た街道を進み、時折商人の馬車がすれ違うだけ。学生たちは昨日と同じように歌って弾いて気分転換していたが、楽器も歌も苦手な俺は暇で仕方がない。うんざりするほど眠るというのも一つの手であったが、何が起こるか分からないから居眠りするわけにもいかない。

 案の定、自分の腹具合からそろそろ休憩に入ろうとするところで馬車が急停車した。何事かと思うと、声を掛ける前に御者をしていたヴィエラが言った。

「敵襲! ゴブリンの群れだ。数はたくさん!」

 学生たちの反応は素早かった。速やかに武器をアイテム袋から出して手に取ると馬車から降りだし、迎撃態勢に入った。俺もさっさと降りて様子を見る。

 森から出て来て手当たり次第に食い荒らす低能な魔物であるゴブリンが、各々鈍器を手に数十という数でこちらに向かって来ている。

 ・・・街道のど真ん中で?

 首を傾げる。ゴブリンは通常、森やその周辺でしか生息しない。人の味を覚えたり、近くに美味しい野菜や果物があれば別だが、積極的に日差しの下に出向いて来ることはない。こうして目にしているということは、近くの森で何かがあったとみていいだろう。

 学生たちが弓矢を構えて射るが、数が多過ぎてこのままでは攻め切られる。俺は護衛らしく風の刃を引き延ばすように薙ぎ払って飛ばし、正面の大半の首を落とす。残るは十数体。

 学生たちは一瞬だけその光景に怯んだが、接近するまで矢を放ち、残りは十体ほどとなった。近づいた所で弓矢をその場に降ろして各々武器を持ち換え、ヴィエラとレイチェルが先陣を切り、その二人をサポートするようにラピスとミーリアが続いた。

 みんな防具もしていないというのに、よくやる。

「おっと」

 二匹のゴブリンが俺を狙ってきた。引き付けて間合いを見計らい、飛び掛かって来た所を居合で首を落とし、二振り目を踏み込んで斬り捨てる。

 ゼーレに付いた血を布で拭いながら学生たちを見ると、余裕を持って戦いに勝ったようだ。

 ・・・お見事。

 ゼーレを仕舞って周囲を見渡す。ゴブリンをけしかけて他の奴が来る、ということはなさそうだ。

 ヴィエラとラピスが仕留めたゴブリンを集め出し、ミーリアとレイチェルは何やら話していた。俺はその様子を見ながらのんびりとする。

 話が終わったのか、レイチェルがミーリアを連れて言った。

「ユウさん。ミーリアと話し合ったんですが、ゴブリンがこんな街道まで来るのはおかしいって結論が出たのですが、あなたの見解を聞いてもいいですか?」

「それなら同じだよ。森の方で何か良からぬことがあったのだろう」

「やはりそうですか。それは困りましたね」

「というと?」

「実は、サラサ村まではもうすぐそこなんですよ。村に何も無ければいいのですが・・・」

「心配しても仕方あるまい」

 厳しいがそう言い捨て、俺はゴブリンを集めるのを手伝い、魔法で盛大に燃やした。ゴブリンはどこまでいっても害悪で、肉は不味いわすぐ腐って悪臭を放つわで、こうやって燃やして処分するのが慣わしとなっている。


 黒煙が立ち込め、村まで見えているだろうと思いつつも、リーダーであるレイチェルが不測の事態に備えて提案し、軽い食事を済ませた。全員が防具を着込んで武器を傍に置いていつでも対応できる状態になってから、引き続きヴィエラが御者をして出発する。俺だけが軽装のままであるが、先ほど実力の片鱗を見せたせいか、誰も心配していない。

 馬車に揺られて数分。ヴィエラが一旦馬車を止めた。

「サラサ村が見えた。このまま進む」

「うん、行って」

 リーダーのレイチェルの指示に頷き、再び馬車は動き出す。俺はサラサ村がどんなのか気になって動いている馬車の中を移動して御者台に移る。

「ちょっと失礼」

「ユウさん、どうしたんです?」

「気分転換だ。気にするな」

 遠目に移るサラサ村は森が傍にある比較的大きめの村だった。敷き詰められた丸太の柵があり、街道に向けて見張り台がある。街道の左右には畑が広がり、農作物も実っていて自給自足はできているようだ。ただ、日中にも関わらず農作業をしている人間がいない。

 村に到着すると、まず村の玄関口の外壁で男が前に立って馬車を止めるように合図をした。ヴィエラはそれに従って止めたが、俺は彼の目が気になって仕方がなかった。

 ・・・・・・農家って目じゃないな。

 穏やかさの欠片もない目をした男は、精一杯の作り笑いを浮かべながらヴィエラに話し掛ける。

「君たち、何処から来たんだい?」

「王立騎士魔術学園の者だ。実習訓練の課題の品を受け取りに来た」

「ああ、話は聞いてる。ようこそサラサ村へ。品は村長が預かっているよ」

 道を開け、中に入るように促される。

 ヴィエラは従って中に入り辺りを見渡す。

「・・・おかしい。誰も出歩いていない」

 俺も軽く周囲を見て、ヴィエラに指示を飛ばす。

「ヴィエラ、馬車をその一番大きな家の前に止めてくれ」

「ああ、わかった」

 馬車が止まるまでの間に、俺はその場で久々のアクティブソナーのように探知魔法を使った。するとどうだろう、住人は家の中にいるが、村の裏手の森の方に人間が多く屯していて、野営があった。数人ではなく、二十人ほどだ。しかも何人かが村の中を見張るように潜んで待機していて、そのうちの一人がたった今から休憩中の仲間の方に走って行くのが分かった。

 これはまた・・・山賊か?

 それにしてはやることが不可解だ。

 姿を確認する為に千里眼の魔法で森の方を覗き見れば、山賊にしては服も顔もかなり綺麗で、装備もしっかりしていて手入れが行き届いている。リーダーらしい人物が指示を飛ばせば素早くきびきびと動いて整列し、何かを言い渡し始めた。野営のテントに記されているマークに目が行き、俺は息を飲んだ。

「・・・・・・OH」

 マイ・ゴッド・・・じゃなくて。これは不味い。

 そのマークには見覚えがあった。ヘクトル帝国の国旗だ。つまり、工作や戦いのプロがここにいて、狙いは恐らく学生たちだ。今の彼女たちでは数でも実力でも勝ち目はない。

 馬車が指示した場所に停止した。

「ユウさん、馬車が着きましたけど」

「うん。今すぐ全員、この家の中に入れ」

 強めにいうと、一瞬驚いたヴィエラは察して頷き、馬車の中にいる三人に声を掛けた。

「到着した。みんな、傍の家に入るようにと、ユウさんからの指示だ」

「・・・わかった」

 リーダーのレイチェルが答えると、すぐさま四人が降りてレイチェルが玄関扉をノックした。

「すいません、王立騎士魔術学園の者ですけど、開けてもらえますか?」

 扉が開かれると、年老いた男が出て来た。

「・・・ようこそ、我が村へ。さあさあ、どうぞどうぞ」

 歓迎して中へ入れるが、どうにも罠臭い。千里眼で透視するが、中に危険となる人間はいない。

 成程。そういう手筈か。

 相手の動きが読めたところで、俺は御者台から降りて一緒に中に入る振りをして認識阻害魔法で姿をくらまし、飛んで急いで村の入り口の男の死角に降り立ち、ゼーレをインベントリに仕舞って変身魔法で顔も服装も農民風に重ね掛けし、魔法で生成した水を頭から被って、慌てた表情で見張りをしている男に駆け寄った。

「あ、あの・・・!」

 女らしく、行き絶え絶えで駆け寄る。

 男はギョッとした表情を一瞬したが、何かがあったと思って冷静に応対した。

「・・・どうしたんです?」

「あ、あの、えっと・・・」

「落ち着いて。何処から来て、何があったのか、教えてくれますか?」

「その・・・向こうに・・・」

 適当に指をさしつつ、何か支えを探すように男の袖を掴む。

「向こうに?」

 力強く袖を引っ張って引き寄せ、流れるように背後に回り込むと首を両手で掴んで強引に捻り、ゴキッと首の骨をへし折る。

 手を放して力なく倒れたのを確認して村の中から見えない位置まで引きずり、ゼーレを取り出してうつ伏せに倒れる男の心臓を一突きして止めを刺す。ゼーレを振って血を飛ばし、重ね掛けした変身魔法を解いて千里眼で村の中を確認する。家の中では村長が何やら長々と話している。森の方からは既に静かに行動を起こす一団があった。好都合なことに、全員が出てきているようだ。

 よし、やるか。

 認識阻害の魔法を掛け、地面から浮く程度に飛んで無音で近づき、背後に回って一番後ろの奴の首を斬り落とす。

「ん?」

 物音に気付いて前を動いていた男が振り返った所で、そいつの首も落とす。さらに前にいた男はこの光景を見て恐怖した。

「な、なんだ一体!?」

 その声にこの集団の足が止まり、周囲を警戒し始めた。

 俺は近くの奴を背後から首を斬り落としたり心臓を一突きして殺していく。

 武器を取り出し、闇雲に振るい出したので隙を見て殺す。

 半分ぐらいを殺した所で、この状況に耐え切れなかった者が出始めた。

「あ、ああ・・・ああ!」

「おい、待て! 何処に行く!」

 リーダーらしき人間が制止させようとするが、既に怖気づいて聞きはしなかった。流石に生き証人がいると面倒なので、そいつを追って背後から首を刎ねる。

「くそっ、何なんだ一体?」

 残った者で互いの死角をカバーするように態勢を整えたが、見えもせず音もしない相手など出来るわけがない。真上に陣取り、僅かに孤立した男の背後から一突きして殺して、そこから素早く動いて、反応して振り返った男たちを殺していく。

 最後の一人になって剣を捨てたリーダーが叫んだ。

「わかった! 降参する! 何者なのか知らないが、姿を見せてくれ」

 千里眼で周囲に外敵がいないこと、リーダーに暗器の類が持ち合わせていないことを確認してから、俺はすぐには手の届かない距離の正面から姿を見せた。

 男は意外そうな顔で俺を見た。

「まさか女だったとは・・・それに、いい剣だな」

「・・・聞きたいことが幾つかある。帝国の人間だな?」

「そうだと言ったら?」

「特にない。所属は?」

「帝国第三軍所属の隠密部隊だ。言っておくが、俺たちに捕虜としての価値はない」

「だろうね。目的は?」

「学生の実習訓練の情報を入手し、公国との交渉の為に拉致するのが目的だった」

「そうか。情報源は誰だ?」

「知らん。俺たち兵士は命令されるままに行動するだけだ」

 ・・・とすると、レイクンド公国側の貴族の誰かが情報を漏らし、ここまで来れるように手引きしたか。

「・・・そういえば、ゴブリンが街道に出ていた。あんたらの仕業か?」

「その通りだ。肉の欠片で誘導し、定期的に餌を置けばその付近まで足を運ぶからな。商人除けには丁度いい」

「あんたら以外に、誰か別行動している奴はいるか?」

「村の入り口に一人。それ以外は全員ここだ」

「聞きたいことは聞いた。言い残すことは?」

「・・・そうだな。あんたの名前は?」

「隠者のユウだ」

「あんたが隠者だったのか。男だと聞いていたが」

「男だよ。今は魔法で姿を変えているだけだ」

 背後に回り込み、差し出された首を斬り落とした。楽しくもない人殺しをさせられた俺は、こんなことをヘクトル帝国が行えないように死体を一つずつ城のある町の門に転移させた。死体の処理が面倒だったのもある。忘れずに村の入り口の男も送る。

 片付いた所で、俺は四人が入った家にノックもせずにお邪魔する。

 老いた男の話が止まる。

「・・・あなたは?」

「彼女たちの引率だよ。ちょっと掃除をしていた」

 レイチェルが傍に来て小声で聞いてくる。

「何があったのですか?」

「ヘクトル帝国の兵士がいた。君たちを狙っていたらしい。既に片付けて、帝国に返しておいた」

「ではそのことを、村長に話しても?」

「好きにするといい」

 俺はさっさとこの家から出て馬車の中で休憩した。その後、レイチェルたちが戻って来て実習の品と、感謝の品を積み込んで馬車に乗り込み、帰路に着いた。


 帰りはのんびりと進み、途中で襲い掛かって来た大トカゲを退治したり、巨大ムカデを退治したりしながら無事に学園に帰り着いた。

 学園長室に入った所で、俺を見た学園長はくすりと笑った。

「ふふ、そちらが本当の姿でしたか?」

 言われて気付く。

 あっ、変身魔法掛けたままだ。

 解除し、数日ぶりに男に戻る。

 レイチェルが実習の内容を報告し、俺からもヘクトル帝国の兵士が潜り込んでいたことを報告した。

 学園長は険しい表情で聞き、報告が終わると溜息を吐いた。

「・・・そうですか。学生の皆さんは、取って来た品を資材庫に運び、馬車を片付けたら休んで結構ですよ」

「はい、では失礼します」

 四人が外に出たのを見送った学園長は報酬を取り出した。

「こちらが報酬です。受け取ってください」

 報酬を受け取る。約束された金額より少し多い。

「・・・確かに」

「それと、隠者のユウに依頼を出します。いいですか?」

「・・・それは店を通してくれ」

「賢者のソフィアから、あなたなら受けてくれると言われました」

 踵を返して帰ろうとしたが、正面に向き直る。

「彼女はなんて断った?」

「興味ない、と」

 彼女らしい返事だ。

 俺としても面倒そうだから断りたいが、他に受ける人もおらず、どうせ数日後に同じ依頼が出されるだろうと判断した俺は、この場で聞くことにした。

「・・・・・・その依頼は、緊急の用事ですか?」

「ええ。今回の実習訓練を纏めた報告書を作成しますので、それをイリュースト領の東部を治めるヨハン・グリム卿に渡してもらえますか?」

「渡すだけですか?」

「出来ればで構いませんが、彼の真意も、確かめてくれれば」

「分かった、受けよう」

「ありがとうございます。依頼書を書きますので、暫しお待ちを」

 学園長が綺麗な紙にスラスラと書き、最後に判子を押して完成した。

「お待たせしました。報酬は少ないですがよろしくお願いします。報告書は明日の朝に取りに来てください」

 依頼書を受け取って学園から出た。時間的に日が沈むのはもう少し先だ。インベントリの食料が心許ないと思っていた俺は、適当な宿屋に泊まる用意をし、街に繰り出して出店で売っている食べ物を片っ端から大量買いし、酒も沢山買った。何かの時に振舞えるだろうとスイーツも多めに買っておいた。

 暗くなり、俺は宿で一泊した。







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