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隠者のユウは隠居ができない  作者: 宮之内誠治(覇気草)
第二章:静かなる騒乱
36/45

三十五話:学生たちの実習訓練 その5(ソフィア)

探偵回。

 

 ***


「犯人はあなた方のどちらかです!」


 ビシッと漫画やアニメの某探偵たちのように指をさす。

 ・・・・・・どうしてこうなっちゃったかなぁ・・・。

 私は内心この状況に困惑していた。




 時は遡ること凡そ一日前。実習訓練でいよいよ出発する所まで遡る。

 私、ソフィアは馬車の中で今回の護衛兼監督をする為の学生たちを待っていた。

 入って来たのは四人の男たち。

 まず目に付いたのは、直感的に見覚えのある顔をした、貴族の雰囲気が出過ぎている金髪の美青年だ。着ている服が他の三人より明らかに上質で、しっかりと着こなしている。

 次に目に付いたのは、甲冑のヘルメットを被っている男だ。わざわざ脱いで顔を見せたが、大きくズタズタな傷跡が顔半分を埋め、少し不幸そうな人相で髪を丸刈りにしている以外はイケメンだ。

 残り二人のうち一人は、日に焼けて肌が茶色く、若いのに髭を整えている男だ。洒落た装飾品をあちこちに身に付けているが、目を引くのが首から下げたケースに入った複数のサイコロだ。

 最後の一人は、他の三人に比べると印象は薄いが、顔が厳つく鍛えられた肉体が服の上からわかる男だ。

 総じていい男であるが、私の視線には別のモノが映っている。

 この人たち、すんごい不幸体質だわ。

 賢者程ともなれば、相手のマナから体質を見極めることもできるが、この四人は不幸体質が極めて顕著に表れていた。具体的に言えば、問題が向こうから舞い込んできたり、よく事故に巻き込まれたり、波乱な事件に遭遇したり、生死を分ける騒動に飛び込んでしまったり、だ。

 私はそんなことを表面に出さずに、あっさりとした表情を取り繕って言った。

「初めまして。私は賢者のソフィア=マーリン。今回の実習訓練の護衛と監督をするわ。よろしく」

 貴族丸だしな美青年が一歩前に出て言った。

「初めまして賢者ソフィア、俺は第五班リーダー、クリス・アルバレスト・サーシェス。サーシェス領の領主の息子です。父からあなたのことは色々と聞いています」

「領主の息子かぁ。道理で・・・」

 父のクラインと同じく、苦労人になると確信した。だが言ってやるのは哀れなので伏せておく。

「まぁ、今回はよろしく」

「ああ、はい・・・」

 握手すると、彼は脇に退いて次の人間を紹介し始めた。

「彼はジョナサン・ウィークリー。騎士志望で、学園に入ってから腐れ縁の仲だ」

「よろしく。今回の実習、無事に終わることを祈るよ」

 それ死亡フラグ。

 言いたいが堪え、握手をして次に移る。

「ヘルメットを被っている彼はイザーク・スチール。学園に許可を貰ってヘルメットをしている。まぁ、彼は色々と酷い目に遭ったから詮索はしないでやってほしい」

「どうも」

「ええ」

 握手をし、最後の男が前に立った。

「最後はソレン・ケネディ。こう見えてもダイス神の神官で、聖騎士を志望している」

「よろしく」

 握手をすると、彼は離さずに続けて言った。

「・・・さっきあんたをダイスで占ってみたんだが、今日は不幸なことが起こるって出た」

「そ、そう」

 今まさに不幸だと思う。

 内心で毒づくと、リーダーのクリスが苦笑気味にソレンについて補足した。

「言い忘れていたが、彼はこんな態度だが占い師として実力は確かだ」

「へえ、占術が出来るんだ」

「ご要望なら、小銀貨一枚で占うよ」

「結構。私も占いはできるし」

「あ、そう」

 彼は私に興味をなくしたのか、離れて席に座った。

 クリスは喉を鳴らして、私に言った。

「・・・さて、自己紹介も済みましたし、実習内容を伝えておきます。俺たちは東のイリュースト領に向かい、契約している製粉所から学園で使う小麦粉を受け取って戻る。片道半日、帰りは重量が増して一日掛かる。時間は掛かるけど簡単な仕事です。何か質問はありますか?」

「そうね、何か不測の事態が起きたらどうするの?」

「実習訓練は無事に帰って来ることが命題です。臨機応変に対応し、場合によってはその場で帰ることも視野に入れています」

「分かった。じゃあ出発して」

「はい、まずは俺が御者を務めるから、三人は順番を決めておいてくれ」

 言われた三人は軽く相談し、あっさりと順番が決まった。

 馬車が動き出して実習訓練が始まる。嫌な旅になりそうだと、インベントリから馬車用のクッションを出して敷きながら思った。



 何事もなく馬車は進み続ける。普通はそうだろう。だがこの第五班は不幸体質ばかりが乗っている。ユウでも近づきたくなくなるレベルだ。

 何も起きない筈がなく、馬車が町を出て少しして止まった。理由はごく単純、向かって来る馬車が轍に捕まって動けなくなっていたのだ。相手の馬車の積み荷を見れば明らかな過積載なのも原因だが、見つけて放っておくわけにもいかないと思ったリーダーのクリスがこうして止まったのだ。

 相手と幾つか会話をしたクリスは、他の三人を連れて相手の馬車の後ろに回り、押して轍から抜け出した。相手は感謝し、お礼に少量の銀貨を渡して行った。

 いい子たちだなぁ、そんなことを思いつつ馬車が再び出発する。

 それも束の間、今度は車輪が壊れて動けなくなった馬車を発見した。止まって事情を聴くと、突然靴紐が切れたみたいに壊れたという。クリスも困り果てていると、イザークがアイテム袋から木材と工具を取り出し、手早く加工して車輪を修理した。

 相手は非常に驚き、そして感謝し、商品の一部である新鮮な野菜を多めに渡して去って行った。


 学生たちの働きを評価しつつも、二度あることは三度あると思って馬車は進む。

 またしても馬車が止まった。だがしかしさっきと様子が違う。御者台にいるクリスが困惑した表情で私に行った。

「ソフィアさん、ちょっとアレを見て貰えますか?」

「どれどれ」

 御者台に移って指さす方向、街道の先を見る。そこには馬車が一台止まっているが、周辺に人が倒れていて、血が飛び散っている。

 私は即座に馬車を覆う程度の簡易結界を形成し、周辺を見渡す。すると、いた。茂みの中から弓を構える人間が複数だ。それだけでは絶対にないと判断した私は彼らを見つめつつ、傍にいるクリスに言った。

「クリス、戦闘準備。急いで」

「分かった。おい、戦いだ、準備しろ!」

 小声だが喝のある語気で言いつけると、帆の中でガチャガチャと物音がし始めた。

 クリスの動きで悟られたか、矢が放たれた。結界を形成しているから問題なく弾くが、接近して囲まれれば面倒だ。私一人なら幾らでも対処の仕様はあるし、やってもいいのだが、今回の主役は学生の彼らだ。だから私は攻勢には出ず、防御に徹する。

 私の読み通り、射手とは反対の茂みから武器を手に取った男や女たち十数人が走って接近してきた。そして一番槍の男が、結界に一枚の札を張り付けた。

 結界と札が反応し、札の作用によって結界が瓦解した。

 破壊魔法・・・こんな人たちがなぜ?

 念の為にインベントリから故エイリーンの武器『神杖セレナーデ』を手に取る。神様が魔王討伐の為に与えた伝説級の杖だ。

 放たれる矢を魔法障壁で防ぎながら、学生たちを見る。

 クリスはこの場で素早く剣と盾を装備し、一番槍の男と対峙始めた。学生とは思えぬ鋭い剣捌きで果敢に攻め、僅か数秒で相手を斬り伏せた。

 帆の中の人間は完全に武装を済ませ、後ろ側から出て対処し始めた。一人一人がしっかりと連携を取って対処している。あれなら少しは持つ。

 射手の狙いが私から彼らに変わったのが見え、私は杖を掲げて魔力を込め、雷撃を放った。戦車の大砲かと思う音が轟、白い閃光が射手たちを襲って倒れた。

 全員が何事かと手と足を止めてこちらを見つめていたが、味方だと知った学生たちが相手よりも早く立ち直り、隙有りとばかりに攻撃して目の前の敵を倒した。相手側は出鼻を挫かれ、不意を突かれて状況を逆転され後退していく。人数差も無くなった所で、彼らは背を見せて逃げて行った。

 四人は勝鬨を上げ、興奮冷めやらぬ中で辺りを警戒しながら倒した相手を引きずって一カ所に集め出した。冒険者で言うなら、戦利品を漁る時間であり、アンデット対策で処理する時間だ。

 私も杖を仕舞ってリーダーのクリスに声を掛けた。

「お疲れ様。いい動きだったよ」

「当然です。騎士を目指してますから」

 そういう彼の腕には切り傷があった。血の滲み具合から、浅いかすり傷のようだ。

「ちょっとじっとしてて」

 私は彼の傍に寄り、腕を持って患部に回復魔法を使って治した。

 彼は驚いた顔で私を見ていた。

「・・・回復魔法ですか。神官の回復魔法以外で初めて見ました」

 と、神官のソレンがやって来た。

「クリス、怪我は無いか?」

 クリスを見る。服の袖が切れているのに気付いて腕を持って観察する。

「・・・うん、無いようだな。あんたが治したのか?」

「ええ、賢者ですから」

「ありがとう。こいつ結構無茶するから、ジョナサンとかこいつの親父とか、先生に治療担当にされているんだ」

 クリスの肩を叩くと、ソレンは戦利品漁りに戻った。

「大袈裟じゃない?」

「それだけ期待されていると思ってる。だからこそ俺は、それに応えたい」

 ノブレスオブリージュ、貴族たる務めという奴だろうか。私には理解できない考えだ。

「破傷風には気を付けてね」

「分かっています。怪我したらいつもソレンに診て貰ってますから」

 クリスが戦利品漁りに加わり、私はそれを眺めている。ジョナサンが衣服の中やアイテム袋を漁り、イザークがてきぱきと防具を外し、武器と一緒にアイテム袋に仕舞っていく。用が済んだ死体はクリスが嫌な顔もせずに燃えても大丈夫そうな所に運び、ソレンが弔いの準備に入った。

 戦利品漁りが終わって死体を燃やし、弔いが始まる。他の三人は血や汚れを取り除きながら仇討ちを警戒して周辺を監視した。


 弔いが終わると、その場から速やかに離脱した。

 帆の窓から辺りを警戒しているジョナサンが言った。

「ソレン、まだ嫌なことが起きそうな気がするんだが、あんたどう思う?」

「起こる。この小銀貨を賭けてもいい」

 止めて欲しい。それフラグだから・・・。

 言いたくても言えないこのモヤモヤした気持ちに応えるように、向かう先の天候が悪くなり、雨が降り始めた。

 途中で休憩を挟みつつも馬車は進み、本格的な大降りの最中に中継所に到着した。色々と問題に対処していたせいで、既に辺りは暗い。彼らは相談し合い、今晩は宿に泊まって早朝から遅れを取り戻すという方針に決まった。

 屋根に入って服や髪に付いた水滴をある程度払い落してから宿に入る。悪天候と飯時だからか、フロアは人が多く賑わっている。ウェイトレスの二人も忙しそうに動いている。空いている席に座ると、気付いたウェイトレスがメニュー表を渡して来た。温かい食事にありつけると思った所で、本日何度目かのハプニングが起きた。

 食事をしている人間の一人が、突然もがき苦しんで倒れたのだ。傍に居た人間が起こそうとするが、意識は無い。動揺が波紋のように広がって静まった。

 宿の主人がカウンターの裏から出て来て倒れている人間に近づき、呼吸や脈を確認し、首を横に振って言った。

「駄目だ死んでる。恐らく毒だ」

 フロア全体が騒めく。

「待て、静まれ!」

 店主の叫びに再び静まる。静まったことを確認した店主が言う。

「誰もここから動くな。あと、最後にここにやって来たのは誰だ?」

「この方たちです」

 ウェイトレスが私たちを紹介する。

 店主が近づいて私たちを見つめ、言った。

「あんたら、入って来たのはついさっきだよな?」

 リーダーのクリスが代表して答えた。

「ええ、ここに来て席に着き、ウェイトレスからメニュー表を貰ったばかりです。ほら」

 持っているメニュー表を掲げて見せる。これで私たちは犯人ではないというアリバイが出来た。着ている服も濡れていて、まだ水滴を拭き終えていない。

 納得した店主が、目ざとく私を捉えた。

「なぁそこのお嬢さん、あんた魔法使いだろう?」

「あぁ、はい。そうですけど」

 お嬢さんと言われて少し嬉しい。でも先が読めている私としては断りたい。

「あんた、犯人捜しを手伝ってくれねぇか?」

 やっぱり来た。面倒臭いし関わりたくない。加害者に恨まれて周りを巻き込むのはごめんだ。

 だから私はこう答えた。

「お言葉ですが、私はしがない魔法使いでして、お役には立てないかと・・・」

 四人の視線が痛い。お前は何を言ってるんだ、と。

 私の存在を知る由もない店長は、残念そうに言った。

「そうか・・・」

 よし、これで私は面倒事に関わらなくて済む、そう思った直後、ジョナサンが他を当たろうとした店主に言った。

「待ちな店主さん」

 店主が振り返ったのを見計らって、わざわざ立ち上がって宣伝するかの如く言った。

「彼女はそう言って謙遜するが、ここにいるのは正真正銘、レイクンド公国が認める賢者ソフィア=マーリン様だ」

 やりやがったよこいつ。私の平穏な暮らしにサスペンスを持ち込むな!

 周囲が再び騒めく。さっきとは違い、ひそひそ話は私が中心になっている。

 店主も素っ頓狂な顔をして私を見ている。こうなってしまっては最早逃げることも否定することもできない。

 私は立ち上がって店主に言った。

「騒ぎになりたくないから名乗りませんでしたが、私は彼の紹介通り、賢者のソフィア=マーリンです。この杖がその証です」

 神杖セレナーデを掲げて見せる。

 そして、ある男が言った。

「俺、杖を扱っているから図鑑で見たことがある。神杖セレナーデ、本物だ!」

「思い出した。彼女、ポートローカルに住む魔女様だ!」

「ああ、本当だ! しがない魔法薬店の店主だ!」

 ぞくぞくと私を知る人間が声を上げ出した。適当に楽しく店主として過ごした日々が、どうやら知名度を上げてしまっていたらしい。

 ああ、さようなら私の平穏な日常・・・。

 笑顔を作りつつ、心の中でちょっと悲しんだ。

 全体が私を賢者と認識したところで、店主が改めて私に言った。

「賢者様、気持ちは分かりますが、どうかこの事件、その知恵で解決してください。お願いします!」

 がっつり頭を下げられた。学生四人も頭を下げている。

「あー・・・分かりましたから、頭を上げてください」

 仕方なく、私はこの突発的な事件の探偵をやることとなった。



 邪魔な杖は仕舞い、まず私は被害者の男の傍に寄って観察する。

 第一印象は若く健康的で、質が良い服を着ている。病死という線は低い。苦しんだ形相のままで、血を吐いたりしていない。そのことから神経系に作用する毒だろうと判断。

 ここまではまぁ、普通の人でも分かる範囲だ。

 ここで裏技を使う。転生者が居れば一発でバレる、転生者共通の特典だ。

 いつもより気合を入れて、ステータス!


 名前:死体ダルタニアン・ホープス

 出身:レイクンド公国イリュースト領・コムギ村

 年齢:30歳

 説明:大規模農家の次男。親から借りた資本で食品を扱った商売を始め、一山当てる。そこから順調に商売を成功させ続けた商人。ただし彼の成功の裏には、誰かの不幸が多い。

 現状:***に毒殺された。


 ・・・やっぱり毒殺なんだ。けど***って何? 神様、遊んでるの?

 有り得ると思った。だが神様に手出しすれば火傷じゃ済まないので、訴えはしない。

 死体に手をかざしてイメージし、魔力を送り込んで原因となった異物を抽出する。透明な液体が少量浮き出し、私はそれに対してステータスで性質を覗いた。


 名称:コケサソリの毒

 説明:砂漠に生息し光合成するコケサソリの尻尾の毒。猛毒で、激しい苦痛と同時に急速に心肺機能が下がり、呼吸困難による苦しみと共に死に至らしめる。毒は劣化しにくく、尻尾を水に一日漬けると無色無臭で苦味のある毒液が完成する。暗殺の定番道具であり、魔法薬の素材にもなる。


 これ、ハイポーションにリラックス効果を付与する為に希釈して添加する奴だ。原液だとそりゃあ、死ぬよね。


 横から店主が真剣な面持ちで覗いて来た。

「賢者様、これは?」

「これ? コケサソリの毒だよ」

「コケサソリの毒だと?」

 真っ先に反応したのは意外にもソレンだった。

「知っているの?」

「ああ知っているとも。暗殺事件で使われる定番の道具だ。厳重に管理された品が市場に出回っているが、裏社会でも手に入る代物だ。苦味が強く、主に酒に混ぜて使われる。まぁ、即効性が強過ぎるから、必ず毒見をさせる王侯貴族たちの口に入ることは少ない。誰かの怨恨と見た。この小銀貨を賭けてもいい」

 彼が小銀貨をテーブルに置いて説明を終える。間違ったことは言っておらず、誰もが息を飲む。

「説明ありがとう。ソレンの言った通り、これはコケサソリの毒。怨恨というのも可能性として大いにある。ということで、彼と席を共にしていた人、前に出て来て」

 出て来たのは三人。全員男で、そのうちの一人は、介抱した第一発見者だ。

「あなたたち、名前は?」

 一番背の低い、パッとしない男が答えた。

「アンバスです。イリュースト領の名前の無い村の出です。俺は今回、彼に融資の相談に来た。でも、後ろめたいことじゃない。今やっている商売を拡大する為に、一時的に金を借りようとしただけだ。彼を殺すなんて、ありえない!」

 感情的になって来たので、私は止めた。

「もういいですよアンバスさん。次の人」

 次に答えたのは、落ち着いている男だ。

「俺はブレックス。南部のレイクンド領の下町出身だ。彼――ダルタニアンにはある商材について共同出資をしようかと話を持ち掛けたんだ。彼が俺の話に首を縦に振れば、その商売は成功すると確信を持っていた。殺す動機なんて無い」

 意外にも冷静に語った彼に、私は何も言わず三人目に移った。第一発見者だ。

「あなたは?」

「ああ・・・俺は、クレスト、です。すいません、ちょっと、今は・・・上手く、喋れない。彼とは・・・飲み仲間だった。そうそれで、お互いに上手く、やっていた。商売を。今回、ここで何人か相談するから、横で、サポートをしてくれと、頼まれたんだ。でも・・・彼が、うう・・・」

 クレストは感極まって涙を流した。その場で崩れ、思わず彼を慰める為に抱いて背中をさすってやった。

 ・・・やっぱり私、こういうの好きじゃない。

 改めて隠居生活が性に合っていると思った私は、泣いている彼から離れて質問する。

「アンバスさん、あなたは彼が倒れるまでの間、何をしていましたか?」

「俺は融資の話をしていた。一番に。俺の商才については彼も良く知っていて、比較的早く話は纏まった。あと、俺は下戸で、お互い酒無しで話を進めていた。途中、トイレで席を外したが、それ以外は横で話を聞きながら飯を食っていた」

「そうですか。ブレックスさんは?」

「俺は彼の次に、ダルタニアンに共同出資の話をした。商材は・・・言いたくないが、香辛料だ。最近西への街道が整備され、香辛料を手に入れる機会が増えたから、お互いに出資して一儲けしようじゃないかと相談していた。彼も乗り気で、分け前は滞りなく決まった。ただ香辛料を運ぶルートで一悶着あったが、これはまぁ商人がぶつかる定番だ。お互い長い付き合いだから、上手く着地点を見つけられた。だからこそお互いの商機に酒で乾杯した。注文してすぐに飲んだから、毒を入れる暇なんて無いし、他の二人も水と酒で乾杯した。そうだろう?」

「うん」

「そう・・・そうだよ」

 二人は頷く。

「ではクレストさんは?」

「俺は・・・話を聞きながら、お酒を少しずつ、飲んでいた。スープも飲んだりして、ブレックスさんの、話の途中に、トイレへ行った。ただ、二人の商談が纏まった時は、いた。乾杯もした。俺も、二回目の乾杯も、お互いエールだった」

 私の慰めで多少落ち着きを取り戻しているみたいだ。ただ、話を聞く限りではお互いにアリバイがあって、犯行に及ぶ為の隙が見られない。

 恐らく、何か異物を入れる動作等の質問をしても、大した返答は無い。

 だとすると・・・。

 消去法的な推理から、自然と奥のカウンターに目が移った。カウンターの方へ移動すると、店主が声を掛けて来た。

「賢者様、何処へ?」

「ああ、ちょっとカウンターを調べさせてもらうね」

「そうですか。汚いですけど、事件解決の為ならどうぞ」

 言質も取ったので隅々まで調べるが、毒を入れておくそれらしい容器は見つからない。首を傾げつつ、フロアに戻って店主のポケットを弄る。何もない。

 当の店主も不思議そうに訊ねて来た。

「賢者様、俺に何かありましたか?」

「いいえ、あなたは何も持っていないようですね」

「そりゃあ、料理を作るので忙しいから、何も持ちませんよ」

 店主の言葉に、ピンと来た。だがそれが何処にあるかがまだ分からない。だからこそ外堀を埋める為に、店主に聞く。

「店主さん、トイレって男女で別れていますか?」

「えっ? いやうちは別けてないな。そういうのはもっと人の多いところぐらいだ」

「じゃあ次の質問、従業員の控室はありますか?」

「おう、あるぞ。調べるのか?」

「はい」

 頷き、学生たちの方を向く。

「クリス、ジョナサン、イーザス、ソレン、この場の保全、任せるから」

「任せてください」

 クリスが自信有り気に返事をし、三人と一緒に警戒を始めた。

 店主の案内で従業員の控室に移った。カウンターの傍の扉を一枚隔てた一部屋で、ロッカーのような細いクローゼットが並んでいる。

 私はさらに質問する。

「今この瞬間に働いているウェイトレスのクローゼットはどれですか?」

「えっと・・・アンナと、エニスの二人だ」

 クローゼットの名前を指さす。失礼して二人のクローゼットを開ける。中には普段着と靴とバッグ、その他小物や化粧道具がある。バッグの中身を拝見するが、それらしい容器は見つからない。念の為に他の従業員のクローゼットを覗くが、防犯意識が高いだけあって、盗られても問題ない品以外は何も置いていない。

「ありがとうございました。フロアに戻りましょうか」

「はあ・・・」

 店主が生返事を返し、私が先頭で戻る。


 しっかりと現場を保全してくれた四人にウインクを送り、私は真ん中に立って呼吸を整え、落ち着いた口調で言った。

「犯人が分かりました・・・」

 緊張が走る。

 大丈夫、私の推理は間違っていない。

 自分を信じ、はっきりと口にする。


「犯人は、あなた方のどちらかです!」


 ビシッと漫画やアニメの某探偵たちのように指をさす。

 その方向は、指をさされて二人して戸惑うウェイトレスだ。


 ・・・・・・どうしてこうなっちゃったかなぁ・・・。


 決めてみたものの、今更ながらこの状況が恥ずかしく思えた。もしこの推理が間違っていたら数百年は人のいない場所で引き籠ろうと誓いつつ、推理を述べる。

「私の考えでは、商談していた三人は犯人ではありません。理由は幾つか挙げられます。まず一点目として、この三人が酒に毒を入れるのが非常に困難だからです。死んだダルタニアンさんも含め、視線は最低でも三つあり、場合によっては他のテーブルに座る客や、ウェイトレスも視線に入る可能性が高い。リスクの高い行動で、個人が行うには無理がある。かといって三人が共謀者だとしても、こんな人目の多い場所でせず、誰かの家や人目の付きにくい場所に集まってやれば済む話で、とても計画的ではない」

 一度ここで推理を止めて周りを見る。誰もが沈黙し、反論はしない。

 続ける。

「次にですが、店主を疑いました。大勢がいる中で酒に薬を入れるのなら、店主が一番やりやすい。カウンターがあって、料理を作るキッチンは隠れて見えませんからね。一手間加えたとしても、誰も気に掛けません。ですが、キッチンを調べても、店主の懐を弄っても、毒を入れた容器が見つからない。だから犯人ではない」

 周りが一斉に納得する。店主も関心している。

「で、私はトイレが男女別かどうか店主に聞いた。理由としては、トイレは誰もが不審に思わせず利用できる場所だから。まぁ何もないわけですが、従業員の控室は違う。ウェイトレスの出入りは、必ず目に付く。だから調べて、何も無いことが分かった」

 それを聞いた人たちは顔を見合わせた。どういうことだ、と。

「ならば消去法として、最も手軽に、誰にも不審に思われずに酒に薬を入れられるのは誰かというと、ウェイトレスのどちらかになる」

 二人は改めて指名されて怯えた。

 気にせずに私は言う。

「二人とも、ポケットや提げている袋、出してくれますか?」

 一人は素直にポケットから物を取り出して引っ繰り返し、袋から小銭をぶちまけた。

 もう一人の女性は、納得がいかないように拳を作って私を睨みつけるだけだった。

 私は彼女に注目する。

 神様、答え合わせして頂戴・・・ステータス!


 名前:エニス

 出身:レイクンド公国イリュースト領・コムギ村

 年齢:25歳

 説明:小作農家。ホープス家の次男、ダルタニアンとは許婚の間柄であったが、十五の成人する前にダルタニアンの不倫が発覚し、不倫相手と結婚。エニスとの許婚が解消された。その後、ホープス家から雇用契約を解消された一方で新たな雇用先を紹介され、父母共に契約先の出稼ぎの農地で賊に襲われ死亡。エニスはホープス家に使用人として引き取られる。数年後、使用人を辞めて髪型を変え、容姿を魔法で少し変えてダルタニアンが商談としてよく使うこの宿で働き始め、復讐の機会を探る。

 現状:ダルタニアンを毒殺したのは彼女よ。思い込みって恐いわ。by女神ミスティア


 ・・・思い込み、ねぇ。

 大方、父母の死亡を偶然とは捉えずに必然と思って、ダルタニアンが仕掛けたと思い込んだのだろう。いい方に考えれば、父母を亡くして身寄りを亡くした彼女を、ダルタニアンが使用人として、愛人として手元に置いたとも取れる。

 どちらにせよ過去の話だ。だから冷徹に問い掛ける。

「エニスさん、ポケットと袋の中身、見せて貰えますか?」

「どうして、私の名前を!?」

「賢者ですから、それくらい聞かなくても分かりますよ」

 実際、私は転生者の特典であるステータスを使わなくとも、多少の手間で相手の出自などを調べることはできる。

 一歩前に踏み出す。エニスは動揺し、目が泳ぐ。

「さあ、私たちに見せて下さいよ」

 さらに一歩、彼女は周囲を見渡し、私を再度見て、すぐに目を逸らした。

「あなたが無実だという証明を」

 また一歩踏み出す。彼女は耐え切れなくなったのか、提げている袋を手に取り、中から空の小瓶を取り出してみせた。

「私がやった。やってみせた! これで満足? ねぇ、賢者様、私だけ、どうして不幸になるの? ねぇ?!」

 証拠の小瓶をその場に落とし、袋からさらに物を取り出した。鋭利なナイフだ。それを私にも誰にも向けることなく、彼女は自分の喉元に突きつけた。

 私は止めない。これで私に向かってくる恨みが物理的に無くなるのなら、むしろ喜ぶべきことだと歓迎した。ゴーストタイプのアンデットになって来ても、魔法使いの私からしたらカモでしかない。

 だが、彼女は死ねなかった。横から彼女に向かって飛び掛かる男がいた。一番泣いていた、第一発見者のクレストだ。

「このおおぉぉ、やめろおおおおおお!」

 鬼気迫る声で彼女のナイフを素手で掴んで止めると、遅れて学生たち四人と商談をしていた二人が彼女を抑え付けに動いた。

 ナイフが彼女の手から離れ、血だらけになったクレストの手に渡り、彼はそれを誰もいない方向へ投げ捨てた。

 そして彼は、また涙を流しがら、エニスに向かって言った。

「死ぬなよ。死んで終わりにするんじゃないよ! 俺たちは何の為に生きているんだぁ! 幸せになる為に生きているんだろおおぉぉぉ!」

 また彼は崩れた。痛みなど気にせず床を殴った。

 それを見たエニスも泣いた。子供のように激しく泣いた。だが泣いている中で、繰り返し出てくる言葉があった。ごめんなさい、と。

 神の気遣いか、それとも悪戯か、気付けば雨音は消えてなくなっていた。

 変に気疲れした私は、休憩したいと思った。この場では十分な休息はできないだろうと判断し場所を変えることに決め、リーダーのクリスに言った。

「クリス、疲れたから休むわ。明日の朝、ここに来るから」

「はい、お疲れさまでした」

 知名度の上昇は止められないと分かり切っているのでその場で転移魔法を使った。向かう先は既に決めている。生と死の狭間、女神ミスティアがいる空間だ。



 ここに来るのはいつぶりだろうか。二度と訪れることは無いと思っていたが、こんなことで来ることになるとは思わなかった。

 真っ暗な空間の中に存在する色とりどりの花畑。空からスポットライトのような光に照らされている。その中心で綺麗なテーブルが設置されていて、その上には茶菓子とティーセットが用意されている。

 そしてそこに、目に優しくない、全身色調の違う虹色の女神ミスティアが椅子に座ってお茶を飲んでおり、私が来たのを察知してカップを置いて優しく声を掛けて来た。

「久しぶり、ソフィア」

 久々の再開に何かいい言葉が無いかと思ったが、思いつかず心のままに口を動かした。

「・・・久しぶりです、ミスティア。チエリ先輩って呼んだ方がいいですか?」

「ミスティアでいいよ」

 手で座るように促され、私は座る。対面に座る女神様は、私の惨劇に終わった世界の、学生の時の先輩だ。今となっては年齢など些細に過ぎない。

 だからこそ、私は今回の件についてストレートに訊ねた。

「見ていたんでしょうけど、どうしてああなったの?」

「それについては、神様としては何もしていないよ。ある一人の男が、全てを画策した結果起こったこと」

「・・・ある一人の男って?」

 一瞬、ユウならやりそうだとも考えたが、今回は違うと確信を持った。

「ヨハン・グリムという男。彼は転生者で、今回の実習訓練を利用した。これ以上は自分で確かめてね」

 茶菓子を食べ始める。私も茶菓子に手を伸ばす。流石は思いのままの空間、ミステルミスにある何処の菓子よりも美味しい。ただ情熱は感じない。

「自分で確かめる、ねぇ。それは別に・・・興味ないかな」

「そう? あなたなら彼に会ったとしても、手玉に取られるようなことにはならないけど」

「だとしても、自分から面倒事に関わるのはごめんかな。そういうのはユウにでも投げてやるつもり」

「あはは、そうすると隠居できそうにないわね、彼」

「うん、隠居できそうにない」

 飲むのに適した温度のままのカップを手に取って口に運ぶ。後味のスッキリしたアップルティーだ。

 カップを置き、ユウについて踏み込んだ質問をしてみた。

「ところで、ユウって何者なの?」

 答えないと思ったが、ミスティアは普通に答えた。

「シュレディンガーという夢人そのものだよ。彼というか彼女というか・・・数多ある世界に存在する同一人物の一人って言えばいいかな」

 言わんとしていることは理解できる。ただそれは個という自意識の存在を揺るがす事象だ。普通の人間には認め難い神の領域の話だ。

 茶菓子を口に入れながら放り込む。

「それ、ユウは知っているの?」

「とうに知っているよ。魔王討伐の時にね」

 それを聞いて私はほっとした。彼の身を案じてではない。自分の生活が、彼の突然の暴走で破綻しないと分かって安堵したのだ。

「それならいいや。ところでエイリーンはどうなったの?」

「彼女なら、勇者と一緒に神の世界で新人研修を受けてるよ。会ってく?」

「いや、元気そうなら、会わなくてもいいかな」

 適度に菓子とお茶を味わい、ミスティアとの会話を楽しんだ私は席を立った。

 ミスティアは名残惜しそうに言った。

「もう行くの?」

「うん、今の私はミステルミスの賢者、ソフィア=マーリンだから」

「・・・そう。じゃあ、最後に私からも質問。ミステルミスで過ごすのは楽しい?」

「ええ、楽しい。飽きたら私もそっち側に移るよ」

「楽しみに待っているから。いつまでも」




 転移し、ミステルミスに戻る。

 中継所の私が入った宿の前に降り立ってすぐ気付く。朝だ。

 ミスティアの気遣いか、時間が調整されて丁度日の出の時間になっていた。

 宿に入ろうとしたところで、予定通り早起きした学生たちが戸を開けて出て来た。

「いい朝ですね、ソフィアさん」

 リーダーのクリスが挨拶し、他は会釈する。

「おはよう。よく眠れた?」

「勿論。昨日の事件については、店主が処理をしましたよ。あといい知らせがあります。ソレンの朝のお祈りを兼ねた占いでは、珍しく今日は平穏に過ごせるとか。金貨を賭けてもいいそうだ」

 ソレンが自信有り気に金貨を見せた。

「それはいいね」

 馬車に乗り込み出発する。


 昨日の足止めが嘘のように平穏な旅になり、あっさりと製粉所に到着。滞りなく目的の小麦粉を受け取った。座る場所がギリギリ確保できるほどの量だ。重量的にアイテム袋に入りそうにはない。

 帰りも、全くと言っていいほど何も起きなかった。

 重量のせいで学園に着くころには真っ暗になっていたが、学園長室には魔法の明かりが点いていて、私たちは実習訓練の報告をした。

 報告を聞いていた学園長は、何とも言えない微笑を浮かべていた。

「・・・色々あったようですね。無事に帰って来られて何よりです。小麦粉を食糧庫に運び終えたら、休んでいいですよ」

「では失礼します」

 クリスが一礼して他三人と戻ろうとした時、ジョナサンが立ち止まった。

「賢者様、今度会ったら俺たちと飲まないか? あんたの話を聞いてみたい」

「そうね。機会があればいいよ」

「薄めたエールくらいに期待してるよ」

 期待していないと暗に言ったジョナサンが扉を閉めると、学園長は少し疲れた様子で椅子に深くもたれ掛かった。

「学園長、大丈夫ですか?」

「ええ、少し疲れただけですから。それにしても宿で事件を解決するとは、流石は賢者の称号を持つ人ですね」

「成り行きで解決しただけですよ。賢者の称号だって同じです」

「英雄や偉人は、得てしてそういうものでしょう」

 学園長はもうひと踏ん張りといった具合に姿勢を正した。

「一つ、賢者であるソフィアさんに依頼したいことがあるのですが、よろしいですか?」

 こうして改まって話を持ち掛けられる時は、たいていろくでもないことだというのは分かっている。

「・・・まぁ、聞くだけ聞きますよ」

「簡単なことですよ。私が今回の実習内容を書類として纏めますので、ヨハン・グリム卿に会って渡して欲しいのです」

 確かに簡単なことだ。だが胡散臭い。

「どうにも訳があるように感じますが?」

「その通りです。既に第一班から第五班までが帰って来ましたが、その全てで命に係わる問題が起こっていました。その中でヨハン・グリム卿の名前が挙がることもありました。他の問題も彼が関わっている可能性があります。ですが、今回の実習で隠者のユウとその仲間を護衛として雇うように、私や私の弟子のミシェルに口添えしたのも彼なのです。だからこそ、指名されたあなた方に確かめて来てほしいのですよ。私のような老いぼれが行っても、彼は真実を語るとは思えませんから」

 ミスティアの言っていたことは間違っていないようだ。でも私はヨハン・グリムという男に興味は無い。

「生憎だけど、私は興味ないかな。そういうのは隠者のユウに頼めばいいよ」

「彼が快く引き受けると?」

「快くかは分からないけど、彼は手順を踏んで依頼をすれば、断ることはしないと思う。暇だろうし」

「そうですか。では彼が依頼を引き受けてくれることを期待しましょう。これは今回の報酬です」

 出された金貨を確認する。事前に確認した通り、本来の報酬より多い。

「確かに。それでは・・・」

 金貨をインベントリに仕舞って出て行こうとして、ふと、釘を刺すのと一緒に軽く営業していこうと振り返って言った。

「そうそう、私、ソフィア=マーリンは『しがない魔法薬店』としての仕事なら、喜んで引き受けますよ」

「なら今度、相応しい仕事を依頼させて頂きますね」

「ええ、では」

 今度こそ部屋を出た。

 まずは、お風呂かな・・・。

 なんて考えながら転移して我が家に帰って来た。レヴィアタンも既に帰って来ていて、ぐっすりと眠っているのを確認した私は、起こさないよう静かにお風呂の準備を始めた。


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