三十一話:学生たちの実習訓練 その1(イナハ)
筋肉要素あり。男性の肉体美の強調に耐性が無い方や、不快に思う方はブラウザバック、またはこの話は飛ばしてください。
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誰よりも早く馬車に乗って待っていると、四人の学生が乗って来た。ぱっと見で分かることは二つ。
小麦色の肌で筋骨隆々な瓜二つの顔をした大男二人。
それとは真逆の白くて人形のような端正な顔立ちで瓜二つの魔法使い風の少女が二人だ。
まずは少女の片方、唯一見分けが付く黄色いネクタイをした子が口を開いた。
「わ、私が第一班のリーダーの、アリア・・・です」
何か言い淀んだようだったが、続けてもう片方の白いネクタイの子が名乗った。
「私はイリアです。見ての通り、双子で、魔法使い志望です。今回はよろしくお願いします」
ぺこりとお辞儀をしたので、私も返す。
今度は大男二人が見合って頷き、何故かいきなり脱ぎ出した。
「えっ?!?」
開いた口が塞がらない。意味が分からなくて固まってしまう。
どうすることもできずにただ見ていると、大男たちはパンツ一丁になってしまった。いわゆるブーメランパンツという奴で、あそこがもっこりしている。ただ視線はすぐに全体へ移る。二人はボディビルダーという肉体美を競う人たちと同じ、超が付くマッチョ体型だった。小麦色に焼いた肌で、服を着ていたのに肌がテカッている。
そして最初は徐に、そこから力強く見事なサイドチェストをにっこり笑顔で対照的にやってのけた。
アリアとイリアは、最初からそういう演出をするよう言われていたのか、横で魔法の光を当て出した。
「・・・・・・?!?」
言葉にならない。意味が全く持って分からない。世が世なら痴漢になってしまうが、この世界は残念ながら痴漢という概念が無い。今すぐ別の誰かと交代したかったが、残念ながら出口は彼らで塞がれている。
未だポージング中の二人の内の一人がそのままで自己紹介を始めた。
「俺は双子の兄弟の兄、フォルテ・オルガンだ。吟遊詩人の家系で剣を持たない騎士を目指している」
続いて、もう片方が口を開く。
「俺は双子の兄弟の弟、フォルテッシモ。普段はテッシモと呼んでくれ。兄と同様、剣を持たない騎士を目指している。同時に・・・」
二人が間をおいて深呼吸し、同時に言った。
「「俺たちはこの肉体美を広めたいと思っている!!」」
「イヤだよ!」
思わず拒絶の声が漏れた。こんなマッチョな吟遊詩人なんて流行らせたくない。流行らせてはいけないと心が訴えた。
私の声に二人は驚いてポージングを止めた。
フォルテが戸惑いつつ弟のフォルテッシモに言う。
「・・・やはり、女性には受けないか?」
「・・・だなぁ。男たちには受けたんだが」
二人はアリアとイリアをそれぞれ見つめた。
まずフォルテがアリアに問い掛けた。
「・・・アリア、俺の肉体、キレてるか?」
両腕を頭の後ろで組んでポージングを決めた。認めたくないが、割れた腹筋と太腿が凄い。
「うん、うん! すっごくキレてるよ。最高だよ!」
気弱そうに見えた姉のアリアが、興奮気味にキラキラした目でフォルテを肯定し、躊躇うことなく抱き着いた。
「そうか! やはりアリアは俺の運命の人だ!」
抱き着かれたフォルテも上機嫌で優しく抱き返した。
今度は弟のフォルテッシモが拳を突き合わせて前屈みになるポージングをしながらイリアに問い掛けた。
「・・・イリア、俺の肉体はキレてるのか?」
「ええ、最高よ! もうキュンと来てるの」
口調は冷静だが、既に蕩けた顔のイリアは彼の肉体にキスをした。
「そうかそうか! 俺はイリアの運命の人だ!」
彼もお返しにと、わざわざ対格差を考慮して跪いて手の甲にキスをした。
なんだこれ・・・なんだこれ・・・??!
馬車が動く前に見せられた劇場のような何かに、私はただただ呆然とするしかなかった。
だがそれもすぐに終わった。彼らはまるでやり切ったと言わんばかりにすっと動き始め、アリアとイリアは向かい側の席に座り、フォルテとフォルテッシモは服をいそいそと着て、兄のフォルテが御者台に移った。弟のフォルテッシモは、私と距離を置いて座った。
無言のまま、馬車が動き出した。思考が完全に停止して実習内容を聞いていないと気付いた私は、姉妹に問い掛けた。
「あの、第一班は何をするの?」
「あ、えっと・・・」
「近場の薬草園に行って、薬草の採集です。東の領へ続く街道の中継所の近くなので安全ですし、距離的に目的を達成したうえで、日暮れまでには帰れます」
「それはいいね。本当に・・・」
この濃い面子で野宿は嫌だったので、心底良かったと胸を撫で下ろす。
馬車に揺られること十数分。既に馬車は町を出て街道を走っている。離れた位置で座っているフォルテッシモは、時折、帆の窓や後ろから周囲を見渡して警戒し、何も無いと判断すると黙って座ってを繰り返した。どうやら黙っている限りは常識的な人間のようで、その横顔は意外とイイ。
数十分も座っていると、お尻が痛くなって来た。自己紹介のせいですっかり忘れていた私は、手首のカフスから手品のように、インベントリから私がプロデュースして大流行が続いている馬車用の座布団を取り出した。自分用なので超が付く高級仕様だ。ただ、今回は他人がいるのでさらに三枚出した。
「はい、これあげる」
意外そうにした姉妹だが、すぐに返事をしたのは姉のアリアの方だった。
「ありがとう」
「・・・ございます」
イリアは少し恥ずかしそうであった。二人の関係が少し見えて来たように思う。
フォルテッシモにも差し出す。
「これ、あなたと、お兄さんにも」
「おお、気を遣ってくれてありがとう!」
彼は気前よく受け取って、真っ先に兄へ渡しに動いた。
渡し終えてトスンと座った時、彼はハッとして声を上げた。
「しまった!」
立ち上がるや、すぐに私の傍に来て跪いて言った。
「今回の実習の監督を務めるあなたの自己紹介を忘れていました。無礼をお許しください。して、あなたのお名前は?」
私は気にしていなかったが、彼が随分と紳士的な態度だったので、逆に私が悪く思いつつも答えた。
「・・・イナハだよ」
「イナハ、ですか。分かりました。兄にも伝えてきます」
また移動して運転中の兄に私の名前を伝えた。戻って来た彼は前を通る時に軽く会釈して通って元の位置に座った。
あとは静かにのんびりできると思っていると、顔を見合わせていた姉妹がわざわざ私の隣に移動してきた。姉妹に挟まれた私は、何を意図しているか分からず誰もいない正面を向くしかなかった。
アリアが耳元で囁くように話し掛けて来た。
「私たち、アリア、イリアは、ミクラ・イリューストと言います」
続けるように、もう片方の耳元でイリアが囁くように話し掛けて来た。
「私たち、イリア、アリアは、レイクンド公国の東の領、イリュースト侯爵の者です」
「私たち、ミクラの人間は、豊穣の力を持ちます」
「私たち、イリューストの人間は代々魔法使いです」
「この力は・・・」
「この力も・・・」
「「双子として発現した特殊な魔法です」」
まるで催眠音声みたいで耳がくすぐったい。要はテレパシーのようなものだ。でもどれほどか分からないので、問い掛けてみる。
「それって、どういう状態なの?」
アリアが答えた。イリアのように。
「精神と肉体の感覚が繋がっています」
次にイリアが答えた。アリアのように。
「・・・だから、こうして、姉妹で入れ替わりのように、話せます」
私は交互に見比べ、口にする。
「・・・それって、本当に入れ替わりが出来たりするの?」
姉妹がまるで同期しているかのように、同時に答えた。あのアジテーターのような不気味なにやついた笑顔で私を見つめながら。
「「出来るよ。もう何回もしてる」」
話が終わったのか、姉妹は元の位置に戻った。表情も戻っている。私は気を逸らすように横を向いた。黙っているフォルテッシモと目が合うと、彼は爽やかな笑顔でサムズアップしてみせた。
私は、帆の窓から外の景色を見ることにした。天気も良くて心が晴れやかになっていく。
・・・早く帰りたい。
心の底からそう思う。少し漏れてしまったのだ。ある意味呪いのチート装備、バニースーツのお陰で座布団を濡らすことも、臭いで気付かれもしない。今この時はこの装備で有難いと思った。
一応、外の気配をウサミミカチューシャで探っていたが、特に問題もなく数回の休憩を挟んでフォルテ兄弟が御者を交代しながら目的地に到着した。中継所というだけあって、そこは小さな集落のように幾つかの施設が建っていた。駐車場に厩舎、幾つかの宿泊施設と飯屋や酒場、土産物屋もある。ここは馬の生産もしている大規模な所なのか、柵で囲まれた芝生の中を馬たちがのんびりと暮らしていた。
駐車場に馬車を止めると、一応リーダーらしい彼女が言って来た。
「あの、お昼・・・イナハさんはどうしたいですか?」
現在時刻、太陽の位置や腹具合からして真昼だ。当然、私の腹の虫は鳴っているし、中継所は殆ど寄ったことが無いから興味はある。だが、この格好や学生たちを考えると少し不安がある。ユウの言っていたこともあって、別れるのも適切でないと判断した私は言う。
「・・・そうだね。私としては馬車の中で食事を済ませて、固まって薬草園に行くのがいいと思う。万が一を考えると、ね」
「そうですか。私も、同じ考えです」
彼女が外で馬の水と餌やりをしている所を伝えに行き、イリアもテッシモに馬車内で食事を摂るということを伝え出した。
・・・うーん。誰かが見ているな。まだ様子見かな。
彼らには伝えず、彼らは馬車の中で非常食の干し肉や豆、水がたっぷり入った水袋を取り出して飲み食いを始めた。私だけ優雅に温かい食事をするのも憚られるので、我慢して調味料で味を調整した干し肉や豆を食べて我慢する。
ああ、温かい食事が欲しい。
そう思いながら食事を済ませ、予定通りに薬草園に行く場所へ向かう。場所はこの中継所から外れた小さな林の先らしい。ウサミミが、少し離れて付いて来る存在を探知する。数は十二。左右に分かれて前衛三、後衛三といった具合だ。
・・・薬草園に団体で摘みに行く、な訳ないね。それなら普通、道を使う。
私はさり気ない動きでフォルテの横に動いて勘づかれないように適当な仕草をしながら言った。
「そのままで聞いて。後ろに団体さんが来てる。数は十二。左右に分かれて前衛と後衛に別れてる。どうするかはあなた達に任せるよ」
「むう。やはり、今回の実習は仕組まれていたのか?」
フォルテが疑問を口にしながら、私に合わせて適当な仕草をし、それから大胆にも姉妹の前に出て紳士らしい演技をしながら言った。
「イナハさんからの話だ。背後に敵が十二。左右に分かれ、前衛後衛がいるそうだ。俺たちは遮蔽の無い薬草園にもうすぐ到着する。如何致します?」
アリアはそれに応えるように口を開いた。
「えっと、イリアから発案です。様子を見て、攻めてくるようなら対処しようということです」
「分かりました。それでは、手を繋いで参りましょう」
フォルテがアリアの手を取り、薬草園へ向かう。テッシモもイリアの手を取って向かった。私は私でその背中を見ながら歩く。
さて、もしもが起こったらお手並み拝見と行きましょうか。
小さな林を抜けて出た場所は、しっかりと整備された畑のような場所だった。肥やされた土には様々な草花が植えられている。傍には小屋が建っていて、男が一人呑気に椅子に座っていたが、私たちに気付くと声を掛けて来た。
「いらっしゃい。薬草園は珍しい薬草を扱ってるよ」
「あ、あの・・・王立騎士魔術学園の、学生です」
リーダーであるアリアは答えつつ、学生証を提示した。
「ん、ああ。話は聞いている。実習お疲れ様。中へ入っていいよ。ただ・・・」
彼が言い淀んで、私を訝しむ。
察した彼らのうち、イリアが言う。
「彼女は学園が依頼した護衛の冒険者です。今回は少し訳がありますので、お気になさらず。ああ、何かあったら、自分の命は大事にしてくださいね」
「へ? ああ、そうかい。なら、彼女も入れて構わないよ」
無事に私も入ることが許され、アリアとイリアは懐から紙を取り出して、採集を始めた。フォルテ兄弟はそれを傍で見ており、間もなく、後を付けていた者たちが素早く動き出した。
男が六人、布で顔を隠して剣を抜いて現れた。同様に離れた場所で顔を隠した男たちが弓矢を構えている。
男の一人が声を掛けて来た。
「そこの姉妹、訳あって捕らえさせてもらう」
奇襲をしないってことは、暗殺ではないか。
悠長にそんなことを思いながらも、巻き込まれている私は自分の身を余所に四人を見る。アリアとイリアは薬草を手に縮こまり、フォルテ兄弟が彼女たちを守るように立ち塞がっている。一見すると双子の姉妹が双子の兄弟に守られている華奢な存在のように見えたが、私の目にはまるで演技をしている赤ずきんの狼のように映った。第一、アリアの口元が笑っていた。
フォルテは硬い表情で返事をした。
「断る。彼女たちは貴族だ。何が目的でこんなことを?」
「姉妹は生け捕り、他は殺しても構わないと依頼されている。覚悟!」
依頼、ねぇ・・・。
何処かの貴族の子飼いの山賊かそこらと判断しつつ、私は仕掛けて来た目の前の男を履いているヒールで蹴っ飛ばす。バニー装備のヒールだ。チートじみたウサギの加減した蹴りは、それはもうギャグのように男を吹っ飛ばして、男たちの動きが一瞬止まった。そのチャンスを活かさないほどフォルテ兄弟は弱くないようで、筋肉の塊なのに素早く動いて目の前の男を一撃で気絶させた。私も二人目を蹴って吹っ飛ばし、インベントリから両手に投げナイフを手に取って弓矢を構えている男たちに素早く投げる。チート装備による補正も相まって動かない的には百発百中のナイフにより、弓矢を構える男の内二人が隙を見せた。残る四人が私に狙いを定めた。
私は空高く跳ぶ。弓矢を構える男たちもそれを追って上を向き、完全に視線が切れた姉妹が杖をアイテム袋から取り出して構えると、まるで雷が至近で落ちたかのような爆音と共に放たれた電撃が一瞬にして四人の男に当たり、ばたりと倒れた。スタンガン程度なら滅茶苦茶痛いで済むが、どうやら威力は相応にあるようだ。
華麗に着地し、私は四人よりもまず電撃に当たった男を見に行った。倒れて動かない男の脈を取ってみるが、無い。善人や関りのある人間なら心臓マッサージや回復魔法を施してやるが、彼らにはその義理も無いのでそのまま死んでもらうことにした。
四人の方へ戻ると、既に気絶している男たちを取り出した縄で縛り始めていた。アリアに至ってはその場で薬草の一つを磨り潰し始めている。
私は黙って状況を見守っていると、薬草を磨り潰し終わったアリアが、縄で縛られている一人の口にそれを放り込んだ。凄く苦そうだ。
私の予想通り、口に入れたそれを感じ取った男は、目をカッと見開いてぺっと薬草を吐き捨てた。そして、苦虫を噛み潰したような顔で私たちを睨んだ。
「・・・何が聞きたい?」
意外にも、彼は物分かりがいいらしい。アリアは残念がり、代わりにイリアが尋問を始めた。
「あなた達は何者です?」
「俺らは山賊だ。イリュースト領の南の森で生活している」
「では、私たちが何者なのか分かっていて襲ったのですか?」
「ああ。ここに、誰がいつ来るかも分かっていた」
おかしい。学園側に裏切者がいたとしても、くじの引きまで合わせられる筈がない。それに、くじが決まって出発するまでの時間的に、依頼をする余裕もない。予知能力でもあるのだろうか。
四人も怪訝な目で見つめるが、男が嘘を吐いているようには見えない。
「・・・根本を聞きましょう。誰に依頼されたのですか?」
「イリュースト領のグリム卿からだ。依頼は口伝で、正式な文書などは無い。日時と場所を指定されて、イシュースト侯爵令嬢様を捕らえて連れて来いとの依頼だった」
「何故彼が? 人柄も良く、治政も上手く行っているのに」
「さぁな。ただ・・・確かめたいことがあるんだとよ」
何の目的でこんなことをしたのか動機が分からない。その薄気味悪さに、私は深入りするのを止めることにした。
これは、ユウに任せよう。
「・・・不可解ですね。口止めもされていないようですが?」
「もし捕まったら、話していいと言われた」
「・・・失敗するのが前提の依頼のようですね。何故断らなかったのです?」
「恩義があった。だから引き受けた」
「流石はグリム卿ですね。最後に、何か言いたいことは?」
「そうだな・・・他の奴含めて、今度は普通の生活がしたい」
「では、私たちが祈ってあげます」
アリアとイリアが杖を構えた。同時にフォルテ兄弟が私を担いで離れると、アリアとイリアが先ほどと同様の雷撃を与えて、全員が死んだ。
双子の姉妹がわざわざ地面に座って祈りを捧げだし、フォルテ兄弟は私を下ろしてそれを見守った。
その後、遺体を燃え広がらない場所に集めて魔法による焼却処分がされた。小屋にいた男は、その様を黙ってみていることしかせず、帰る私たちに何も言わなかった。一応の目的を達した私たちはすぐさま中継所を出発し、予定通り夕方ごろに学園に帰り着いた。
一連の騒動をアリアとイリアが学園長に報告すると、学園長は首を傾げた。
「・・・不可解ですね。今回の実習に冒険者への護衛の依頼を勧めたのも、実は彼が発端なのですよ。それに、確かめたいことですか・・・ふうむ」
学園長が私を見つめた。私は彼女よりも早く口を開いた。
「あの、私はもう依頼を終わらせたので、帰ります」
「そうですか・・・では、依頼の報酬をどうぞ、受け取ってください」
私は出された大金貨数枚を受け取ると、さっさとその場を後にした。今回は不気味過ぎるし、私の手に余ることだ。私は私の生活を満喫する為に魔王討伐に協力したのであって、他国の些末な事件に首を突っ込むほどお人好しじゃない。
私は暗い中、空を跳んで帰宅した。




