三十話:不穏な出立
翌朝、イナハ、ソフィア、レヴィアタンが合流して朝食を終えた俺たちは、俺のゲートで王立騎士魔術学園の玄関に到着した。登校時間だった為か、いきなり現れた俺たちに登校してきた学生たちは驚き、初めて来た時も校門に立っていた、たしかガブリエルという名の教頭がこちらに慌ててやって来た。
「君たち、何者かね?」
「どうも、隠者のユウです」
「隠者のユウ・・・ああ、ミシェル様が今回の実習で推薦していた方ですね」
「ええ、湖のさざなみ亭へ出された指名依頼に来ました。こちら、腕に自信のある仲間です。こちらのご老人はジークフリート、こっちの明らか人間じゃない子はレヴィアタン、彼女は賢者のソフィア、それとヘクトル帝国の冒険者のイナハ、で彼女はミホです。今回はよろしくお願いします」
お辞儀をすると、合わせてイナハとソフィアとミホはお辞儀をしてくれた。ドラゴンのジークフリートとレヴィアタンは立っているだけだ。二人に人間の礼儀など期待していない。
ガブリエル教頭もやや面食らいつつもお辞儀を返した。
「こちらこそ、今回の実習はよろしくお願いします。どうぞ、中へ案内しましょう」
学園に入り、案内された先は学園長室だった。歴代の肖像画が掛けられており、様々な賞状やトロフィーが飾られている。奥では書類の山の中で作業をしていた如何にもな魔女の格好をした老婆がいた。
彼女は俺が入ってくるなり不敵な笑みを見せて言った。
「あなたね、うちの教師と生徒に無詠唱の魔法を流行らせたのは」
「教師?」
記憶になくて首を傾げる。
「私の教え子で、あなたが来た時に授業を請け負っていた教師ですよ」
言われて思い出した。確かにいた。魔法使い風の格好をした女性がいて、俺の持論を試して生徒と一緒に無詠唱で魔法が出来るようになった人だ。名前は知らない。
「それで、何か言いたいことでも?」
「うふふ、むしろ感謝したかったの。近頃の魔法使いは実戦を想定した魔法が扱えませんでしたから」
「平和ボケですね」
「全くその通りだわ。でも、お陰でこの学園もあと十年は正しい魔法の教育が出来る」
学園長の目がギラギラしていた。野心とか野望ではなく、役目を見出した人間の目だ。こうなった人間は精神的に強い。恐らく言葉の通り、何もしなくても十年ほどは正しい魔法の教育が施されるだろう。
学園長は一息つき、優しい顔になって言った。
「さて本題に入りましょうか。ああ、お掛けになってください」
立ちっぱなしだったので、言葉に甘えて応接用のソファーに座る。少し狭いが丁度全員が座れた。
「指名依頼の詳細ですが、依頼に参加する人数によって内容を変える予定でした。今回は最大人数で来てくれたので、実習訓練を一斉に行い、各班に一人ずつ監督と護衛をしてもらいます。一班に四人の構成で、訓練の内容は植物の採取、ゴブリンやウルフ等の討伐、指定した地点で予め学園側で発注した品物を受け取って戻ってくる、この三つの内容で、どれかをくじ引きで行います。何か質問はございますか?」
するとレヴィアタンが素早く手を挙げて言った。
「我が空を飛んでいくのは駄目か?」
「駄目ですよ。これは学生たちの訓練なのです。監督が過剰に手を貸せば、それは訓練になりません」
御尤も。
「そうか。分かった」
学園長の言葉を理解したレヴィアタンは素直に納得してくれた。
今度はイナハが手を挙げた。
「護衛についてですけど、学生たちはどれくらいの脅威なら対処できますか?」
「そうですね・・・ゴブリンやウルフの少ない集団程度ならなんとかできるでしょう。あとは適時判断して守って頂ければと思っています」
「ん、分かりました」
次にソフィアが手を挙げた。
「えっと、その訓練はどれくらいの時間掛かりますか?」
「時と場合によりますが、馬車での移動で、最短で二日、長ければ五日は掛かるかと」
「そうですか、なら大丈夫です」
どうやらソフィアは店を開ける期間を気にしていたようだ。
聞きたいことも大体聞けた中で、ミホが手を挙げた。
「もし不測の事態が起こったら、報酬の値上げはして貰えるんか?」
「勿論です。生徒の身に何かが起これば取り返しはつきませんから、何かあった場合は報酬の上乗せを約束しましょう」
質問が終わったと見た学園長は改めて言った。
「・・・質問はもうないようですね。馬車の手配などを考えると、始まりは昼からになるでしょう。その間は学園内で好きに過ごしてくださって構いません。これをどうぞ、出入り許可証です」
一人一人に、初めて来た時に首から下げた出入り許可証を渡された。俺は受け取ると、早速学園長室から出てクリスのいる教室へ向かった。教室をこっそりと覗いて何ヵ所か見て回ると発見した。クリス・アルバレスト・サーシェス。ポートローカルに居を構えているクライン・アルバレスト・サーシェスの息子だ。一年ぶりだからか以前よりも大人びているように見える。
このまま黙って授業を覗いて数十分。鐘が鳴って授業が終わると、タイミングを図ったように扉の前に来ていた学園長が中に入って行った。安堵していた生徒たちが学園長の存在に気付いて注意し合い、喋り声が消えていき、教壇に立つ頃には授業同様の静けさに変わっていた。
学園長は一通り見渡してから告げた。
「みなさん、実習訓練の監督と護衛をしてくれる冒険者が来て下さいました。よって、本日午後より実習訓練を行いますので、各自準備をして下さい。それまで授業は一時休止とします。以上です」
学園長が去ると、教室が騒がしくなり始めた。耳を傾ければ、実習訓練が実施されることへの嬉しさや興奮の他、どんな冒険者が受けて来たのかという話題で持ちきりだった。そんな中で俺がガラリと扉を開けて入れば、全員の目がこちらに向いた。
「どうも、隠者のユウです。クリスはいるかい?」
「はい、ここに」
自分から位置を知らせて、わざわざ駆け寄って来てくれた。
「お久しぶりですユウさん!」
「久しぶり・・・領主に似て来たな」
「はは、母さんとシエラにも言われました。それほど似てますか?」
「輪郭と目つきがそっくりだ」
「・・・今度、親父と合って確かめるか。ところで、ユウさんが今回の実習訓練の依頼を受けてくれたんですか?」
「ああ、仲間も誘ったから安心していい」
「それは良かった。えっと・・・ここで話すのはなんですし、場所を変えましょう」
そういう指名依頼が来るということで、大方予想していた俺は頷いてクリスの後を付いて行く。着いた場所は誰もいない音楽室の傍だ。突き当りにある場所なので、盗み聞くのは難しい地形だろう。
「それで、話って?」
「その前に・・・レイチェル、なんでお前も付いて来た?」
「いやー、私もその話に混ざれるかなーって」
あっけらかんとしている彼女、レイチェル・マーチは代々騎士の家系で名家だ。彼女も話に混ざるということは、政治的な面倒臭い事態が発生しているとみて間違いないだろう。
クリスは彼女が混ざるのを問題ないとみているのか、そのまま話し始めた。
「一年ほど前からなんですが、どうにも貴族の中でヘクトル帝国へ侵攻しようという意見が出ているそうなんです」
「あー、それうちのお父様も言ってた。騎士団長としては断固として反対って意見表明してる。攻めるメリットがまるでないし、帝国とは蜜月の関係だから戦争なんてありえないって」
レイチェルの父が騎士団長とは初耳だが、良好な関係なのに攻めるのは確かにおかしい。俺はある線を考えた。
クリスは話を続ける。
「それで、母さんも陛下も帝国への侵攻は反対していて、今のところは問題ないです。ただ最近、反対派の貴族や関係者への嫌がらせが増えてきていまして、親父なんか、領内の一部の貴族が守るべきはずの民に何かやっていると疑って調査させていますよ」
「それうちもー。騎士団の中で賛成派と反対派で対立が起きて、見ていないところで嫌がらせが起こっているって愚痴に付き合わされた。証拠が無いから辞めさせられないって、怒り心頭だったよ」
貴族の問題は恐らく、多忙なクラインにとって目が届かない故の深刻なものだろう。騎士の問題はイジメという奴だ。放っておけば騎士団は疑心暗鬼に陥り、責任問題に発展するだろう。どちらにせよ、放っておけばまずい。
そして、それを引き起こしたであろう人物に心当たりがある。
俺は面倒くさそうに声を出した。
「アジテーター、いるんだろう?」
「ここに」
すうっと俺の傍に出て来た。相も変わらず張り付けたようなにやついた笑顔が不気味に素敵だ。
「誰だお前は!」
「気づけなかった・・・!?」
クリスもレイチェルも驚愕しているが、無視して俺は彼女に問い掛ける。
「今回の件、お前は何か関わっているか?」
すると、彼女は考えるポーズをして見せる。表情が変わっていないので、本当にポーズだけだ。
「ふーむ・・・あると言えばあるし、無いと言えばない」
「どっちだ?」
「・・・はて、どうだったか。心当たりはない。だがさしずめ、先の魔王討伐で除け者にされたのが響いているのかもしれないな」
確定、クロだ。
彼女自身も、魔王討伐で除け者というのも、どちらも当たっているとみて間違いない。たぶらかすまではいかなくとも、アジテーターが何かしら接触した筈だ。
「ならば問う。アジテーター、今回の実習訓練の護衛依頼、どうみる?」
「・・・最近、帝国から公国へ流れて来る者が多いそうだ。依頼、手伝おうか?」
「いい提案だが、残念ながら今回の依頼は定員オーバーだ。すまんな」
「ウフフ・・・なら、私は楽しむとしよう」
アジテーターは目の前ですっと消えた。やはり捉えることは叶わない。足音もしないし、足跡も無い。匂いも気配も無いし、恐らく実体すらないだろう。
「ユウさん、彼女は何者なんです?」
「さぁね。ただ一つ忠告しておく。彼女のことは詮索するな」
強く言うと、クリスは半歩後ろに下がって踏み止まった。
「・・・分かりました。ただ一つ腑に落ちません。学園の生徒を危機に晒して、何かメリットがあるんでしょうか?」
「幾つもあるぞ。襲う側との話が付いていれば、人質交換であっさりと終わらせて手柄に出来るし、戦争反対派の弱みにも出来る。殺しても後継ぎ問題で悩ませるだけでメリットがある。さらに学園の方針を好きなように出来るし、騎士団も意見を変えさせられる。もし仮に失敗しても、帝国から流れて来た極悪人や帝国のスパイとして侵攻の材料にもできる。恐らく、今回の依頼はそういう杞憂を考えて出したのだろう。大した判断能力だよ」
これ以上のこととなると、政治的駆け引きとなって来る。面倒臭いうえに後味が悪いことばかりの嫌なことだ。ドラゴンズトゥームでは新興国だからこそそういう内側の問題を気にすることなく外側に注力して事を上手く進められたが、この国はそうはいかないだろう。
変な依頼が舞い込んでくるような気がして、少し気が滅入った。
レイチェルも俺の言ったことにうんざりしているようだ。
「私、そういうの大嫌いなんだよね」
と思ったら気持ちをサッと切り替えてクリスに振り向いた。
「ところでクリス、卒業したら結婚しない?」
流れるような軽い告白に俺は驚いたが、クリスは呆れながら返した。
「馬鹿言うな。お前の親父さんに剣で勝てるかよ」
「いやぁ、案外勝てるかもよ? お父様、基本的に脳筋だし」
「だからこそ勝てないっての。あの人、片手で大剣をぶん回すんだぞ? 命が幾つあっても足りん」
「いけると思うけどなぁ・・・」
どういう人なのか会ってみたくなった。それはそうと、今回の実習訓練は不穏だ。
「とりあえず、二人とも他の参加する生徒に注意を促しといてくれ。俺からも仲間に言っておくから」
「分かりました。頼りにさせて貰います」
「よろしくー」
二人と別れ、俺は学園長室へ戻った。
中では学園長も含めて全員がトランプらしきカードゲームをしていた。このせかいにそんなのあったんだと思いながらも、声を掛ける。
「少し聞いてほしいことがあるんだけど」
大きめの声で言うと、全員が手を止めてくれた。隙を見てミホがイナハのトランプを引こうとしたが、イナハに見切られて阻止された。
「・・・今回の依頼、どうにもきな臭いことが分かった。だから注意してほしい」
すると、学園長が立ち上がってこちらに向いた。
「独自に調べられたのですね。詮索はしません。どうか生徒たちのこと、よろしくお願いします」
深々と頭を下げた。
信頼関係すら無いというのに、詮索しないといい、簡単に頭を下げるといい、この人は何者なのだ?
「仕事ですからやりますけど、あなたは何者ですか?」
頭を上げた学園長は、少し楽しそうに答えた。
「昔、宮廷魔術師をしていた、ただの一人の魔法使いですよ」
それはつまり、ミシェルさんの上司か師に当たる人物ではと思ったが、答え方から話してはくれなさそうだと判断した。
それから数時間が過ぎ、ガブリエル教頭が入って来て準備が整ったと知らせて来たので校門に出ると、いつもの制服ではなく冒険者らしい恰好をした生徒たちと馬車が六台止まっていた。
ばらけて談笑していた生徒たちは学園長が来たことを認知するとすぐさま整列した。
学園長が生徒たちを見渡し、真剣な面持ちで言いつけた。
「長話は致しません。全員、無事に帰って来ることが今回の目的です。各々の判断で、出来ないと判断したらそれで構いません。訓練ですから・・・。それではこれより、実習訓練を開始します。ガブリエル教頭、くじを」
「はい。各班のリーダーは前に出て、くじを引いてください」
先頭に立っていた生徒たちがガブリエル教頭の持つ古典的な紙を折り畳んだくじを引いていく。簡単かそうでないかで一喜一憂する生徒たちは教頭が咳払いをして静め、俺たちの方に向いた。
「それでは依頼された皆さん、好きな班の馬車へ乗って下さい」
真っ先に動いたのは意外にもイナハで、先頭の馬車に乗った。
次に動いたのはレヴィアタンで、二台目に乗る。三台目にはジークフリートが乗り、四台目にはミホが乗る。五台目にソフィアが乗って最後の六台目に俺が乗った。
そのあとすぐ、レイチェルが馬車に乗って来た。
「ユウさん、どうもー。第六班リーダーのレイチェルです。よろしく」
「ああ、よろしく」
それから乗って来る生徒が挨拶してきた。
「あなたが噂の隠者のユウか。私は騎士志望のヴィエラだ。今回はよろしく頼む」
「ああ、こちらこそ」
握手を交わす。彼女は女性にしては二回り以上も大きく、俺の身長を越えている。手も大きくて力強い。将来は有望な騎士になるだろうが、今はどうだろうか。
「ど~も~、魔法使い志望のミーリアで~す。フヒヒ、よろしく~」
「・・・よろしく」
袖から出ていない手で握手をする。小柄過ぎて魔法使い用の衣装がダボダボだ。おまけに目元にクマが出来ている。不眠症か、はたまた熱中し過ぎる故の寝不足か。
「初めまして、女神ミスティアの神官を務めています、聖騎士志望のラピスです。なんというか・・・その・・・よろしくお願いします」
「ああ、うん・・・よろしく」
お互いに変な遠慮をしつつも握手を交わした。
ただ、神官が物珍しくて彼女のことを見つめた。
ドラゴンズトゥームにいたころを思い出す。その時に神官は見たことがある。神の加護を受けており、通常の人間よりも強くて回復魔法が普通の魔法使いよりも遥かに強力だ。ヘクターが率いた数々の戦いで死者がゼロなのも、この神官の存在が大きい。時々、神様の声が聞こえるとか聞こえないとか。
視界に割り込むように、レイチェルが覗き込んで来た。
「おやおや、隠者様はラピスのような女がお好みですか?」
意地悪なにやついた顔だ。確かに神官がしているシスターのような露出を避けたシンプルで禁欲的な格好は魅力的ではあるが、性的な意識は欠片もない。
だからこそ首を横に振る。
「いや、神官というのは珍しいから、少し気になっただけだ」
「ふーん。ラピス、嫌じゃない?」
「ええ、むしろ私としては、彼に興味がありますから」
「興味?」
彼女は迷った。目が明らかに泳ぎ、俺を見つめ、レイチェルを見て、恐る恐る口にした。
「・・・その、女神様と似た気配がするんですよ」
どうやら彼女は神官としての素質が高いようだ。確かに俺は神様の領域に片足入れている。だからこそ神の気を多少なりとも扱えるし、纏ってすらいる。ドラゴンズトゥームにいた時も神官から敬虔な扱いをされた。
気を取り直し、レイチェルに問う。
「・・・それでレイチェル、この第六班は何をするんだ?」
「実習で一番遠い、蚕のシルク生地が主産業のサラサ村へ、発注していた生地の受け取りです」
「そうか。何日掛かる?」
「馬なら一日、馬車で二日は掛かります。急ぐ旅でもないので、のんびり行こうかと」
「異論はない。行こうじゃないか」
「では、最初の御者は私がやろう」
ヴィエラが御者台へ移動し、馬車は動き出した。
飯・・・は期待できないな。そういえば、インベントリの中の飯、そろそろ買い足さないと・・・。
などと考えながら馬車に揺られる。




